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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百六十三話【理解出来ぬ策】



 魔女とゴートマンに対する戦い方……いや、逃げ方、か。様々な局面を想定しながら、あの特異な存在へ対処する手段を講じる。

 その為にも、特にミラには期待していた……のだが……


「むにゃ……すやぁ……」


「よしよし。ふふ、良い子良い子」


 魔女とゴートマンが揃って現れたならば。魔女が魔獣を引き連れて現れたならば。そんな最悪に近しい状況についてだけ考えたところで、ミラは私の膝の上に収まって、そしてぐるんと丸くなってすぐに寝息を立て始めてしまった。


「すいません……緊張感が無いわけじゃない……とは思うんですけど……」


 そんなミラの姿に、アギトは先ほどからずっと謝罪を繰り返していた。謝罪と……そして、ミラを庇うような発言を。なんだかんだと仲良しですね、やはり。


「構いませんよ。ミラには危険な調査を任せましたし、どこかでゆっくりさせてあげなければとは考えていましたから」


「うう……すみません……」


 さてと。ミラが眠ってしまった理由はなんでも良い。休まねばならないと自分で判断したのなら、それに口を挟む理由も無い。

 彼女の力はもっとも頼りにしているところで、それが万全でないのならどんな手を使ってでも回復させねば。


 しかしながら、ミラがいないのでは、魔女への対策を……魔女やゴートマンに限らず、現れ得る脅威に対する立ち回りを考える手立てが失われてしまったに等しい。

 戦う力を持たない私はもちろん、ユーゴだって部隊全体の作戦を考える経験など無いし、アギトにも同様の理由であまり頼れない。


 新たに加わってくれたベルベットに関しても、彼が錬金術師で――学者であるのなら、軍事的な指南などを受けているとは到底思えないし。


「……案外、これ以上考えることは無いと判断した……のでしょうか。私がこんなことを言うのもなんですが、彼女が抜ければ、ここにいるのは世間知らずと子供ばかりなのですから……」


「いえ、あの……そいつが一番世間知らずのお子様だと思うんですけど……」


 ミラが眠ってしまったら、もう作戦を考えるどころではなくなってしまうくらい、彼女自身も理解していた筈。

 ならば、それでも休むことを選んだのは、もはや考えずとも問題にはならないと思ったから……だとか。


 私がそんな考えを口にすると、アギトはがっくりとうなだれたままミラのお腹を撫でた。

 たしかにこの姿は、世間知らずの子供にも見えますが……


「考えるまでもない……ってことなら、俺も同意だな。何が出て来ても倒せば良いだけだし」


「……貴方がそればかりだから、ミラがいなければ考えごとどころではないと言っているのですよ……?」


 まるで自分は世間知らずにも子供にも属していないと言わん顔をしているが、ユーゴとてまだ世間には疎い子供なのだ。

 その……この世界にまだ疎いままだという意味でも。


 しかしながら、魔女やゴートマンが関わらなかった場合に限れば、ユーゴの言にもまったく理が無いわけではない。

 事実、ただの魔獣の群れが相手ならば、ミラに頼るまでもなく彼がひとりでなんとかしてみせるだろう。だが……


「しかし、今度はまた勝手が変わりますから。たとえ貴方が百の魔獣を倒したとしても、その間にたった一頭の魔獣が部隊を襲えば、小さくとも被害は出ます」

「その話の延長で、貴方が千の魔獣を倒している間に、十頭の巨大な魔獣が部隊を襲えば、あるいは壊滅してしまう可能性だってあるのです」


……それはあくまでも、彼が守れる範囲に限った話だ。

 そして、彼の手で包み込めるものの少なさは、初めて魔女と戦った時にも……いや、それよりも前にも理解している。

 そしてそれは、本人も自覚しているところだろう。私の言葉に対して、ユーゴはむっとした顔をしたが、しかしそれ以上は何も言わなかった。


「現れる魔獣の数に上限があるのなら……一度に押し寄せる群れの規模が分かっているのならば、何か手を考えることも出来たかもしれませんが……」


 分かっているのは、ユーゴでも間に合わないくらいの数の魔獣を呼び寄せ続けられることだけ。

 もしかしたら、あれ以上の数、規模、それに種類を呼び出す可能性だって……


「……? え? うん、うん。えっと……」


 けれど、それを推測、計算する方法も無いし、可能性を見出せそうなミラに関してもこの有り様だから。と、頭を抱えていると、聞き慣れない言葉が聞こえた。

 それは、ベルベットがアギトに話し掛けている声だった。


「……えっとね……うーん。その……あれだよ。マーリンさんに……なんか……すごい……マジュツヲ……」


「……? あの、アギト? 彼は何を言っているのですか?」


 ええと……と、アギトは困り果てた顔で首を傾げてしまった。はて、どうしたのだろうか。


「……その……フィリアさんは俺の言葉が分かってるのか……って。それで……じゃあなんで自分の言葉は聞き取れないんだ……って……」


「…………なるほど。ミラは私には説明してくれましたが、しかし彼には……」


 いや……説明も出来ないのか。その為にはまず、アギトの素性について……召喚術式によってこの世界へやってきたという部分から打ち明けねばならないのだから。


 しかし困ったな。なるほど、ミラが通訳を買って出たのは、彼との間に齟齬を……言語的にも、認識的にも、そして常識外の部分でも食い違いを生まない為だった……のだな。

 それが分かると……なおのこと、どうして眠ってしまったのだろうかと疑問が湧いてしまうが……


「えっとね……その……うん。魔術は関係無くてさ。ミラはアンスーリァの言葉の練習も兼ねてやってるだけで、それで……フィリアさんも、ちょっとだけユーザントリアの言葉が分かるんだよ。分かるけど……」


 慣れてるわけじゃないから、それなりに話をして発音の癖とかが分かってないと、ちゃんとは聞き取れなくて……と、なんだか苦しい理由を並べて、アギトはベルベットに建前的な事情を説明しようとする。のだが……ううん。


 ベルベットの言っていることは相変わらず分からない。だが、納得していないのは見ていれば分かる。

 当然ながら、個人に対する慣れなどで、言語の理解が変わるわけもない。

 そして、変わるとすれば、その違いはベルベットからも分かる筈なのだから。


「ミラ、ミラ。起きてください。貴女が眠ってしまった所為で、余計な問題まで発生しそうになっています。起きてください」


 彼もここへと言い出したのもやはりミラなのだから、眠っていないで場を纏めてください。


 やはりこの入眠は、もう話すことも無いから解散しようという意味だったのだろうか。それにしては無責任と言うか、投げやり過ぎやしないだろうか。


「そんな怒んな。アギトは別に間違ったこと言ってない。ただちょっとフィリアが頭おかしいだけだから、あんまり気にすんな。見たら分かるだろ、アホそうなことくらい」


「っ⁈ ゆ、ユーゴ……貴方はどうしてこんな時にまで……」


 認知についてのすれ違いをすべて私ひとりの所為にしないでいただきたい。

 けれど……どういうわけだろうか。ベルベットは少し渋い顔をしたが……しばらく私を睨み付けると、どこか納得した顔で頷いてしまった。

 納得しないでください、そんな乱暴な説明で。


「まあ……その……そう……うん。フィリアさんがちょっと特殊なのは本当で……え? それはもういい? えっと……?」


 アギト……貴方まで……と、がっかりしていると、ベルベットはまだ何か文句があるようで、アギトとユーゴに向かって色々話していた。

 それを聞いてふたりも真剣な顔で頷いていて……話に混ざれないとすごく寂しいですね……


「……それ本当か? だとしたら……」


「いや……うん。そうだね、前に見た時のアレがそういうことなら……」


 おや? な、何やらふたりとも納得した様子でベルベットの話を聞いているのだが……わ、私にも説明……通訳をしていただけませんか……?

 その……それの所為で話が拗れたばかりだけに、難しいかもしれませんが……


「フィリアさん。遠征に出られるとしたら、いつ頃になりそうですか?」


「え……? ええと……補給を済ませ、連絡隊も到着して、それからになるわけですから……」


 早くて三日だが……それは流石に理想だけを考え過ぎだろう。現実的には五日から十日……いや、八日の間に準備が整う筈だ。

 私がそう答えると、アギトはまたベルベットと話を始める。もしや、もう遠征に出る段階の話をしているのだろうか。一応は指揮権を持っている私も、ミラもそっちのけで。


「……うん、分かった。そうだね、それでいける……いや、それがベストかもしれない」


「ベストは言い過ぎだろ。だけど……それがマジでやれるんだったら、わざわざ時間掛ける必要も無いよな」


 ベストなのですか? 何が最良なのでしょうか? わ、私に情報共有を……と、話に混ざろうとすると、アギトもユーゴも何か決心した様子で、ベルベットを連れて部屋を出て行ってしまった。

 出て行って……な、何故私を置いて行こうとするのですかっ。


「ま、待ってください。話を……事情を私にも説明してくださいっ」


 い、急いで追い掛けなければ…………と、思ったものの、私の膝の上には、丸くなって気持ち良さそうに眠っているミラの姿があるから…………や、やっぱり待ってください! せめて説明だけしてください!


 だが、そんな私の懇願も無視して、三人は少し速足でどこかへ行ってしまった。

 ヘインスだの軍だのという単語だけは聞き取れたから、皆のところへ相談に行った……あるいは、作戦を伝えに行ったのだろうが……それをどうしてまず私に説明してくれないのですか……

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