第四百六十二話【出方を探る方法を探す】
 
ユーゴ、アギトとミラ、そして新たに加わった戦力であるベルベットを部屋に集め、私は魔女への対策を相談することとした。
まずもって、魔女が現れるのかどうか。その際にはゴートマンも一緒なのか。以前にも見られたように、魔獣の大群を率いてやって来るのか否かまで、何ひとつとして分かっていないながらも、何かは出来る筈だ、と。
「ゴートマンについては、一緒には出てこないでしょうネ。アイツはしばらく傍観を決め込むか……あるいは、出て来るんなら先んじてひとりで出て来るでしょウ」
「慎重を期し、状況を俯瞰で観察し続けるだろう……と、今までの傾向からの予測ですね。しかし……」
魔女との遭遇よりも前に、あの男だけが現れる可能性がある。と、ミラはその予想とは反対に思える可能性を示唆した。その心はなんだろうか。
「深い意味は無いワ。ただ、まだ魔女が回復していない可能性も考えられるってだけヨ」
「あれだけ徹底的に痛め付けられたんだもの、死んでないのは間違いないにせよ、身動きが取れない状態にあっても不思議は無いでしょウ」
「なるほど……魔女とて生き物である限り、死の寸前まで追い詰められた肉体では、回復も時間が掛かる筈ですからね」
ふむ。ミラの言葉に、私はついつい……そう、ついつい。そんな可能性はまったく頭に無くて、つい感心してしまった。
そうだ。魔女とて生き物――生きているからには死ぬのだ。そして、死は嫌なのだ。
そのことは、あの時の戦いを見ていれば分かる。アギトから――自らを死に至らし得る存在から逃げ惑う姿を思い返せば、まず間違いないだろう。
つまるところ、魔女という存在が自分の中でどれだけ肥大化していたのかと、その時にやっと気付いたのだ。
アレはすぐに全快して、また私達を襲うだろう、と。勝手な恐怖を抱いてしまっていたに過ぎない。
「ゴートマンが現れたとすれば、こっちの行動をある程度……完璧にではなく、大まかに把握して、それを阻害しなくちゃならないと考えているってことでしょうネ」
「裏を返せば、現れないならこっちに気を向けてすらないってことでしょうケド」
「すべてを見通しているのならば、そして立ちはだかる意思があるのならば、今のこの時点で妨害を受けていないのはあり得ませんからね」
同時に、何も分かっていないなんて可能性も低いだろう。
ゴートマンにとっては数少ない脅威なのだ、アギトという存在が。
その動向に一切気を向けないでいられるのなら、わざわざこちらを追ってまで攻撃などしなかった筈だ。
「まず、最悪の可能性から考慮していきましょう。無貌の魔女、そしてあのゴートマンがどちらも現れた場合……それに、部隊の撤退も難しいほどの魔獣が展開されてしまった場合ですが……」
「そうなったらもうおしまいでしょうネ。どれかひとつの要素でも欠けてればなんとか出来るでしょうケド」
う……となると、そうなってしまう状況は絶対に避けねばならない……か。
いや、それは当然のことなのだ。当然の前提として、最悪の状況には陥らぬようにする、と。それは至極当たり前のことだ。
だが……ミラの口から――状況を脱するすべを最も多く手にしている彼女の口から、その状況は詰みであるとはっきり告げられると、どうしても気が滅入ってしまう。
万が一には、彼女の力、頭脳、そしてここにいる特別な戦力のすべてを動員したとて覆せない状況が生まれ得るのだ、と。
「ただ……そうなる可能性は低いでしょうネ。もちろん、油断はダメだケド」
「可能性が低い……たしかに、先に考えた通りにゴートマンが動くのだとすれば、魔女と魔獣を先に差し向けるという可能性も高いです。ですが……」
しかし、それはあちらが平常ならば、だ。その前提に対しては、小さくない問題がひとつ存在する。これはこちらから仕掛けたことではあるが……
「魔女もゴートマンも、アギトを強く警戒している筈ですよね。でしたら、油断無く、全力で、持てるすべてを投入して攻め込んでくるという可能性もあるのではないでしょうか。とすれば……」
それは本当に低い可能性だろうか。もちろんミラのことだ、それも考慮した上で、そう滅多にはないだろうと言っている筈だが……
「……そうネ。その可能性も、魔人の集いや魔女が私達の思っているのとは違ったなら、十分にあり得るでしょウ。そういう意味でも、やっぱり薄い可能性と言わざるを得ないワ」
「……想定とは違う組織であった場合に限る……と、そういうことでしょうか? では、その想定とは……」
私の問いに、ミラは少しだけ顔をしかめた。なんだか言葉にするのを嫌がっている……ようにも見えるが、何が彼女の胸に引っ掛かっているのだろう。
「魔人の集いは魔女を中心とした……魔女の強さを、その能力を、異常性を核とした、妄信的な人間の集まりである……と、捕まえたゴートマンの様子からそう推察したわよネ」
そしてあのもうひとりのゴートマンについても、魔人の集いには直接属さずとも、魔女や魔人の集いに利用価値を見出しているように思えタ。と、ミラはまず前提を――想定を口にした。
それらは前に私にも共有してくれていた認識だった。
「それはつまり、何かを守る為に戦う必要が無いことヨ」
「魔人の集いってものは、アイツらにとってそれほど重大なものじゃなイ。なら、必ず保険を掛けるでしょウ。自分が生き残る為の、ネ。それに……」
「……ゴートマンにとっては、利用価値があるからこその協力である……とすれば、共倒れなどするわけにはいかない……」
なるほど。ミラの考察には納得させるものがあった。
原始的な行動原理ではあるが、守るものがあるのならば――守らねばならないものがあるからこそ、人は力を合わせてでも大きな脅威に立ち向かうのだ。
そうでないのなら、逃げれば済むところをわざわざ戦いなどしない。あまりに合理から外れた行動だろう、それは。
「警戒はする、そうならないようにもする、でもそればかりを考えるのはやっちゃいけないことヨ」
「この場合、魔獣の気配を感知し続ければ問題無いんだもノ。転移の魔法で魔女もゴートマンも魔獣も全部……って、そうやれるんならとっくにランデルまで攻め込んでるでしょうかラ」
「そこまでする警戒心があるのなら、そして実行する能力があるのなら、とうに全滅させられている……ですか」
おっかない話だが、この無事こそが魔女の数少ない欠点を浮き彫りにしているのだ。
つまるところ、欠点が無ければこんな話をする時間も無く殺されているだろうから、と。
「さて……それで、次に考慮すべき状況――打破が難しい状況は、魔女が魔獣を従えて現れた場合……ネ」
「ふむ…………あれ? 打破が難しい……より危険な状況という意味では、魔女とゴートマンとが揃って現れた場合……貴方の言う、最悪の状況からひとつの要素が欠けた状態を想定するのならば、それはもっとも対処の易い魔獣が欠けた状況こそが、次点で厳しいのでは……」
魔女と魔獣の組み合わせよりも、魔女とゴートマンの組み合わせの方が厄介だろう。
単純な戦力の高さもそうだが、そもそも魔女が魔獣を呼び出しているわけだから。ミラの言う、打破出来ない状況に陥る寸前とも言い替えられる筈だ。
もしかして、その可能性は限りなく低いから、それは考慮しない……というわけだろうか。
「ううん、そっちの方が今は簡単なのヨ。ゴートマンには私とユーゴで対処出来るし、その状況になれば退く以外に選択肢が無いもノ」
「で、ですから、ゴートマンへの対処に貴女とユーゴのどちらもが出てしまっては、魔女への対処が……」
ミラは私の問いに首を横に振った。そして、視線をベルベットの方へ……言葉が分からないからだろう、退屈そうに壁を眺めている少年へと向ける。ええと……?
「魔女への対処はベルベットにして貰うワ。コイツひとりでも十分……でしょうケド。その上、今回はもうひとり頼もしいのがいるからネ」
「ひ、ひとりで……あの無貌の魔女に……ですか。しかし、それは貴女でも難しいのですよね? それなのに……」
本当に大丈夫なのだろうか。それと……もうひとり……とは、アギトのことを指している……のだろうか?
今回……“は”……という言葉は、常に一緒だった彼に使うべき言葉ではないように思えるが……
「安心しなさイ。ベルベットには実績があるもノ。魔女を相手に全軍を無事に避難させたって実績がネ。それに……あの後にもちゃんと進化し続けてるでしょうかラ」
ミラはそう言って、少しだけ挑発的な笑みをベルベットに向けた。
それを受けて、彼はとても渋い顔になって……何か悪口を言ったのだろう。私には聞き取れなかったが…………ミラがけたたましく吠えて、そのままアギトに噛み付いたから……うん、悪口を言われたんだろうな。
「ぐるる……ぺっ。で、魔女が魔獣の群れをきっちり揃えて現れた場合……だけどネ。こっちも対処は同じヨ」
「ただ、魔獣の数と質次第では被害が出かねないでしょウ。ゴートマンひとりを抑えるより、部隊全体を魔獣から守る方が難しいわけだかラ」
不機嫌なまま、アギトを噛んだり蹴ったりしながら、ミラはそう言った……が……
どうしてだろうか。なんだかミラは、あのゴートマンをやや軽視しているように思えた。
一度は自らの魔術を完全に破られた相手だというのに、すでに勝算があるような口ぶりだが……
それからすぐ、ミラは簡単な状況――突破が易いだろう状況についても考え始めた。それらのどれでも、ミラの力があれば打開は簡単だろう、と。
ただし、どうであれその時点で撤退はすべきだと。深いところまで誘い込まれ過ぎないようにと、そう付け加えて。




