第四百六十一話【そしてまた、前線へ】
ネーオンタインの解放を終え、そしてヨロクにてミラと合流することにも成功した。
肝心のヨロクの林の調査結果については、ゴートマンとは無関係だろうという答えだけが手に入って、あの男と魔人の集いについて……延いては、魔女についての手掛かりらしいものは増えなかった。
だがそれでも、得たものが何も無いというわけではない。
少なくとも、ミラがあれだけ警戒した結界の主が、私達の敵ではない可能性が高いと判明したのだから。
と、それだけの成果を手にして、私達は一度ランデルへと戻った。議会への報告や、部隊の休息、補給の意味で。
そしてそれもすぐに完了させて、私達は――私とユーゴと、アギトとミラと、そして現在出動出来る友軍のすべては、ダーンフールの砦へとやって来ていた。
「――お久しぶりです、フィリア女王。よくぞご無事で」
「お久しぶりです、ヴェロウ。貴方も息災そうで何よりです」
そんな私達を迎えてくれたのは、カストル・アポリアの長であるヴェロウだった。
今のダーンフールは彼の……カストル・アポリアの管理下にある。譲渡するという条件で協力を取り付けたのだから当然だが、それだけの意味ではなくて。
「市民はすべてフーリスとカストル・アポリアに移住させています。現在、この砦、及びこの街には、先日到着した貴方の軍以外には誰もおりません」
「迅速な対応ありがとうございます。流石です」
この瞬間に限り、ダーンフールは人の住む街ではない。ここは今、ヨロクよりも北に戦線を展開する為の軍事拠点だ。
ネーオンタインの解放作戦に隠して、友軍部隊の一部をここへ派遣していたのだ。予定通りに。約束通りに。
そうして到着した部隊には、手紙を持たせておいた。一度カストル・アポリアへと寄って、ヴェロウに連絡をして欲しい、と。
その内容こそが、ダーンフールへ派遣した部隊の管理をして欲しい……彼らを纏め、守って欲しいというものだった。
優秀な騎士団とは言え、まるで知らぬ土地、そして好き勝手に出来ない場所だから。
「不戦の約束を破り、軍事拠点も無理に設置させていただいて、その上で部隊の面倒まで見させてしまって。どれだけ感謝しても足りません」
と。まあそれらはすべて私の都合で、私の決定で、そして押し付けたものだから。
そのことについて、ヴェロウにはどれだけ感謝し、そして謝罪せねばならないことか。
しかし、頭を下げる私に対し、ヴェロウは不思議と嫌そうな顔を向けなかった。
もっとも、他国の王を相手にそんな態度を取る人間でもないのだが。しかし、もう少し不満を出しても文句など言われまいに。
「……いえ。いつか貴女のおっしゃった通りですから」
「例の魔術師の件、そして以前に窺った魔女という存在についても。カストル・アポリアは不戦を貫く……と、そう主張したとて意味があるとは思えません」
「同じ島国に住まうもの同士、他所ごとと目を瞑るのは愚策でしょう」
「カストル・アポリアにとっても利があるからこそ、協力を買って出て頂けた……と、そうおっしゃっていただけるのですか。それはまた……」
なんともありがたい話だ。この件を大きな貸しとしておけば、カストル・アポリアとアンスーリァとの間に――将来的な国交において、小さくない優位を手に出来ただろうに。
それよりも、現在の関係を優先してくれた……そして、今ある問題を重大と見てくれた。そのことがありがたく、頼もしく、そして流石だと感心せざるを得ない。
彼にすれば、魔女だの魔人だのという話は、実感の薄い妄言にも思えて然るべきだろうところを。
「軍事的な協力は難しいですが、しかし食料や衣料品、それ以外にも物資支援は可能ですから。いくらでも頼ってください」
「ありがとうございます。可能な限り早く、そして確実に、問題を解消してみせますから。もう少しの間だけ迷惑を許容して下さい」
そしてヴェロウは私に一礼すると、そのまま馬車に乗り込んでカストル・アポリアへと戻って行った。
部隊の到着から私達の合流まで、そう長い日数は要していない……が、彼はかの国の長で、たった一日の不在も惜しまれる存在だから。
早く戻らねばならない事情ばかりを残して出て来てくれたのだろう。
「はあ。ヴェロウにはどれだけ感謝しても足りませんね、本当に。必ず応えてみせなければ」
恩を返さねばならない相手はヴェロウだけではないが、彼ほど迷惑ばかりを被らせてしまっている相手も他にいない。
期待もしてくれているのだし、必ず成果を挙げないと。
「では……ヘインス。部隊の装備と必要な補給要綱を纏めておいてください。数日のうちに出発し、より北方を目指します」
「目的地は……今のところは決めていません。ただ、あの無貌の魔女との再戦を……とだけ考えていますが……」
理想を言えば、アルドイブラまで――ジャンセンさんの故郷であり、ここより北方の大きな都市があった場所まで辿り着きたいものだ。
だが、かつての予想では、その場所こそを魔人の集いが占拠し、拠点として利用している可能性が高いだろう……と、ジャンセンさんともマリアノさんとも話をしている。
到着も解放も、とても容易なことではないだろう。どちらを先としたとて、魔女とゴートマンとの戦闘は絶対に避けられない筈だ。
「ユーゴ、アギト、ミラ。三人は私と共に来てください。遠征には部隊で出動しますが、魔女との戦いになれば、頼りは貴方達だけですから」
そして、その戦闘においてもっとも頼りになるのが……唯一頼れるのが……かな。ユーゴとミラと、そして楔としてのアギトだ。
彼らとはもう一度……もう何度でも、あの特異な存在との戦いについて入念に打ち合わせをしておかねばならない。
「四人ヨ、フィリア。アイツらとの戦いとなったら、ベルベットの力は欠かせないワ」
そう思って三人を部屋に集めて話をしよう……と声を掛けた私に、ミラは待ったを掛けた。
その戦いにおいては、ベルベット少年の力も頼りになる……いや、頼りにせねばままならないだろう、と。
「しかし……その……良いのでしょうか。たしかに、彼は貴女と並ぶだけの錬金術の腕前を持つと窺っています。ですが……」
しかし、技術や知識云々の問題ではない。
魔術師、錬金術師とは、どこまでいっても学者だ。ミラのような存在が特殊なだけで、一般的には戦うなんてこととは無縁の存在なのだ。
そのことはミラも知っているし、彼女の中の常識としても語られている。筈なのだが……
「絶対役に立つから、安心して良いわヨ」
「貴女がそこまで言うのならば……」
しかし……ううん。こうまで彼女の信頼を勝ち取っているとあれば、何か緊急時に役立つような術を開発しているのかもしれない。
私達の前にいきなり現れた時のように、姿を隠してしまえるような…………
「……そうでした。あの、ミラ。あの時彼は何をしていたのでしょうか。何も無いと思ったところからいきなり現れたように見えたのですが……」
「んむ? 今更そんなこと聞くのネ。てっきりそこはもう納得したか、諦めたかと思ってたのニ」
いえ、その……そうですね。半ば諦めにも似た感情はありますが、それは別として。
そもそも、あの瞬間だけでいろいろと起こり過ぎているのですよ。納得も理解も間に合う筈が無いではありませんか……
「……ま、それを本人が自慢げに語るならまだしも、私が勝手に推測で語ってもネ。ああいうことが出来る奴らなんだって思っててくれればそれで良いワ」
「そういう特殊な力があって、それを活かせる場所は前線にもあるんだ、ってネ」
「は、はあ……」
ミラの口からは説明出来ない……すべきではない、か。
最近はすっかり打ち解けたとは言え、彼女は私を王として認めて敬ってくれている。それでも話せない……となると、ミラにとっての魔術師としての矜持は、とてもとても大きなものなのだろうな。
「……分かりました。頼りにして良い人物という認識だけを頭に入れておきます」
「では、四人とも部屋に集まってください。出発した後、魔女が出現してからのことをもう少ししっかり考えておかねばなりませんから」
ならばこれ以上は踏み込むまい。天の勇者であり、稀代の魔術師であり、それらの後に友軍の一員という肩書きが来るのだ、彼女は。こちらばかりを優先しろとは命令出来ないだろう。
そこにはもう納得したからと、私はまた四人に声を掛け直した。
もっとも、ベルベットには誰かからの通訳が無ければ伝わらないのだが。
それでまた五人で砦の一室へとこもり、魔女が現れた際の対処について相談することとした。
その時の状況、それに相手の数――魔女だけなのか、ゴートマンも一緒なのか。それに、魔女がどれだけの魔獣を従えているのか、など。
とにかく、今ある情報だけで考え得るあらゆる状況を考慮して、それぞれに策を準備せねば。




