第四百六十話【根拠無き根拠】
何も無いところからいきなり人が表れたり、それがミラの呼んだ援軍であったり。
その援軍がユーゴと変わらないくらいの少年であったり、その少年との会話でユーゴとアギトの特異性がまた新たに浮き彫りになったり。
とにかく、いきなりなことが連続してしまって頭がまだぐるぐるしている……が、しかし。
「協力に応じて頂いたこと、心より感謝します」
私の混乱などは関係無く、頼りになる戦力がひとり増えたのだ。そのことを喜び、そして感謝せねばならないだろう。
私はミラに通訳をお願いして、ユーザントリアからの援軍――ミラと並び得る稀代の錬金術師、ベルベット=ジューリクトンに謝辞を伝えた。
「さて、問題はこれからよネ。ベルベットの協力で林の調査は進んだケド、アイツらの情報についてはロクに増えてないままだもノ」
「そうですね。現時点では、魔女についても、ゴートマンについても、弱点らしいものは見付けていませんから……」
あっちの方はそうでもないんだけどネ。と、ミラはそう言って頭を抱えてしまったが……あっち……とは、どちらの話だろうか。
もっとも、どちらにも明確な弱点などあるように見えなかったが……
「ゴートマンの方ヨ。アイツは私とユーゴなら簡単に倒せるでしょウ。ただ……やっぱり問題はあの魔女よネ。倒し方自体は分かってル……つもりだケド……」
「そ、そうなのですか……? 私にはどちらも、とても簡単に打倒出来るような存在には思えませんでしたが……」
もしや、ミラにはあの男の弱点が見えていた……のだろうか。私よりももっと近くで、そして直接戦った彼女だからこそ見えたものがある……とか。
「弱点も何も……って感じだかラ、説明するほどじゃないんだけどネ。ただ、もう一度があれば私はアイツを倒せるワ」
「でも……問題なのは、そのもう一度の前にこっちがやられちゃう可能性があることなのヨ」
「……私達の前に現れるとすれば、ゴートマンよりも先に無貌の魔女だろう……と、そう考えているのでしょうか。その根拠はなんでしょう」
単純な理屈で言えば、ゴートマンよりも魔女の方が高い攻撃能力を有し、より安全に私達を殺せるから……だろうか。
以前に魔女と戦った時を思い返せば、ゴートマンは魔女の敗北の寸前まで姿を現さなかった。それはきっと、あの男が自分を優先する……自分の安全を優先し、傍観に徹していたことを意味する筈だ。
ならば、アギトの能力を――異常を思い知らされている以上、また一歩引いたところから様子を窺ってくる可能性も高い。
次には、魔女の優勢に加勢するか、あるいはアギトの能力を解明するか、と。そのどちらかの機会を待って。
「魔女と戦う……倒すとなれば、そのやり方は俺達が一番良く知ってる。思い知らされてる……かな。だから、頭の中ではそれっぽいシチュエーションも想像出来るけど……」
「それが実現するかどうかは……ま、これもやっぱり思い知らされてるからネ。アギトを無駄に恐れて、私への警戒が疎かになってくれてたとしても、成功率はようやく五分五分に近付く程度でしょウ」
五分五分……か。ミラのその言葉に、むしろ私はそんなにも高い可能性を計算出来ていたことに驚いた。というよりも、そもそも……
「……あの。戦い方、倒し方は心得ているつもりだ……とのことですが、本当にそんなものがあるのでしょうか」
正攻法では難しい。それは初めて戦った際に思い知っている。
あの時のユーゴに不覚が無かったと、動揺による対処の遅れが無かったとは言わない。だが、あの時の彼の強さに不足があったとも思えない。
ならば。と、今はアギトの存在を――魔女自身に植え付けた、自らをも殺し得る存在という楔を利用しての作戦をふたりは立ててくれている。だが……だが、だ。
それはそもそも、あの魔女という存在を殺しうる力があって初めて成立するものだ。
気を引く、誘導する、不要な警戒心を抱かせる。それらはすべて、別の角度への油断を誘う為のもの。
それで隙を見付けられたとしても、そこに致命の一撃を与えられないのであれば……
「あの魔女は、アギトの力でも……世界を亡ぼす力と評されるほどのものでも斃れなかった。完全に行動不能になるまで追い込むことが出来ても、その先までは追い落とせなかったのです」
ミラの強さにも疑うところは無い。だが……ユーゴとふたりで掛かったとしても、あの時のアギトの理不尽さに比べてしまえばどうしても……
「……フィリアはちょっとだけ勘違いをしてるわネ。あの時のアギトより、私やユーゴの方がずっとずっと強いのヨ?」
「……え? た、たしかにふたりの強さは理解しているつもりですが、しかしあの無貌の魔女をあれだけ一方的に追い込めるとは……」
そうじゃなくてネ。と、ミラは混乱するばかりの私に困った顔を向けた。そうではない……とは、いったいどうでないと言っているのだろうか。
「アギトにあったのは、亡ぼし得る力ヨ。魔女だろうが人間だろうが、何が標的だろうがまったく同じ結果を――終焉をもたらす力。そして――何ひとつとして亡ぼせなかった力でもあるノ」
「……? ええと……」
ちょっと説明したつもりだったケド、抽象的過ぎて理解出来てなかったのネ。と、ミラは少しだけ笑顔になって、そして私の手を握った。嬉しそうに、にぎにぎと。
「アギトにあったのは、世界を亡ぼす力で間違いないワ。でも、その力は一度として何かを亡ぼしたことが無いノ」
「だから、アギトは何も殺せないし、終わらせられないのヨ。ただ、どんな対象を相手にしたとしても、その一歩手前までは追い込めるんだけどネ」
「ええと……ですから、それは貴女の魔術よりもずっと強力な……」
たとえ魔女が相手だとしても、それ以上の存在が相手だとしても、アギトはそれを死の寸前まで追い詰められる……のだろう?
それは……やはり、魔術の――人の技術の範疇にあるミラの強さよりも、より強力な――理不尽なものだろう。
どうにも先ほどから混乱してばかりいる私に、ミラはまたにんまりと笑って……本当に嬉しそうに、誇らしげに、胸を張って説明を続けてくれた。
「相手が魔女でも、魔獣でも。人間でも、野生動物でも。そして、生まれたばかりの赤ん坊でも、踏み潰せる程度の虫でも、同じ結果が現れるのヨ。あの力は、結果だけに作用するものだかラ」
「…………? ええと……」
結果……だけに……ううん? それは……ええと……まったく理解出来ないのだけれど……
「深く悩まなくても良いわヨ。アギトにあったのは、どうやっても誰も殺せない力だったとだけ分かってくれれば、それデ」
「けど……私は違ウ。私は獣も魔獣も、それに魔王も、しっかり倒して、そして殺すことの出来る力を持ってるワ」
「……ええと……はい、その……言葉の上では理解した……つもりです」
とてもではないが納得は出来ていないし、そもそもの言葉の意味も半分程度にしか把握出来ていない気がする……が、それは本題ではないと言いたいのだろう。
なら……ううん。不服だが、今は頷くしかないか。
「さて、その前提を頭に入れて貰った上で……魔女が魔法を使役するとは言っても、それで不死性を得ていたり、絶対に倒せない存在になっていたりするわけじゃないワ」
心臓を貫かれれば死ぬし、死ねば生き返ることもしなイ。と、ミラは少しだけ物騒な顔付きになってそう言った。
それは……そうか。あんな存在でも、生命である以上はそこは変わらない……と。
「魔女を倒すのに必要な要素は、まず魔術、そして魔法を無力化することヨ。それさえ出来れば、あとは人間とそう変わらないワ」
「特異な能力さえ封じてしまえば脅威ではない……と。なるほど、では……」
その魔法を封じる策がある……のだな?
戦う策があると、倒すすべは理解出来ていると口にしたということは、つまりその部分に解決手段を準備出来ていて、しかしそれを成功させられるかどうかが分からない……と、悩んでいるわけだろうから……
私が希望を半分持ってそれを尋ねると、ミラはにっと笑って……そして、また私の手をぎゅっと握った。やはり、すでにその切り札は彼女の手の中に……
「そんなのが見付かったら話は早いんだけどネ。残念ながら、完全に無力化するのは不可能でしょウ。マナの不可侵性を思えば、当然のことなんだケド」
「っ⁈ で、出来ないのですか!?」
ではその自信はどこから来るのですか! と、つい声を荒げてしまいそうになった。
もとより自信家だとは思っていたが、切り札も手にせずいったい何を根拠に勝機を見出していたのだ、この子は。
「魔法の無力化は出来なイ。でも、魔術の範疇に収まってくれるならそうでもないワ。そして……たとえ魔法だとしても、それは結果が異常というだけで、その理屈は魔術のそれと変わらなイ」
少なくとも、転移と転送の魔法については一度突破してるもノ。対策は立てられるワ。と、ミラはまた胸を張ってそう言った。
一度突破している……とは、そうか。そうだった。彼女はユーザントリアにて魔女と交戦した経験があるのだ。
そして、それを乗り越えてこうして今も元気に生きている。ミラの存在こそ、魔女の魔法が無敵ではないことの証明である……か。
「こっちの手の内をこれ以上晒せないからには、次の遭遇で決着を付けないといけないワ。ベルベットもいることだし、早いうちに準備を整えて、集いのアジトまで乗り込みましょウ」
策はある。手掛かりは無い。根拠も勝機もまだ薄い。それでも、前進が最良だとミラは言う。
まだ不安も疑問も混乱も頭の中にたくさん残っている……だが、しかし今はミラの言葉を――その自信を信じよう。
このたくさんのぐるぐるした感情は、晩に眠る前に整理すれば良いのだから。




