表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
460/544

第四百五十八話【再合流、そして初対面】



 ヨロクへ戻り、私達は数日をそこで過ごした。目的……は、無い。いいや、正確にはあるのだが、それは私達にどうこう出来るものではないのだ。ただ、その時が来るのを待つだけ……と、そう言うべきだろうか。


 そして、その時……というのが……


「――――フィリア――――っ! 良かった、無事だったわネ!」


「お久しぶりです、ミラ。ユーゴにもアギトにも守っていただきましたから、私だけでなく部隊にも死者は出ていません」


 ヨロクの街役場で待つ私のもとに、林での調査を終えた――筈のミラが帰って来た。にこにこ笑って、はしゃいで、嬉しそうに私の名前を呼んで……


「フィリア! フィリア! んふふ」


「ふふ、良い子良い子……あの……」


 膝の上に登って来て、思い切り抱き着いて、そして……どういうわけか、私の顔をべろべろと舐め回し始めた。すみません、それは…………それは、再会を祝してくれている……のですよね……? ユーザントリア特有のもの……だったりするのだろうか……


「こら、バカミラ。やめなさい。お前、ちょっとフィリアさんに対して遠慮が無さ過ぎるぞ。マーリンさん相手でもそこまでやらないのに、何がお前を駆り立てるんだ」


 そんなミラを咎めるアギトの言葉に、これがユーザントリアにもともと存在する文化ではないことは理解出来た。


 では……この子はいったい何をしているのだろう。可愛らしいし、くすぐったいだけだからそう大きな問題も無いけれど……


「んむ……ふふん。バカアギトは一生知ることなんて無いでしょうケド、フィリアはちょっと甘くて美味しいのヨ」


「――っ!? た、食べられそうになっていたのですか……っ⁈」


 前言を今すぐに撤回すべき言葉が聞こえた。よもや、ミラは私を捕食しようとしているのでは……?


 不意に普段の彼女の……アギトの首の肉を食い千切らんとする彼女の獣のような表情を思い出せば、魔獣と向き合った時以上の緊張感が走る。今まででもっとも命の危険を感じているかもしれない……


「こら、なおさらやめなさい。離れなさい。フィリアさんも、食べられそうになってるんだから拒んでください」


「や、やはり食べられそうに……ミラ、私は美味しくありませんよ……?」


 言って聞かせてないでちゃんと突っぱねてください! と、アギトは私にちょっとだけ怒って、それからすぐにミラを抱き上げ……抱き上げ……ようとするのだけれど、ミラはそんなアギトの手を噛んで必死に抵抗していた。


「こら、噛むな! いや、噛んでも良いけどフィリアさんにはやるな! お兄ちゃんにしときなさい! お兄ちゃんならいくらでも噛んで良いから! フィリアさんを舐めるのはやめなさい! 国際問題!」


「いえ、そこまで大ごとにするつもりもないのですが……」


 してください! 大ごとにしてでもちゃんと拒んでください! と、もう一度怒られては、私も従うしかなかった。いえ、そうでなくとも身の危険は自分で払わねばならないとも思うのですが……


「って、そもそもこんなことしてる場合じゃないだろ! こら! バカミラ! 人に散々話の腰を折るなって言っといて! お前がそうやってると全然本題に入れないだろうが!」


「ぐるるる……んむ、それもそうネ。フィリア、調査結果を報告するワ。このまま聞いテ」


 離れてから話しなさい! と、三度目のアギトの怒声で、ようやく……とても嫌そうな顔をしたし、とっても渋々といった態度だったが、ミラは私の膝の上から退いて椅子に座り直した。その……食べられさえしなければ、膝の上でも構わなかったのですが……


「結果から言うと、あそこはゴートマンの……延いては、魔人の集いの工房とは無関係……だと思われるワ。と言うよりも、現在この国で活動している魔術師のものではなかっタ……かしらネ」


「……今はどこかに行ってしまっている誰か……が、あの林に結界を張っていた……ということでしょうか」


 さて。しばらくじゃれ合う時間もあったが、目的であったヨロク北方の林の調査の、その報告がミラの口から聞かされる。その結論は、事前に予想していたものとは大きく異なるものだった、と。


 ヨロク北方の林については、これでもう長い因果が存在する。


 初めにはマリアノさんと邂逅し、ひとり目のゴートマンとも遭遇し、更にはミラをしても格上と評されるだけの魔術師の存在が示唆された場所。


 その最後の因果……詰まるところ、推定ではあのふたり目のゴートマンが魔術工房を作っているのではないか、それを隠匿している場所なのではないか……と、そう思っての調査……だったのだが……


「結界はたしかに存在しタ。けれど、その奥には何も無かっタ。時間を掛けて探し回っても、そこには儀式を行った痕跡すら存在しなかったのヨ」


「痕跡すらも……か。なあ、ミラ。それってさ、お前でも見付けられないくらい上手に隠蔽されてた……って可能性は無いのか? その……お前が格上なんて呼ぶくらいだし……」


 それは無いでしょうネ。と、ミラはアギトの問いに即答した。


 しかし、私にもアギトの疑問は理解出来た。同時に、ミラがそれを否定する根拠が分からない……と、きっと彼と同じような顔をしていることだろう。


「簡単なことヨ。隠すつもりがあるんなら、あんなに目立つ結界なんて残さない方が良いじゃなイ。そこまで完璧に隠蔽出来るんだったら、無駄に目立たせるだけ魔力の損だもノ」


「それは……なるほど、その通りですね。では、その結界には別の目的が……用途があった……というわけでしょうか」


 私の問いに、ミラはこくんと頷いた。そして、そのもうひとつの目的についても既に目処が付いている……と、そう言わんとする目をしていた。


「あの結界は、何かを見張る為のもの……だったんでしょウ。こんな可能性、見た時点で思い付いておくべきだったんだケド。ことここに至るまで頭に無かったのは、あれだけの魔術師が何かを警戒する必要があるなんて思わなかったかラ……思い込みが、常識への過信があったから……ネ」


 なるほど。ミラ以上の力量の魔術師ともなれば、自分の研究が漏れることを――自分の利益、損益を考えることはあっても、別の脅威に対する警戒などを急ぐ必要も無い……と思えるから。


「で……問題は、そうまでして何を見張ろうとしていたのか……なんだケド。これについて明確な回答は出ないわネ。正義感から魔獣の動向を監視している可能性もあるし、あるいは……」


 私達と同じように、あの無貌の魔女という存在を認知し、それを監視しようとしている……か。ミラは頭を抱えたまま、しかめっ面を浮かべたままながら、しかし私の手を取って小さく頷いた。その目は勇気に満ちていた。


「ただ、感知の結界がありながら、そこへ侵入し、魔術による干渉を何度も行った私達を無視しタ。つまり、あの結界の主はもう監視に意味が無いと割り切って破棄してしまっていル……あるいは、私達を敵対勢力とは思っていないってことネ。なら、これが第三勢力となる可能性は低いワ」


「ふむ……では、可能性として考えられるのは、すでに国外へ出てしまった魔術師か、あるいは……」


 ヨロクやその周辺に魔獣除けの結界を展開した魔術師……つまり、私達の味方になりそうな存在であるか。


 総じて、今度の調査の結果によって得られたものは、あの林や他の魔獣が存在しない地点について、危険視する必要性は極めて低そうだ……と、そういうことだろう。


「ただ……そういうわけだかラ、あのゴートマンについての手掛かりは得られなかったワ」


「それについては仕方ありません。むしろ、無関係が分かっただけでも大きな収穫ではないですか。少なくとも、貴女があれだけ警戒するほどの結界を展開する腕前は無い……かもしれないわけですから」


 それでも、以前にはミラの魔術のほとんどを模倣し、彼女をして敵わない魔術師であると評されているのは事実。


 警戒は緩められないが、しかし積極的にこちらの動向を監視しようという意図は無いと分かったのだ。それは大きな一歩だろう。


「……と、まあこんな有様だったからネ。流石にこれっぽっちの収穫じゃ、フィリアに無理をして貰ってまで増援を呼んだ甲斐も無いじゃなイ。だから、もうちょっとだけ働かせるつもりではいるワ」


「頼もしい限りです。それではなおさら、私からもお願いせねば。その前にお礼も言わねばなりませんね」


 と決まれば、その人物のもとへ案内して貰おう。あるいはこの部屋へ来て貰う方が良いのかな? どちらでも良いが、とにかく直接会って挨拶をせねば。王として、大人として、協力を頼んだものとして。礼儀は尽くさないと。


 そう思い、私はミラに紹介をお願いした。今はどこかの宿に泊まっているのだろうか。それとも、砦に身を寄せているのだろうか。


「わざわざ出向くなんて、そんな必要は無いわヨ」


「いえ、そういうわけにもいきません。きちんとお礼をして、そして……」


 そうじゃなくテ。と、ミラは私の言葉を遮って首を横に振った。そうではない……のならば、どうなのだろう。


 もしや、彼女と一緒にここまで来ていて、すぐ外で待機している……のだろうか。待たせてしまっているのなら、なおのこと急がねば――


「――そうじゃなくて。もういるから、そこに」


「――え……? そこに…………きゃあっ⁈」


 そこ。と、ミラが指差した方を振り返ると、そこには誰もいなかった――その瞬間までは、何も存在しなかった。


 けれど、ミラに言われて私がそこを見たから……だろうか。それとも、ミラが声を掛けたからだろうか。きっかけが何かは分からないが、何も無い筈の部屋の一角は、突如音も立てずに崩れ始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ