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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百五十七話【一歩の価値】



 朝日が昇るその時まで、私は結局眠ることが出来なかった。


 ユーゴの声を聞いた。顔を見た。他愛の無い話をして気を緩めた。それでも、胸の一番下のところに根付いた恐怖は拭えなかったから。


 分かっている。この恐怖は、不安は、決して消えやしないし、同時に大きな問題も呼び込まない。


 私はただ、その可能性を知ったというだけだ。よもや、彼ほどの歳頃の少年が自死を選ぶなどあり得ないだろう。と、そうとすらも考え付かないくらい、その結末は考え難いものだったのだ。


 だから、今までは私の中にその可能性が無かった。けれど、偶然……何かの意味などはどこにも含まれず、ただただ偶然にそれを思い描く機会があったから。それを知る機会があったから。


 嫌な可能性が私の中に突然やって来て、その衝撃があまりに大きくて。だから、私はしばらくこうして麻痺したままになるのだろう。


 強い力で心を殴られたから、痺れてしまってそればかりに気が行くのだ。そう、ただそれだけのこと。


 それだけのこと……でも、痺れは簡単には引かないから。それで眠れないのも、不安になるのも、そう奇妙なことではない。そう言い聞かせて、暗い中で朝が来るのを待っていた。




 そして、そんな朝ももう少し前のこと。私達は部隊を整列させて、ネーオンタインよりまた更に東へ――海へ、港のあった場所へと赴いていた。


「……ずいぶん小さいな。まあ、町の規模も大きくなかったし、こんなもんなのか」


「そうですね。貴方の知る港となれば、ウェリズやナリッド、カンスタンと、それにクロープでしょう。それらに比べれば、そもそもの用途も違ったでしょうから……」


 その場所を訪れてすぐ、ユーゴはまだ馬車から降りる前からそんな文句じみた感想を口にした。なんだか小さい、想像していたのとは違った、と。


 こればかりは仕方のないことだが、彼の知る港とこの町の港とでは、作られた目的から違ってくるだろう。もちろん、船を出す場所……という用途は同じなのだが、そうではなくて。


 ウェリズの港は、そもそも外国からの船を受け入れる仕事がある。


 最終防衛線の外に弾き出された後にも、そして特別隊の結成によって再びアンスーリァの管理下に置かれた今でも、ずっと続く大切な役割だ。


 ナリッドの港は、街の復興の為に私達が拵えたものだ。その用途は、大量の人と物資を運び込むことにある。


 同じく最終防衛線の外の街だったこの場所には、とにかく復旧を急ぐ必要があったから。後にも高い価値を持つだろうと見込んで、予算の許す範囲で大きな港を作ったのだ。


 カンスタンとクロープについては、最終防衛線の内側……つまるところ、ランデルから近い場所にあるのだから。


 人が多い――水揚げされた海産物を売る先が多い、漁業に勤しむ人数が多い、それらに携わる商人や職人の数が多い。とにかく、港を大きくするメリットが多大なのだ。何も悪い理由が無いのなら、投資をして大きな港を作ることになろう。


「この町は、大きさに比例して人口も多くはなかったでしょう。そうなると、自ずと売れる数にも限りがありますし、売り手の数にも限度がありますから」


 そして、最終防衛線の外に弾かれたという時点で、経済的な保証がほとんど無いに等しいのだ。ジャンセンさんのような交易を仲立ちする存在も無ければ、他の街へ持っていく為の漁にも出られなかっただろう。


「防衛線が出来る前ならば、あるいはもう少し大きな港があったのかもしれません。ですが、それを維持するのも簡単ではありませんから」


「ふーん。でもそれだと、今回の目的もちょっと微妙なとこ無いか? 小さくて使いにくい港だって知られてたら、ここを解放する価値はそんなに高くないって思われたりさ」


 ふむ、なるほど。ユーゴが気に掛けているのは、今回の解放作戦――に見せかけた陽動作戦の、魔人の集いから見える状況についてだろう。


 この町の港が小さいのならば、軍事的な活用は少し難しい。ゆえに、ここを解放されることで大きな痛手を受けることは無い、と。


 あるいは、この場所を本気で軍事利用する意図が無いと考え、他に作戦があるのではと見抜かれる可能性があるのでは、と。


 あちら本位かこちら本位かの差はあれど、たしかに疑われ得る状況は存在するだろう。だがそれは、ユーゴの言う通りだった場合……すべてがその通りだった場合、だ。


「小さかろうと、使いにくかろうと、あることが重要ですから。不便な選択肢があることと、それすら無いのとでは、まったく比べ物になりません」


 小さかろうと、使いにくかろうと、それを十分に知られていようとも、海路を伸ばすことに価値が薄いなんてことはあり得ない。


 最近でも似たようなことを考えた気がするな。あれはたしか、イリーナとの交渉の時だったか。


 彼女は一度、ウェリズの港を要求して来た。助力の見返りに国土の一部……国が保有している天然資源を譲渡するという条件に対して、あの街の港の占有権を所望したのだ。


 私はそれを拒んだし、イリーナも拒まれることは承知の上という様子だった。


 アンスーリァはウェリズの港を絶対に譲れなかった。同時に、サンプテムは是が非でもその港を手にしたかった。だから、互いの主張は、力関係が崩れない限りは打ち消し合ってしまう。結果、ウェリズは今まで通りにアンスーリァの管理下に残った。


 そう、結果だ。そうなったというだけで、求められた、拒まざるを得なかったという過程は紛れもなく存在する。


 それだけ望まれる、価値の高いものなのだ。港とはつまり、海路そのものを意味し、そこから出発する船の行けるすべての海を意味し、海で手に入るあらゆる資源を意味し、そして外国との繋がりも意味する。


 たとえどれだけ小さかろうとも、海に出られる場所には価値がある。小さな島国であるこのアンスーリァにおいては、海岸は鉄鉱山よりもいっそう価値が高いのだ。


「……というわけですから。それに、以前には海洋で魔獣とも遭遇しましたが、地上に比べて危険が少ないことはまだ変わりません。魔人の集いからすれば、自分達の喉元近くにまで、安全に、そして素早く移動出来るようになるのは避けたいところでしょう」


 港があれば、それが大きくとも小さくとも寄港出来る。船を泊められるのならば、軍を向かわせられる。魔女やゴートマンの力がどれだけ高かろうとも、魔人の集いという組織にとっては軍隊も十分に脅威になる。それは遠ざけねばと考えるだろう。


「……なんか、こういう話をしてる時だけはフィリアも王様っぽくなるな。経済とか、軍事とか。まあ、俺があんまり分かんないからそれっぽく聞こえるだけかもしれないけど」


「っ⁈ それはどういう意味ですか……と、問うまでもありませんね。本当に貴方は、私をなんだと思っているのですか……」


 どうしてだろう、尋ねられたことにしっかり答えただけなのに。どうしてか馬鹿にされてしまった気分だ。彼としては褒めたつもり……なのかもしれないけれど。


「でも、ちょっと納得した。たしかに、無いよりはある方が良い。手に入れられるくらいなら邪魔した方が良いと思うもんな」


 納得してくれているのなら良いのですが……どうにも腑に落ちないものがあるな……


 しかし、ユーゴの言葉自体はその通りだ。そう、手に入れられるくらいならば、邪魔をした方が――いっそ壊してしまう方が良いとすら考えられる。


 その前提を頭に入れて、もう一度この町を見てみたならばどうだろうか。もしや……と、そう思えなくもないものがあるのではないか。


 このネーオンタインには魔獣が棲んでいなかった。けれど、攻撃された形跡はあったし、そういった過去があったともヴェロウから聞かされている。


 それはつまり、この場所を意図的に襲った可能性がある……ということではないだろうか。港を活用されるのを嫌って、機能を完全に破壊しておこう……と。


「……ともすると、この場所を解放したのには大きな……当初予定していたよりもずっと大きな価値があったかもしれませんね」


「……? そうなのか?」


 もっとも、これは魔人の集いの意図、目論見ありきの話だから。考えたとて答えも出ないし、それをアテにして次の策を練ることも出来ないが。


 それでも、あるいは小さくないダメージを与えられたかもしれないと思えば、少なからず胸がすく思いだ。


「それでどの程度の反応があるかまでは予想出来ませんが、組織に対しては圧迫感を与えられたでしょう」


 それに対して魔女が何も動かなければ、もしかしたら組織から魔女への不満や不信感などが湧き出るかもしれない。これは期待したとて意味も無いことだが、後の解放において楽になる場合も考えられるだろう。


 なんにせよ、この場所を解放した――今は陽動でも、後にまたここまでやって来ることが不可能ではないと分かったことは大きな収穫だ。


 それから私達は港の状況――どの程度までが修復可能で、修復不可能な部分をどの程度再構築すれば軍を寄港させられるかを確認して町を出発した。ヨロクへ戻るまでの道のりには、今度もやはり大きな障害は現れなかった。

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