第四百四十二話【欠かせないであろうもの】
ゴートマンとの面会を終えた翌日、私はユーゴを連れて友軍宿舎を……アギトとミラのもとを訪れた。
本当に、ここのところは何かある度にふたりのもとを訪れているな……ではなくて。
「アギト、ミラ。それにユーゴも。聞いてください。作戦を決行する日取りが決まりました」
そして、またふたりの部屋へ案内されてすぐ、私は皆にそう告げた。ずっと悩んでいた問題に結論が出たのだ、と。
「……決まった……って、なんか判断材料あったか? アギトからもチビからも大した話聞けてないのに」
「はい。昨日、ゴートマンと面会をしてきました。そこで、魔人の集いについて……いえ。魔人の集いの、組織としての大切なものが何であるかに見当が付いたのです」
私がそう言うと、三人は目を丸くして……そして、ユーゴは怒鳴り声をあげて私の肩を叩いた。い、痛いです。
「アイツに会ったのか!? なんでひとりで行ったんだ! アホ! 間抜け! デブ!」
「で――た、体型は関係ないではありませんかっ」
うるさい! デブ! と、ユーゴは何度も何度も私を叩いた。で、ですから……今は体型は関係ないではありませんか……っ。
「私もユーゴと同じ意見ヨ。牢屋に入れられてる、魔術も多分まだ使えないでいるとは言え、危ないことには変わりないんだもノ」
「うっ……そ、そうですね。相談せずに独断で行動したのは愚かでした。反省します」
だが、ひとりでなければならない理由もあったのだ。私がそう言うと、ミラは首を傾げ、ユーゴはもっと怒った顔になってしまった。
お、怒らないで……叩かないでください……
「その……私はあの者に尋問をしに行ったのではありません。そんな能力はありませんし、それが許される立場でもありませんから、当然です」
「ただ私は、私相手にだからこそ……怒りを、憎しみを向ける相手にだからこそ見せる、ゴートマンの素顔を確かめたかったのです」
「素顔……ですか? それは……えっと……」
まあ、化粧もしてましたけど……と、アギトが彼らしいズレた発言をしたおかげで、ユーゴとミラの怒りと疑問の矛先は、私から彼へと向いてくれた。
安心したような、話が止まってしまって困るような……
「こほん。物理的な素顔ではなく、本性と言い替えた方が良いかもしれませんね」
「見下しているからこそ、警戒しているからこそ、敵対しているからこそ、虚勢を張れず、あるいはひた隠しにすることも出来ない部分もあると思ったのです」
「ゴートマンが大きくも小さくも見せられないもの……か。ってなると……」
あの魔女のことか。と、ユーゴもミラも声を揃えた。
アギトだけがそれに少し遅れて理解した表情を浮かべ……浮かべ……本当に理解しているだろうか。なんだか不安になるほど目が泳いでいるが……
「はい、ふたりのおっしゃる通りです。あの者は魔女を崇拝していました。それ故に、魔女の力を小さく見せるような言動は取らないだろう、と。同時に、不必要に大きなものであるとうそぶく必要も無い」
「……なるほどネ。たしかに、それならフィリアひとりの方が良いかもしれないワ」
「フィリアは嘘をつけないし、ついてもすぐに見抜けるかラ。ゴートマンとしては、ある意味ではもっとも油断してしまう相手でもあるわけだシ」
その……どうしてだろうか、まったく嬉しくない……
いえ、そもそも褒められているわけではないのだから、当たり前なのだけれど……
ともかく、その点についてはミラの言うとおりだ。ゴートマンは私に対して強い敵意を向けているからこそ、対抗意識から熱くなり過ぎてしまっていた……ように見えた。
もちろん、平時においてはそれも大きな意味を持たない。
ゴートマンはただ、魔人の集いの不利益になることだけ……直接的な情報だけを秘匿すれば良い。
それさえ守っていれば、そもそもとして駆け引きに意味の無い相手なのだ、あの無貌の魔女という存在は。
それだけ常軌を逸した能力を持っていて、私達がそれに迫ることなどあり得ないのだから。
だが……だが、だ。今度ばかりは事情が違う。
「私が確認したかったのは、ゴートマンと魔女との関係……いえ。魔人の集いと魔女との関係性について、でした」
「ゴートマン本人にとって、秘匿する必要の無いもの。同時に、もっとも秘匿し難い――したくないと、本能的に対抗してしまう部分です」
ゴートマンにとって、魔人の集いにとって、魔女とは崇拝する対象……つまり、掲げた誇りなのだ。
国軍が国の紋章を掲げるのと同じだ。それは権威を示すもので、自らの行いを以ってその存在を周知させる目的を持つものだ。
だから、ゴートマンは魔女を隠さない。隠せない。隠せば背信に繋がってしまうと、ああまで妄信している以上はそう思ってしまうだろうから。
しかしながら、私の目的は、そこであってそこではなかった。
「……ん、なるほどネ。話が読めたワ。ゴートマンと魔女との関係がどうであるかを知る……ことには大した意味は無イ。だからこそ、ゴートマンもそれを隠さなイ」
「だけど、フィリアの目的は、それを隠すのか、あるいは隠さないのかという部分に集約されていたのネ」
「はい。流石ですね、ミラは。その通りです」
っと、ミラにはもう気付かれてしまったか。
私の返答に、ミラはふふんと鼻を鳴らし、嬉しそうに私の膝へと登って来た。ふふ、よしよし。
「そして、ゴートマンはそれを隠さなかった――魔女への信頼を第一とした。自らの信仰を、信奉を」
「私は、それこそを魔人の集いの目的と――組織として欠かしてはならないものであると推測します」
私の言葉に、ミラはうんうんと頷いて、そしてぐりぐりと喉元に頭を擦り付け始める。
よく出来ました。と、褒めてくれているのかな。いい子いい子。
「……魔人の集いは、魔女への信仰を第一にしてる……ってことか? でも、それが分かって、どうして作戦の日取りが決まるんだよ」
「それは……ですね。もちろん、絶対のことではありません。私達から出来るのは、推測と予想だけですから。絶対ではありませんが……」
組織にとって欠かしてはならないもの。多くあるその要素の内に、今回にちょうど当てはまるものがひとつある。
それは、体裁――つまり、組織としての指針だ。
「魔人の集いは、魔女への信仰によって成り立っている。裏を返せば、その信仰を無くしては、組織に属する魔人達への求心力は失われてしまうわけです」
すると、組織は空中分解してしまうわけだ。ジャンセンさんを失い、解放作戦が進められなくなった特別隊がそうであったように。
あの件は、ジャンセンさんがいなくなってしまったことが最大の要因ではない。
あの方の不在によって組織が組織としての機能を果たさなくなったことで、皆から不信感を買ってしまったことが原因だ。
そして、魔人の集いにとってのそれは、魔女の力に対して不信を持たれること……つまり……
「――魔人の集いは、アギトと魔女の戦いを知らされていない筈です。その力を打ち破られ、追い詰められたなどと、わざわざ共有するわけが無いのです。ゆえに……」
「……攻めてくるとしたら、あのゴートマンだけ……ってことか。そして、アイツもアイツで……」
アギトの力を知っている。魔女を追い詰める場面を見て、その得体の知れなさを肌で感じて、手を出せないでいる……と、そこまでは言わずとも、積極的には動き難くなっているだろう。
「魔女の弱点を消す為に……アギトを対処する為に、攻撃を仕掛けてくるかもしれない。と、その前提は覆されました」
「そして同時に、もうひとつ……体裁を保つ為に、あちらから動くわけにはいかない理由があります」
「……今までがそうだっタ……からネ。自分達の領土を守って、侵入してくるものを嘲笑うように迎撃しテ。けれど、それ以上のことをせずにいたかラ」
ミラの言葉に、ユーゴはわずかに首を傾げた。本当にそうだろうか。それは勝手な思い込みではないか。と、疑問を抱いているようだ。
もちろん、その可能性はある。魔人の集いが本当に何も知らされていない……そして、何も考えさせられていない――ただ命令に従っているだけならば、事情説明を省いた上で攻撃させるという可能性も十分にある。
だが、それでは……その程度の集まりでは、今までの間にとっくに潰れている筈だ。
状況証拠と、それに敵への信頼によってのみ成立する理由だが、その強さが根本にあるおかげで、簡単には覆らない根拠になっている。
「魔人の集いにとって、魔女は悠然とした存在でなければならない」
「事実、ゴートマンは私が生きていることに憤っていましたが、しかし……私達が戦闘に赴かなければ、殺されることも無いだろうという考えでいました」
魔人の集いにとって、魔女は自ら動き、殺戮を繰り返す存在ではない。
そうであるならば、組織に対して攻撃命令は出せないし、命令が出なければ組織はこれまで通りの行動を取るだろう。
「よって……ネーオンタインの解放作戦は、ヨロク北方の調査開始の直前とします。そして、解放と並行して、ダーンフールへの派兵も進行させます」
「あちらから動くことが無いのであれば、こちらは最速最短で準備を進め、応手の前に解決することが望ましいですから」
「うん、それが良いと思うワ。人員を分散する以上、どこが狙われても危険なんだもノ」
「さっさと準備して、さっさと攻め込んで、さっさと終わらせるのが一番だワ」
私の決定に、ミラも、それから少し遅れてユーゴもアギトも頷いてくれた。
よし。そうと決まったならば、今はまず調査の準備と派兵準備を進めよう。
解放作戦へと踏み切るのは、ミラの呼んだ援軍が到着する直前……今から二十日ほど後になるだろう。
それだけの時間があれば、防衛線内で出来る準備はすべて整う筈だ。街を護る準備も、魔女を討つ準備も。




