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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百四十一話【確かめたことは……】



 パールが執務室に戻って来たのは、日の暮れる少し前だった。

 それなりの時間を要したが、しかし囚人との……ゴートマンとの面会は許可されたと、その報を持って走って帰って来てくれたのだ。


「ありがとうございます。貴方にもリリィにも、きっと納得いただける成果を挙げてみせますから」


 そんなパールにも報いなければ……と、今更になってもまだ積み上がるやる気を胸に、私は彼と入れ替わるように執務室を飛び出した。


 廊下を進み、自室の前を過ぎて、ユーゴに声を掛けることもせず。

 宮の玄関を潜って、向かう先は国軍の守る収容所――ゴートマンの捕らえられた独房だ。

 人から見られることも気に留めず、走って走って、たまに足を休めて、そうして私は収容所の前までやって来た。


 息を切らして現れた女王の姿に見張りの憲兵は大層驚いていたが、しかしそれで入ることを拒まれたりなどしない。

 パールのやってくれた手続きに則って、私はそのまま中へと案内された。そして……


「面会を許可出来る時間は限られます。そして……御身が誰よりもご理解しておられることとは存じますが、危険な能力を有する魔術師です。どうか、くれぐれも檻に近付かぬようお願いいたします」


 話を出来る時間を告げられ、身体検査を終えて、私はまたあのゴートマンと……ここへ移送した後には初めて、あの女と顔を突き合わせた。


「――しばらくぶりですね、ゴートマン。自由な暮らしとは言い難いでしょうが、不便はしていませんか」


「……フィリア=ネイ=アンスーリァ……っ」


 大股で五歩ほど先の檻の、その更に向こう。豪華とは言い難いが、しかし生活をするには十分な、人権を保たれる程度の部屋の中に、その姿はあった。


「……髪が伸びましたね。貴女も女である以上、身だしなみには気を遣わせてあげたいところですが……すみません。その能力を知る以上、誰もその檻の中に入れるわけには参りませんから」


 以前に会った時よりも少し髪が伸びたが、しかしやつれたり、体調を崩している様子は無い。この収容所の管理が正しく機能している証拠だろう。

 そんなことだから、やはりと言うべきか、ゴートマンは以前同様に私をきつく睨み付けたままだった。その余力を残したままだった。


「……まだ死んでいなかったなんて。あのお方と戦うだなんて嘯いて、結局はその身可愛さに怖じ気付いたか」


 あの方……無貌の魔女……か。当然、その力をよく知るこの者からは、戦うことを取り止めにして、今もこうして無事に生きている……ように見えるのだろう。だが……


「……いいえ。残念ながら、あの魔女とはたしかに向かい合い、戦いました。そしてその後に、こうして貴女の目の前に立っているのです」


 だが、事実は違う。

 私は嘘をつけないが、それはつまり真実を真実としてだけ伝えやすいということでもある。

 私が真と知って告げた言葉は、ゴートマンにも真として届く筈だ。もっとも――


 ゴートマンは私の言葉に、大層不機嫌な顔になって吠えた。それはもう言葉ではなかった。

 強い憤りを……憤りだけを感じた。侮辱されたと、踏みにじられたと激高しているのだろう。

 この者にとって崇高な存在を――魔女を。貶すことは許さないと、怒りをあらわにしているのだ。


――真実であるかもしれないと思ったとて、それを信じるわけもない、か。


「く――くく……あはははは! そんな下らない嘘で私を騙せるだなんて、まさか本気で思ってなどいないだろう!」


 ゴートマンは不機嫌そうに眉間にしわを刻んだまま、私を睨み付けたまま、大声をあげて笑った。

 やはり、この者には強い信頼が……信奉か、信仰か。妄信的にも過ぎるほど、あの無貌の魔女という存在を神聖視している節がある。


 そしてそれは、きっとこの者だけに限った話ではない……筈だ。

 私とて、ユーゴの強さやミラの頼もしさにはつい頼り過ぎてしまうのだ。私よりも更に危機的な状況に生き、ふたりよりも更に圧倒的な力を見た人間ならばきっと……


「くく……くっ……そう、そうだそうだ。フィリア=ネイ。あの化け物はどうした。お前が縋り付いた、あの人間の形を模した化け物は。やはり、アレはあのお方に殺されたか?」


 くぅ、くぅ。と、ゴートマンは笑い声を我慢するしぐさを見せ、挑発的な笑みを浮かべて私をまた睨む。

 私の立ち振る舞いを、表情を――きっとアギトを失ったであろう悲しみを、それでも必死に押し留めようとする私の姿を堪能してやろう。と、そういう顔に見えた。


「……ゴートマン。三度は言いません。私達はあの魔女と戦い、生還しました。貴女が化け物と呼んだアギトの活躍によって、です」


「……くっ……ふふっ。つまらない、下らない嘘ばかりを。だが……どうやら、あの化け物が死んでいないことは事実のようね。ならばやはり……」


 口先ばかりで、尻込みしてしまったのだな。と、ゴートマンはまた私を挑発するように言葉を続けた。

 その顔は、やはり私を…………いいや。無貌の魔女という存在に与しない、この者から見える愚かな存在を、徹底的に見下したものだった。


「信じるか信じないかは貴女次第です。事実としてここに提示出来るものは、私の無事と、私の表情やしぐさから筒抜けになる私の仲間達の無事だけですから」


 ああ……と、なんとなく……本当になんとなくだが、安心したことがあった。

 もちろんそれは、今回の作戦に関係した話ではない。それに、このゴートマンから確認したい事実を引き出せた安堵でもない。


 私がほっとしたものは…………くだらない、汚らしいものではあるが、このゴートマンという人間への、得体の知れなさから来る恐怖意識――の、薄れ、消えゆく感覚だった。


「わずかな間、些細な出来事で、人は多少なりとも変わるものなのですね」


「……何を言っている、フィリア=ネイ。捕らえられたからと私を見下せているつもりか」


 いいや、そうではない。そうではないのだ。

 しかし……私はゴートマンの言葉にも首を振らなかった。その誤解は解かずとも問題無いだろう、と。


 変わったのは私……なのだろうか。ミラの言うところの私らしくなさ、か。

 とにかく、私はもう以前ほどこのゴートマンを恐ろしいと、危険だとは思えなくなっていた。


 イリーナだ。どうにも挑発的で、私を敵視して、大きな力を知っているという余裕を持つ女性。

 イリーナ=トリッドグラヴと比べた時、この者はずっとずっと……悪い言葉を使うのならば、未熟で、能力の足らない人間なのだ。


 彼女と話をしたから、向かい合ったから、その類の恐ろしさに慣れてしまったのだろう。

 もっと厄介な相手とも向き合ったのだからと、知らぬところでゴートマンを見下しそうになっている。


 しかし、油断はならない。それでもこの者には他者の精神へと干渉するだけの話術がある。あの魔術へと繋がるだけの能力が、たしかに備わっているのだから。


「……さて、世間話はこのくらいにしましょう。ゴートマン。私は貴女に確かめたいことがあるのです」


「いつ、誰が、お前のような人間と世間話をした。胎の内だけでなく頭の中まで腐っているのか」


 うぐ……まあ、私とこの者の間に正しい意味での世間など存在しないとは思うけれど。

 しかし、話題を変えようという意図だけで口にした言葉に、そうまでひどいことを言わなくても……


「ふん。何を言われようとも、私はお前に何も教えない。拷問でも尋問でも好きにするがいいわ」


 と言われてもな。拷問も尋問も私に出来ることではない。

 能力の有無以前に、正式に捕らえられた犯罪者に対してそのような行いをすることは認められていないのだ。法で禁止されていることは出来ない。


 それでも、私からこの者へと問いかけることは許されている。そして……今度に限れば、それで目的は十分に達成出来るだろう。


「……魔女の不利益になることはしない……ですか」


 私の言葉に、ゴートマンはまた目を丸く見開いて吠えた。

 冷静な人物だとは思っていないが、ここまで激高する……激高出来る精神性については、アギトのミラに対する執着に近いものを感じてしまうな。


「――不遜な言葉を使うな――っ! お前程度の人間があのお方を害し得るなど、誰も考えていない!」


「何を喋っても魔女に不利益は無いが、しかしそれを貴女のプライドが許さない……でしょうか。それとも、単に私が気に入らないだけ……でしょうか」


 どちらもだ! と、ゴートマンは檻に体当たりをしながら吠える。

 手をこちらへと伸ばして、ずっと離れた場所にいるのに今にも喉を絞められそうな迫力だ。


 だが…………


「……そうですか。私が確認したかったのはそれだけです。騒がしくしてすみませんでした」


「――っ。待て! フィリア=ネイ=アンスーリァ! お前は本当にあのお方を相手に生存が許されると思っているのか! お前など、あのお方の手に掛かれば――――」


 魔女の手に掛かれば……か。そうだな、それには違いあるまい。

 ゴートマンのおっかない言葉にそんなことを思いながら、私は部屋から……独房の前から立ち去った。


「お疲れ様です。もう結構です、ありがとうございました」


 ドアを閉めたならば、もうゴートマンの声は聞こえない。

 そして私は見張りに声を掛け、そのまま来た道を……走って来た道をゆっくりと歩いて帰る。そう、ゆっくりと。


「――――間違いない……のでしょう」


 たったひとつ。本当にわずかな確認だけだが、それでも仮説を裏付けるには十分な情報。

 それを、私はゴートマンの口から――何も教えてやるものかと強がったあの者の言葉から手に入れた。


 魔人の集いは動かない。こちらが動かない限り、あちらから侵略のようなことはしない。


 絶対にと言い切ることは不可能でも、私は自信を持って言い切ってみせよう。

 そして、その根拠をもとに作戦を――ネーオンタインの解放と、ダーンフールへの派兵と、そしてヨロク北方の林の調査とを完了してみせるのだ。

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