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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百三十六話【ふたつの例】



 何を守ろうとしているかではなく、何を手に入れねばならないと考えているか。組織としてそれが成立する為には、何を求め続けねばならないのか。

 ジムズはかつてそれを考え、そしてジャンセンさん率いる盗賊団と相対することが出来たと言う。


「――それで、貴方はジャンセンさん達の求めるものをなんだと仮定したのでしょう。聞かせていただけませんか」


 かつての彼らと魔人の集いとが同じ目的を掲げていたとは思わない。だが、何かの参考にはなる筈だ。

 その思いから、私はジムズにそれを尋ねた。


 すると、彼は少しだけ笑顔を浮かべて、それが正しかったのかは分かりませんがと前置きをしてから話し始めてくれた。


「盗賊だったわけですから、当然金品が……自らの生活を豊かにするもの、成立させるものが目的だと、初めはそう思いました」

「事実、その仮定の上で行動を予測し、先回りをしてみれば、たしかにかしらと会うことが叶ったのです。ですが……」


 ジムズはそこまで説明して、しかしそこで、何か楽しいことを思い出したように頬を緩めた。

 そしてすぐ、こほんと咳払いひとつすると、もう一度真剣な表情に戻って私と向かい直す。


「……あれはきっと、そうなるようにと誘導されていたのでしょう」

「私が頭の行動を推測したのではなく、行動を予測し、待ち受けられるだけの人材を探っていた……のだと思います」


「……なるほど。たしかに、ジャンセンさんならばそうしたかもしれません」


 ジムズが語ってくれたのは、つい納得してしまいそうな可能性だった。


 それを誰が確かめたわけでもない。今からでは確かめようもない。

 ただ、ジャンセンさんという人物を知っているものからは、きっとそうだと同意されそうな言葉。


 ある意味では、かの人物に縋った妄想だと切り捨てられてしまいかねないもの……だが……


「アイツならやるだろうな。俺達もそういうのされたし、せずに他人を信用する人間でもなかった」


 普段ならそういった甘い妄想に厳しい……もしかしたら私にだけ厳しいのかもしれないけれど、そういう言葉を口にする度に咎めたユーゴすらもが、それを否定しなかった。


「それでは、私達はこれで。ジムズ、ガーダー。それに皆も。ありがとうございました。皆のおかげで、小さくない一歩を踏み出せそうです」


「お力に慣れたのならば幸いです。どうか、ご武運を。今の我々にとって――特別隊にとって、陛下は頭やあねさんに並ぶだけの重大なお方ですから」


 ジャンセンさんやマリアノさんに並ぶ……か。それはなんとも恐れ多い、最大の賛辞と捉えさせていただこう。


 そして私はユーゴと共に街を後にした。もうすぐに日は暮れるが、しかし港まで向かう分には問題あるまい。


「朝になったらすぐに船に乗りましょう。ランデルまで戻れば、アギトとミラにも話を伺って……」


「魔人の集いが何をしようとしてるのかを考える……って言っても、そんなの分かるのかよ、本当に」


 おや。と、つい首を傾げてしまいそうになったのは、たった先ほど誰の言葉も否定しなかったユーゴが、何やら不安そうな言葉を口にしたからだった。


「なんだよ、その顔。あんな場所だからな、出来るだけ波風立てないようにする配慮はするよ。でも……フィリアとふたりになったんなら、もうそこんところを気にしてる場合じゃない」


「……なるほど。ありがとうございます、ユーゴ。たしかに、あの街に必要無いものですからね、その不安は」


 ふん。と、そっぽを向いてしまったユーゴだが、どうやらナリッドの皆を――まだ復興のさなか、まだ窮地のさなか、まだ――大勢の仲間を亡くした失意のさなかの皆を、少しでも励まそうという気持ちがあったようだ。


「貴方のそういうところは本当に尊敬しています。いつでも辛辣な物言いで諫言を繰り返すにもかかわらず、弱っているものには優しく寄り添う」

「やはり、召喚に応じてくれたのが貴方で良かったです」


「……大袈裟だっての。別にそんなんじゃない。またごたごたして手を貸して貰えなくなると困るだろ。それだけだ」


 それだけ……か。それだけの配慮をするのだって難しいのだ、人は。特に、自分も追い込まれている状況においては。


「……しかし、そうですね。貴方の言う通り、魔人の集いの目的――行動原理については、以前にも考えたことがありました。そして……」


「アギトにもチビにも聞いて、その上で答えが出なかった。それをもう一回確認したって結果は同じだぞ。そこんとこ、どうするつもりだ」


 そうだな。それ自体はまったくその通りで、言い返す言葉のひとつも無い。


 だがしかし、結果がまったく同じになるとは思っていない。

 いや……少し違う。何も分からないことは同じだとしても、あの時とは前提の部分が違ってくる……結果ではなく、仮定の方が同じにならない筈ではあるのだ。


「あの時ふたりに尋ねたのは、漠然とした疑問でした。しかしながら、今は違います」

「まず前提として、こちらの行動をあちらがどう読み取るか……という、もう一段階小さな疑問が挟まります。その次に……」


 読み取ったこちらの目的から、次にはどういった対応をするだろうか。と、またしても小さな疑問が浮かび上がる。


 そうだ。今は疑問を小さく細切れに出来ているのだ。

 あの時にはどうしようもなく大きかったそれが、今に限れば――この作戦の間に限れば、両手で包める程度の大きさに切り刻まれている。


「ミラは言いました。かつての戦いの中で――勇者としての冒険も、魔王との戦いも、そしてすべてを取り戻す為の召喚も、ふたりは自ら行動し、攻め込むことで成果を挙げてきたのだ……と」


 ならば、その時の彼らの行動原理は――目的、思考、配慮、それに懸念は、魔人の集いがこれから抱えることになるだろうものに近くなるのではないか。


 もちろん、ふたりは特別な存在だ。特別も特別、格別とはまた違う、異常という意味での特別さを備えている。

 普通ならばあそこまでの正義感を抱かない。あそこまで自らを省みない行動を取ることはあり得ない。


 だがそれでも、彼らには守るものがあった。

 守りたいもの――ジムズの言うところの、私達では決して予想出来ないものが、直接訪ねて確かめられるところにあるのだ。


「例がひとつ分かれば話はずっと変わります。それに、こちらにはもうひとつの例があるのです」


「……? もうひとつ? って言うと……特別隊の……さっきの話か?」


 ユーゴの言葉に、私は首を横に振った。そんな私を見て、ユーゴは困った顔で首を傾げてしまった。

 分からない……か。ふふ、なるほど。彼らしくない鈍さだが、しかし彼らしい反応なのかな。


「あったではありませんか。目的を持って、理想を掲げ、不安に見舞われながらも戦い続けた組織がひとつ」

「特別隊ではありません。魔獣と戦い続け、吸血鬼伯爵の噂を解消し、盗賊団の問題を解決した、たったふたりから始まった組織が」


「……アホ。組織って言わないだろ、ふたりじゃ。そう呼べるようになったのは、特別隊が出来てからだっての」


 そうだ。私達には、私達という前例があるのだ。


 国を救う為に、途方も無い犠牲を伴う魔術儀式を起動した愚かな王がいた。

 そんな王の言葉に従い、途方も無い数の魔獣を倒し続けた少年がいた。


 私達とて、これまでずっと戦い続けてきたのだ。

 その例も含めれば、確実とは言わずとも、答えに近いものはきっと手に入る。


「……というわけですから。ユーゴ、聞かせてください」

「貴方は私に呼ばれてこの国へ来てから、どんな思いで戦っていたのですか。そして、戦いのさなかに浮かんだであろう不安や疑問に対し、どのように対処しようとしたのですか」


「うっ……先にフィリアから話せよ、言い出しっぺが先だぞ、そういうのは」


 ふむ、なるほど。理屈は知らないが、まあどちらが先でも同じではあるか。


「そうですね……まず、私が語るべきは…………貴方をここへ呼んだ理由から……でしょうか」


 私がそう尋ねると、ユーゴは少しだけ怪訝な顔になって、ちらりと馬車の前を――馭者の乗っている方を見た。

 そして、きっと聞かれないだろうということを確認すると、それでいいよと催促する。


「……こほん。以前にも説明した通り、私は貴方に……いえ。召喚される誰かに、この国の現状を打破して欲しかった」

「それと同時に、私の中にあった絶望感を――先王の死、不釣り合いな即位、そして不安定な政治に対する悪い感情を棄て去る為に、儀式を行いました」


 そうしてやって来た少年に、私は大きな大きな――大き過ぎる、理不尽なまでの理想を押し付けた。

 けれど、少年はそれを背負い、涼しい顔で私の前を走ってくれたのだ。


 私は語った。ユーゴが来てから、その背中に何を見続けたのか。何を求め続けたのか。

 そして……隣に並んで戦っている今、その手を取ってどこへ向かいたいのかを。

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