第四百三十五話【組織を引き合わせるもの】
ランデルから離れた地、ナリッドにて、私はかつての盗賊団に――特別隊の仲間に協力を求めた。
これからの戦いは、相手を出し抜く必要がある。魔女を、魔人を。立ちはだかるものを出し抜き、騙して、こちらの作戦を通す。その必要が。
けれど、私には……私にもユーゴにも、天の勇者にも、それに……国軍にも。そのような経験はほとんど無く、明確な答えはおろか、取っ掛かりすら掴めないでいた。
そこで私は、かつて国営施設に潜入し、盗賊行為を手引きしていたという、特別隊の中でも主に事務作業を任されているもの達に光明を求めたのだ。
「……難しい……ですね。我々はあくまでも、潜入し、情報を得て、それを流し、その上で頭や姉さんの指揮の下に行動していたわけですから……」
「……今度については、内通者など居らず、情報も無く、情報戦に精通した指揮者も不在で……これではとても、以前の成功をなぞることは出来ない……ですか」
求めた……のだが。
ジムズやガーダー、それに彼らが集めてくれた隊員達全員の話を聞いても、答えは出なかった。
「……分かってはいました。皆を頼れば答えが出るなど、都合の良い妄想に過ぎないのだ、と」
「しかし……しかし、明確なものでなくても良いのです。ひとつ、決断のきっかけとなるものが欲しい」
「些細なことでも構いません、根拠に出来る理屈がひとつでも手に入れば……」
私達は今、成功せねばならない作戦を立てている。失敗の許されない、すべてを賭けた作戦を。
解放作戦によって港を含む町を復興する。そうすることで、これよりの進軍をより楽にする。
そういった建前を準備し、その陰で戦線を北へと押し進める。
だがその為には、解放作戦を決行するタイミングと、それを終えるタイミングとを吟味する必要があるのだ。
セオリーはいらない。もちろん、あるのならばそれでも構わない。
だが、この時この場にだけ限定されても、魔人の集いの行動原理を推し量り、その行動を予測する手立てが手に入れば……っ。
「……陛下。根拠とするには弱いかもしれませんが……ひとつ、事例を覚えています。国と何かが競り合うほどの重大な状況ではありませんでしたが、しかしふたつの組織がぶつかり合った事例を」
「っ! 詳しく聞かせてください。規模が違えど、状況が違えど、行動原理の指針にはなる筈です」
しかし、手詰まりか……と、諦めかけた矢先に、低い声で――悩みを多分に含んだ声色で提案するものがいた。それはやはり、陣頭指揮を執っているジムズだった。
「はい。これは以前、まだ我々が特別隊として陛下に拾っていただく以前の話です」
「その頃はまだ、ただの盗賊としてあった時……まだ、ウェリズやチエスコといった、小さな町を復興出来るようになる前でした」
私に急かされると、ジムズは観念したような顔で語り始めた。口に出してみたものの、本当にこれが役に立つだろうか……と、悩んでいるようだ。
あるいは、本当にこれを公の場で――女王である私の前で語っても良いものか……と。
「陛下はご存じではないでしょうが、今あるこの特別隊に属するものは、もとよりすべてひとつの組織に……盗賊団に属していたわけではないのです。いくつもの町や村、集落の、ただの無法者を掻き集めた集団……それが、以前の我々でした」
「……少しだけ伺っています。ジャンセンさんやマリアノさんを筆頭に、防衛線の外を纏め上げて出来たものがかつての盗賊団だった……と。であれば……」
なるほど。その途中――私がジャンセンさんと出会うよりも前には、纏まっていない頃があって然るべきだろう。
先日のイリーナの話を思い返せば、そもそもは南から話が始まった……のだろうか。マリアノさんが人々を護る為にと活動を始めて、その途中にジャンセンさんと邂逅した。
それ以降は、北方のアルドイブラの解放を目指して、ヨロク周辺やカンビレッジ周辺と、活動拠点を増やしながら組織を大きくしていった――多くの別の組織を取り込んでいった……と。
「その当時、私はバリスの街を拠点として、違法な取引をして生計を立てていました」
「あまり詳しく話すわけにはいかないのですが、防衛線外の都市で手に入る物品を防衛線内へと持ち込み、時には逆のこともして、資金繰りをしていたのです」
「ふむ……私が知る頃の貴方達は、皆そういった行為をしていた……と、そう伺ってます。ですが……もしや、きっかけとなったのは……」
ジムズは私の問いに小さく頷いた。
盗賊団が最終防衛線の内と外とを経済的に繋ぐ役割を担っていたのは、ジムズの……あるいは、ジムズらの行動の延長であった……のか。
なるほど、話が見えてきた。彼の語る組織同士の衝突とは、ジャンセンさんの率いる盗賊団と、当時のジムズとの間に起こったものなのだ。
考えずとも当然だが、その頃のジムズにとって、盗賊団は頭の痛い存在だったことだろう。
物品が盗まれる、横流しされるとなれば、それをやり取りして儲けを出しているジムズからすれば、ただただ迷惑極まりない、邪魔な存在でしかなかった筈だ。
「お察しいただいている通り、私はその時に勢力を伸ばしつつあった盗賊団を目の敵にしていました」
「手に入れた品物の価値が、盗賊団の動向次第で激変してしまう。稀に上目を引くことを考慮しても、仕事とするにはとても不安定なものに変わってしまうのですから」
「……そこで、貴方は盗賊団をなんとかして追い払おうと……あるいは、制御下に置いてしまおうと考えた……のですね? そして、そうなった時にまず考えるべきは……」
まず、どうすれば直接顔を合わせることが出来るか、だ。
これはかつての私達も同じことをしただろう。
盗賊被害を抑える為に、なんとしても彼らを捕まえねばならない、と。やっきになって守衛の数を増やし、見張りを強固にしたものだ。
だが、結果としてはそれも裏目……増やした衛兵や、そもそも守ろうとしていた施設そのものに盗賊が紛れていたのだから。ただいたずらに、捜査をやりづらくしてしまっていただけに終わってしまった。
ジムズの場合はどうしたのだろう。
「私はまず、バリスに駐在している軍を頼りました」
「裏では違法行為をしていたとしても、それを知らぬ憲兵からはただの市民に見えるものですから。その立場を使わぬ手は無い……いえ。まずもって、盗賊というものを捕まえるのならば、警察機能を頼るのが筋だろう……と、そう考えたのです」
しかしながら、それでは当然捕まらない。では、その次には何をするか。私はジムズの言葉をじっと待った。
「しかし、盗賊は一向に捕まらず、私の生活もどんどん不安定になって行きました。そうなれば、これは国軍の能力を上回る組織があるのだ……と、そう結論付けることは自然なことでしょう」
……耳の痛い話だが、結果としてはまったくその通りだ。
軍よりも国内の情報に精通し、機動力を持つ組織。それを相手に、ジムズは……
「まず考えたのは、盗賊団が失って困るものは何か……でした。そこを突けば、当然それを護る為に現れるだろう、と。それさえ突き止めれば、あとは軍が介入すれば解決する筈だ、と。しかしながら……」
それは見付からなかった。そして同時に、見付けても意味が無かったのです。と、ジムズはそう言った。
「こうして組織に入ってからならば、そんなものはそもそも存在しない――何もかもを失ったが故の盗賊団であった……と、その答えも知っていますが、当時は別の結論を出し、その手段を放棄しました」
「別の結論……ですか。それは……」
それはなんだろう。と、私が尋ねると、ジムズは僅かに目を伏せ、恥ずかしそうに手で顔を覆った。
「……当たり前のことなのです。私では、盗賊団の大切なものなど分かる筈が無い。他者の大切なものなど、推測出来る筈が無いと気付いたのです。ですから……私はそこから、手段を変えました」
――既に持っている大切なものではなく、組織が組織である為に手に入れねばならないものを推測すべきだ、と。
ジムズはそう言うと、真剣な眼差しを私へ向けた。
相手の行動原理――何を護ろうとするかではなく、何を手に入れねばならぬと考えているかを推し量るべきだ、と。
「……魔人の集いが、手にせねばならないと考えているもの……」
それは……なんだ。考えれば分かるものなのか。
いや、絶対に手掛かりはある筈だ。
これまでに何度も衝突し、その行動を目の当たりにしたのだ。何か……必ず、何かを求めているものはある。
でなければ、あそこまで組織立った行動を取る理由など……
私はそれからしばらく考え込んだ。
魔人の集いの目的――これまでに目にしたものの中に、それ自体か、あるいはそれに繋がり得るものがある。それさえ見付ければ、きっと……と。
だが、答えは出なかった。出なかったが……しかし、ひとつだけ縋るアテは出来た。
また、アギトやミラにも尋ねてみよう。
魔人の集いを知る彼らからならば、あるいは何か答えが飛び出すかもしれない。




