第四百三十四話【盗人の力】
ナリッドを訪れ、復興作業中の特別隊に――かつての盗賊団に協力を仰ぐ。
人間を相手に駆け引きをする能力を、ジャンセンさんに指導された彼らに求めて、私はそれを決断した。
決めた翌日、私はユーゴと共に友軍馬車に乗り込み、カンスタンの港町を目指し出発した。
「……あんだけ言ってた割に、チビ達は連れて来なかったんだな」
「ミラにはして貰わねばならないことが多くありますからね。貴方の言う通り、この局面では魔女も攻めて来ないだろう……と、割り切って進む他にありませんから」
揺れる馬車の中、ユーゴは目を細めて私を睨んだ。そう訝しげな顔をしないでください……
「ま、なんでもいいけどさ、俺は。じっとしてなきゃいけないのは嫌だし、暇だし」
「……ふふ。以前の貴方ならば、戦えるのならばそれで良い……と、そうおっしゃったでしょうね」
しかしながら、今は少しだけ違う。似たようなことを口にはするものの、その本質は間違いなく変化している。
ユーゴはいつか言った。私が与えた力を――召喚によって付与された、この世界でもっとも強いという特性を、最大限活用出来る場所が欲しいのだ、と。
以前の彼にとって、戦いとは……戦うということは、自己の満足の為の行為だった。
もちろん、それだけがすべてというわけでもなかったとは思う。
彼はその戦いによって誰かが救われれば喜んだし、誰かが傷付けば悲しんだ。
そうした積み重ねによって、ユーゴの中にあった戦いというものの本質が変わった……のだろう。
彼は、より多くのものを守りたいと願うようになっていったのだ。
けれど、そんな彼が魔女に敗北を喫し、守る筈だった多くを亡くし、失意の底で自らを省みた……のかな。
「戦いたいのは変わってない。でも……それで誰かを巻き込んだらもっとイライラするからな。少なくとも、アイツら倒すまでは警戒しながら動かないと」
私が初めに望んだ通りに、彼は人々の為に戦おうとしてくれている。
この国に希望をもたらす為に。この国に住む人々が幸せに過ごせるようにする為に。
私はそれを喜ぶべき……なのだろうか。それとも、重荷を背負わせ過ぎていると反省すべきだろうか。
答えは……きっと両方なのだとは思うけれど、実際のところは分かりっこないから。
「……では、魔女を倒した暁には、昔に戻ってしまうのですか?」
「……なんだよ、昔って。そんなに長いこと居ないだろ」
それを言われてしまうと……そうだな。まだ歳をひとつ重ねてすらいない。
それでも、ずいぶんと長い時間を共に過ごした気分だ。パールやリリィとだってずっと一緒だが、こんな感覚は無かった。
いや……あの頃はただ必死だったから、時間が経ったことにも気付かなかっただけかもしれないが。
「大体、戻るほど変わってもないだろ。フィリアはどんどんアホになってる気がするけど」
「っ⁈ ま、また貴方はそういう言葉を……」
思えば、こうしてのんびりとした時間を過ごせるようになったのは、ユーゴが来てからかもしれない。
そんな温かな時間を過ごしながら、私達はカンスタンへと向けて進み続けた。
ナリッドに到着し次第、すぐに仕事に取り掛からねばならないのだ。
今のうちくらいはリラックスして…………この時間にも悩んでおくべき……か。はあ……
そして私達はナリッドの街に到着した。
出迎えてくれたのは、いつかフィオーレと偽名を使った私とは気さくに話してくれた、ガーダーという若い男だった。
「――え、遠路はるばるご苦労様です! 女王陛下! 本日はなんのご用件でしょうか!」
「……お疲れ様です、ガーダー。しかし、あまりそう堅苦しくしなくても構わないのですが……」
気さくに話してくれた……のだが、しかし……今はもう、それも叶わない、か。
もしかしたら、ユーゴといる時間が長く感じるのは、こういった対応が新鮮だから……彼だけがやたらと辛辣な物言いをするから……だったりするのだろうか。
それは……なんだか遺憾なことだが……
「お久しぶりです、陛下。ガーダー、お前は作業に戻れ。お前の応対では、いつ無礼を働くか分かったものじゃない」
「お久しぶりです、ジムズ。その……ですね。皆が私に対してどう振る舞おうと、私はそれを無礼だなどと咎めるつもりは……」
そして、緊張し切った様子のガーダーに続いて声を掛けてくれたのは、このナリッドの復興の陣頭指揮を執っているジムズだった。
彼はジャンセンさんから直接指導を受けていたのだろう、特に優秀な人物だ。
以前には私に文を送り、特別隊の再始動のきっかけにもなったことがある。
「それで、本日はどのようなご用件で。御身自らが訪問なさって、ただ復興の現状把握だけ……などということはないでしょう」
「はい。様子を見に来た……というのもまたひとつの理由ではありますが、本題は別に」
私の返答を聞くと、ジムズは少しの間悩んで、それからもう一度ガーダーを呼び戻した。人数が必要な問題だ……と、推測したのだろうか。それは遠からず……だが……
「……すみません。もっと大勢を……以前、盗賊団として活動していた際に、公営施設で盗みの補助をしていた人を中心に、出来る限り大勢集めていただけませんか」
「……潜入部隊に召集を……ですか。陛下、それはもしや……」
以前の罪を粛清されるのでしょうか……と、怯えた声で尋ねたのは、呼び戻されたばかりのガーダーだった。
ち、違うのです。たしかに、女王である私が呼び集めろと言うと、そんな風にも聞こえかねないかもしれませんが、それは断じて違うのです。
「実はですね……その、北の解放作戦において、魔獣とは別の問題――以前にも説明した、そして一部には既知のものもいるでしょう、魔人の集いという問題が未だ立ちはだかっています。そこで……」
魔獣と違い、単に進んで倒して解放する……などという短絡的な作戦は通用しない。それはもう痛いほどに思い知った。
故に、人と人との戦いであると念頭に置いて、騙し合いの舞台を準備する必要がある。
「現状では、こちらが圧倒的に不利です。当然ですが、ジャンセンさんやマリアノさんがいても突破出来なかった壁ですから」
「しかしながら、単純な戦力だけならば、以前よりも今の方が高くなっています。それでも、まだ突破には至らない」
そう、準備をする必要があるのだ。
駆け引きを、騙し合いを、こちらから仕掛ける必要がある。何故なら、状況はあちらに有利なのだから。
「ひとまず、策は決まっています。ヨロクから北方、ネーオンタインという町がかつてありました。そこには港が存在し、その町を解放することで、このナリッドからも物資を届けることが可能になります」
人を集めて欲しい。とは言うものの、皆にはまだ仕事がある。だから、まずは説明をして、人を集める必要性を説かねばならない。
私はヴェロウと共に講じた策を、まずジムズとガーダーに説明した。
一度だけの解放作戦――それを陽動とした、北方の防衛戦線拡大作戦を。
そして、それの成功……いや。実行に欠かせない、作戦の開始と成功のタイミングについて――今突き当たっている課題について、共に考えて欲しいと頼み込む。
「――なるほど。戦力不足を嘆かれ、ここへ実行部隊の補充にいらした……のかとも思いましたが、納得致しました」
「たしかにそれは、国の役人すべての目を欺き続けた、我々の得意とする分野でしょう」
「はい。まったく、貴方達には手を焼かされましたから。その手法について、こちらが手掛かりらしいものの一端すらも手に入れられないほどに」
頼もしいと思うべきか、情けないと嘆くべきか。ともかく、今はかつて困らされ続けた盗賊被害の大きさが頼りだ。
「少々お待ちください。ガーダー、呼びに行くぞ。もうどこも現場作業ばかりで、監督役はほとんど必要無くなっている頃だ。全員ここに集合させろ」
ジムズはそう言って、ガーダーと共に街中へと走り出した。
そうか……辿り着いたばかりの頃には息も絶え絶えと言わんばかりの様相だったこのナリッドも、今はもうどこも工事を進めているのだな。
「……やはり、頼るべきところには頼らねばなりませんね」
先日、カストル・アポリアを訪ねる途中に言われた通りになってしまったな。
ユーゴの言う通り、私は誰かを頼ることを躊躇すべきではない。
それは私らしくなくて、それと同時に、私だけに許された特権を――優秀な人々の助力を放棄することにも繋がってしまうのだから。
それからしばらくして、私はもうすっかりそれらしくなったナリッドの街役場で、ジムズとガーダーに呼び集められた知能犯達と合流した。
かつては悪事に遣われたその頭脳を、この時には国を救う力として貸して欲しい。
私がそう頼めば、誰もが目を丸くして、けれど勇気に満ちた表情で頷いてくれた。




