第四百三十一話【意見を求めて】
ヴェロウの屋敷を一度離れ、私はアルバさんの家へ……ユーゴのもとへと戻った。
ヴェロウの提案を、それを聞いた私の結論を、彼にも相談する為に。
「こんにちは。お久しぶりです、フィリアです」
「なんだい、もう来たのかい。てっきり、今度はヴェロウさんと重大な話があると思っていたんだけどね。よっぽど暇なのかい、アンスーリァの国王様ってのも」
うっ。み、耳の痛いことを言わないでいただきたい。
しかしながら、つんけんした言葉とは裏腹に、声の主は……アルバさんは、柔和な表情で私を出迎えてくれた。
「すみません、アルバさん。その……お手伝いをする為にも参ったのですが、その前に……」
「うん? なんだい、その様子だとまたすぐに出て行くのかい」
今日の内にまたヴェロウへと返事を届けねばならない。それを説明すれば……それだけを聞いて、アルバさんは納得した顔で声を上げた。ユーゴ、ちょっと来な、と。
「本当に、私の考えはすべて見透かされてしまうのですね。他の方にも言われるのですが、アルバさんにはより鮮明に見えているようにさえ思えてしまいます」
「そりゃあ錯覚だよ。ここへこうして来た以上、他に無いってだけじゃないか。見透かすまでもないだけだよ、この街にいる間はね」
なるほど。状況からも私の考えは筒抜けになってしまっている……のか。
それは……ううん、アルバさんに教えて貰えて良かったかもしれない。
これがイリーナとの交渉の際に、それも教えて貰えないところで露呈していたら……
「なんだよ、ばあさん。あっちのことはもういいのか……ああ、そういうことか」
「ユーゴ、少しだけ顔を貸してください。貴方にも相談せねばならないことがあるのです」
……と。やや苦い思いに頭を抱えているうちに、家の奥からユーゴの姿が現れた。
彼もアルバさんにはすっかり懐いた様子で、素直に言うことを聞いているみたいだ。ふふ、祖母と孫のようですね。
「では、すみません、アルバさん。少しの間だけユーゴをお借りします」
「何を言ってんだい、借りてるのはこっちだってのに」
「ユーゴ、ちゃんと手伝ってやるんだよ。アンタも嫌と言うほど知ってるだろう、その娘の危なっかしさは。アンタがしっかりしないといけないんだからね」
本当に私の評価はどうなっているのだ……
しかしながら、アルバさんに言われずとも、ユーゴは私に力を貸してくれるのだろう。
頼りないから、不甲斐無いから。と、文句を言いながら。
そして私達は場所を移し、以前にマルマルを……初めてカストル・アポリアを訪れた際に連れていた馬車馬を繋げていた空地へとやって来た。
ここならば、多少の人通りはあっても、誰かに話を聞かれることも、不審がられることもあるまい。
「で、ヴェロウはなんだって。ダメって言われたか? それとも、なんかアイデア出してくれたか?」
「はい、ヴェロウはやはり優れた人物ですから。私では思い付かなかった手段を、知り得なかった情報を提示してくださいました」
そうか。と、ユーゴはどこか安心した顔で頷いた。
私とヴェロウとの関係が……アンスーリァとカストル・アポリアとの関係が悪くならなかったことに安堵しているのだろう。
もとはと言えば、こんな話し合いをするように差し向けたのは彼だ。だから、多少なりとも気に掛けて、責任を感じていたのかな。それもまた彼らしい。
「端的に言うならば……端的に言ってしまうと、あるいはヴェロウの真意とは違って伝わってしまいかねませんね、私では。彼の言葉をそのまま引用しましょう」
「その方が良いな。フィリアはちょっと……だいぶ……いや、ちょっと…………かなり、思い込みが激しい方だから」
フォローするふりをして思い切り斬り付けるのはやめていただきたい……
しかし、残念ながら彼の言う通りでもある。勝手な勘違いで話を拗れさせてしまったことも少なくないのだし……
「こほん。曰く、このカストル・アポリアから南東に、ネーオンタインという町……今は廃墟群となってしまっているのですが、港のある町があったそうです」
そこを解放することによって、これからの解放作戦において、移動に関して非常に優位性を手にすることが出来るのではないか。
そしてそのことは、魔人の集いから見てもその通りなのではないか。
ならば、ネーオンタインを解放することによって、こちらの目的を誤認させられる――攻撃の矛先をそちらへ向けさせられるのではないか。
その隙に、私達はダーンフールにて部隊を整え、ミラの呼んだ錬金術師の到着、及びその後の調査の完了を待つ。
「解放作戦はたった一度、そしてその後には短くない休息の時間を設けられます。これならば、貴方も、それに部隊も十分に回復させられる……と思いますが、どうでしょうか」
もちろん、上手く行くという保証は無い。今度の作戦は、こちらの都合だけでは完結しないのだから。
この作戦の肝は、相手の――魔人の集いの視線を別のところへ向けることにある。
それはつまり、結果が出なければ上手く行ったかどうかも分からない……いや、結果が出たとしても、それがどう転んだかは分からないということだ。
こちらの目論見通りにことが進んだとして、それでもあちらがネーオンタインという町を認知していなければ――そこに攻撃を向けなければ、たった一度の解放作戦での消耗が致命的になる可能性もある。
あるいは、その町を知っていて、その優位性にも気付いていて、私達の上辺の目論見も――そして、真の目的も看破して、ネーオンタインを攻撃しつつ、ダーンフールで準備した解放作戦への備えを整えられてしまう可能性だって無くはない。
しかしながら、相手のある作戦とはそういうものだ。
応じ手に備えてこちらも第二第三の策を講じる必要があって、その為にはまずこの一手をたしかなものとして成立させなければならない。
「……そういうの、せめてチビにだけでも相談出来たらな。ほんとはジャンセンみたいな、駆け引きに慣れたやつと相談したいとこだけど……」
「……私達にはそういった仲間はいませんからね、今は。それこそ、ちょうど話をしているところのヴェロウや、あるいはまた南へと向かって、イリーナに助言を請うことになるでしょうか」
うーん。と、ユーゴは首を傾げてしまった。
まったくもって当然のことだが、こんな子供がまるで戦争の駆け引きのようなまねごとを、いとも簡単に飲み込めるわけが無いのだ。
「ユーゴ、聞き方を変えますね。今から……そうですね、十何日後かになるでしょう。ミラの力無しで解放作戦を決行し、それからまた十何日の間に、魔女との交戦に備えることは可能でしょうか」
この作戦においてもっとも重要なことは、そもそもこんな作戦を立てねばならない事情としてある、ユーゴの体力の温存だ。
彼無しでは魔女や魔人との戦いには向かえない。到底勝ち目など無いから。
ならば、今ここで気にするべきは、作戦によって魔人の集いがどう動くか……ではなく、作戦が上手くはまった後に、根本の目的を達成出来ているか否か……だ。
「それは……そりゃ、余裕で戦える……つもりではいるけど。自信の話じゃないんだろ。なら……うーん」
ユーゴはその新たな問いに、真剣な顔で悩み始めた。
普段なら……いや、今もか。そのくらい余裕だ、絶対に負けない。と、そう答えたいところなのだろう。
しかしながら、彼の返答次第でこの作戦を決行するか否かが……すぐに決まりはしないまでも、決定打になり得ることはたしかだ。
それを理解しているから、ユーゴは慎重に考え込んでいるのだろう。
「…………少なくとも、あの時初めて戦った時よりはずっとマシな状態で戦えるとは思う」
「あの時はいきなりだったし、状況の把握に時間が掛かり過ぎたから。今は多少魔女のことも知ってるし、そういうのと戦うんだって覚悟も出来る。けど……」
勝てるかはまだ分からない。と、ユーゴは表情を変えることなくそう言った。臆するでも虚勢を張るでもなく、冷静なままに。
「……その部分については今は構いません。アギトとミラと、それに貴方の三人で。調査までの時間と、その後の時間とで作戦を練る猶予もありますから」
「勝てるかどうかを無視するなら、体力的には余裕だと思う。そもそも、魔獣を倒すくらいなら大して疲れもしないんだし」
では、部隊の方はどうだろう。と、私はそれも尋ねてみた。
もっとも、この問いには深い意味は無い。ただ、彼がどの程度周りを見て、把握して、思い遣っているのかをもう一度確かめようというだけの、個人的な満足の為のものだから。
「部隊って……チビはいないんだろ? じゃあ……うーん……」
この問いにも、ユーゴは真剣な顔で考え込み始めた。
うん、やっぱりそうだ。彼は強い。強いながらも、そうでない人間の目線で何かを考えられる子だから。
「……ギリギリだな。友軍以外には出られるとこ無いんだよな。じゃあ……うん、かなりギリギリだと思う」
「みんなちゃんと強いけど、武器とか食料とか、そういうのの補給も考えたら……」
「……なるほど。ありがとうございます、参考にします」
私の返答に、ユーゴは少しぶりに表情を変えた――渋い顔をした。
こんな曖昧な意見を参考にするな……と、そう思っていることが私でもよく分かった。
しかしながら、たしかに参考になる意見を貰えた。これを持ってまた戻ろう。
そう決めると、私はユーゴに頭を下げて、またヴェロウの屋敷へ向けて歩き出した。
うん。私の結論はきっと間違っていない。
問題があるとすれば、いつ作戦を決行するか。そして、どの程度時間を掛けて成功させるか、だ。
それについてをヴェロウと話し合い、そして……




