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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百二十八話【道行は順調で】



 そして日も昇り、私達は馬車へと乗り込んだ。

 このヨロクの街からカストル・アポリアを目指す馬車へと。


「それでは出発してください。くれぐれも気を付けて。今日はミラもいませんから、魔獣の接近を知らせてくれるものは何も無いと思ってください」


 ヴェロウに対して厚かましいお願いをしに行く。

 戦わない、戦わせないことを掲げたカストル・アポリアに軍を配備させてくれと頼みに行く。その事実が私の足を重くする。

 いえ、歩きはしないのですが。


 ユーゴはその厚かましさこそが……向こう見ずな行動力こそが、私らしさではないかと言ってくれた。

 その言葉は……とてもではないが、嬉しいものではなかった。なかったが、それでも励みにはなった。


 励みになったからこそ、気乗りしない中でもこうして馬車に揺られているのだが……


「……ふう。さて、ヴェロウになんと弁明すべきでしょうか……」


 どうしたものか。と、頭を抱えてしまうばかりだ。


「カストル・アポリアとは可能な限り良い関係を続けたい。それは、互いの意思を尊重し合える関係を……と、そういう意味です。それを……」


「なんだよ、まだ文句言ってたのか。まあ、変なとこでこだわって譲らないのもフィリアらしさかもしれないけど」


 も……文句……

 どうにもユーゴには、私の悩みそのものが奇妙なものに思えているようだ。

 いや、私が悩んでいることそのものが……かな。


 思い立ったならばひとまずやってみる。と、そこまで短絡的な思考で生きて来たつもりも無かったが、しかしそれに近い行動を繰り返していたことは否定出来ない。


 しかしながら……だ。迷惑が掛かるだろう、と。約束を違えてしまうだろうと分かっていることまで躊躇無く行ったつもりは一度も無い。

 知らずの内に……というのはあったかもしれないが、それを意図したことなど……


「……本当にそれが私らしさなのでしょうか……? それと、私らしさの為にカストル・アポリアを蔑ろにして、本当にこれが正しいのでしょうか……」


 背を押された、励みになった、やってみようという気になった。

 それも否定はしないが……しかし、やはり……でも……


 決めた。やっぱり悩むべきだ。しかしここまで来たからには。だが、まだ戻れる場所にいるし……と、悩み続ける私に、ユーゴは大きなため息をついてうなだれてしまった。


「だから、そうやってひとりで悩むのがフィリアらしくないんだって」

「失礼かもって分かってたとしても相談する、そうやってジャンセンにも呆れられてただろ。それを続ければ良いんだって。多分」


「た、多分では困るのです。フィリア=ネイとジャンセン=グリーンパークという個人同士、特別隊という同じ組織に属するもの同士での相談とは話が違うのです」

「私とヴェロウとは、ひとつの国を背負うもの同士――つまり、国と国との関係に影響が出かねないのですよ」


 そんなに大したもんじゃないだろ。と、ユーゴはため息交じりにそう言うが……あの、それはどういう意味でしょうか。


 王としての私が大した存在ではないから……と、そう言っているのか、それとも、カストル・アポリアへ軍を配備することを軽んじているのか……


 ユーゴの考え……私への評価が分からない。

 そんな悩みを抱え、ずっとずっと引き返すべきだと考え続けて、私は結局それを決断出来ないで、馬車はもう戻れないところにまでやって来てしまった。具体的には……


「……前方、魔獣の影があります。数は少ないですが……どうしますか」


 ヨロクをずっと離れ、目的地までの中間地点をとっくに通り過ぎてしまったところだ。


 そしてそれは、ヨロクとフーリスとの間に存在する、魔獣を退ける結界……だと思われるものの影響が弱まることを意味する。


「ん、やっぱりここにはいるんだな。ちゃんと隠れてろ、さっさと倒してくる」


 見張りからの連絡を受けて、ユーゴは私の指示を受ける前から剣に手を掛けた。そう、連絡を受けてから。


「……やはり、まだ魔獣の気配は……」


「前みたいにはいかないな。後ろから襲われたら気付けないかもしれない。だから、ちゃんと隠れとけよ」


 ユーゴはそう言うと、当たり前のように、走っているさなかの馬車から飛び出した。

 ミラもそうだが、不意にやられると心臓に悪いのです……せめて停車を待っていただけないだろうか……


「……後ろから……ですか。貴方はそれを、馬車の後ろのつもりで口にしているのでしょうが……」


 私が襲われないように、ケガをしないように。死んでしまわないように。ユーゴはそんな注意を私にしている。だが……


 魔獣を感知出来ないということは、ユーゴも背後が死角になってしまっているのだ。

 以前は魔獣や敵意に対して鋭い感知能力を持っていた彼も、今はそれを見透かせない。

 いや、以前の感覚があるからこそ、なおのこと背後への警戒が薄まっていても不思議ではないのだ。


「……接敵します。しかし、不思議な光景に思えますね。ミラ=ハークスを見慣れている私達でも、馬車から飛び出す少年の姿というのは」


「何度見ても見慣れる気がしませんよ、私は。ミラも、ユーゴも」


 以前のように覗き窓から外を眺めることはしない。それをユーゴが見たら怒ると思ったからだ。


 それでも、見張りや馭者からは話を聞ける。

 魔獣の数はどれだけで、大きさはどのくらいで、種類は今までに見たどれに近いもので、そして……それらがあっさり倒されてしまったのだ、と。


「十八……少なくない数でしたが、あっさり倒してくれますね。流石はアンスーリァ国王陛下の近衛と言ったところでしょうか」


「……それを見た兵士は皆、その戦いぶりに言葉を失うものでしたが……貴方達には、彼以上に奇妙奇天烈な戦いぶりを披露する勇者が共にいますからね。そんな反応になってしまうのでしょう」


 もっと驚いた方がよろしかったでしょうか。と、なんだかフランクに返してくれるものだから、私も少しだけ笑ってしまった。

 そうだな、もう少し驚いて……そして、心配してくれると嬉しい……のかな。


「戻ったぞ。前に見たやつと同じ……だと思う。ちょっとのろまだったけど」


「お疲れ様です。動きが活発ではなかった……のですね。もしかしたら、その種は主に夜間に活動するのかもしれませんね」


 その割には襲ってきたんだよな。と、ユーゴは涼しい顔でそう言って、血に濡れた剣を拭うボロ布を寄こせと催促する。


「生態がどうこうは知らないけど、一応ヴェロウに報告するべきかもな。この辺の魔獣についてならあっちの方が調べてるだろうし、ちゃんとした答えが返ってくるかもしれない」


「知らなければなおのこと重要な情報になりますからね、それについては報告資料を作っておきましょう」


 っと、そうだ。水棲魔獣についてもしっかり報告しておかなければな。

 カストル・アポリアは海から遠い内地の国ではあるが、しかしそれが川を上って来ないとも限らないのだし。


「となると……ユーゴ、以前にここへ訪れた際に見た魔獣について、覚えていることだけで構いませんから、すべて教えていただけませんか」

「それから、出来ればヨロク周辺で、かつては見かけられた魔獣についてもお願いします」


「……魔獣除けが働く前にいた魔獣……ってことか? まあいいけど、そんなのどうするんだ?」


 せっかく報告するのだ、ただ魔獣がいて、この時間が危なそうだなんて曖昧な情報を渡すだけにはしたくない。


「結界の効果によって魔獣が寄り付かなくなっているのだとして、しかしそれは消滅したわけではありませんから」

「他の場所へと流れ込んでいるのだとしたら、ここから遠くない場所に大群が控えている可能性も考えられます」


「……前にヨロクの辺りにいた魔獣と似てるのがいたら、その近くは危ない……ってことか」


 絶対ではないが、その確率は高いだろう。

 もしかしたら、陸地に居場所を見つけられなくて、仕方なしに水中……とまでは言わずとも、水辺や湿地……本来の生息域を外れた場所に住処を作った群れもあるかもしれない。もちろん、その逆も。


「……ちょっとだけ普段通りの顔になったな。それ、ヴェロウに勝手に押し付けて、気を付けてくださいって言うつもりだろ?」


「お、押し付け……言葉をもう少し選んでいただけませんか、もう。たしかに、その通りなのですが……」


 もう少し良い言い方があっただろうに……


 しかし、そうだな。私はこの魔獣についての情報を、ヴェロウに対する手土産としようと考えていた。

 無茶なお願いをするのだから、それを受け入れられるか断られるかは別として、話を聞いて貰ったお礼を先に準備しておこう、と。


「らしくなってきたな、やっぱり。とりあえず動くのがフィリアだったから、とりあえず動かせばフィリアらしくなるのかもな」


「……なんだか不服な評価ですが……はあ。貴方がそれで満足してくださったなら、この場は良しとします」


 それは果たして、私らしい振る舞いをしていることになるのだろうか。

 ユーゴに振り回されているだけで……ああ、いや。ユーゴに振り回されるのは、ある意味では私らしいのか。ううん……不本意なのだけれど……


 そうして私は、馬車の中で魔獣について――カンスタンからナリッドまでの海洋上の魔獣、このヨロクからカストル・アポリアを繋ぐ道路近くに住む魔獣、そしてかつてヨロク周辺で見かけられた魔獣についての報告書を纏めた。

 到着のギリギリまで掛かってしまったが、十分なものが出来ただろう。

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