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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百二十七話【ユーゴの想うフィリア像】



 カストル・アポリアを訪問する為にランデルを出発して四日目の朝。ヨロクの街役場の一室で私は目を覚ました。

 いつも通り、相変わらず、呆れてしまうくらい当たり前に……


「……ですので、早過ぎると……ふわぁ」


……陽も昇らない内から、部屋を訪れたユーゴの声によって起こされた。

 もしやとは思うが、私をからかって遊んでいたりなどするだろうか。


「馬車の都合もありますから、遠征の際には……それも、準備らしい準備も必要無い今回は、もう少しゆっくり支度をしても構わないでしょうに。何が貴方をそこまで駆り立てるのですか」


「……その言い方、もうちょっと大ごとの時に使う言葉だと思うんだけどな」


 いえ、あの。国王を日の出よりも先に起床させていることは、少なからず小事では収まらない筈です……


 しかしながら、それが許される唯一の立場だから……唯一と言うほど特別なことを許可しているつもりも無いが、それをするのはユーゴくらいなものだから。

 本人からは、寝起きの悪い家族を起こしているくらいの感覚だったりするのだろうか。


「それと、準備が必要無いわけじゃないだろ。ヴェロウは良いやつだけど、それと今回のことをすんなり受け入れて貰えるかは別の話だし」

「言い訳……じゃなくて、どう説得するかとか、ちゃんと考えておかないと。ぶっつけ本番とか絶対トチるぞ、フィリアは」


「失敗するだろうと思うのならば、もう少し準備に時間を割かせてください……」


 とてもではないが、いきなり連れ出した人間の言葉とは思えないな……


 しかしながら、なってしまったものは覆せない。

 ここまで来てしまった以上、短い時間でも準備を整える必要はある。ある……が……しかし、だ。


「……カストル・アポリア……及び、ダーンフールへのアンスーリァ軍の配備。この件について、ヴェロウから良い返事を貰えるとは思えません」

「そして……良い返事を貰いたいとも、私個人としては思えないのですよ」

「もちろん、王としてはそうなることが理想ですが……」


 今回については、上手く行かない可能性の方が高いだろう。

 そして、そうなってくれた方が個人的には嬉しいのだ。


 私がそう伝えると、ユーゴは怪訝な顔で首を傾げてしまった。

 彼の視点からは当然のこと……ではあるのだが、私からはむしろその疑問にこそ首を傾げるべきだと思えてしまう。


「たしかに貴方の言う通り、カストル・アポリアの保護を名目にすれば、ヴェロウにとっても損ばかりがある話ではないでしょう」

「魔女の脅威については直接知らずとも、ゴートマンの力については彼も目にしていますから」


 特別な危険が近くにあるのだと、ヴェロウはよく知っている。

 私からも、それにジャンセンさんやマリアノさんからもその話を聞いている。


 だから、カストル・アポリアを……彼の国を守る為の戦力であると言えば――それが侵攻の意思を一切持たず、共闘の明示であると理解して貰えば――この話は了承される可能性は十分にあるだろう。


 だが……だが、だ……


「私は一度、ヴェロウを……あの国を裏切ったのです。失敗の暁には危険が及びかねないと知りながら解放作戦を決行し、敗北し、しかしその事実を伝えず逃げ帰った」

「私達アンスーリァは、カストル・アポリアに対して既に一度大きな背信行為に及んでいるのです」


 そして、かつて私達は約束しているのだ。

 カストル・アポリアは不戦を貫き、アンスーリァはそんなカストル・アポリアに協力を申し出るのだ、と。


 しかし、そこへ軍を配備するということは、守る――と、上っ面には綺麗な言葉を使ったとしても、巻き込んでいるという事実を捻じ曲げることは出来ない。


 戦わない、争わない。人々の安寧を保つ為にある。

 そうして立ち上がったカストル・アポリアをわがままによって巻き込むことは、二度目の大きな背信に違いないのだ。


「……分かっています。ダーンフールに軍を置けたならば、カストル・アポリアも、このヨロクも、延いてはランデルや他の街も、ずっとずっと守りやすくなるでしょう。ですが……」


 それはあくまでも、魔獣の攻撃から……というだけの話だ。

 私達が解決したい“だけ”のその問題“のみ”に強く作用するものであって、カストル・アポリアの安全の保障については副産物に過ぎない。


「もしも魔女による侵攻が始まったならば、魔人の集いによる攻撃があったならば。貴方やミラでようやく対抗出来る存在に、果たして軍備が意味を成すでしょうか」

「ただいたずらに、それらを呼び込みかねない状況を作っているだけになってしまわないでしょうか」


 魔女による、魔人による攻撃は、まだしばらく訪れないだろう。少なくとも、アギトのいる場所に対しては。

 これが、私達が魔獣に対しての備えを急ぐ根拠だ。


 だが、魔獣をけしかける傍らに、私達が伸ばした戦線を潰しに来たらどうなる。

 こちらの活動そのものを危険視し、軍を配備したばかりにカストル・アポリアが狙われてしまったならどうする。


「私はそうなることを許せません。ヴェロウに任せたのは、人々が安全に暮らす場所を確保して貰うことでした。それを私自らが踏みにじるなど……」


 あってはならない。絶対に許されてはならない残虐な行為だ。


 もちろん、必ずしも攻められると決まったわけではないが。


 カストル・アポリアにとってみても、魔獣の侵攻は捨て置けない問題だ。

 その部分を解決出来るのならば、軍の配備はすべてが悪い作用しかもたらさないわけでもないだろう。


 しかしながら、ならばもっと重篤な被害をもたらしかねない条件を揃えても構わないのか……と、それを考えれば、やはり首を横に振るしかない。


 少なくとも、不戦を掲げたかの国に対して、軍を置かせてくれという頼みは、約束を違えているものなのだから。

 そうするからには、魔獣からも、魔女からも魔人からも決して攻められないという確信を得てからでなければ……


「……そういうの、俺じゃなくてヴェロウに言えよ。その為に行くんだから」


「っ。それはそうですが、そうではなくて」

「こちらの都合に寄り過ぎている提案をしに行くこと自体が、ヴェロウとカストル・アポリアに対して侮辱的な行為ではないかと懸念していてですね……」


 それはフィリアの懸念だろ。と、ユーゴは眉をしかめてそう言った。


 そう……だな。私の懸念だ。

 私が気にしなければならないもので、気にしたから、それはやめておこう……と……


「ヴェロウが何考えてるかは分かんないだろ。向こうにもまったくメリットが無いわけじゃないんだから、それは相談しに行った方が良いに決まってる」

「ダメだったらちゃんとダメって言われるだけだし、それでなんかがおかしくなるわけでもないんだから」


 やめておくべきだ……と、私はそう考えるのだが、ユーゴはどうやら違うようだ。

 いや……? ユーゴは……ユーゴだけ……だろうか……?


「こういうの、フィリアは特に考えもせずにとりあえずやってみるタイプだろ」

「それで散々マリアノにキレられて、ジャンセンにもちょっとバカにされて。でも、ダメとは言わなかった。バスカークだって、悪いなんて一回も言ってない」


 とりあえずやってみるのがフィリアらしさだろ。と、ユーゴはそう言った。

 いつも私を罵る時のように――呆れた顔で、少しだけ温かな声色で。


「チビの言った通りになってたな、やっぱり」

「フィリアは自分で思ってるよりずっとわがままで自分勝手だからな、そこんとこを履き違えるといろいろとおかしくなるぞ」


「っ⁈ た、たしかに、貴方や他の役人、パールもリリィも振り回している自覚はありましたが……」


 じ、自分勝手……だと、ユーゴに言われてしまった……

 他人思いでありながら、しかし自分の都合は基本的に曲げたがらない、自分勝手の見本のような彼に、わがままだと……


「アルバのばあさんにも言われてただろ。押し付けがましいって。恩返しがしたいとか、借りを返したいとか、そんなこと言って」


「うっ……そう……ですね。言われてみると……なるほど…………」


 き、聞かれていたのですか……


 しかしそうだな、たしかに……その件は間違いなく私の身勝手さが際立った場面だろう。

 恩を返したい、少しでも助けになりたい。と、思えばそれは、私ひとりの願望でしかなかった。


「フィリアはずっとそうだっただろ。ジャンセン達を仲間にしたいとか、周りの反対もだし、本人の意思も確認せずにごり押したんだから」

「っていうか、議会にはずっと反対されてるんだろ、遠征に出ること自体。もう色々めちゃくちゃだろ、冷静に考えたら」


「うぐっ…………そ、そう……ですが……ですが…………っ」


 もう暴君だろ、こんなの。と、とどめの一撃のような言葉を聞かされては、私も膝から崩れ落ちそうになってしまった。

 そ、そこまで言わなくても……


「……チビはそれを変えない方が良いって思ったから、あんなこと言ったんだろ。じゃあ……暴君してるのが正解なんだ、フィリアは」

「それで問題が起こらないように、俺とかパール達がなんとかするから」


「……ユーゴ……」


 あの…………どうしてでしょうか。尻拭いはしてやるからと、子供を奮起させている言葉に聞こえます……

 いや、きっと彼としてはそう思ってのことなのかもしれないが……


「だから、とりあえずやってみるいつものフィリアでいろよ。ヴェロウにも言われてるだろ、なんか。ヤバいやつだとか、頭おかしい王だとか」


「…………苛烈な王……と、たしかに言われましたが…………」


 ほら。と、ユーゴはどこか自慢げに笑った。

 そうですね、私はいろんな人に……危ない人物だと認識されている……と、それは間違いないのだろう……


 しかしながら、そんなユーゴの笑顔を見て、納得した自分がいた。


 そうだ、私はひとりで悩むべきではないのだ。

 いつだって、大勢の助けを得ながらここまで進んできたのだから。

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