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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百二十六話【ユーゴの想う女王像】



 馬車はマチュシーへ到着し、翌日にはハルまで向かい、そしてその更に翌日の夕暮れ前にはヨロクの街役場まで私達を運んでくれた。


 そして、そうなってから……手遅れになってから、私は今更な問題を思い出した。それは……


「……あの、ユーゴ。冷静に考えてみれば、私達だけでここへ来てしまったのは、とても危険だったのではないでしょうか」


 魔女という存在を認知しながら、戦力を分散させてしまったこと。これほど大きな問題もあるまい。


 この問題は、ただ私が危険に晒されるから……というものではない。

 危ないのは私だけではないのだ。


「貴方が魔女やゴートマンを相手には決して敵わない……などとは思いません。ですが……」


 もしもこの時に、魔女がアギトを狙ったならば。


 前回の交戦によって、アギトは唯一魔女の能力に対抗し得る何かを持っている……と、そう認識させることが出来た。

 それがアギトとミラの作戦で、これからの解放作戦の根幹となる楔だ。


 しかしながら、それはあくまでもそう認識させたというだけの話。

 現実的には、アギトは魔女になど対抗出来ないし、それどころか、ミラが魔具を持たせていなければ、魔獣の討伐すらもおぼつかないのだ。


「もちろん、魔女のいるであろう場所に近付くのは私達です。彼らよりも自分の心配をせねばならないことは重々承知ですが……しかし……」


 これは……とてもまずいことをしているのではないだろうか……? と、そう思わざるを得ない。

 そして、そう思ったら足を止めざるを……


「……でも、チビには調査の為の準備を進めさせるんだろ? ちょっとくらい危ないのはしょうがない」

「ちょっとじゃないくらい危ないのが相手なんだから、多少は割り切るしかないだろ」


「いえ、多少の危険ではないから問題にしているのですが……」


 止めざるを得ない……というか、止めたいのだが。

 どうしたことか、ユーゴは私の言葉を聞いても、澄ました顔で平気そうにしている。


 彼に危機感が無いとは思わない。むしろ、彼は用心深く、警戒心の強い方だ。

 そんな彼が、どうしてか仲間に迫り得る危険を軽視している……ように見える。

 それがなんだか不思議で……私はどうも、尋ねるべき言葉を上手く選べないでいた。


「と、ともかくですね。戻る時間が惜しいと言うのならば、せめて連絡を取りませんか」

「アギトとミラにも追い掛けて貰って、ここから合流して行けば……」


「別に大丈夫だって。ここからカストル・アポリアまで行って帰って二日だろ? ふたりを呼んでもここまで二日。なら、さっさと行って戻った方が早い」


 そういう話ではないですし、そもそもふたりと合流出来るのは、行って帰ってそれからもう二日掛けてランデルへ戻ってからなのだから、計算そのものも間違っているのです……


 しかしながら、ユーゴは私の不安などにはまったく関心を向けず、すっかりリラックスした様子で荷物を漁り始めた。私の荷物を。


「……あの、何を探しているのでしょうか。別段面白いものは持って来ていませんが……」


「そんなこと分かってる」


 では何を求めているのでしょうか……

 その疑問には結局答えも出ず、ユーゴはひとしきり私の荷物を漁り終えると、そのまま部屋を出て行ってしまった。


「……な、なんなのでしょうか……?」


 浮き足立っている……?

 しかし、どちらかと言うと穏やかな顔をしていたし、焦っている風でもなかった。


 では……何か確信があるのだろうか。

 この状況を――もしかしたら、アギトとミラに危険が及ぶかもしれないという状況を、問題無く終えられるだろうと思える根拠が。


「おい、早く来いよ。何やってんだ」


「えっ、あっ、はい。あ……わ、私も行くのですね……?」


 当たり前だろ。と、ユーゴはむっとしたが……すみません、荷物を漁って、何も言わずに出て行って、それで伝わるわけもないではありませんか……


「あの、どこへ行くのでしょうか。そして……何をしに行くのでしょう。もう日も暮れてしまいますし、あまり遠くへは……」


「どこって……別に、決めてはないけど。どっか行きたいとこあるのか?」


 行先も決めずに出掛けるのですか……もう日も落ちるのに……

 なんだか今日のユーゴは、子供のようになってしまっている気がする。いえ、歳相応と言えばそうなのですが……


「あの、ユーゴ。本当に今日はどうしたのですか……? なんだか貴方らしくないと言うか……」


 歳相応のことをしたがらない、背伸びした振る舞いをしたがるのがユーゴだ……と、そう思っていたのは、私の勝手な勘違い、押し付けだっただろうか。


 しかし、これまでの彼を思い返せば、それがすべて間違いだとは思えない。

 もちろん、歳相応に幼い振る舞いをすることもある。

 だがそれは、強く興味を惹かれた時など、彼としても不意を突かれた時に限っていた……と思うが……


「……どうしたも何も……そういう話じゃなかったか?」

「フィリアにはフィリアらしいことをさせた方が良い……らしくないことをさせた分、もとのアホみたいなことをさせないと危ないって。チビが言ってただろ」


「……? ええと……」


 その話は……うん、覚えている。覚えているが……ううん?


 ミラ曰く、イリーナとの交渉……駆け引き、少しばかりの強引な約束は、私にとってはらしくない行為だった……と。

 そしてそれは、何かの時に毒をもたらしかねないと。

 選択を迫られた際に、自らの根本にある行動原理から外れた道を選びかねないのだ……と。彼女はそれを危惧していた。


 そして……ユーゴもまた、その話を聞いて、懸念してくれていた……のだろうか。

 だから、ミラがやっていたように、普段通りの振る舞い、環境を、私に……と。


「……それでどうして、あてもなくふらふらと歩き回ることになるのですか……?」


「どうしてって……普段はそうだろ。特に考えずにふらふら出歩くし、後先考えずに行動するし」


……もしや、ここまでの勢い任せな行動は、彼なりに私の行動を模倣したもの……だったのだろうか。そうだとすると……


「……貴方には私がどう見えているのですか……」


 なんと不名誉な話があっただろうか……


 何も考えずに歩き回ることは……まったく無いとは言わないが、しかしそう頻繁にあることでもない……と思う。

 それに、後先だって考えているつもりだ。

 彼からはそれが足りていないように見えているのかもしれないが……


「チビが言いたいのって、リフレッシュさせてやれってことだと思ったから。フィリアでもストレスくらいは感じるだろうし」


「……ユーゴ…………あの、それはどういう意味でしょうか……」


 私……でも、とは。ストレスすら感じないくらい能天気だと思われているのか、私は。

 先ほどからどうにも不名誉極まりない評価を受け続けていて、もはやこの事実こそがストレスなのだけれど……


「……俺はフィリアの決定に従うからな。だから……フィリアがフィリアらしくないことになったら、一番に困るのは俺になる」

「フィリアが間違えると、俺も一緒に怖いやつになっちゃうから」


「……それは重々承知しています。貴方の強さは、人々を導く希望として振るっていただく。それ以外には考えていませんから」


 ユーゴは私の答えに、少しだけ満足げに笑った。そうか、そんなことを……


「……としても、もう少し言葉を選んでいただけませんか……?」

「それに、せめてマチュシーにいた段階で打ち明けていただけないと……アギト達と合流するのに時間が掛かるのは、現実的に発生してしまった問題なのですから……」


「フィリアがここに来るまでに気付かないのが悪いんだろ、それは」


 うっ。たしかに、きちんと考えればランデルを出た時点で……いや、出発前には気付けたことだ。

 私の落ち度と言われれば、まったくもって遺憾ではあるが、しかし反論するのも難しいと言えば難しいわけで……


「それと、そこについては本当に大丈夫だと思う。チビが強いのもあるけど、そうじゃなくて」


「……? そうではない……とは、どういうことでしょうか」

「ミラの強さ以外に、魔女や魔人からの攻撃に対処出来るだろうと思える根拠があるのですか?」


 根拠とまでは言わないけど。と、ユーゴは少しだけ困ったように目を伏せて、しかし悩むことなく私に告げる。大丈夫だと思えるものはある、と。


「……アイツ……ゴートマン。女の方じゃなくて、男の方」

「アイツは……アイツも、アギトのアレに巻き込まれて、体験してるだろ? それで……アイツはチビと同じ、魔術師なんだよな」

「なら、意味分かんな過ぎるものに自分から飛び込まないんじゃないか、って」


「……それは……そうかもしれませんが……」


 なるほど……言われてみると、それはたしかに……いや、どうだろう。


 自然な理屈で考えれば、あの男も自分の命が惜しいわけだから、得体の知れないものへの攻撃は、しばらくの間は魔獣や他の手下を使ってのものに限定されるだろう。


 しかし、そうと決まったわけではない。

 アギトの能力が不気味だからと、むしろ早急に対処しに来る可能性もある。

 と言うよりも、それを危惧したから、アギトをしっかりと守らなければ……と、あの時にはそれを考えて……


「アイツは絶対に自分からは何もしない……と、八十パーくらいは思ってる」

「だって、自分からいろいろ出来るなら……するつもりなら、あの魔女があんだけボコボコにされてる時に、助けに来ないわけが無い」

「どうしようもなくなって、本当にアイツが倒されるってなってから現れたのは……」


「……慎重な性格で、出来る限り状況を完全に把握してから動こうとするから……」

「そして、自らの手に余るものへは、可能な限り関わらないように考えて動いているから……?」


 そう。と、ユーゴはこくんと頷いた。力強く、はっきりと。


 たしかに、筋は通っている。

 あの男の行動原理についてはまったく分かっていないが、しかし危険を冒すつもりがあるのならば、接触がここまで二度しかないというのは不自然だ。


「そういうわけだから、危ないのはこっちかもな。まあ、俺がいるから危なくないんだけど」


「……なるほど。より危険である可能性が高いアギトやミラよりも先に、多少戦力を把握出来ている貴方を先に狙うかもしれない……のですね。それは……」


 こ、困ってしまうではないですか……

 いくら力を取り戻していると言っても、その全力の力を以ってしても一度はあの無貌の魔女に敗れているわけで……


 だが、ユーゴの目にはそのことに対する恐怖心は無いように見えた。

 克服したから強さを取り戻した……というのならば、もう魔女に対する勝機を自分の内に見出しているのだろうか……?


 しかし、その答えも得ることは叶わず、私はユーゴとふたりで赤く染まった夕焼け空の下をしばらく散歩した。

 のんびりさせるのが目的だった……とは聞いたが……しかし、この後にも魔女に襲われかねないとも言われてしまったから……ううん……お、落ち着かない……

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