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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百二十四話【払拭の手立て】



 ヨロク北方の林について、その調査はミラが呼んだ援軍を待ってからとすることにした。


 しかしながら、それにはまだ時間が掛かる。

 最短であろう選択肢を取りはしたものの、船がアンスーリァからユーザントリアまで向かうのには、十日近く掛かってしまう。


 その往復だけで二十日。

 それに、事情を伝達し、当人を探し、説明と説得を試みて、すんなり許可されて初めて三十日足らずで到着するだろう。


 もちろん、交渉に難航すればそれでは済まない。

 派遣を頼む人物は、ミラをしても天才と称するほどの魔術師、錬金術師だ。

 当然、ユーザントリア内でも多くの仕事を任される、重要人物に違いない。


「……四十日……いえ、五十日……でしょうか。ともなると……」


 その間に出来ること――その間に、魔女が攻めて来ぬように打てる策は何か無いだろうか。


 他国へ派遣要請を出し、応援が到着するまでの時間とすれば、四十日は短いものだろう。

 しかしながら、国内の問題が肥大化するには長過ぎる時間だ。


 であれば、ことが大きくならないように抑え込む必要がある。

 ミラの調査が進むころには手遅れになっていた……では、なんの意味も無いのだ。


 こちらの手は最速で進めている。だが、相手の手についてはまだ何も読めていない。

 であれば……相手を遅らせる策を――それも、直接的な干渉以外の手段で対処せねばならないだろう。


「……ふう。私がひとりで悩んだとて、答えなど出る筈もありませんね」


 困ったものだ。と、ため息が出たのは、ミラとの相談も終え、宮へと帰り、そして執務を終わらせて自室に戻った後のことだ。


 国外への派遣要請について、事情を説明すると、リリィはすごくすごく苦い顔をしていた。

 国内の軍に派遣を要請している最中に……と、身動きの取り難さに頭を抱えてしまっているのだろう。

 あるいは、この現状を招いてしまった、過去の私達の行いについて悔いているのかもしれない。


 だが、それでも彼女は青い顔で首を縦に振ってくれた。

 それを知らされたからには、国内のやっかみについてはこちらで対処してみせる。と、諦め半分にも思える気概を見せてくれたのだ。


 私はいつだって彼女に――彼女とパールに支えられてきた。

 しかしながら、もうふたりには過剰なほどの問題を背負わせ過ぎてしまっている。


「――バスカーク伯爵。貴方がいてくだされば……っ」


 軍事的な相談はいつだってあの方していた。

 あの方の調査能力ほど頼りになるものは無かった。


 しかし、今はその力に頼れない。


 それだけではない。特別隊そのものの規模も縮小し、調査の為の遠征も行えない状態だ。


 私はひとりでは何も出来ない。だが……頼れる相手は皆頼り切ってしまった。


 アギトとミラには北の調査の備えをして貰わなければならない。

 友軍についても同様だ。次回の遠征に向けて準備を進めて貰う必要がある。

 国軍はまだ動かない……動かせない。こうなってしまうと、もはや私に手立ては……っ


「…………弱音を吐いて、なんになるのですか。しっかりしなさい」


 ぱちん。と、両手で自らの腿を打って、私は鏡に向けて叱責した。

 弱気は必要無い。無謀で、無茶を繰り返して、それは無理だと周りが咎めなければならないほどで良い。

 そうでなければ、私では……


 何度叩いても湧き上がる悪い感情に、私は自分の胸に蓋をするように眠りに就いた。




 そして、また朝が来る。そう、来る。

 それはつまり、今この時はまだ朝と呼ぶには早い時間であることを意味して……


「ん、起きてるのか。早起きになったな、最近は」


「…………ですから…………」


 窓からはまだ日も射しこまない。

 だと言うのに、シーツから顔を出したばかりの私の視界には、こちらをじっと見ているユーゴの姿があった。

 ですから……いくらなんでも早く起こし過ぎなのだと…………


「…………ユーゴ……?」


「……? なんだよ。なんかあるのか?」


 あれ。なんだっただろうか。

 私は昨晩、何かを考えながら眠った……覚えがあるのだが……?

 気を抜いてはならないといつも自分で戒めているのに、たった数時間前……半日も経たない間のことを忘れてしまったのか。と、頭が痛くなった。


 しかし、なんだったか。なんだっただろうか。と、考え込めば考え込むだけ、答えはどんどん喉の奥に落ちて行ってしまう感じがあって……


「まあいいや。起きたなら早く支度しろ。さっさと行くぞ」


「……? あの、行く……とは、どこへ……?」


 私の問いに、ユーゴはすごく怪訝な顔をしてしまった。

 その……すみません。貴方の言葉も足りないのですよ?

 私の理解力ばかりが不足していると責めないでください……


「だから、ヨロクの林を調査しに行くんだろ? で、そこにはチビひとりで行くって」

「なら、その間に俺達は別のこと進めなくちゃなんないんだから」


「ええっと……あ、そうです。その件ですが、調査は先延ばしになりました。実はですね……」


 ああ、その話か。と、私は昨日、ミラとふたりで決めたことを説明した。


 そうだそうだ、まだその件についてはユーゴに伝えていなかった。

 調査し、収集し、それをユーザントリアへ送るのはやめにしたのだ。


 代わりに、一番初めに考えた通り、ユーザントリアから腕利きの錬金術師を派遣して貰って…………


「…………そうです!」


「っ⁈ な、何がだよ……?」


 そうだ。と、やっと思い出したのは、昨日の晩に何を考えながら眠ったか……さっき喉の奥に落としてしまった考えごとだった。


 今の私には、手を貸して貰える相手がいない。

 パールもリリィも既に手いっぱいで、アギトとミラはこれからの為に準備をしなければならない。


 バスカーク伯爵も、特別隊も、国軍も。頼れるものはもう私の手の届くところに残っていない。

 だから、その錬金術師が派遣されるまでの間、どうやって時間を稼ぐか……と、それを考えて……


 考えて、しかしひとりではとても答えなど出せなくて。

 誰にも頼れずには、この状況を打破出来ないものなのか……と、そんな不安に駆られて、どうしようもなくて眠りに就いたのだ。


 一晩経ってこんな大きな不安を忘れてしまえるだなんて……本当に、私の危機感の無さはどうなっているのだ。


「ユーゴ、一緒に考えてくださいませんか。これから五十……いえ、四十日。魔女の攻撃が来たとしても、それだけ耐えられるような策を」


 しかしながら、思い出してしまったらもうのんきではいられない。

 なんとかする方法を……いや、それを共に考える誰かを、一緒に探しては貰えないか。と、私はユーゴに頼み込んだ。


 そんな私に、彼は困った顔で首を傾げてしまった。

 そんなものに思い当たるものは無い……か。それはそうだ。

 だって、彼が出会った人物には、当然私も一緒に出会っていて……


「……それ、別に誰かに頼ることじゃないだろ。俺がいるんだから」


「……ユーゴ……が……?」


 ユーゴが……策を共に考えてくれるのか……? それはありがたいし、頼もしい。だが……


 求めているのは専門的な知識……つまり、防衛についての経験が豊富な人材だ。ユーゴの強さとはまた違う。

 それこそ、イリーナの口にした、特別な強さではなく、統制の取れた軍隊を指揮するような……


「……このアホ。魔女が攻めて来た時の話してるんだろ? だったら、そんなの俺がなんとかする以外に無いだろ」

「マリアノでダメだったものを、そこらの兵隊になんとか出来るわけ無いんだから」


「そ、それは……そうなのですが……そうではなくて……」


 ユーゴは私の態度と言動に、とてもとても不満そうな顔でため息をついた。


 魔女が現れれば、ユーゴが戦う他に無い。それは間違いなくそうだ。

 しかしながら、魔女自身が直接乗り込んでくる可能性は低い。

 正確には、魔女が乗り込んでくるとしたら、その前に段階的な攻撃があって然るべきだと考えられるのだ。


「この間のゴートマンとの接触を覚えていますよね。あの時同様、攻撃があるとすればまずは魔獣による侵攻が発生する筈です」

「ですが……それに対してユーゴやミラの力を動員していては、いざ本当に魔女が攻めて来た時に対処が遅れてしまいます」


 その攻撃に備えて、オクソフォンやサンプテムから部隊を借りている……のは間違いない。

 だが、それによって守られるのはあくまでもランデルだけだ。

 ランデルから派遣された部隊によって、他の街も多少は備えられるだろうが……


「最悪なのは、ヨロクとの連絡を絶たれてしまうことでしょう。そうなれば、ランデルが無事だったとしても、林の調査に大きな障害が発生してしまいます」


 その結果、ミラの調査が遅れてしまい、魔女そのものの攻撃にも備えられない……なんてことにもなりかねない。


 ゆえに、求められているのは、現状を完全に維持するだけの戦力だ。

 それも、ただ数を揃えれば良いという話ではなく、従来よりも凶悪な魔獣の攻撃に耐えうる準備を施さねばならなくて……


「…………だったら、ヴェロウに話をしに行くべきだろ。ヨロクより北にあるんだから、カストル・アポリアは」


「ヴェロウに……ですか? しかし、カストル・アポリアはアンスーリァから独立しています。それに、軍事的な協力は……」


 あの国は不戦を誓った。

 だからこそダーンフールを譲り渡し、解放作戦によって発生した難民を受け入れて貰えるようにと約束をしたのだ。


 そんな彼らに、戦う力を貸してくれ……などと言うのは、約束を一方的に破棄しているのと変わらない。

 そんな不義理を働くわけには……


「……じゃなくて。ダーンフールの砦、まだそこまで弄ってるとは思えないし。だったら、事情を説明して兵士を配備させて貰えばいいだろ」

「このままだと危ないってことはヴェロウも知ってるんだろ? だったら……」


「……カストル・アポリアの保護を名目にして、守護の為の軍を配備する……ということですか?」


 それは……たしかに、建前としては筋を通しているが……しかし……


「アホ、間抜け、デブ。そりゃ、勝手に決めたら悪いことだよ。だから相談しに行くべきだって言ってんだろ」

「なんか……ちょっとぶりにまたすごいアホになったか……?」


「っ⁈ な……そ、そこまで言わずとも……」


……たしかに、ユーゴの言う通りかもしれない。


 事実、カストル・アポリアも危険なのだ。

 少なくとも、以前の敗戦の折には、もうあの場所は残らないだろうと諦めたくらいなのだから。


 決まったらさっさと出発するぞ。と、ユーゴはそう言うと、私の机を物色し始めた。

 あ、あの……荷物の準備くらいは自分でしますから……というか、出発するとしてもいきなりは難しいですし、そもそも馬車の確保も……あの、話を聞いて……

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