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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】

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第四百二十三話【候補はふたり、望むはひとり】



 ミラと共に状況を何度も整理し、考えられる悪い可能性を列挙し、あるいは現状でも解決し得る問題を取り除く作業を何度も繰り返した。

 そうした末に、裏付けのある答えが現れてくれると思ったから……信じていたから。


 だが、その先には何も無かった。


 どれだけ問題を挙げ直しても、それらに優先順位を付けられなかったし、どの選択肢にも最悪の終わりは訪れたし、今なんとか出来る問題などひと握りも存在しなかったのだ。


 ミラは唇を噛んで黙り込んでしまっていた。

 世界を救いし天の勇者は、己の無力を――理不尽を退けられないことを恥じているようだった。

 それは、あまりに過ぎた責任感だと思った。


 けれど、そんな彼女を見て……私は、ひとつの解を得た。

 たったひとつ――しかし、自分の中にずっとあった確信。


「――ミラ。私は貴女を――貴女の力を、貴女との出会いを信じます」

「貴女とアギトと、それからこれまでに出会った大勢の頼もしい人々を。これから出会う人々を」


――私は人に恵まれる――

 目の前で苦悶する幼い勇者の能力を――私に巡って来る出会いの運命を信じてみようと思った。


 下らない、理屈の無い願掛けでしかないと笑われるかもしれない。

 けれど、私の中にはそれが理であるとする根拠があった。


 私は王家に生まれた。兄弟もおらず、王の位に座ることを許された。

 そして――あらゆるものを投げ打って決行した召喚術式によって、ユーゴという理想の救世主を味方にすることが出来た。


 私のこれまでには、多くの成功と失敗がある。

 そしてその成功のほとんどは、重大な人物と出会うというものが数多く存在するのだ。


 ユーゴと共に戦い始めて、バスカーク伯爵と出会い、ジャンセンさんやマリアノさんを仲間にして、そして今では遠い国の大英雄すらもが隣にいてくれる。


「……良いのネ? もちろん、失敗なんてするつもりはさらさら無いワ」

「ハークスの名に懸けて、そしてマーリン様の名に懸けて、魔術師相手の情報戦には決して負けなイ。でも……」


「貴女は負けません。たとえ負けたとしても、そこで立ち止まらなければならない状況を招きません」

「貴女ならば、たとえ何も得られなかったとしても、得られなかったという事実から未来を勝ち取ってくれると信じています」


 ミラの選ぶもうひとりの魔術師。それが何者か、どのような能力を持つのかは知らない。一切見当も付かない。

 だが、ミラならば信じられる。彼女ならば、必ずや最大の成果を手にしてくれる筈だ。


「押し付けがましいと思いますか? それとも、厚かましいと思いますか? あるいは……」


「そうネ、王様にもマーリン様にも背負わされなかったくらいの重荷を任されたと思うワ」

「でも……上等じゃないノ。こちとら二回も世界救い損ねてんだかラ。三度も負けらんないわヨ」


 無責任な王だと、人任せな選択だと、笑いたいものには笑わせておけば良い。

 誰がなんと言おうと、これが最良――最善で最短の道だ。


「そうと決まれば、さっそく連絡しなければなりませんね。私からもお願いせねばなりませんから……ミラ、その人物は国に属する者なのでしょうか?」

「それを、国へと派遣要請を出す……という形でしたら、手紙はやはりユゼウス王に宛てるべきでしょうか」


「ううン、そいつは国の施設には属してないワ。宛名はマーリン様で良いでしょうネ」

「ただ……すぐに捕まるかどうかは分かんないから、もうひとりの候補を寄こして貰うことになるかもしれないケド……」


 所在が不明である……と? 私が首を傾げると、ミラは困った顔で笑った。

 なんともお姉さんのような顔だが……もしや、その人物とは親交が深いのだろうか。


「第一の候補は、ベルベット=ジューリクトン」

「私と同じ術師五家であるジューリクトン家の末子で、家を継げないからって理由で放浪してたところをマーリン様に拾われた、紛れもない天才のひとりヨ。錬金術の分野だけなら私以上でしょうネ」


 もっとも! 魔術も含めたら私の方がすごいケド! と、ミラはえへんと胸を張った。


 ミラをして天才と呼ぶ、彼女以上の錬金術師……か。

 その……大丈夫だろうか……? そんな重大な人物を招くとなると……その……報酬について……


「……ただ、気まぐれなのと、放浪癖は変わらないみたいだかラ。もしすぐに連絡が付かなかった時は、もうひとりの心当たりに来て貰うつもりヨ」

「ただ……そっちはそっちで、わがままで自分勝手なのよネ。魔女なんてものがいるって知れば、血相変えて飛んで来るとは思うケド」


 そっちの名前は、魔術翁ルーヴィモンド。ユーザントリアでもっとも権威ある魔術師ヨ。と、ミラはまたしても仰天してしまうようなことを口走った。

 そ、その……やはり、そんな大物を呼ぶとなると、報酬が…………


「……ミラ。その……貴女の御師様――大魔導士マーリン殿を呼ぶことは出来ないのでしょうか」

「いえ……ベルベット殿、そしてルーヴィモンド翁を不足な人物であるなどとは思っていません。ですが……」


 報酬が、お金が。と、そんな不安を考えていても、それ以上に大きな不安が――解決出来なければすべてが終わるという、金も国も何もかもが無に帰す事実が、のんきな悩みなどを吹き飛ばした。


 上に被さった軽い悩みが飛べば、そこには最大限の警戒心と、そして理想的な要求が残る。

 来て貰う魔術師は、考え得る中でももっとも優れた人物であって欲しい、と。


 私はユーザントリアの魔術師を知らない。その事情を、関係性を、一切知らないのだ。


 それでも、ひとつだけ分かっていることがある。

 目の前にいるミラの素晴らしさと、そんなミラを育てたという師の名前。

 救国の英雄のひとり、大魔導士マーリン。


 高くを望むことが許されるのならば、その人物にこそ来て欲しい。

 もちろん、それほどの英傑となれば、当然、前者ふたりよりも更なる報酬を準備せねばならないだろう。


 それに、その人物は国に属する巫女だったとも聞く。

 友軍のほとんどは、彼女の配下であるとも言うのだから。


「難しい頼みとは思いますが……しかし、私からはその二名の能力が測れません」

「ならば……貴女と共に世界を救ったという大英雄の力を、許されるのならば最大の助力を願いたいのですが……」


 わがままだろう。こんなものは願いでも頼みでもなく、見返りすら用意出来ていない一方的な要求だ。


 そんなことだから、ミラは困り果てた顔で頭を抱えてしまった。

 流石に師弟関係があっても呼ぶことは難しい……だろうな。

 それくらいは分かっていたが、しかし……願わくば――と、口にせずには……


「……今のマーリン様はもうどこにも属していらっしゃらないから、来ていただくことも可能だとは思うワ。ただ……」


「……っ! か、可能なのですか!?」


 落ち着いテ。と、ミラは慌ててしまった私をなだめた。

 そこは絶対に不可能だと断られると思っていたから……つい声が大きくなってしまった……


「……前にアギトの話をした時に言ったと思うケド、もうマーリン様は魔術を行使出来ないのヨ」

「星見の力も失い、魔術式も魔力も失い、残っているのは経験と知識だけ」

「もちろん、それだって素晴らしいものばかりだし、それしか残っていないにもかかわらず私より素晴らしい識者であることはたしか……でもネ……」


「……あ……そう、でしたね。知識や経験について頼ることが出来ても、肝心の調査について、手を貸していただくことは出来ないのでは……」


 それでは本末転倒……か。

 どれだけ頼りになる人物であったとしても、魔術式を組めなくなっている――調査の為の実験を実行出来なくなっているのでは……


 落ち込む私を見てか、それとネ……と、ミラはすっかりしょぼくれてしまった顔で、私の手を握った。


 いけない、なんて失礼な態度を。

 かの人物はミラにとって、最大の敬意を払うべき、代えがたい師なのだ。

 それが私の思う通りの力を持たぬからと、落胆するような顔をしてしまって……


「申し訳ありません、ミラ。私はなんと無礼な態度を……っ。勝手に縋って頼み込んだのは私なのに……」


「ううん、それは良いのヨ。マーリン様を一番に頼ってくれたことは私も嬉しいし、誇らしいもノ」

「でも……そうじゃなくてネ。もっと根本的な問題が……今回に限っては、マーリン様を巻き込むわけにはいかない事情があるノ」


 大魔導士マーリンを……巻き込む……?

 それは……その言葉は、とてもではないが、もっとも信頼する師に向ける言葉ではないように思えた。


 たしかに、力を失ったとあれば、戦いになりかねないこの場所へ招くことは避けたいと思うだろう。

 しかし……そんな思いだけで、ミラがその人物を“巻き込む”と言い表すだろうか。


 何か深い事情があるのだ。と、その時点で察することが出来た。

 そして、私が何かを察したとミラも理解したのだろう。

 眉をひそめ、苦々しい顔で、少しだけ周りを警戒しながら、彼女はゆっくりと口を開いた。


「……マーリン様もまた、魔女と呼ばれた存在なのヨ。あの貌無しとも、ユーザントリアで戦ったのとも違う、人間になった魔女なノ」


「――っ! 大魔導士殿も……魔女……っ⁈」


 な――と、とんでもない話が飛び出してしまった……

 ミラのお師匠様は……ユーザントリアを救った英雄は、あの無貌の魔女と同じ……


「……あの時、あの貌無しが“灰色”って呼んでたのを覚えてル? アギトの呼び出した仮想の世界のマーリン様を――銀色の翼を持つあの方を」


「……灰色……はい、覚えています。綺麗な瑠璃色の瞳をした、銀の髪の可憐な少女でした」

「アギトは彼女を、紅蓮の魔女……と、呼んでいましたが……もしや、あの人物が……」


 大魔導士マーリン……その幼い頃の姿だったのだろうか。

 ミラは私の問いに、半分は正しいと答えた。


「あのマーリン様は本物じゃないワ。アギトの影響で現出した……って意味じゃなくてネ」

「本物のマーリン様には、灰色の翼があって、それにもっと明朗で、暖かな笑顔を振りまいてくださるノ。っと、それは良くっテ」


 では……あの姿は、アギトがイメージした、出来損ないではない大魔導士マーリン……ということだろうか。

 彼のあの異常さには、実在しないものをも呼び出す力があったのだな……


「……マーリン様はネ、魔女から疎まれていたのヨ。出来損ない、銀色ではないもの――灰色、っテ」

「それもあって、マーリン様はご自身が魔女であることに苦しんでいらしたワ。だから……」


「……再び魔女とまみえる可能性を招きたくない……ですか。なるほど……」


 ごめんネ。と、ミラは肩を落として私に謝った。

 個人的な感情でそれを拒むことを許して欲しいと言っているのだろう。


 しかしながら、決してそれだけの理由で呼ばないと言っているのではないのだ。


 先ほども聞かせてくれた通り、かの魔導士にはもう魔術の力が無い。ゆえに、戦いの場には招きたくない。

 それに加えて、魔女という忌避すべき存在との対面を危惧せねばならないのだ。


 そうまでなれば、これはもう憂慮ではなく冷静な判断だろう。

 悪い可能性が重なっている以上、それは避けるべきだ。


「そういうわけだから、呼べるとしたらそのふたりの内のどちらかネ」

「ベルベットか、ルーヴィモンドか。どっちが来ても、普通なら国がひっくり返るレベルの術師だから、助けとしては不足なんてあり得ないワ」


「…………ユーザントリアにはいったいどれだけの英傑が揃っているのですか……はあ。今はそれが頼もしいばかりですが……」


 初めの頃には、ミラほどの傑物を派遣などして、ユーザントリアは何を考えているのだ……と、そう考えもしたが……

 もしや……ミラほどの傑物が、かの国には何名も揃っているのだろうか……?


 もしもそうだとするのならば……ど、どうすればそこまでの土壌を――国を作れるのだろう……

 アンスーリァの現状と照らし合わせると、とてもではないが……目も当てられない……


 頼もし過ぎる増援を望めると知り、それとは表裏一体な謎の憂いも抱きながら、私はユーザントリアへと送る手紙をしたためた。


 願わくば救国を。そして……私に支払える程度の報酬を要求してくれと、そう念じながら。

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