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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百二十一話【ミラのお願い】



 馬車がサンプテムを出発して少しした頃。

 まだオクソフォンの影も見えない、長い暇が約束されているその時に、ミラが目を丸くして私の膝の上に登って来た。


「こら、おい。お前、最近ちょっと礼儀知らず過ぎるぞ。甘えん坊も仲良しも分かるけど、相手が王様だってこと忘れるなよ」


「うるさいわネ、このバカアギト。アンタこそ、忘れてんじゃないでしょうネ」


 アギトも忘れている……? 何を……だろう。

 すっぽりと私の腕の中に納まったミラの頭を撫でながら、私はアギトの顔を見て首を傾げる。

 そんな私に、アギトも少し慌てた様子で……しかし、何を咎められているのか思い当たらなくて、私と同じように首を傾げてしまった。


「はあ。この大バカアギト。あのゴートマンが魔獣を造っていた魔術……ううん、技術が、魔人の集い――魔女由来のものだったとしたラ」

「私達は、何も無い場所でだって警戒しなくちゃならないデショ」


「……ゴートマン……? それは……貴方達の国で……ユーザントリアで人に害を加えていたという、魔竜を……使役する……?」


 詳しく聞いたわけではなかったから、なんだか要領を得ない問いになってしまった。


 しかしながら、ミラはそんな私の言葉に力強く頷くと、そのままぐりぐりと頭を私の喉元に擦り付け始める。ふふ、いい子いい子。


「……ちょっと待てよ。あれは……見えない魔獣は、あのゴートマンと因縁があるものだった筈だろ」

「魔竜だってそうだけど、アイツがいないなら同じものなんて……」


「だから、その前提が覆ったかもしれないって話をしてるんでしょうガ。ちょっと前の話になると全然覚えてらんないんだかラ。この大バカアギト」


 見えない……魔獣……? な、なんだかとても恐ろしくてたまらない言葉が聞こえたが、いったいどういうことだろう。


「ミラ、見えない魔獣とはなんなのですか? 虫のように景色に擬態する……枝や木の葉にそっくりな魔獣……ということでしょうか。それとも……」


「言葉の通り、まったく不可視の魔獣がいたのヨ。私達の旅路にはネ」

「私ならニオイで探知出来るし、今なら魔術で把握するのも簡単だケド……」


 まったく見えない……擬態ではなく、完全に透明になっている……と言うのか。

 くらげのような生き物……だとしても、しかしそれが陸上に棲んでいるとなると……ううん、想像も付かない。


「だけど……だけどさ。あれは……あれだけは、ゴートマンじゃないと……」


「その考え方をやめなさいって言ってんのヨ」

「たしかにアレは、あのゴートマンの過去に紐付けられた存在だったワ。でも、それとこれとは関係無いノ」

「ああいう魔獣を造れる技術なんだってことが最重要で、そこに気持ちの問題は介入しないワ」


 見えない魔獣を造ったゴートマン……というのは、やはり話に聞く魔獣を造った、竜を使役したという魔人のことなのだろう。


 かつて勇者として冒険していたさなかに遭遇したというその人物も、この国に存在する魔人と同じく、魔女から力を譲り受けていたかもしれない。とは、以前にも話をしていた。

 ならば、ユーザントリアで遭遇した魔人のすべての力を、これからも警戒せねばならない……と。


「だから、出来るだけフィリアとはくっ付いてた方が良いのヨ。ユーゴはもうひとりでもそれなりに戦えるでしょうし」


「……いや、だからってそこまでくっ付いてる必要は無いだろ。こら、言い訳してるだけじゃないか。ちょっと真面目な顔で言えば全部信じると思うなよ」


 警戒する必要は本当にあるのだろうが……しかし、この場合はアギトの言う通りなのかな。

 指摘されると、ミラはむっと頬を膨らませて私を抱き締める力を強めた。


「……ところで、その理屈で行けば私よりもアギトを守るべき……なのではないでしょうか?」

「その……現在、魔女に唯一対抗し得る存在である……と、そう認識させたのなら……」


「そうだぞ、こっちに来なさい。お兄ちゃんの方が危ないでしょうが」

「フィリアさんについても本気の本気で守らなくちゃいけないけど、お兄ちゃんの方が危ないって話だったでしょうが。ほら、こっち来なさいって」


 そういう話……だったよな?

 そんな風に自信が無くなってしまうのは、ミラがアギトの方へまったく行きたがらないからだった。

 いつも仲良しではありませんか、どうしたのですか……


「……嫌。フィリアの方が良イ」


「っ⁈ は、反抗期……っ」


 ふたりともなんだかんだと理屈をこねていたが……どうやら、単にミラを抱っこしたいだけのアギトと、私に抱き着きたいだけのミラだったようだ。

 そんなに居心地が良いのだろうか、私の…………無駄に大きく、肉を蓄えたお腹の上は…………


「……おい。アホみたいな話してないで、帰った後のこともちゃんと考えとけよ」

「こっちのことが終わったら、またヨロクの林に向かうんだろ。前に行った時は、何も出来ずに帰る羽目になったんだから」


 もう一回なんてごめんだぞ。と、ユーゴは呆れた顔で私を睨んだ。

 す、すみません。遊んでいたわけでは……わけでは……遊んでいるようにしか見えなかったでしょうね……


「……そうネ。あの林、すぐに調べるにはちょっと障害が多過ぎるワ」

「私がひとりで乗り込んで、フィリアとアギトをユーゴに守って貰う……としても、まだ解決しなきゃならない問題があるもノ」


 ユーゴの言葉にミラはすぐに真剣な顔を取り戻して、けれど私の膝の上から降りることなく頭を抱えてしまった。


 ヨロクの林。とは、もうずっと問題に挙げられ続けているにもかかわらず、いつまで経ってもまともに調査が進まない、魔獣の存在しない林のことだ。


 いつか、特別隊が出来上がったばかりの頃のことだ。

 私達はジャンセンさんの指揮の下、あの林の調査を……開拓を行っていた。

 木を切り、小屋を建て、測量をし、水質地質についても調べる。と、その為の準備を進めていた。


 しかしながら、それが完了するよりも前に、再度訪れた私達をゴートマンが襲った。

 それ以来、あの場所には悪いイメージが付き纏っている。


 そして、特別隊の活動が凍結状態に陥ってからというものの、開拓事業については一切進行していない……筈だ。

 その部分の指揮は完全にジャンセンさんが握っていたから、彼不在では立ち行くわけもない。


「……ミラ。貴女ひとりに任せることは、正直に言って許可出来ません。ですが……あの場所の調査は必要になるでしょう」

「ならば、貴女が思う解決しなければならない問題と、必要な条件を明示していただけませんか」


 そして、あの場所の奥を調べる……と、ミラを連れて調査に向かった時。

 彼女をして、自らよりも格上の魔術師が潜んでいる可能性が高いとされてしまった。


 そんな魔術師に心当たりなど無かった――ついこの間までは。

 けれど、それが出来てしまった、知ってしまった。


 おそらく、あの場所にはあのゴートマンが潜んでいる。

 魔人の集いのそれとは違う、魔女と直接かかわりのあるゴートマン。

 ミラの魔術を打ち破り、模倣し、嘲笑った男。あんな存在が……っ。


 ミラひとりならば調査出来る……というのは、彼女ひとりならば逃げ帰ることも不可能ではないという意味だ。

 そこにわずかでも不安材料が混ざるのならば、帰還すらも難しいものになってしまう。それではとても許可など出せない。


「……まず、拠点を作ることは必須でしょうネ」

「私ならどこでも眠れるし、眠らなくても平気だケド。それはそれとしても、調査には大掛かりな魔術も必要になるし、そうなったら資材や設備も欠かせないワ」


「魔術工房を建設する……のですか? しかし……」


 そんなことをすれば、ゴートマンに見付かってしまう可能性が……と、私が言い掛けたところで、ミラはまた頭を抱えて目を細めた。


「そうネ。きっと……ううん、不在じゃない限りは見付かるでしょウ。けれど、それでもやるしかなイ」


「それは危険過ぎます。もちろん、貴女が敗北するとは思いません。たとえ敵わないとなったとしても、必ず逃げ延びることも信じています。ですが……」


 それでも、危険に変わりは無いのだ。

 たったひとりでは紛れも起こらない、前回の遭遇の際のようにアギトの能力の暴走といったイレギュラーが入り込む余地は無い。


 分かっている。彼女の場合、ひとりの方がより安全なのだと。

 私達では足を引っ張るばかりで、万が一の異常事態でしか助けになれないことも。


 だからこそ、そんな状況にひとりだけを送り込むことは……


「……それからもうひとつ。ユーザントリアへ連絡を取る許可が欲しいワ」


「……連絡……ですか? それは……構いませんが……」


 というよりも、そんなことを制限した覚えも無いが……と、私が首を傾げていると、ミラはとても申し訳無さそうな顔で私の手を握った。


「さっきの話を纏めると、拠点を作って、調査をしようとして、そしてゴートマンの妨害が入った場合を想定する必要があるワ」

「となったら、私以外に――この国以外に、採取した検体を調査する場所が必要になるのヨ。だから……」


「……っ! 水、土、その他の手掛かりについて、ユーザントリアへと持ち帰る許可が欲しい……と、そういうことだったのですね」


 ミラは私の言葉に、肩を竦めて小さく頷いた。

 そ、そんなに怯えないでください、怒っていませんよ。


 しかし……ふふ。案外、この子も歳相応の悪だくみをするのだな。

 いや、企んだ事象そのものは、なかなか大ごとではあるのだが……


「許可されない物資の輸出、輸入は、当然固く禁じられています」

「ですが……荷物に付着してしまった泥や、保存の為に積み込まれた水までは見られませんから。その線で出荷すれば、なんとかなるでしょう」


「ホント? ありがとう、フィリア。でも……そういうの、王様だからって直接許可出したりは出来ないのネ、やっぱり」


 うっ。そ、そうなのです。

 先王の時代、そして特別隊創設にあたって、王からは多くの権限を剥がされてしまっているから。

 関税については口出しも出来るが、それ以外は……


「それが約束されてるなら、私も深追いする必要無くなるもノ。もちろん、時間が掛かり過ぎるから、出来れば私が調べちゃう方が望ましいんだケド」


 でも、このふたつが達成出来れば、後のことは私がなんとかするワ。と、ミラは胸を張って、そしてすぐに私を抱き締めた。

 ふふ、頼もしくていい子ですね。


 そんな私達のやり取りに、問題提起をした本人であるユーゴは不満そうな顔をしていた。

 やはり、自分はそこには行けないのだな。と、文句を言いたいのだろう。


 だが、それは言葉にされなかった。不満があっても納得した……というわけだろう。

 彼もまたいい子だ。


 そして馬車はオクソフォンへと到着する。

 ランディッチに事情を説明したら、ひと晩休んで出発しよう。

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