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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百十九話【懐く】



 もうしばらく、もう少し。ミラとじゃれあったらきちんと仕事に取り掛かろう。と、そう決めてベッドに横たわってからしばらく経った。そう、しばらく。


「……すや……むにゃ」


「……眠ってしまいましたね」


 嬉しそうな顔でずっと頬ずりをしていたミラが、突然こと切れたように動かなくなったと思えば、小さな寝息を立て始めてしまった。

 いけない、そんなに長く遊んでしまっていたか。


「では、私は書類作成に取り掛かり…………ん。よいしょ……おや。ミラ、貴女はこんなに力が強かったでしょうか……?」


 急いで手を付けなければ。と、身体を起こそうとすると、思っていたよりもミラの拘束ががっちりしたものであることに気付いた。

 いや、思いの外なんて話ではない。上に乗られた状態でまったく剥がれないものだから、このままでは……


「……ふんっ。お、起き上がれない……」


 こ、困った……

 ミラがいくら小さいとは言っても、完全に意識の切れた人間を持ち上げるのは簡単ではない。


 それに、私とミラとの体格差が悪い方向に作用している。

 お腹の辺りに乗っているだけならなんとでもなりそうだが、ミラは今私の上半身にばかり体重を掛けているものだから……腰から下に踏ん張りが効かなくて、持ち上げようにも上体の力しか加えられない。


「あ、アギト。ミラを起こしてくださいませんか? あるいは、せめて抱き着いているのを離れさせて……」


「…………すみません……フィリアさん…………っ」


 謝られるほどではないが……しかし、そうだな。

 仮にも女王に抱き着いたまま眠ったというのは、常識的には無礼な行為に思えなくもないわけだから。

 アギトとしては気が気でない……のかな。


「ミラが人懐こいことは分かっていましたし、それを好ましいものとは思っていますから。謝らずとも構いませんよ」

「それよりも、ミラを離す手伝いを……」


「……すみません、フィリアさん……っ。そいつは…………そうなったらもう、起きないし剥がれません……っ。諦めてください……」


 諦……え、ええと……?

 半分近くをミラの頭頂部に覆い隠された視界の中に、頭を低く低く下げて申し訳無さそうにしているアギトの姿を見付けた。


 もしや……先ほどの謝罪は、自分ではもうどうしようもないことを謝っていた……のだろうか……


「……そうですか。ふふ、そんなに居心地が良いのですね、私の腕の中は。それはそれで……」


 困ったことにはなったが……ふふ。

 愛らしい姿を見られたし、それに少し嬉しい気持ちにもなる。なら、このくらいは問題無……


「……いえ、問題しかありませんね。アギト、ユーゴ。ミラを起こすのが不可能なら、私を起き上がらせてください」

「その……いえ、ミラは軽いのですが、体重を掛けられている場所が悪くて……」


「えっ⁈ あ、いえ、その……よ、よろしいのでしょうか……?」


 な、何が不味いのだろうか……?

 起きさえすれば、ミラを抱えながらでも仕事くらいは出来る。

 小柄だし、それにこうなってしまえばじっとしていて邪魔にもならない。

 いえ、起きていたなら仕事を手伝ってくれそうなものですが、そういう話でもなくて。


「起き上がる手伝いをしてくれるだけで良いのです」

「手を引いていただくか、背中を押していただくか………………私は身体が大きいので、ふたり掛かりの方が良いかもしれませんが…………っ」


 もしや……いかにも重たそうだから、遠巻きに嫌だと言われていたのだろうか……?

 そんな考えがふと頭をよぎると、目頭が急に熱くなった。


 そうだな……自分よりも大きな身体の人間を起き上がらせるとなれば、それなりの重労働にもなるだろうし……


「……では、ユーゴが手を引いて、アギトは浮いた背中に手を入れて支えて頂ければ……き、きっかけさえあれば自力で起き上がれるかもしれませんからっ。動き始めを手伝っていただきたいだけで……」


 私の頼みに、アギトは困り果てた顔で目を背けてしまった。

 そ、そんなに……重そうに見えるのですか……っ。


 たしかにアギトも体格の良い方ではないが、しかし……しかし、男の子ではありませんか……っ。

 それも、魔獣と戦ったり、旅をしたりと、それなりに過酷な道のりを生きて来た、ミラに半身とまで呼ばれる勇者だ。そんな彼から見ても……


「……はあ」


「あ……ユーゴ。手を貸してくださるのです……よね? すみません……その、重たいかもしれませんが……」


 そんな私とアギトのやりとりに、ユーゴは苛立った顔でため息をついた。

 そしてベッドに片足を掛け、私に手を差し伸べてくれる。

 そして、その手を取った私の手を思いきり引いて……


「……重たい。痩せろ、デブ。アホ」


「ぐぅ……っ。貴方と同じものを食べている筈なのに……最近は意識的に量も減らしているというのに……っ」


 アギトの手を借りることも無く、すんなりと起き上がらせてくれた。

 くれた……が、なんだか手を気にするしぐさを取ったり、冷たい目を私に向けたり……


「こ、こら、ユーゴ。女の人にそんなこと言っちゃダメだって……」


「なら言われないようにすればいいだけだろ。そもそも、チビと遊んでて起き上がれなくなったなんて、その時点でいろいろダメなんだし」


 うぐっ……言葉が厳しいのは普段通りとは言え、なんとも……痛いところを突いてくれるものだ。


「……ありがとうございます。その……次からは気を付けますので……」


「気を付けてても多分なるだろうけどな、フィリアは」

「まあ……せめて俺がいるとこで、出来るだけ他のやつがいない時にやれよ? 王様がそんなだってバレたら…………」


 そ、そのくらいの分別は出来ているつもりなのに……

 いったいどこまで信用を落としてしまっているのだろう、私は……


「……ともかく、これで作業に取り掛かれます。ユーゴ、荷物からペンとインクを出してください」

「それと……出来れば、タオルも一枚お願いします。インクが跳ねてミラの背中や頭を汚してはいけませんからね」


「……本気でそのまま仕事するのかよ。まあ……やるなら手伝うけど」


 やはり、なんだかんだと言って味方をしてくれるのだな、この子は。

 個人的な信用と協力とは関係無い……いや。信用の無さも込みで信頼関係になっている……と、そう受け取って良いのだろう。


「むにゃ……フィリア……あむ……」


「ふっ……もう、ミラ。くすぐったいですよ。ふふ」


 そんな頼もしいユーゴに準備を手伝って貰って、私はミラを抱きかかえたまま机に向かった。


 すると、起き上がったことか、立ち上がったことか、歩いたことか、どこでかは分からないが、体勢が変わったことが気に食わなかったのだろう。

 ミラはむにゃむにゃと寝言を発しながら、私の喉元を噛んだ。


 噛んだと言っても、寝ぼけた子供のすることだから。

 舐められたのと変わらないくすぐったさがあるだけだ。だけ……だが……


「……普段のやり取りを間近で見ている所為で、背筋が凍る思いですね……」


 もしも寝ぼけてアギトと間違われていたら……もしかしたら、私はこの時に喉を食い千切られて死んでいたかもしれない……

 そう思うと、腕の中の温かな存在が、強烈な恐ろしさをかもし始めた。


「……もしや……アギト。最近ミラが私にも噛み付くようになったのは、信頼の……いえ、愛情の証拠なのでしょうか」

「もっとも親しい貴方にあれだけ噛み付いているのですから、アレがただの攻撃意思とは思えません。とすると……」


 ミラは私に対して、アギトに次ぐくらいの親愛を向けてくれているのではないだろうか。

 寝ぼけたままぐりぐりと頭を擦り付けて来るミラの背中を撫でながら、私はアギトにそう尋ねた。


 もちろん、私とアギトとではまだまだ開きがあるだろう。

 彼らは同じ目標を掲げて共に戦った、ふたりでひとつの勇者なのだ。

 その絆は、およそ他者のそれと比較出来るものではないだろう。


 それでも、他国の王と友軍のひとりという関係から、対等な仲間へと認識が変わっている……そしてそれが、私の思っているものよりもずっとずっと深くたしかな縁となっているとしたら……


「もしそうだとしたら……ふふ。こんなに嬉しいくすぐったさもありませんね」


「そう……かもしれませんね。そいつがじゃれついてたのは、本気で心を開いた友達や仲間だけにでしたし、他の人を噛んでるのは流石にほとんど見たことありません」

「まあ……もともと立場が対等なら、一日で打ち解けるやつですけど」


 そ、そんなに人懐こいのか。

 ああ、いや。思い返せば、初対面の時点で抱き締められていたな。

 その後、私が王であると知り、敬わねばと背筋を正すことがあったから……


 しかしながら、今はもう立場を越えて対等な友人として扱ってくれている。

 それも、アギトをして本気で心を開いた相手にしかしないと言わしめる行為をするほどに、私を好んでくれているのか。なんと嬉しいことだろう。


「…………すみません……フィリアさん……っ。言い替えると、もう何をしても怒られないだろうって、舐め腐ってるだけとも…………っ」


「っ!? な、何故言い替えたのですか…………?」


 完全に心を許している……で、良かったではありませんか……

 どうして不必要に言い替えたのですか……


 いや、分かっている。アギトはわざわざ他者を貶める為だけの言葉を口にしない。

 これはきっと…………心を開いたことと、敬意が薄れたこととが同時に起こっているのだ……と。それぞれが同じ意味なのだと言いたいのだろう。


 そんなやり取りの所為で、可愛らしいのか小憎たらしいのか分からなくなってしまったミラを抱き締めたまま、私は契約書類の作成に取り掛かった。

 どうしてこんなことに悩まなければならなくなってしまったのだろう……

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