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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百九話【互いに必要な時間】



 協力に応じる条件について――譲渡する国土、資源について、結論を出すのは明日にする。

 私とイリーナとの……いや。私と、彼女とヴィンセントのふたりとの間に、ひとまずの決定が下された。


「それではこちらへどうぞ。ご身分を明かされた貴女達は、もはやただの来訪者ではありません。然るべき対応を、そしてもてなしをさせていただきます」


「ありがとうございます。気を遣っていただく必要は無いのですが……しかし、ご厚意には甘えさせていただきましょう」


 話は明日に持ち越し。と、そう決まったのだから、もう誰の顔にも強い緊張は見られない。

 ヴィンセントは関で初めて会った時と同じように、爽やかな笑みを浮かべている。

 イリーナは……どことなく退屈そうに見えた。


 そんな彼らに案内されたのは、今朝まで泊まっていた宿とはまた違う、より大きな――安全な宿泊施設だった。

 物々しい門を構え、見張りをずらりと配備し、遠くないところから鉄のニオイが漂ってくる。


「……まだ人を集めているさなかである……とのことでしたが、すでにこれだけの武力を揃えているのですね、この街は」


「何をぼやけたことを言っているのかしらぁ、貴女は。まだこれだけの武力しか……の、聞き間違いだと思いたいのだけれどぉ」


 市長。と、ヴィンセントはイリーナの言葉を咎めた。


 ううん……もしかしなくても、私という個人はイリーナに嫌われてしまっているかもしれない。

 王として――交渉の相手としては見るが、能力の足りない個人としては……と。


「施設内には役人も憲兵も常駐していますから、ご用件があればお申し付けください」

「それと、私ならばいつでも対応致しますので、その際にも人を通していただければ」


「ありがとうございます。ところで……いえ、尋ねるまでもないことだとは思うのですが……」


 ならば尋ねなければ良いじゃない。と、イリーナは私の言葉に突っ掛かって……そして、またヴィンセントに背中を叩かれた。


 なんだろうな、やはりアギトとミラ……それにジャンセンさんとマリアノさんの関係がちらついてしまう。

 それだけの信頼関係がある……ということだろうが、どうにも……気の抜けるばかりで……


「……失礼いたしました。お察しいただいている通り、ここまで同行された部隊については、この施設への滞在を許可出来ません」

「貴女はあくまでも客人であり、もてなされる存在であり……」


「……武力を必要としない、このサンプテムに害を成しようの無い存在でなければならない……ですね。はい、心得ております」


 今朝は私達だけで街を散策し始めたから……いや。

 もしも部隊を引き連れて動いていたとしても、ここへ案内される前に切り分けられていただろう。


 私達は“安全な”訪問者でなければならない。

 街を害することの無い、戦う力を持たない、誰をも怯えさせることの無い存在でなければ。


 サンプテムはまだ途上の街だ。まだ、人を集めているさなかの街だ。


 そこへ軍を率いて使者がやって来た……となれば、当然警戒され過ぎてしまう。

 そしてそれは、これからのサンプテムにとって――人を呼び集めたい彼らにとって、悪い目を生みかねない。


 だが、私達が武力を放棄し、話し合いの為だけに滞在しているとなれば、むしろその逆……ついには国に認められた安全な自治区となった……と、そう謳えるのだ。


「……部隊との連絡は断ち、出発の時まではあの宿で待機させます。ですので、どうか一報だけお願いします」


 もしかしたらこの街は……イリーナとヴィンセントは、私達の訪問そのものを吉事と捉え、活用しようとしているのかもしれない。

 結論を先延ばしにしたのも、私達の滞在を――アンスーリァからの接触を長くする為、その影響力を最大限利用する為……とか。


「では、部隊への連絡はすぐにさせていただきます。また何かあれば、役人を通してご連絡ください」


「お願いしま……すみません、もうひとつだけよろしいですか。まだ、貴方達に……貴方達だけに伝えねばならないことがあります」


 さて。サンプテムの……イリーナとヴィンセントの事情はなんとなく察することが出来た。

 同時に、やはりこうして自立するだけの力を持つ人物というのは、どうにも私ひとりでは対抗出来そうに無いことも。だが……


「――――これを」


 伝えねばならないことがある。

 それは、彼らの安全の――未来の為でもありながら、私達の現在の為でもある。


 その事情を、短文で紙に記して、ヴィンセントだけが知り得るようにと手で隠しながら渡した。


「…………っ。ご報告、感謝いたします」


「……政略の為に黙っているほど落ちぶれたつもりもありませんから。どうか、共に安全な国を」


 ここへ来るまで――カンスタンからナリッドまでの海路上で、私達は水棲の魔獣と遭遇した。

 その事実は、決して出し惜しみしてはならないものだと思った。


 あるいは、ずっと知略に長けた王であるならば、この情報を瀬戸際まで黙したかもしれない。

 危機が迫ってからならば――決断に猶予の無い状況になれば、切り札としての効力をずっとずっと高められるから。


 だが、それは人の王のして良いことだとは思えない。少なくとも、私は。


 見えている危機を伝えず、それが迫ってから手を貸す駄賃を寄こせ……とは、良識の欠けた盗人のすることだ。


「……もっとも、それを私が非とするのもおかしな話ですが……」


 ヴィンセントは私の送った最小の通告書を持って、イリーナと共に来た道を急いで戻って行った。


 またあの地下へ潜るのだろうか。それとも、普段は他の役場で働いているのだろうか。

 それは分からないが……少なくとも、もう私のひとり言を聞いていられる余裕は無かっただろう。


「……では、彼の言葉に甘えて、私達はこの立派な宿で休ませていただきましょう。ヘインス達には申し訳ありませんが、これも仕事の内と思えばこそです」


 さて。明日と言ったからには、必ず今晩までには結論を出さねばならない。


 こうして用意して貰った宿がせっかく大きいのだから、ゆっくりとくつろぎたい気持ちもあるが……しかし、それで準備が不十分では、帰りには肩がこるどころの後悔では済まされまい。


 ヴィンセントが急いだのは、考慮しておかなければならないことが予想よりも多かったからだろう。

 そしてそれはこちらにも言えること。


 私も急いで部屋へと向かって、ユーゴにもアギトにもミラにも集まって貰った上で、もう一度先のやり取りを振り返る。


「まず……大部分の前提になるのですが、あの人物――イリーナ=グラーヴ……いえ、イリーナ=トリッドグラヴの発言に虚偽があった……と、そう感じる場面はあったでしょうか」


 初めに考えるべきは、イリーナの真意――私を試そうとしていたのか、ただからかって遊んでいたのか、悪意を以って貶めようとしていたのか。それを見定めるところからだ。


 そういう事情ならば。と、真っ先に頼りにしたのは、やはりミラだった。


 彼女は他人の感情の機微を鋭く察知する能力に長けている……わけでもないのだろうが、しかしそういう節もある。

 なんとも曖昧な根拠になってしまうが、動物的な直感のようなものが、異様なほどに発達しているように思えるから。今はそれに頼ってみよう。


「……嘘……ネ。どうでしょウ、どれもこれも遠回しで嫌味な言葉ばっかりだったケド、こっちに隠しごとをしようって雰囲気は無かった気がするワ」


「ミラから見て、あの人物はひとまず信用出来る……少なくとも、こちらを謀ろうとしているそぶりは無い、と」


 ミラは私の問いに小さく首を傾げた。

 何かが引っ掛かっている……のは、もしやあの人物の名前――トリッドグラヴという、ユーザントリアに存在する名前のことだろうか。


「……その、術師五家……大きな魔術家系の内のひとつなのですよね、イリーナ殿の生家は」

「しかしながら、それがこうして外国の街を治めている……というのは……」


 経緯はともかくとして、結果だけを切り取ればこれほど不思議なこともあるまい。

 本来ならば、ユーザントリアでそれなりの地位と力を手にする筈だった人物が、流れに流れて外国の、それも国に管理されない街の統治者になっているなどとは。


「なあ、ミラ。その……トリッドグラヴ……って、どんな家系なんだ?」

「その……ハークス……お前のとこは……えっと……似非宗教団体で……」


「張り倒すわヨ、このバカアギト」

「ハークスは生体魔術と後天性統括元素を……アンタでも分かる簡単な言葉で纏めるなら、誰でも五属性に精通した魔術師になれる研究をしてるのが、私達ハークスよ」

「もっとも……してた。って、言葉の方が正しいんだけどネ、今となっては」


 生体魔術と……後天性……?

 統括元素……というのは、たしか魔術錬金術における五属性すべてを包括した呼び方だった気がしたが……


 つまり、人為的に万能の魔術師を生み出す研究……というわけだろうか?

 それは……なんともおっかない響きだが……


「がきんちょベルベットのいたジューリクトンは錬金術を……古来から続く地術をそのまま研究し続けてる家系ヨ」

「それから、属性そのものを発見した、最古の魔術師であるラフカトラ」

「医療への転用を主とするロニー。そして……」


「……未来を司る者……と、先ほどはそう言っていましたね。それは……ええと……」


 つまり……どの家系よりも最新の研究を進めている……のだろうか。

 いやしかし、そもそもが未達の領域を掘り進めることこそが魔術だ。

 なら、それのどれが新しい古いなどとは……


「未来……もしかして、マーリンさんの星見の力みたいな……」


「バカアギト。マーリン様の星見の力は魔術じゃないワ。でも……近いと言えば近いのかもしれないわネ」

「トリッドグラヴは、魔術よりも以前から存在する占術……占いを起源に発生した魔術家系なのヨ」


 占い……?

 それはまた……こんな言葉を使うべきでないかもしれないが、魔術とはずいぶんかけ離れた分野に思えるが……


 しかしながら、どんなものでもまずはイリーナの人物像をはっきりさせる必要があるだろう。

 今のところ、はぐらかされたりからかわれたり、とにかく掴みどころの無い厄介な人物としてしか認識出来ていないのだ。

 これでは、どう踏み込めば良いのか判断に困ってしまう。


「幸い、時間はあります。聞かせてください。貴女の知るトリッドグラヴ家がどのようなものなのか」


 ミラは私の頼みに小さく頷いた。

 そして、その根底にあるものから――まず、魔術と錬金術の成り立ち、その祖として扱われる天術、地術と呼ばれる術の説明から…………そ、それはどのくらい続くでしょうか……?

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