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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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最四百八話【かき乱すもの】



 最終的に、サンプテムはアンスーリァに迎合しない。

 けれど、この時に限っては互いの利の為に協力関係を結ぶ。

 それが、イリーナの出した結論だった。


 その本質的な意味は、共闘に近いのかもしれない。

 今ある問題に対し、それぞれだけでは足りていないものが多過ぎる。

 だから、今だけは力を借りる為に手を貸そう、と。


 ある意味ではもっとも容易く想定出来た結果……見返りの分だけは手助けして貰える関係になった……とも言えようか。


「さて……それじゃあ、条件について確認しましょう」

「オクソフォンを経由して提示された条件と貴女自身が考えている最低限とには、必ず乖離がある筈よねぇ。だからこそ、こうして直接赴いたのだもの」


「はい。ランディッチ殿は信頼出来る人物ですが、しかし彼の意思はアンスーリァとは無関係のものですから。私自らが尋ねねばならないことも多くあります」


 そういうことを言ってるわけじゃないんだけどねぇ。と、イリーナは私の言葉に肩を竦め、けれどそれで何か態度を変えることもせずに私と向き合い直した。


「私は……サンプテムは、アンスーリァに対してウェリズの譲渡を要求するわぁ」

「もちろん、街そのものを……という意味ではなく。ウェリズの持つ西海岸の港、その占有権をねぇ」


「……ウェリズの港……ですか。それは……」


 向き合い直したのだから、真面目な顔をしているのだから。

 きっとイリーナは、本気で欲しいものを――サンプテムにとっての最良と、アンスーリァにとっての最悪の、その両方から最も近しく、かつ釣り合いの取れた要求をするのだろう。と、私はそう身構えた。


 しかしながら、彼女の口から発せられた地名に、私は言葉を失ってしまった。

 まったく想定していなかった要求だったからだ。


「あらぁ。そうよねぇ、そういう顔をするわよねぇ。けれど……」


 イリーナは何を企んでいるのだ。と、疑心ばかりが大きくなった。


 当然だ、ウェリズの港などは先の条件に合致しない。

 彼女にとっての最良、私達にとっての最悪、そのちょうど中間に位置する……どころか……


「……何を考えておられるのか判断いたしかねますが、当然その要求は飲めません」

「第一、ランディッチ殿から伝えられている筈です。こちらから提示した条件、候補の中に、ウェリズは含まれていません」


 あまりにも暴挙だ。もはや簒奪に等しいだろう。

 ウェリズの港を寄こせ……などと言われて、私が首を縦に振る筈が無いと分かっていなかったわけは無い。


 ウェリズは貴重な港町だ。それも、現状では数少ない安全が確保されている港だ。

 かつてカンスタンからナリッドまでの海路を拓く際にも、あの港が無ければ成り立たなかった。


 造船所のあるクロープはランデルから北西にある。そして、ウェリズは南西にある。

 東部に存在するカンスタンへ船を運ぶには、遠く危険な陸路を運ぶか、クロープからウェリズを経由して、この島の南部を迂回して運ぶしかない。


 そう、それしか出来ないのだ。

 現時点では――北部がまったく解放されていない現状では、ウェリズを手放すこと、それすなわち海路の放棄を意味する。

 そんなもの、まかり間違っても通すわけがない。


「断られない筈が無いと、貴女ならば容易に想像出来た筈です。それともまさか、このような暴挙すらも咎められないほどの無能と侮られていたのでしょうか」


 とすれば、それはもう侮蔑の域にすら無い。

 私を何も知らぬ幼児とでも思わねばそうはならぬ筈だ。なら……


 イリーナには何かしらの意図がある。

 あるいは……ウェリズの放棄を認めざるを得ないだけの切り札がある……のだろうか。


 しかし、たとえどんな条件を突き付けられたとて、あの港を放棄するほどのものなど……


「うふふ。本当に、王と呼ぶにはあまりにも小さ過ぎるわねぇ。可愛らしい……と、近くに置いて愛でる分にはそれで構わないのだけれどぉ」


「はぐらかさないでください。イリーナ殿。私には貴女の真意が掴めない」

「よもや、もとより協力の意思は無いと……現状を把握しながら、サンプテムにとって最大の利を手に出来ぬのなら、アンスーリァには手を貸せないとおっしゃるつもりですか」


 ここまでにも散々私を試すような言葉を耳にしたが、しかしこれはあまりにもあまりだ。

 むしろ、もっと早くに……一番先に、何よりも先に試すべきだっただろう。


 それならばまだ、私がどれだけ愚かであるか――その下限がいかほどであるかと試す意味も持っただろう。だが……


「イリーナ殿。お答えください。貴女は何を企て、私を挑発するような言葉を選ばれるのか」


 イリーナは私の言葉に……いや、態度に、か。

 苛立ちを隠せずにいる未熟な私を見て、目を細めて笑みを浮かべていた。


 楽しんでいる……のだろうか。

 とても単純で、そして理解し難いことだが、私を弄び、慌てたり怒ったりする様を見て喜んでいるのだろうか。


 とすれば……なんとも意地の汚い、性根の曲がった人物だろうか。


「……ふふ。そうねぇ……それについて、ひと晩悩んでいただく方が良いかしらねぇ」

「どちらにしても、今日明日に出発し、このまま帰る……なんて手筈で進むとは思っていなかったことでしょう?」

「それならば、もう一晩をこの街で過ごし、じっくりと考えてごらんなさいな」


「考えるまでも――っ。いえ、そうですね。この日この時だけで結論を出せるとは私も考えていません」


 では、協定の条件については明日また論ずるということで。と、そんなイリーナの言葉で、ひとまずこの議題は締め括られた。


 こちらとしては、何がなんでも通すわけにはいかない要求だが……しかし、今の冷静さを欠いた状態では正しい判断が出来るとも限らない。

 これを囮に、他のもっと厄介な条件をすり抜けさせては元も子もない。そういう意味では……


「……この場で決定せよ……と、そうした方が、貴女にとっては都合が良かったように思えます。本当に、いったい何を企んでいらっしゃるのですか」


 私ではとても駆け引きなど出来ない。

 そもそも、女王という立場を使った一方的な脅しめいたやり方以外で要求を通したことなど無いのだ。

 それが通じない相手では、開き直って真正面からすべて尋ねる以外に出来ない。


 そんな無力を嗤っているのか、イリーナはやはり笑顔を浮かべたまま私を見ている。

 引き換え、私はきっと問答に追い詰められた子供のような顔になっているのだろうか。


「――アンスーリァ国王陛下。差し出がましいようですが、イリーナ市長の言動にあまり気を揉まれ過ぎぬよう」

「この方はこういう性分なのです。貴女の考えを引っ掻き回すことばかりが目的で、今までの言葉にも深い意味はほとんど存在しませんので」


 そんな私を見かねてか、ヴィンセント少年は深々と頭を下げてそう言った。

 その言葉は……サンプテムの王と呼ばれた彼としてのものではなく、付き人として……イリーナを師と呼んだ少年としてのものに思えた。


「……どうして貴方は私の敵になるようなことばかりを言うのかしらねぇ。本当に、見上げた器だわぁ」


 もちろん、味方の筈の彼にそんなことを言われては、イリーナも笑ってばかりはいられない。

 先ほどまで私に向けられていた笑顔は消えて、寂しそうに――わざとらしく、気を引こうと、悲哀の表情を浮かべていた。


「……国王陛下。アンスーリァとサンプテムの現在の力関係については、貴女のおっしゃる通りです」

「私達はアンスーリァの力を手に入れられるものなら手に入れたい。ですが……」


「……我々は、サンプテムの力を手にしなければならない。しかしながら……」


 互いにとって、この交渉が決裂する結末だけは避けなければならない。

 ヴィンセント少年はイリーナの前に立ってそう言った。


 市長からではなく、彼から訪ねたいことが……いや。話をする人間を代えるべきだと判断したのか。


「そこで……と、交渉をこちらから要求するわけではありませんが、時間をいただきたいのはこちらも同じこと。この街へいらしたからには、何か決定打になるものを持ち込まれている筈」


 こちらの武器について考える時間が欲しい……か。

 ヴィンセントは私ではなく、私の背後へと――ミラやアギト、それにユーゴへと視線を向けてそう言っている気がした。


 なるほど、納得な理由でもあるだろう。


 イリーナの言葉、態度を思えば、ミラについては――勇者としてではなく、ハークスという魔術の大家の末裔としての彼女の力については、知っている可能性が高い。


 彼らをこちらの切り札であると――交渉の為の貴重な武器であると見抜いて、先のイリーナの挑発を引き合いに、あちらもこちらの腹を探るだけの時間を手にしたい……というわけか。


「……おっしゃる通りです。ただの無手でここまでやって来たならば、あらゆる条件をそちらの言いなりで決めることになるとは想像に易いですから。ひとつずつ説明……いえ、紹介させていただきます」


 王に相応しい器……というものがどんな能力を指すのかは分からないが、警戒心の高さ……ただの子供にしか見えない三人を、重大な存在であると仮定する慎重さは、危険の多い時代を統べる為政者には必要な能力だろうか。


 私はヴィンセントに皆を――最大戦力であるユーゴと、そしてユーザントリアとの繋がりをも示唆するアギトとミラを紹介した。

 彼らの名と、役割と、実績だけを。

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