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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百三話【王の器】



 人のいない街並みを歩き回り、本棚に埋もれた階段を降りて、私達は薄暗い地下室へと案内された。

 そしてその場所で……


「……フィリア=ネイ=アンスーリァ……現アンスーリァ国王陛下……ねぇ。それはまた、大仰なお客様がいらしたことじゃないの」


 椅子に掛けたまま、脚を組んだまま、こちらよりも低い場所から私達を見下している女性に引き合わされた。

 この人物こそが、サンプテムの市長……なのだろう。


「……はじめまして。おっしゃる通り、私がフィリア=ネイ=アンスーリァ、現アンスーリァ国王で……」


「いい、いらない。知ってることをわざわざ言い直さないで貰えるかしらぁ。確認がしたいわけじゃないのよ、こっちは」


 む……

 言葉を遮られたのと、それに……あまりその立場に胡坐をかくつもりも無いが、しかし女王を相手に――客人を相手にこうまで高慢な態度を取られると、少なからず苛立ちを……目の前の女性への嫌悪感を覚えてしまう。


 しかしながら、あまり歓迎されていない、もてなすつもりが無いことは先刻承知の上。

 無意味に歩き回らされ、資質を試され、それらを終えてこうして対面してなお挨拶もしない時点で、彼女は私に――王政に、小さくない悪感情を抱いているのだろう。


「……こほん。失礼しました。それでは、すぐに本題へと移りましょう」

「私は今日この場に、ランデルの防御を任せられる武力を借り受けに――」


「違う、違う違う、そうじゃないわぁ。そんなことは後、どうでもいいでしょう」

「それよりもまず、貴女は尋ねなくちゃならないことがあるでしょうに」


 尋ねなければならないこと……? それは……ええと、なんだろう。

 聞きたいこと、聞かねばならないことだらけな上に、優先順位など考えるまでもなく、すべてが火急なのだが……


 女の意図が分からない。

 私はどうにも彼女の言葉の指す話というものに辿り着けなくて、言葉に詰まって首を傾げてしまっていた。


 そんな私を見てか、女は呆れたようにため息をついて……


「……はあ。どうやらここまで辿り着いたのは偶然か、あるいは貴女以外の素質によるもののようねぇ。まったく呆れ果てるばかりだわぁ」


「……っ。申し訳ありません。未熟であることは自覚しています」

「ですが、此度はどれも至急の要件ばかりですので、貴女の言うまず尋ねなければならないことというものを、どうしても絞り込み切れなくて……」


 ナンセンス。と、女はきっぱりと言い切って、足を組み替えながら少年を――ここまで案内してくれた、あるいは彼女の付き人なのかもしれない少年を手招いた。そして……


「お帰りいただきなさいな。もうこれに興味も無いし、用事も無い。無能はこの街にはふさわしくないものねぇ」


 耳打ちをするでもなく、こちらへと視線を向けたままに少年に告げた。

 嫌味……ではないな、もはや。面と向かって言われているのと同じだろう。


 私への悪意をまるで隠すつもりが無い……ことには納得も行く。

 侮辱し、貶めようというのも当然だ。だが……


 それでも、ここで引き下がるわけにはいかない。

 私は決めたのだ。この国を――アンスーリァを、この島国に住むすべての人々を守るのだと。

 そう、すべてを、だ。


 私に、王政に、国に悪感情を向けるからと言って、手を差し伸べないこと、協力を申し出ないこと、あまつさえ拒むことなどはあり得ない。あり得てはならない。


 私は王だ。相応しくなくとも、私だけがアンスーリァの国王なのだ。

 恨まれようと憎まれようと、手を取って欲しいと訴える以外に選択肢は無い。


「お待ちください。もう一度、挽回の機会をいただきたい」

「これまでの私が貴女の期待に応えられていなかったことは十分に理解しました。けれど、だからと言って引き下がるわけには参りません」

「もう一度、私の資質を試してはいただけませんか」


 私はまだこちらを見下したままの女に頭を下げる。


 思い返せば、こうして彼女が私を見下し、嫌悪していると感じていること自体が、私の傲慢であったのかもしれない。


 彼女から見て、私はなんだ。

 国を分かち、人々を見捨て、そうであるのに今になって力を貸せとせがんでくる無能な厄介者だ。


 彼女の態度は至極まっとうなものだ。

 交渉を頼む時点でこちらが弱いのだと仮定していながら、心のどこかに国と街とで立場が違うと、むしろ私こそが見下してしまっていたのだ。


 きっと彼女はそれを咎めている。

 私の振る舞いを――これまでの王政と何も変わらぬ、人々を踏み付けるばかりの政治を拒絶しているのだ。


 なら、私に出来ることは……


 非礼を詫びよう。

 これまでの王政の非礼を、そして今の私の非礼を詫び、そして嘆願しよう。


 私は今、請う立場にあるのだ。

 国と街とが対等な立場での話し合いをする為ならば、私と彼女との間にはいくらでも不平等があって構わない。


「……市長、お言葉を撤回なさってください」

「ランディッチ市長から聞かされている通り、国王陛下は稀代の人格者でしょう。こうして末端の長にまで頭を下げる王がこれまでにありましたか」


 私は頭を下げ続けた。しかし、女が私に声を掛けることは無かった。

 だが……そんな私を見てか、付き人と思しき少年が声を上げた。


「もとより、貴女は陛下に意見出来る立場にありません」

「国土が分割されたとはいえ、ここはやはりアンスーリァ領。主権は王にあり、王政によって街は国として纏められる」

「貴女に認められているのは、街の管理までです。お言葉を撤回なさってください」


「……まったく、頭が固いのだけは(きず)だわ。けれど……」


 ふう。と、ため息が聞こえたと思えば、次には足音が聞こえた。

 どうやら女が椅子から立ち上がったらしい。


 そして、その音がゆっくりとこちらへと近付いてきて……


「機会を与えたところで、貴女はきっと私の望む素質を花開かせないでしょうねぇ。見ていれば分かるわぁ」


――貴女は王の器じゃない――


 女はそう言うと、まだ下げたままの私の頭を――頬を撫で、そして顔を上げるようにと顎を持ち上げた。

 そうして上に向けられた視界の真ん中には、嘲笑するように目を細めた女の顔があって……


「――フィリア=ネイ=アンスーリァ。貴女は王に相応しくないわぁ」

「貴女達は――王家は、このアンスーリァという小さな島ひとつを治めることも出来ない、矮小な為政者よ」

「だからこれからは――――」


 ばしん! と、乾いた音が響いた。

 これからは……と、女が何かを言おうとしたところで、それを遮るように。


 それとほぼ同時に、女は苦痛に顔を歪め、身体を仰け反らせて私から飛び退いた。

 そして、背中をさすりながら――手の届かない背中をなんとか撫でようとしながら……


「――お言葉を撤回なさってください。そして、慎んでください」

「貴女は街の長で、そのお方は国の長。勝手な意見は認められていません」


 少し怒った表情の少年に向かって、ものすごい剣幕で詰め寄った。

 どうやら、彼が女の背中を思い切り叩いたらしい。

 もしや彼は、この女を諫める役割を担っている……のだろうか。


 しかし、そんなことには興味が向かなかった。

 私の中には、彼女が口に仕掛けた言葉の先が――これからは……と、宣言しようとした意志が、ぐるぐると渦を巻いて毒を吐いていた。


 これからは――――私達が国を治める……だろうか。

 あるいは、国という形そのものを否定するだろうか。

 どちらにしても、意味は同じだろう。


 私はそれを是とした。是としたつもりだった。

 だが……どうやらそうではなかったらしい。


 この苦い感情は……つまり……


 カストル・アポリアを見て、手を取り合って生きていければ……と。

 国として認め、互いに助け合えたならば。と、そう思った。

 思ったつもりだった。だが……


 実際のところは違ったのだろう。

 手を取り合うのではない。手を取って貰って、前へと引っ張って貰えれば……と。

 助け合うのではなく、支えて貰えれば、と。


 私にはヴェロウと肩を並べるだけの力が無い。

 なのに、国の長という立場だけで勘違いをしていたのだ。


 無意識に、私もまた彼と同じ為政者であると――


「――バカな顔してんな! このアホ!」


「――――っ⁈ い――――っ」


 バシン! と、先ほどよりも更に大きな音がして、そして……私の背中のちょうど真ん中に、焼けた鉄を押し付けられているような熱さが襲った。

 それは……少年と同じように、ユーゴが私の背を叩いた衝撃だった。


「……フィリアはアホなんだから、アホのままでいろ。くだらないバカになるな」


「……ユーゴ……」


 あの……それは何が違うのでしょう……

 どちらにしても、罵倒の言葉でしかないと思うのですが……


 しかし、どうやら彼は私を励まそうとしてくれている……らしい。

 その……今回に限って、珍しくその本心が読み取れない。いや……珍しいのは彼ではない……のか。


 私だ。彼の気持ちを見えなくしているのは、視界を狭めているのは、他でもない私だ。

 不要なことで悩んで、無駄なことに臆病になっている私こそが、視界を曇らせてしまっていたのだ。


 考え込んで足を止めるな。と、彼はそう言いたかったのかもしれない。

 まだ少し眼が曇ったままだから、本当にそうかは分からない。だが……


「……どうか、もう一度機会を。私は国の長として――アンスーリァ全土の民を守らねばならないものとして、どうしてもこのサンプテムに力を借りねばならないのです」


「……ふぅん。そういう顔くらいは出来る……のねぇ」


 背中が熱い、痛い。けれど……そのおかげで、私は余計なことを考えずにいられる。


 同じように痛がっている女に対して、私はまた頭を下げた。

 けれど、その視線は床には向けなかった。

 こちらを見定める女を見つめて、話をしたいと向き合ったのだ。

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