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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第四百話【戻ったもの】



 起きろ。と、声が聞こえて、それから私は目を覚ました。

 予想通り、そして予定通り、今朝もユーゴが起こしに来てくれたようだ。


「……ふわ。ですから、こんなにも早くに起こさなくても良いではないですか……」


「今日はしくじれないだろ。なら、ちょっとでも早くから準備しなきゃダメだ」

「何回も見直ししないと絶対何か忘れる。フィリアはそういうやつだってみんな知ってるからな」


 みんな……とは、いったい誰のことを言っているのだろう……

 そんなにもだらしない姿を大勢の前で晒したつもりは…………つもりはなくとも、自覚無くしでかしてしまっている……のだろうか……


「……まあ、今日はチビも一緒ってことだし、多少はマシかもしれないけど。でも、アイツもアイツで頭おかしいからな。やっぱり誰かがちゃんと見張らないとダメだ」


「その口ぶりだと、私よりもミラの方を信用しているのですね……」


 私の方がずっと一緒にいるのに、信用についてはもうあの子に追い抜かれてしまったのか……

 いや、ずっと一緒にいるからこそ……なのかもしれないが。


 なんにせよ…………今朝一番からずいぶんと落ち込ませてくれるものだ。


「……とは言っても、資料の作成や伝える伝えないの選択は、そのミラと昨日のうちに終わらせてしまいましたから。これと言ってやるべきことは残ってなど……」


「その終わらせたやつをちゃんと見返しておかないと危ないって言ってんだろ、このアホ。出来たと思った時が一番ダメになるんだよ、フィリアは」


 あの……今朝は普段にも増して言葉がきつくないだろうか……

 きっと顔には出ないことだろうが、心では泣いてしまいそうだ。

 これが私を想っての、心配しての言葉だとは分かっていても……


「……はあ。貴方ももう少し伝える能力を……いいえ、手段を選ぶべきだと思いますよ」

「ミラほど大袈裟にする必要もありませんが、貴方はどうも悪いように取られかねないことばかりですから」


 私がそう言うと、ユーゴはむっとした顔でそっぽを向いてしまった。

 これは……そのくらいは分かっている。それでも、お前がだらしないから強く言わないと治らないんだ……と、そう言いたいのだろうか。


 もしそうなら……私と彼との間柄は、いつの間にやらずいぶんと親子じみたものになってしまったものだな。

 それも、私が子という立場で……


「……パールにもリリィにも、それにみんなにも申し訳ないからな。俺がちゃんとしなかった所為でフィリアがやらかした……なんてなったら」


「…………そこまで背負わずとも良いのですよ、貴方は」


 みんな……か。

 それは……宮の役人達に、友軍の騎士達、それに今は縁も遠くなった国軍の兵士達……それ以外にも、ランデルやこれまでに行った街の住民のことを指す言葉だろうか。

 それだけ……なのだろうか。いや、そんな筈も無い……か。


「……たしかに私は、世界を救って欲しいと――この国に、すべての民に希望を与えて欲しいという願いを貴方に託しました」

「ですがそれは、何もかもをひとりで背負い込めという意味ではありません」

「それはそれ、ユーゴ自身の自由とは別なのですから」


 バスカーク伯爵やジャンセンさん、マリアノさん。それに、あの戦いで失った大勢の仲間……彼にとって、大切な居場所を作っていた友人達。

 皆――という言葉には、その後悔には、どうあっても彼らの姿が混じっているに違いない。


 ユーゴは強さを取り戻した……先へ進む力を取り戻した……のだとは思う。

 それはきっと、恐怖と後悔に縛り付けられていた心が、前を向いてくれたことを意味するのだろう。


 同時に、まだ鎖で繋がった悪感情を、引きずったまま走り出してしまった……という意味も持つのだ。


「……そうです。貴方も同席出来るよう頼んでみましょう」

「まだミラの同席が許されたわけではありませんが、頼むのならばひとりもふたりもそう変わらないでしょうから」


 そうだ。と、私は思い付いた考えを……何も特に深く考えていない案を、良さそうなことを思い付いた……と、簡単に口にしてしまった。


 いえ、その……悪いことではない、間違ったことは言っていないとは思うのですが、最近は何かにつけて言葉を咎められ過ぎて、少し考え込んでから発言しなければならない気になっていて……


「……アホ。俺が行ってどうするんだよ」

「チビはあんなでも一応勇者で、この国には無い技術を持ってて、なんだかんだで頭も良くて、それなりには行く理由があるんだ」

「だけど……別に、俺は強いだけだからな。いろいろ勉強してるとは言え、それだってまだ途中だ」


 こんなの連れてったら、余計に舐められるぞ。と、ユーゴは不貞腐れた態度でそう答えて……あれ?


「……てっきり、もっと怒られるか、あるいはもう少し乗り気になるかと思っていましたが……」


 ユーゴがミラをなんだかんだと買っているのは知っている。

 だが……それでも、彼女に負けじと頑張ろうとしていることだって知っているのだ。


 この時この場においては、まだ自分はミラのようには振る舞えないから……国と街の長同士が交渉を行う場にはふさわしくないから……と、そう考えるのもまた彼らしくはある。

 思慮深く、冷静に、自分の立場を見極めることの出来る子だ。だが……


 それでも、行けるとなれば喜んで行くだろう……と。

 あるいは、それが不可能なことだと――あまりに楽観的過ぎる案だと思えば、もっと容赦無く罵るだろう……と。

 そのどちらかだと思っていたのだが……


「…………もしや、貴方は…………」


 拗ねている……のだろうか……?

 その……最近の私が、何かにつけてミラを頼りにしてばかりいるから……


 頼って貰いたがりなのは出会った頃からそうだった。

 自分が自分が……と、自ら解決したがる性格なのも、自信家なのも知っている。


 けれどそれは、あの敗北の後にずいぶんと小さくなってしまっていた。

 だから……ではないが、彼に背負わせ過ぎたものを少しでも軽くしようと考えてはいたが……


「……なんだよ、その顔は。アホみたいな顔してんな、このアホ。無駄なこと言ってないでさっさとやるぞ、このアホ」


 力を取り戻して……自信を取り戻して、昔のユーゴに戻りつつある……?

 ジャンセンさんやマリアノさんに対して競争意識を強く持っていた頃の――本人曰く、彼らの凄さを素直に認められなかった頃の彼に……


「……ふふ。貴方はなんと言うか……私と変わらないくらい単純なのかもしれませんね」


「……はあ? いきなりなんだよ、めちゃめちゃバカにしやがって。チビじゃないけど、噛むぞ」


……私と比較されたことを、そこまでの罵倒だと捉えないでいただけないだろうか……

 いったい彼の中で私はどれだけ矮小な存在として……こほん。しかし……やはりそうなのだろう。


 あの頃は、伯爵やジャンセンさんに対する劣等感のような感情が。今は……ミラに対する対抗心かな。

 そういった感情が強くなればなるほど――近くに凄い人がいるほど、彼はより素直ではなくなって、そして……より高みへと成長するのだろう。


 そんな彼に手伝って貰いながら、私は昨日ミラと一緒に纏めた資料を三度確認し直した。

 やり過ぎではないだろうか……? とも思ったが、これもまた彼がミラに対抗意識を燃やしているから……なのだろうな。

 少しでも粗を見付けて、自分が優位であることを証明したかったのだろう。




 そんな野心が本当にあったかは知らないが、その思惑とは裏腹に、資料に不備も見付からず、これといった問題も思い当たらず、確認作業は無事に終わって、あとはミラが起きて来るのを待つだけ……になったから……


「……なんか、最近こういうの多いな。チビが起きるの待ちになるの」


「ふふ、そうですね。戦うとなれば、やはりあの子の探知能力は欠かせませんし、何かを判断するにも、勇者としての経験は貴重で参考になるものですから」


 特に、ヨロクから北へ向けて出発して以来――あの魔女との再戦の頃からは、それまで以上に増えているだろう。

 もっともこれは、アギトとミラをしても、ゴートマンには出し抜かれてしまったから……という事実への警戒心がもとになっているのだが。


 さて。こういうの……と、ユーゴがぼやいたのは、きっと私とふたりきりで出掛ける機会のことを言っているのだろう。


 私達は今、ミラが起きて来るまでの間、少し街を見て回ろう……と、宿を出ているのだ。

 今朝は海の水を汲む必要も無いから、本当にただの時間潰しとして。


「オクソフォンの街は、そこまでゆっくり見て回る時間もありませんでしたから、今度はもう少しじっくり見たいところです」

「ナリッドやチエスコがそうだったように、ランデルや最終防衛線の内側の街に比べて、また変わった形をしていることが多いですから」


 変わった形――経済の仕組みだったり、それこそ建物の形そのものだったり。

 とにかく、根幹となる部分から変わってしまっている場合が多い。

 それだけ長く、国が防衛線の外を放置していた……という証でもあるのだが。


 ユーゴは言葉では退屈そうにしていたが、私よりも半歩だけ前を歩いて街の様子を観察していた。

 そんな好奇心旺盛な彼と共に、私はしばらくこのサンプテムの街並みを堪能し続ける。

 ミラが起きるのは…………日が昇り切って、もうしばらくしてから……かな。

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