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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第三百九十五話【静けさの意味するもの】



 港から街に着くまでの間、馬車の中で私達はミラの話を聞き続けた。

 聞かされ続けた……とも言えなくはない。


 しかし、彼女が楽しそうに語る姿を見るのは嫌ではなかったから……それはよくて。


 ふくめんばいかーというまた新たな英雄譚を聞かされたのが、昨日の移動の間。

 そして私達はその日の内にナリッドに到着し、ひと晩を明かして、それから……


「――この先、北にずっと行くと巣があるわネ。壊して行っても良いケド……」


「悩むってことはそこそこ距離あるんだな、じゃあ無視しよう。フィリアさん、気にしないでください」


 ナリッドを出発し、オクソフォンを目指して私達は陸路を進んでいた。

 予定通りに、以前通ったのとは違うルートで、ミラの魔術を封印したままに。そう、魔術を……


「痛い痛い! 噛むな! 今回は大人しくしてるって約束だろうが! なら、わざわざ遠いとこの魔獣に手出しする必要無いだろ! 優先順位を考えなさい!」


「ぐるるる……ぺっ! 分かってるわヨ! そんなこと! 今更アンタなんかに言われなくてモ!」


 ふしゃーっ! と、けたたましく吠えてアギトに飛び掛かるミラの機嫌の悪いこと悪いこと……


 そう、今回はミラの魔術には頼らない――頼れないという前提でここまで進んで来ている。予定通りに。


 ナリッドからオクソフォンまでの間には山があり、以前にはこの山の北側を迂回してオクソフォンを訪れた。

 しかし今回は、その反対の道……南側を通って進んでいる……のだが……


「どうどう、落ち着いてください、ミラ。戦わずとも済むのならば、今は進むことを優先しましょう。足を止める時間は無いのです」


「んむ……分かってるわヨ」


 街を出発してすぐの頃、私達はその時点で小さな集落を発見していた。

 私達は……と言うよりも、ミラが……なのだが。それはよくて。


 少なくとも、山の近辺には人の住む形跡があった。

 それが今はもう使われていない……という話なら問題無いが、それを確かめる暇などは無いから。


 もしも道中に人々が住んでいて、その近くでミラの大掛かりな魔術を発動させてしまって、それで住民にいらぬ恐怖と不安を与えてしまったならば、今回の遠征は、私の目的から逸脱したものになってしまうわけだ。

 あくまでも、人々の安寧の為の戦いなのだから。


「しかし、もしも集落や村、町に近い住処を発見した時には……」


「それも分かってるワ。もっとも……ここまでにそういうものが無かった以上、そうなんだって思っちゃって良いとは思うけどネ。偶然だけで片付けるのは無理があるもノ」


 偶然……か。たしかにそうだな。それくらいは私でも分かる。


 ナリッドからしばらく進んで来たが、魔獣がすぐ近くにまで迫っている場所はどこにも無かった。

 ミラはこれを、不自然なものだと――――つまり、なんらかの力によって意図的に排除された結果なのだと言いたいのだろう。


 つまり、この近辺にはオクソフォンや他の街の力が働いていて、魔獣を駆除する為の見回りや、襲われた時の為の防御の備えがすでになされている、と。


「……とすれば、思っていたよりもずっとずっと大きな力を持っているのですね、南の四都市は」

「以前、オクソフォンを訪れた際に十分理解したつもりでしたが、まだまだ認識を改める必要がありそうです」


 まだ街は遠い。それにもかかわらず、もうその恩恵がこんなところで見られるなんて。


 特に、魔獣に対する防御については、もしかしたらカストル・アポリアよりもずっとずっと上かもしれない。

 いや、特別隊があった頃のランデルすらも……


「ほら、良いことだろ、それって。そんな不満そうな顔しないの。最近お前ちょっと暴れん坊過ぎるぞ」

「いや……まあ……もともと暴れん坊が正義を着てギリギリで踏みとどまってたようなやつだけど……」


「うるさいわヨ、このバカアギト。別に不満があるわけじゃないワ。ただ……そうネ。ひとつ口惜しいとすれば……」


 私の力を政治に転用出来ないことよネ。と、ミラは先ほどまで必死になってなだめていたアギトを蹴っ飛ばして、そのまま私の膝の上に登って来た。

 政治に……ええっと……


「私はあくまでも外国から来た援軍、派遣部隊、余所者ヨ。だけど……私個人はフィリアの味方をしたいと思ってるワ。その思想、理想には、目一杯賛同したいと思うもノ」


「ありがとうございます、とても心強いです」


 なんとも嬉しいことを言ってくれるミラだが、しかしどこか不満げ……いや、物足りないと言いたげな顔だ。

 そんな顔で私をじっと見て、両手で私の顔を包み込むように挟んで……ふふ、くすぐったいですよ。


「……私はあくまでも力でしかないワ。それはこのアンスーリァに限らず、ユーザントリアでも同じコト」

「魔王を倒すほどの力――マーリン様に鍛え上げられた戦力、フリード様に認められた武力。どこまで行っても、私ひとつだけじゃ高い影響力は与えられなイ。でも……」


 それを政治に転用出来る場面が少なからずあるのニ。と、ミラは悔しそうに眉をしかめ、そして私の頬をぶにぶにと圧迫し始めた。


「……つまり、貴女の強さによって四都市に対して優位性を……恩を売ることで、これからの立ち回りをより良いものにしたかった……と?」


「そんなとこヨ。私なんかからの意見に価値があるとは思わないケド、現状のフィリアがかなり苦しい立場にあるのは間違いないかラ」

「交渉の条件のひとつにでも加えられるように、私の力をどこかで誇示する場が欲しかったのよネ」


 しかし、仮初めでも平和を手にしているのならば、武力を交渉の材料に用いるのは難しい……か。


 なるほど、やっとミラの意図を理解した。

 理解して……余計なことを考えさせてしまっていたのだなと、少しだけ反省する。


「……その気持ちだけでも十分ですよ。貴女は客人で、それにもかかわらず大きな力を貸してくださっている。ロクな見返りも求めずに、です」

「この時点で、貴女は過剰な働きをしてくれているのですから」


 にもかかわらず、彼女は自らを装置として起用することで、より一層の献身を……とまで考えていてくれたのだ。

 まったく……こうも尽くされると、ユーザントリアに帰したくなくなってしまうほどの情が湧いてしまうし、それに……自分の無力さも痛感してしまうな……


「このくらいは当然なのヨ。だって私は勇者だもノ」

「勇者ってのは……英雄ってのは、見返りが欲しくて戦うわけじゃなイ」

「自分が戦いたいから、守りたいから、幸せを届けたいから戦うノ。わがままに、身勝手にネ」


「身勝手……ですか。貴女の身勝手に振り回されて、いったいどれだけの人が幸福になったのでしょうね」


 んふふ。と、やっと笑顔を見せてくれたミラの頭を撫でると、彼女はその手を両手で捕まえて、がじがじと甘噛みし始めた。

 歯は立てないでいてくれているが……普段のアギトの痛がりようをずっと目にしているから、ただごとではない緊張感を覚えてしまう……可愛らしいのに……


「にしても、本当に全然いないんだな、魔獣。おい、チビ。お前ちゃんと見張ってるか? さっきから遊んでばっかにしか見えないけど」


「誰がチビよ、まったく」

「まったくいないわけじゃないワ。でも、この馬車の進行方向に、そして人里の近くには巣を作ってないってだケ」

「手を出していいなら、もう十回以上は吹き飛ばしてるとこヨ」


 お、恐ろしいことを言わないでください……

 しかし……そうか、魔獣自体の数は少なくないのだな。


 であれば……やはり、道路や村の近く――人が出入りする場所については、頻繁に見回って駆除活動をしているのだろう。

 あるいは、山の中腹や川沿いに防護柵を設けて、そもそも侵入されないようにしているか。


 なんにせよ、人の手が入っているのは間違いない。

 ならば、やはり先ほどの認識で問題無いだろう。


 南部四都市は、すでに広範囲を安全な場所へと作り替えている、と。

 私達が小さな地区をひとつひとつ解放しているその隣で、この島の四分の一程度を完全解放していたと思って差し支えまい。


「……ランディッチは優秀な政治家でした。人を纏め、街を纏め、そしてその力を同じ方向へと向ける能力に長けていた。少なくとも、オクソフォンという街を見た限りでは、そう思いました」


 しかしながら、武闘派な印象は受けなかった。

 もちろん、その真実は分かっていないことだが、あまり苛烈な攻勢に出るイメージは浮かばないから……


 もしかしたら、四つの都市はそれぞれで役割を分担しているのだろうか。

 もちろん、ランディッチが他の街でまで統治を行っているとは思わないが、そうでない部分……例えば、彼ならば宮での経験を活かしての助言や補佐のような振る舞いが出来てもおかしくは無いだろうから。


 ならば、残る三つの都市の内に、かつての盗賊団よりもずっとずっと大きな規模で魔獣を抑えている街がある……と、そう考えても問題無さそうだ。


 それからも私達は魔獣と遭遇することなく、その日の暮れを前にはオクソフォンに到着した。


 明日にはまたランディッチを訪ね、それからサンプテムの街へと向かうのだ。

 今日はこの幸運に……いや、人の手によって作られた安寧に感謝し、ゆっくりと休もう。

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