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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第三百九十三話【能面スイマー 毎週日曜朝9時放送中】



「――戦う勇気ー、勝ち取れ未来ー、たしかな思いを受け止めてー……」


「……音痴だな、お前」


 魔獣は退けられた。そして私達の船旅にはまた安全が……のんびりした時間が取り戻される。

 それこそ、部屋にこもって歌を歌えるくらいに。


 ミラは言った。アギトとユーゴの間には、共通する強さが――強さの認識が存在する筈だ、と。

 そしてそれは、この世界には存在しないもの――彼らの知るもうひとつの世界に存在するものに起因するのだ、と。


 それの名前は、のうめんすいまー……と言うらしい……のだが……


「……その歌が……強さの秘密なのですか……?」


「え? えっと……いえ、そういう直接的なものじゃなくってですね」

「これは……その……主題歌……えー……あ、いや、違う。そもそもこれは覆面バイカーで……」


 えっと……? アギトが口にする単語のほとんどが理解出来ない。

 歌……ではあるのだが、それと……その……すいまー……? というものとは関係無い……のだろうか?

 そして……新たに出現した、ふくめんばいかー……という単語はいったいなんなのだ……?


「ええっと……歌は一回横に退けまして。能面スイマーって名前のヒーローが……ええーっと…………そう、勇者! 勇者がいるんです! そういう物語があって……」


「すいまーさんは実在するじゃなイ! 説明がめんどくさいからって適当なこと言うんじゃないわヨ! ふしゃーっ!」


 お前の所為で話が進まねえんだよ! と、アギトは首を噛まれながら憤慨していた。


 えっと……いけない。その前の彼の話……いや、言葉の大半が理解出来なかった。

 何か言う度にミラが怒るから、話を聞く余裕も無い……というのもまた理由ではあるのだが……


「すいまーさんって英雄がいるのヨ! あっちの世界にはネ!」

「その人は大海原をひとりで泳ぎ渡って、魔獣より大きくて強い怪物を退治するノ!」


「海を泳いで……魔獣よりも大きな…………あ、安全で平和な世界ではなかったのですか……っ⁈」


 そ、そんな……

 いつか訪れるであろう未来には、魔獣の脅威も何も存在しない、平和で穏やかな世界が待っているのだな……と、ユーゴの話を聞く度に胸を躍らせていたのに……っ。

 それが、よもや魔獣以上の脅威が存在する世界だなんて……


「くそ……このバカミラ……っ。フィリアさん、ちょっと部屋の端まで良いですか? ミラに聞かれるとまた噛まれるんで、ちゃんと真実をお話ししますから……」


「え、ええと……? ミラの言葉には間違いがある……と……?」


 間違ってなんてないわヨ! ふしゃーっ! と、ミラはアギトが私に耳打ちした言葉すらも聞き取って…………ああ、いえ。

 私の相槌を聞き取って、またアギトの首に噛み付いてしまった。

 その……すみません……


「ばいかーさんもすいまーさんも偉大な英雄だったワ!」

「このバカアギト! 現実逃避なんてしてないで、おふたりを見習ってもう少しくらい精進しなさイ!」


「あっ! お前! そういうのは無しだぞ! そういう……心にクるのはダメだって……っ」


 それにしても……ふふ。

 相変わらずこのふたりは賑やかで、仲良しで、そして……話が進まない子達だな……


 私の中には意味不明な単語がいくつかねじ込まれただけで、状況と彼らの推論へはまったく理解が深まっていないのだけれど……


「分かった! 分かったから! スイマーさんはちゃんと実在だから!」

「それで! そのスイマーさんの活躍を記録したものが、望月さんの持って来てくれたDVDだから!」

「スマホと一緒! 映像が残せるの! 目で見た光景を! 本みたいにして持ち歩けるの!」


「目で見た……本のように…………っ⁉ ゆ、ユーゴ……い、今の話は本当なのでしょうか……っ⁈ あ、貴方のもと居た世界では、そのような技術が……」


 な、なんということだ……

 アギトはミラを説得する為の言葉としてそれを説明していたようだが……私には、これまでに聞いたあらゆる話よりもずっとずっと重大で、そして現実離れした言葉に思えた。


 お湯を掛けるだけで出来上がるごちそうよりも、よっぽど便利で……そして、良いようにも悪いようにも使えてしまう、危険極まりない技術ではないか。そんなものまで……


「ああもう! フィリアさんまで変なスイッチ入ったっぽいし! 話が進まない! 全然進まない!」

「ってか、言い出しっぺのお前が一番邪魔してんのはなんなんだ! このバカミラ!」


「邪魔なんてしてないデショ! アンタがすいまーさんを馬鹿にするようなこと言うかラ! ここにいないあの方の代わりに私が怒ってんのヨ! ふしゃーっ!」


 っ⁉ わ、私の所為で話が遅れていると言われなかっただろうか……っ⁈

 それは……その……この場では言い掛かりのようにしか思えないが、しかし……少なからず思い当たる節があるので、出来れば言われたくなかったな……

 それでマリアノさんに何度怒られたか……


「…………なんか、突然馬鹿ばっかになったな、この部屋。収集付かなさそうだけど、一応まとめた方が良いのか?」


「ぐ……ごめん、ユーゴ。頼んでもいい……? 俺だと……このバカが噛み付いて来るから……」


 はあ。と、大きなため息をついたのは、私とアギトとミラのやり取りに愛想を尽かしたらしいユーゴだった。

 その……すみません。当事者の筈の貴方が一番置いて行かれていた気がしますね……


「アギトの言ってる能面スイマーってのは、向こうの世界の番組……えっと、物語のひとつだ」

「チビの言った通り、水の中でも自由自在に戦える……って設定の……」


 ふしゃーっ! と、ユーゴの言葉に呼応するように、ミラはけたたましく吠えて…………アギトの首を噛んだ。

 怒ったら本人ではなくアギトに牙が向くのはどうかと思うのです……


 しかし、そんな様子に……アギトの哀れな姿に同情したのか、関係無いのか、ユーゴは頭を抱えて訂正した。


「そういうヒーローがいるんだよ。で、チビが言ってるのは……それを知ってる以上、真似するくらいは出来るだろ……って」


「そう……ですか。では……やはり、その世界にも危険は存在して……」


 ああもう、だから……と、ユーゴは少し苛立った様子で、けれど困り切った顔で、私とミラとを交互に見ていた。


 そして……痺れを切らしたのか、私の手を引いて部屋の外へと出てしまった。

 彼女には聞かれたくない話がある……のだろう。先ほどもアギトがそうしようとしていたように。


「……スイマーはあくまでも創作、物語の中の人間だ」

「それを特撮で……えーっと……劇でやってるもんだから、チビはそれを本物だと思って……思って…………思うわけないよな、見たことあるわけないんだし……?」


「……? ええと……その、貴方の世界には魔獣のようなものは存在しない……あくまでも作り話である……と?」

「それは……たしかだと思って良いのですよね……?」


 しばらく考え込んだ後に、そこは良いよ。と、なんだか乱暴な言い方で答えられてしまった。

 それどころではない……と、そう言いたげに見えたが……? ええっと……


「……? いや、そうだよな。知るわけないもんな。じゃあ……アギトが適当に教えて、それを本当のことだと思い込んでた……って感じなのか」

「まあいいや、どっちでも。チビはそのスイマーを実在の英雄だと思ってるみたいだから、作りものだって言われると怒るんだろ」


「……なるほど。では……ええと……」


 アギトが歌っていた歌はなんだったのだろう……

 私のその問いには、ユーゴは何も答えてくれなかった。

 どうやら、特に歌う必要は無かったらしい……


「とにかく、フィリアが気にしてるような危ない生き物はあっちの世界にいないし、フィリアがびっくりした技術なんて俺が生まれるより前からずっとあったし、なんならもう古いものだったから、あんまりわちゃわちゃ騒ぐな」


「っ⁈ も、もう古い……そんなことを言われて驚くなと言われても……」


 とりあえず今は一回全部黙って聞いとけ。と、ユーゴは私をそう言い包めると、また手を引いて部屋へと戻った。

 戻ってみれば、ミラはアギトの首を食い千切らんばかりに噛んでいて…………あの、どうしてそうなったのでしょうか……


「おい、チビ。スイマーの話はもう良いだろ。それより、俺の質問にも答えろ」

「お前、なんで俺がもうあんなこと出来るようになってるって知ってたんだ」

「見せてないし、俺だってやるまでは出来るか分かんなかったのに」


 えっ。で、出来るか分からないなんて曖昧な状態で、刺激すべきでない魔獣に対して攻撃を仕掛けたのですか……?


 その、それは……と、口を挟もうとすると、ユーゴは眉間に深い深いしわを刻んで私を睨み付けた。

 今は黙って聞き入れろ……ですか。なんて乱暴な……そして乱雑な扱いをされたものか……


「むぎぎ……ぺっ。別に、確信は無かったわヨ。ただ、そろそろ出来て貰わないと話にならないってだけ」

「あのゴートマンを倒すには、アンタの力もあった方が良いからネ」


 それに万が一があったとして、部屋の中からでもあのくらいは倒せるもノ。と、ミラはアギトを執拗に噛んだり踏み付けたりしながらそう答えた。

 その……頼もしいことを言っている筈なのですが、とてもおっかない言葉にしか聞こえません……


「で、実際出来たわけなんだかラ。練習で試しておいて正解だったデショ」


「……あんなに大きな魔獣を練習台として使った……のですか、貴女は……」


 なんと恐れ知らずな……


 しかし、現実としては危機を掻い潜った……いや、それが危機であるなどとはただの思い過ごしであったかのように、あっさりと乗り越えられた。

 ならば、ミラの判断は間違っていなかったのだろう。


 それからしばらく、船がナリッドへと到着するまでの間。私達はミラの話を聞き続けた。

 試しても平気だと思った根拠。それに調査した水質の結果――あの魔獣が意味するもの。


 そして…………のうめんすいまーと呼ばれる、もうひとつの世界に存在する英雄の物語についてを。

 私はいったい何を聞かされているのだろう……

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