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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第三百七十八話【目が覚めたのは】



 恐ろしい夢を見ていた――気がした。

 何も思い出せないが、身体が強張っているし、脈も速い。

 それに……なんとなく、胸の奥に不快感があるから。

 だから、きっと嫌な夢を見ていた……のだろう。


 けれど、そんなことはどうでも良かった。

 良くなった……が、正しい表現なのだろうか。


 それはどちらでも良いが……ひとまず、そんなことは横に退けておきたくなった。

 なぜなら……


「…………ふう…………ええと……ミラ、貴女がアギトに対して妙な攻撃性を見せるのは、愛情表現の一環だと……親しいからこそのものだと理解して……したつもりになっていました」

「しかし……その……それは……」


 目の前にいる少女が、ミラが、まるで獲物を捕らえた犬か猫のように、眠ったままのアギトの首を咥えて、低い姿勢で座り込んだままこちらを見ていたからだ。


 その……どうしようか。

 もしかしたら、彼女は私を次の標的として定めてしまっていたりなどするだろうか。

 それは……い、嫌なのですが……


「むが……ぺっ。起きたならもう問題無いワ」

「身体は大丈夫? 身体以外も、不調があったら調べるから、ちゃんと自分で確かめてみテ」


 ぺっ。と、ミラは咥えていたアギトの首を吐き捨てて、私に心配そうな顔を向けた。

 その……すみません。心配してくださるのは嬉しいのですが、私よりもアギトを心配してあげて欲しいのです。


 まだ意識の無いアギトは、無抵抗のまま床に叩き付けられて、かなり大きな音を立てて頭を強打してしまった。

 い、いたい……


「……? アギト……? ミラ、アギトはいったいどうしてしまったのですか? 今の衝撃で起きないなんて……ま、まさか……っ!」


 ごん! と、大きな音だった。

 そう、大きな大きな……ずいぶんと痛そうな音だったのだ。


 持ち上げられていた頭部を放り投げられて、硬い床に…………これは……壊された馬車の内部……だろうか。

 木の床に叩き付けられて、それで……しかし、彼は目を覚まさなかった。


「まだもうちょっと起きないでしょうネ。こうなってる時は、こっちで何やっても起きないもノ」

「しかし……迂闊だったワ。失念してた、今日は二日目だったのネ」


「……? まだ……私達が何をしても起きない……ですか? それに……ええと……」


 二日目……?

 ミラの言葉にはまったく理解が追い付かなくて…………いや、待て。

 どこかで……ううん? 彼女が口にした言葉を、単語を、私は一度どこかで耳にして……


「……二日……切り替わり……っ! そう、そうです。アギトは二日置きにこちらともうひとつの世界とを行き来している……と……」


「ん、それって説明してたかしラ? それとも、バカアギトから聞かされてタ? ま、それはどっちでもいいわネ」


 そうだそうだ、そうだった。


 あれは、魔女との再戦を目前に控えた深夜のこと。

 眠れなかった私が、心を落ち着ける為に見張り台へ向かった時のことだ。


 私はそこで、同じように星を見ていたアギトと鉢合わせたのだ。


「一日を過ごし、そしてもう一日を過ごした晩に眠りに就くと、その時点で意識はもうひとつの世界で目を覚ます……と、そう言っていました」

「そして……もうひとつの世界で起きている間は、こちらで何をやっても目を覚まさない……とも」


 ミラは私の言葉にこくんと頷いて、そして……何を思ったか、アギトの顔を両手で踏み付け始めた。

 申し訳ありません……その行動の意図は、私ではまったく理解出来ません……

 食らい付く直前に、獲物を逃がさないように押さえ付けているようにすら見えるのですが……


「……ほんと、迂闊だったワ。切り替わってる間こそ、アギトって存在が一番希薄になるって分かってたのニ」


「……? あの、ミラ……? 先ほどから何を……」


 切り替わった……のは、ええと……アギトが眠ってしまったから……で……?

 それが何か大きな問題を引き起こして……いるのだろうか……?


 私にはミラの考えが……彼女の苦い表情の意味が分からなかった。

 それで……きっと間抜けな顔をしていたのだろう。ミラは私の方を見ると、しょんぼりと肩を落としてゆっくり近付いて来た。


「切り替わったのヨ。戦いのさなか、気絶した瞬間ニ」

「それで……アギトはアギトとしての存在証明が難しくなって、希薄になって……そして……また、漏れ出ちゃったノ」


「……存在証明……? 漏れ出した……とは、いったい…………」


 ミラは私のすぐそばまでやって来ると、もたれかかるように抱き着いて来た。

 そして、ぺろぺろと私の喉や首を舐め始めて、今にも泣いてしまいそうなほどの悲痛な表情を浮かべていた。


 そんな彼女を見たから……というわけではないが、私はここでやっとひとつの事実を思い出した。

 そうだ、私達は……


「――ゴートマン――っ。あの男はどこへ――」


「落ち着いテ、フィリア。アイツは逃げたワ」

「まあ……無理も無いでしょうネ。アイツからしてみれば、防ぎようの無い攻撃に見えたでしょうかラ」


 私達はゴートマンと遭遇して、そして……戦っていた……っ。

 どうしてこんな重大なことを忘れていたのだ。


 ゴートマンはミラの魔術を模倣してみせた。

 それは……その精度は、とてもただの真似事と呼べるものではなかった。

 ミラのそれと寸分違わぬ……と、私程度の魔術知識ではそう思ってしまうほど、あの男はミラの魔術を完全に真似て行使していた。


 それで……馬車が攻撃を受けて、横転して……

 私とユーゴはそこから這い出て……? あれ……? しかし、アギトは私と……


「……私はアギトのすぐ隣にいて……ええと……?」

「ユーゴが声を掛けてくれて、馬車諸共に攻撃されるくらいならば、外に出て迎撃した方が良いと判断して……」


「……そう。その時点でアイツは気絶してたんでしょうネ。気絶して……その瞬間から、アギトって存在が薄くなっタ……と」


 気絶して……意識を失って、切り替わりが起こってしまって……? 存在が薄く……?

 私はミラの言葉をしっかりと理解出来なくて、どうしても彼女の言葉を繰り返すばかりになってしまっていた。


「……ミラ。あの時、何が起こったのですか……?」

「私は……その……貴女とゴートマンが戦っていて……戦っていた……いた筈なのに、気付けば……今、こうして……」


「……んむ。そう、フィリアはそんな感じなのネ」

「なら……ううん、どうかしラ。案外深いとこまでは落ちてない……って思いたいケド……」


 深い……? 落ちるとは?

 ミラもミラでまだ考えている途中らしくて、発する言葉もこちらの理解しやすさを度外視したものになってしまっている節がある。

 私には、彼女がそれを纏めてくれるのを待つしか出来なくて……


「……ん、そうネ。フィリア、落ち着いて聞いテ」

「私達は今……ううん、今まで、かしラ。生きてもないし、死んでもない状態にあったノ。どっかのバカアギトに引っ張られてネ」


「生きても……死んでもいない……ですか? それは……」


 また、アレが起こったワ。と、ミラは真剣な眼差しでそう言った。

 アレ……とは。起こった……アギトによって引き起こされた……?

 気絶してしまって、切り替わりが起こってしまって、ええと……希薄になった……という、アギトによって…………っ!


「そうヨ。アギトはまた、揺らぎの中に落っこちたノ」


「……あの戦いの後、ふたりの部屋に起こっていたことが、ここでもまた……」


 思い出したのは、砦の一室に……アギトが眠っている筈の部屋に通された時のことだった。


 無限の闇に思えた。

 天井は無く、壁も無く、床も無く、振り返った先に入って来た筈の入り口も無い、そんな闇。


 それをミラは、アギト自身だと言った。

 アギト自身であり、アギトが目撃した、まったく不明なものである……と。


「……っ。アギトは……アギトは無事なのですか……?」

「貴女はあの時、こう言いました。あの力を使えば使うほど……あの事象が起こる度に、アギトという存在が希薄になる……不安定になってしまう、と」

「それで……だからこそ、もう二度と使うわけにはいかない……と……」


 彼女が口にしたニュアンスとは少し違うかもしれないが、私にはそう聞こえた。

 使おうと思って使えるものではない……という意味も含めていたかもしれないが、使うわけにはいかないという意味が無かったとは思えないから。


 そんな私の考えは遠からず当たっていたようで、ミラはまた渋い顔で考え込み始めた。

 そして……少ししてから答えを纏めて、また私の目をまっすぐに見つめる。


「無事……じゃないわネ。でも、すぐにどうにかなるものでもないワ。少なくとも、私がこうして近くにいる間は」


「……そう……ですか」


 ミラはそう言うと、私の膝の上に乗ったまま、足を伸ばしてアギトを蹴飛ばした。

 べしべしと何度も、まるで平手で叩くように、足の裏でお腹を蹴って……あ、あまり乱暴にしないであげてください……


「……ん……いて…………んん……? いたい……ん-……いった……痛いって!?」

「な。なんだなんだ⁈ なんかめっちゃ叩かれ…………足で起こすんじゃない!」

「こら! ミラ! お兄ちゃんを足で……お……おお……っ?」


 何度も何度も……ずっと、ミラに蹴られ続けて、アギトはやっと目を覚ました。

 切り替わりの話……その仕組みについて思い出してみると、この間にももうひとつの世界で二日過ごしてきた……のだよな。

 その……か、考え始めると途方も無いな、これは……


 と、少しだけアギトに対して畏怖の感情を向けていると、彼はゆっくりと起き上がった。

 起き上がって、床に手を突いて……そして……また、ふらふらと倒れ込むように横になった。

 側頭部を片手で抑えて……あっ、そ、そこは……


「……な、なんか……めっちゃ頭痛い……っ」

「めっちゃ頭痛いけど……ミラ、お前お兄ちゃんに何したの。寝てる間にお兄ちゃんにどんだけ乱暴したの!」


「誰が誰の兄ヨ、このバカアギト。起きたならさっさとしゃきっとしなさイ。仮にも女王様の御前ヨ」


 か、仮にも……?

 あの……ミラ。最近は私の扱いも悪くなってきていませんか……?

 と、そんなことを思う暇も無く、笑顔を浮かべたミラにまたぎゅうと抱き締められた。

 ふふ……最近は私によくくっ付くようになっていませんか?


「とりあえず、夜が明けるまではこうして休んでましょウ」

「フィリア、まだ疲れてるだろうから、ゆっくり眠ってていいわヨ。見張りは私とアギトでやるかラ」


「はい、ありがとうござ……夜……? え、ええと、今は……」


 眠っていても良い……? と、彼女の言葉に首を傾げて、慌てて覗き窓を……普段とは違って真上に相手いる覗き窓を見ると、そこからは大きな月が……晴れた夜空が見えた。


 ヨロクを出発したのは朝で、ゴートマンと遭遇したのもまだ明るい昼間だった筈だから……そ、そんなに長い時間眠ってしまっていたのだな、私達は……

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