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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】

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第三百七十三話【予測済みの強襲】



 ゴートマンを移送し、ランデルへと帰る。その道中には、必ず障害が発生するだろう。


 もしも立ちはだかるとすれば、それはきっと魔女ではなく、魔人となるだろう。


 そして、魔人が襲い来るとして、真っ先に私達の前に現れるのは、集いが使役する魔獣――それも、魔獣除けの効果をものともしないような、強大な個体が少数現れるだろう。


 そんなミラの予言じみた予想は的中し、私達の乗る馬車の向かう先――ヨロクとハルとを結ぶ道から見える場所には、大きな影がちらちらと見え始めていた。

 見え始めて……見えて……しかし、はっきりと視認出来る距離にそれが来ることは……


「――荒れ狂う雷霆ハルクスス・ヴォルテガ――っ!」


 私達の狭い視界を埋め尽くしていたのは、魔獣の肉体ではなかった。


 真っ白で大きな火球が見えたと思えば、とてつもなく大規模な爆発が見えたり、はたまた電弧を伴う巨大な竜巻が見えたり。

 ともかく、見えるものは、ミラの発動した魔術ばかり――それも、すべてが規格外の大魔術の、それがもたらす自然災害じみた光景ばかりだった。


「相変わらず、とてつもないですね」

「魔術とは、自然現象の再現を目指している途上のもの……つまり、自然に発生する事象を矮小化したもの……と、そう習いましたが……」


 とてもではないが、これほど大きな嵐を目にしたことなどは無い。


 もともとそういう気候だから……というのもあるが、そうでなくともこれが異常なものであるのだろうとはなんとなく分かる。

 ユーザントリアの気候を知るアギトまでもが、目を丸くして、それからがっくりとうなだれるから。


「……そりゃ、誰もいないって、そこに何も無いって確信してやってるとは思うけど……はあ」


 アギトは壁にもたれるように身体を起こして、覗き窓から見える光景にそんなことをぼやいた。

 彼からすれば、それも一応は見慣れた光景なのだろう。

 見慣れた上で、どうしても心配になってしまうものだ……とも。


「しかし、ここまではミラの言った通りになっています」

「魔人の集い……であろう何かから攻撃を受け、その手段が魔獣による襲撃で、それをミラがものともせずに弾き返す、と」

「まったく予定通り……であるからこそ……」


 私が最後まで言わずとも、ユーゴもアギトもとっくに理解していた。

 この先のことも、ミラは予想してくれているから。


 魔獣を蹴散らしたなら――魔獣の力だけでは私達を倒せないと知れば、魔人そのものが攻勢に出るだろう、と。

 あのゴートマンと同じように、魔女から力を借り受けた存在が――人間が、こちらを襲うと思って間違いない。


 ミラはそう予想し、同時にそれを最も警戒していたように思える。

 彼女にとっても、やはり魔人とは――人間とは、戦いにくい相手なのだろう。


 人に危害を加えることが難しい。どうしても抵抗がある。優しい彼女のことだから、そういう事情もあるだろう。

 だが、それだけを理由にはしまい。


 魔人という存在が危険な理由は、魔女の力を、人間の思考によって行使する――ミラの魔術を理解し、隙を探り、策を練って接近するであろうという点こそが、彼女をそこまで警戒させる要因なのだ。


 魔女は——かつて私達を襲った時と、前回アギトが対峙した時の魔女は、こちらを警戒せず、理解もせず、ただ漠然と向き合って、それからこちらの行動を見定めようとしていた。


 魔獣についても、人間に比べても、普通の獣に比べても知性が低く、攻撃性の高さがゆえに行動を先読みしやすい存在だ。


 つまるところ、魔人だけがミラの行動を――弱点を探しに来るのだ。


 私からは、そんなものがあるようには思えないのだが、しかしそうされることに――こちらにも思考を要してくることに、ミラは高い警戒心を抱いているようだ。


「……そろそろだな。おい、アギト。お前はやっぱり窓から遠いとこで寝てろ。そこ、そこんとこの陰で」

「フィリア、箱積むぞ。お前もその後ろに入れ」


 見えているのは、魔術による大規模災害……もとい、魔獣に対する攻撃ばかりだった。

 まだ魔獣は多く現れているのだろう……と、そう考えている時、ユーゴはアギトの肩を押して、無理矢理に床に寝転ばせてそう言った。


「そろそろ……とは、魔人が現れるとすれば……ということでしょうか。たしかに……そうですね」

「ミラが戦い始めてから、それなりに時間も経ちました。あの子の攻撃力を思えば、すでにかなりの数の魔獣が倒されていることでしょう。となれば……」


 魔人としても、ここらで手を変えねばならないところだ。

 ならば……なるほど、彼の言う通りか。


 魔人の集いは――魔女の意志を知るものは、真っ先にアギトを狙う筈だ。

 ミラもそう予想していたし、私達もそれには納得した。まったくその通りだろう、と。


 アギトは現在、唯一魔女に対抗し得る存在だ――と、あの無貌の魔女からはそう見えているだろう。

 そんな疑心を抱かせる為の作戦を決行したのだから、そうであって貰わねば困る。


 そんな存在がいると分かれば、魔人の集いは――魔女を崇拝するもの達は、真っ先にそれを取り除きに掛かるだろう。


「アギト、ここでじっとしていてください。この馬車はユーゴが守ってくださいますし、それにミラの察知能力ならば、危機が迫っても駆け付けてくれる筈です」

「ですが……それでも、万全は期すべきでしょう。私も貴方も、守られる立場なりの振る舞いをせねばなりません」


「……情けない話ですけど、まったくその通りです。俺が出しゃばると大体ろくなことにならないって、嫌と言うほど思い知ってますから」


 そ、そこまで言うつもりは無いが……しかし、なんとなく私にも彼の気持ちは分かる。

 私達には、強い存在に守られてばかりいるという共通点があるから、経験にも似たようなものが多いのだろう。


「フィリア、お前もちゃんと隠れてろ。このデブ。デカいんだから、ちゃんとしゃがめ」


「で――っ⁈ ユーゴ……貴方はどうしてこんな時にまで……」


 好きで大きくなったわけでは……っ。

 なんだか悲しいことに、この馬車の中で一番身体が大きいのは、たしかに私で間違いないのだ。


 ミラなどは言わずもがな、ユーゴも小柄だし。アギトも男の子ではあれど、しかしまだ少年の域を出ないから。

 だから……大人の男に混じっても違和感の無いような私が、当然一番大きくて…………


 と、今はそんなことに落ち込んでいる場合ではない。

 どうにも言葉遣いの荒いユーゴに指示されるまま、私もアギトともに木箱を積んだ陰に身を潜めた。

 潜め……もしかしたら、頭が出てしまっているだろうか……私は身体が大きいから……


「……すみません、アギト。もう少しだけ寄せていただけますか……? その……私は身体が大きいので…………」


「あ、は、はいっ。あの……だ、大丈夫ですよ……?」

「フィリアさんは太ってるわけでもないし、その……背が高いのだって、モデルみたいでかっこいいですし……」


 う……気を遣わせてしまった……

 しかし、あまり遊んでばかりいるわけにもいかない。


 私もアギトもしっかりと隠れられたかを確認すると、箱の後ろからユーゴに指示を……お願いをする。

 出来れば、状況をこちらにも教えて欲しい、と。

 見えないと、なおのこと不安が募ってしまうから。


「状況も何も……チビが暴れて、すごいことになって、で……まだなんも変わってない」


 何も変わっていない……つまり、特別な問題は発生していない、ということか。

 しかし、聞こえた声色からも、高い警戒心が窺えた。

 ユーゴとしては、いつ魔人が現れてもおかしくないと考えているようだ。


「……ユーゴ。私とアギトを守ってくださることはありがたいですし、頼もしいばかりです」

「ですが……忘れないでください。最終的には、貴方の命こそがもっとも重要なのです」

「貴方の力が、在り方が、人々に希望をもたらす切り札なのですから」


 だからこそ、ジャンセンさんもバスカーク伯爵も、彼の成長を促そうと気に掛けてくださっていたのだから。

 私がそんなことを言っても、返事らしい返事は無かった。


 だが、彼がそれをただのうるさい小言だとは思わないだろう。

 しっかりと理解し、納得した上で、それを表に出さないだけだ。


「……アギト、貴方もですよ。魔女を倒すという点において、貴方の存在は欠かせない……と、そういう策を選んだのならば、私やユーゴ、それに……ミラの命よりも、自分を優先してください」

「貴方が楔として存在している間は、こちらに戦力が無くとも魔女をけん制出来るかもしれません。ですが、いなくなってしまえば……」


「……っ。はい、分かってるつもりです」


 魔女の中に残るのは、人間には自身に刃を届かせ得る可能性に至るものがあるという認識だけ。

 それが勝手な勘違いだとしても、そう思って恐怖してしまったならば止まらない。


 アギトが倒れてしまったならば、それを魔女が知ったならば、この国は完全に滅ぼされてしまうだろう。

 二度と恐怖を、危険を近寄らせない為に、魔女は人間という存在そのものを根絶しに掛かる……と、そう思っておいて差し支えない。

 少なくとも、この急場をしのぐその時までは。


「……馬車止めるっぽいな、チビが指示したらしい。じゃあ……今度こそ隠れてじっとしてろ。声も出すな、分かったか」


「っ! はい、分かっ――」


 だから声出すな! と、返事をしようとしたところを咎められてしまった。

 い、言われれば返事をしてしまうではないですか……と、開き直るのは今すべきことではない。

 それだけ危険な状況が迫っていると考えるべきで……それが意味するところは……


「……っ。アイツ……」


 アイツ。と、ユーゴはそう言った。呟いた。

 それがミラを指す言葉……ではないことは、それからすぐに理解した。


「――またお会い出来て光栄ですぅ――はい――」

「あの時と変わらず、とてつもない天術を繰り返されますね、貴女は。はい」

「それがまだこれほど幼く、これからもまだまだ成長を続けると思えば……ええ、ええ、はい。天術師の未来はなんと明るいことでしょうか、はい」


 遠くない場所――焼き払われていた魔獣とは違い、ずっとずっと近い場所にそれは現れたらしい。


 魔女を友人と呼んだ、魔人の集いに属するのとは別のゴートマン。

 あの男の声が――想定していた中で、もっとも嫌な存在を証明するものが、隠れているしか出来ない私の耳に届いてしまった。

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