第三百七十話【無尽蔵の願望】
大きな力を手にしてまで、魔人の集いは何をしようとしているのか。
あるいは、魔人の集いは大きな力を手にした時、何をしようと思ったのか。
私の中にあるその疑問には、きっと答えなんて出ない。
それでも、考えることをやめるわけにはいかなかった。
私は……殺されたくないと、父のような最期を迎えたくないと思った。
女王という力を手にして、私はまずそう考えた。けれど……
女王になりたいとは思っていた――王という力を手にしたくないとは思っていなかった。
王になれないこと――跡を継げないこと、偉大なる父の後継者になれないことを悔やんだ記憶もたしかに存在する。なら……
私は王という力を手にしてまで、父のような優しさを振り撒きたかった。すべての国民を愛したかった。
それと同時に、王という力を手にした瞬間、父のような最期だけは避けたいと願った。
これが、私の場合の答えだ。
「……ふわぁ。むにゃ……」
「あ、やっと起きたな。起きろ起きろ、そのまますんなり起きろ、たまには」
「二度寝するな、三度寝とか論外だぞ。フィリアさんの前であんまりだらだらするんじゃない」
それと同じ問いを、私はユーゴとアギトにも向けた。
そして、今度はミラにも尋ねてみようと思って……彼女が起きて来るまでの間を、ずっとずっと部屋で待っていた。
パールに知られたら、その間に仕事をしろと怒られてしまいそうだな……ではなくて。
ぐーっと両腕を上に伸ばして、ミラはゆっくりと身体を起こした。
それからアギトのお腹の上で、まるで爪でも研ぐように手を突いてもっと伸びをして…………子猫のようですね……
「むにゃ……ううん……フィリア……? フィリア……むにゃ……」
「わっ。ふふ、良い子良い子。私はここにいますよ」
そして、まだ目をしょぼしょぼさせたまま、すんすんと鼻をヒクつかせ始めて……こちらを向いたと思えば、のそのそと私の膝の上に登って来た。
ふふ、相変わらず愛らしいことこの上ないですね。よしよし……
「――良い子良い子じゃないですよ! 何を寝かしつけようとしてるんですか!」
「っ!? そ、そうでした!」
い、いけない、つい。
まだ寝ぼけたミラを抱き締めて頭を撫でていると、珍しくアギトに怒られてしまった。
いえ、その、珍しいというのは、普段はアギトが怒られてばかりいるから……という意味ではなくて、普段はどちらかと言うと温厚でのんびりしているから……っと、そんなことは良くて。
「ミラ、起きてください。少しだけ尋ねたいことがあるのです。それに答えて頂ければ、もう少しのんびり休んでいただいても構いませんから」
「構ってください! フィリアさん! ミラに引っ張られないでください! 今すぐ叩き起こしてしゃきっとさせてください!」
どうしても甘やかしたくなってしまう私に、アギトはまた更に怒声を浴びせた。
いえ、怒声と言っても、普段の彼からすれば……程度のものですが。
しかし……ふふ。こうして怒ってくれるようになるなんて、アギトともすっかり打ち解けられた気分ですね。
「むにゃ……ふわぁ。うるさいわヨ、バカアギト。フィリアは女王様なんだから、失礼な態度取るんじゃないノ」
「お前が言うか! たった今無礼千万も甚だしいことしてるお前がそれを言うのか!」
ま、まあまあ。アギトが散々大声を出した成果か、ミラもすっかり目を覚ました様子だ。
もっとも、その表情は普段の愛らしいものとは少し違って、ずいぶんと不満げ……不服そうと言うか、文句を言いたげに見えると言うか、とにかく不快感をあらわにしたものだったが。
「……こほん。ミラ、このままで良いので話を聞いてください」
「私達は今、魔人の集いについて……あれだけの存在と関係を持つ組織について、少し話し合っていたのです」
絶対そのままじゃ良くないです……と、アギトはそんな恨み言のような言葉を残して、しかし話が始まったと理解した様子で、どうにもがっかりした顔で口を噤んだ。
もしかして……彼は私にミラを盗られたと思っているのだろうか……?
そんなアギトのことは完全に無視したまま、ミラはやっと半開きになった目をこちらへと向ける。
そして、首を傾げて私の言葉を復唱した。魔人の集いについて……? と。
「組織がある以上、そこには理念が……共通する目的がある筈ですよね。そして、それはきっと、ユーザントリアに存在したと言う魔人の集いとも同じものなのでしょう」
「それがなんであるか……を、考えていたのですが……」
私が真面目な話をし始めた。と、そう感じ取ったのだろう。
ミラは目をぐしぐしとこすって、もう眠たそうな顔はどこかへしまい込んで、けれど私の膝の上からは退くことなく、真剣な顔で私と向き合った。
ふふ、本当に頼もしい、その上で愛らしい子ですね。
「魔人の集いに属すること……とは、つまりあの魔女の力を手にすること……だと、そう言い替えられると思うのです。であれば……」
それだけの大きな力を手にしてまで叶えたい野望がある。それも、全員に共通するものだ。
それがなんであるのかを突き止められないか、と。それを考えていた。
もちろん、強い力があると知れれば、それに取り入ろうとするものも――組織の理念とは意志を違えていても、それに乗ずることに意義を見出したものもあるだろう。
だが、それはさしたる問題ではない。
問題なのは、理念に同意し、その上で力を手にしたもの――つまるところ、ゴートマンのような存在だ。
あの魔術師のようなもの達は、いったい何を求めてあんな組織に身を置いているのだろうか。
「……ん、なるほどネ。たしかに、そこについては分かってないことばっかりだワ」
「ですので、その……意味があるかは分かりませんが、自分ならばどうするか……という仮定のもとに、それぞれの案を出していたのです」
「もしも自分が、とてもとても大きな力を手にしたならば……と」
だから、ミラの場合はどうなのだろうか。と、それを今は聞きたい。
私がそんな意思を伝えると、意外なことにミラは困った顔で考え込み始めてしまった。
意外――と、そう思ったのは、彼女ならばすぐに答えを出すと思ったからだ。
判断も決断も早いことがミラの特徴だから……というだけでなくて。
彼女はすでに、その大きな力を持っているのだ。
なら、その経験を――実感を語るだけで済むと思った……のだが……
「……難しい話ネ、それはまた。フィリアならなんとなく分かるかもしれないケド、私はそれにきちんとした答えを出せないのヨ」
「……? 私ならば……ですか? その……アギトではなくて?」
バカアギトもバカアギトで、バカじゃなかったら分かったかもしれないけどネ。と、ミラはどうにも渋い顔でアギトを睨み付けた。
そんな彼女の態度に、アギトはむっとして……しかし、何も反論せずに俯いてしまった。
なるほど……分からなかったから反論出来ない……と……
「……簡単な話ヨ。そもそも魔術師ってのは、術の最奥を――自然現象の完全なる再現を、この世界でもっとも大きな力の再現を目指してるんだもノ」
「大きな力を手にしたらどうするか……って聞かれても、そもそもそこが目的地なんだから……としか答えらんないワ」
「……ああ、なるほど。たしかに、その視点からはその通りかもしれませんね」
ミラはいろいろな肩書きを持っているから、そのうちのひとつ……特に大きなひとつである、“魔術師”としてのミラからは、答えらしい答えが出せないのだ、と。そう言っているのか。
「魔女の力……ってのはつまり、マナを操る力――魔法の領域の話よネ。なら……答えはひとつ」
「そんなものに縋らない、目指さない、求めない、その上で踏み潰して上に行く」
「もっとも、並の魔術師なら、あっけなく屈しちゃうんでしょうけどネ」
あのゴートマンみたいに。と、ミラは意地悪な顔でそう付け加えて……それからすぐ、また真剣な顔を私へと向けた。
「……そういう前提をまずひとつ置いた上で……の話だとしても、やっぱり答えるのは難しいワ」
「自分が大きな力を手にした時のことなんて、これっぽっちも想像出来ないもノ」
「……あ、あの……ミラはすでに大きな力を手にしている……と思うのですが……」
今までに私の前で披露した魔術のいずれもが、大き過ぎる力でしかないと思うのだが……
私がそう言えば、ミラは目を丸くして首を傾げてしまった。
な、何故そこで、何を言っているのか分からないという顔をするのですか……
「あの、ミラ……? 貴女の魔術や体術は、すでに大きな力に分類されるものだと……」
「……? どこガ? そりゃ、私は強いわヨ? でも、私の力なんてまだまだ、てんで小さなものじゃないノ」
「まだまだ……まだまだまだまだ、改良して、訓練して、磨き上げる余地が残り過ぎてるワ」
ふん。と、ミラは悔しそうに鼻を鳴らしてそう言った。
そう……か。あれで……あんなにも強大な力を手にしていてなお、ミラはまだそれを未熟なものだと思っているのですね……
「……だから、私からは答えが出せないワ。力を手にしてどうしたいのか、も。力を手にしたらどうするのか、も。ごめんネ、フィリア」
「……いえ、構いませんよ。それを想像せずに、あるいは想像出来ずに組織に属し、魔女の力を借り受ける……という可能性だってある。と、そう考えることも出来るようになったのだと思えば良いのですから」
魔女の力を借り受けた上で、まだまだそれでも足りないと求め続けるものが出てくる可能性も示唆している……のかもしれないが……
しかし、ミラの答えも出揃ってみれば、やはりと言うか……本当に統一される解答などがあるとは思えなくなってしまったな。
魔人の集いの目的、理念。もしかしたら、そんなものはどこにも無い――各々の身勝手な目的の為に、大きな力を借りているだけの――それでも、魔女という存在には隷属せざるを得ないもの達の組織……である可能性も、しっかりと危惧しておこう。
話が終わったのだな。と、ミラはそれをなんとなく察したようで、真面目な顔をさっと引っ込め、にこにこ笑って私を抱き締めて、また眠りに就き始めた。ふふ、良い子良い子。




