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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第三百六十七話【ユーゴの意志】



 朝を迎えて……一般的に人々が起きて活動を始める時間になって、私達は役場から砦へと移動していた。

 目的は、ゴートマンの移送準備……つまるところ、護送の準備だった。


 その私達という中に、アギトとミラの姿は無い。

 私とユーゴのふたりは。と、そう言い替えるべきかもしれないな、ここのところはずっと一緒だったから。


 特別な理由は無い。彼らを連れては入れない場所に向かうとか、彼らには別のことを頼んだとか、そういうのでは。

 もっともっと単純で……少し気の抜けてしまう理由。まだ、ミラが起きて来ないから。


「アイツ、強いのかしょぼいのか分かんないな。エリーよりガキっぽいし、割とわがままで身勝手で、好き勝手やってばっかだし」


「そ、そんなことは……そんな……ことは……ううん」

「自らの決定に自信がある……それまでの成果に裏打ちされた、自らが何かを成せるという自負があるからこそ、でしょう」

「事実、私が初めに出した指示のままに動いていたならば、こうしてヨロクを解放したという結果すら、まだ手に出来ていなかったかもしれないのですから」


 思い出されるのは、ふたりがこの国へ来たばかりの頃……ああ、いや。

 彼らは単独で先着していたという話だから、私の下へ来たばかりの頃、か。


 友軍を迎え入れる式典があって、それに遅れてふたりはやって来て。そして……私は彼らの力を計り損なった。


 その時点で、彼らの強さを……魔獣を簡単に蹴散らす強さを持っているのだとは知っていた。

 知らなかった、予想出来なかったのは、その力の上限が、今になってもまだ計り知れないほどのものだったということだ。


「私は彼らに、ランデルの警護を……現状の維持をお願いするつもりでした」

「特別隊の戦力はすべて失われ、策を練ろうにも事情を深く知る参謀も残っておらず、貴方もまだ立ち直る前でしたから」

「ヘインスら騎士団と共に、街の警護を……と、そう頼んだのです。しかし……」


 彼らは私の指示を無視した。

 それは出来ない。それではいけない。そんなものは――不幸な停滞などは受け入れられない、と。


 あろうことか、他国の女王の指示を無視し、彼らは街の外へと駆け出して行った。

 いえ、正確には、彼らの性格をよく知っている皆の協力で、馬車に乗って外へ出たのですが。それはよくて。


 そして……私にその力を見せ付けた。

 自分達には劣勢を打破する力がある。自分達には魔獣を掃討する力がある。

 自分達には――自分達ならば、どんな窮地にも希望を見出すことが出来るのだ、と。


「彼らのおかげで貴方も立ち直って、まったく思ってもみなかったほどあっさりと街を取り戻して。特別隊も再稼働して、オクソフォンとの協力関係も取り付けられた」

「彼らのおかげで……天の勇者と呼ばれたふたりのおかげで、私達はここまで来られたのです」


 その決定は、彼らの嗅覚は、ここまでに一度も間違って来なかった。と、私はそう言いかけて……そして、口を噤んだ。


 ユーゴの自信を……彼の功績を、かつての解放作戦を卑下しそうな言葉だから、ではない。

 特別隊として挙げた成果よりも、彼らの功績の方が大きいと考えていると、そう捉えられそうだからではないのだ。


 私の中には、まだ苦い記憶が……解決されていない問題が残っている。

 そして……その一点において、私はまだあのふたりを……ミラを、あの子の自信を、わずかにながら疑ってしまっている。


「……魔女を相手に、こうして生きて帰還することが出来ている。そういう見方をするのならば、彼らの判断は間違っていなかった」

「あの時、あんな状態で、魔女を倒す為に北を目指す。と、そう言い始めたことに、一切の裏目は無かった……と、そう言っても良いのかもしれません。ですが……」


 ゴートマン。その名前の意味が、私達の中で変わってしまっている。

 ユーゴも私が何を考えているのかなどお見通しなようで、渋い顔で、けれど何も言わないでいた。


「……あのゴートマンは……新たなる魔人は、果たして私達の手に負えるものなのでしょうか。いいえ、あの男だけではありません。魔女についても……」


 ミラは言った。アギトに発現したのは、世界を亡ぼすほどの力なのだ、と。

 そんな力を以ってしても、魔女を倒せなかったという事実がここにあるのだ。それに……


 アギトはもうその力を使えない。

 にもかかわらず、魔女はこれまで以上に……いいや。初めて私達に対して、警戒心を持って向かって来る。

 それを、なんの力も無いアギトと、ユーゴとミラとで倒さなければならないのだ。


「ミラに限って、すべてを諦めてしまっている……とは思えません。ですが……策があるようにも思えないのです」

「もしも打開する余地を見出しているのならば、砦へ帰った後、魔女をこれからどうするかという話をした時に、説明してくれている筈ですから」


 そもそも、ゴートマンの出現は、ミラの想定の中に無かった。

 魔女だけならば、彼女の言うやり方で……アギトを不必要に警戒し、準備し、集中し、自分とユーゴに対する意識が薄れてくれれば……と、そう考えてあの作戦を立てた……とすれば……


 ゴートマンの存在まで警戒しながらでは、とてもではないがあの無貌の魔女を倒すことなど……


「……ユーゴ。貴方は……魔女の力を体験している貴方からは、どう思えますか……?」

「私達は……ミラは、貴方は、魔女とゴートマンの両方を同時に相手して、果たして勝機など……」


 ああ、いけない。と、自分の中に自分の声が……冷静な時の、穏やかな声が響いた気がした。

 何を言っているのか。それは、まだ内に秘めるべき不安ではなかったのか。と、そう咎める声が。


 その時、私は自分が俯いていることを――地面しか見ていないことを、ユーゴを見ていないことを知った。やっと気付いた。

 彼を見ていないから――現実を、今目の前にあるものをきちんと見ていないから、まだ分からない不安に飲み込まれてしまって……


「……意外とちゃんと考えてたんだな」


「っ⁈ い、意外……ですか……」


 顔を上げた時、そこには思っていたのとは違う表情が……目を丸くして、けれど不安や懸念といったものを抱えていない、純粋な驚きを浮かべたユーゴの顔があった。

 その……すみません、その反応は……遺憾です……


「まあ、ちょっと分かる。チビはなんか……こっちが考えるより前にいろいろ考えて、答え出して、それを教えてくれてる感じあるし」

「だから、今回はそれが思い浮かんでないのかな……とか。そこまでは思ってなかったけど、言われたら……まあ、そういうのもあるか、って」


 遺憾……だが、どうやらユーゴは私の考えに賛同して……? いや、違う。そうではない。

 私の中にあったこの疑問……不安には、もうひとつ要素があったではないか。

 いつも冷静で、危険に対して警戒心の高いユーゴが、私と同じように、ミラの判断を待つしか出来ない状況にあるのではないか……と。


 この答えは、ユーゴの反応は、まさしくそれを意味するものではないのか。

 どことなくのんびりした表情で答える彼の姿こそ、私が懸念していたもので……


「……だけど、なんだって一緒だ。魔女は倒す。あのゴートマンも倒す。俺が強くなって全部倒す、それだけだろ」


「……そ、それだけ……と言っても……」


 それだけだ。と、ユーゴはそう言って立ち止まった。

 砦はもうすぐそこに見えている。そこにはゴートマンが……ひとり目のゴートマンがいて、それを睨んで……? いや、それとも違って……


「言ってただろ。俺の力は……弱点は、知らないことに対処出来ないことだって。強くなる前にやられたらダメなんだって。強くなる前に……追い越す前に、諦めたらダメなんだ、って」


 ユーゴは唇を噛んで、砦を……その先を……ずっと遠くを眺めていた。

 その先にあるのは……なんだろうか。魔女なのか、それともあのゴートマンなのか。

 あるいは……彼が今模倣を続けているミラの姿があるのだろうか。

 私にはそれが分からなかった。


「……言ってただろ。反面教師にしろ、って。見てろ、って。考えろって、悩めって。アイツが……アギトが、言ってただろ」


「……っ。はい。あの時……彼が……」


 アギトは魔女と向き合った時、たしかにそう言っていた。

 ユーゴはその言葉を受けて、考えを変えた……これまでとは考え方、行動――それらの根本となる、理念そのものを変えた……と、そう言いたいのだろうか。


「チビは強い。ムカつくけど、まだ俺はアイツより弱い」

「アギトは……もう使えないって言ってたけど、もっとヤバかった」

「じゃあ……この世界に存在する、同じ人間のアイツらがアレだけ強いなら、俺はもっと強くなれる……筈だよな」


 そういう力をくれたんだもんな。と、ユーゴはゆっくりこちらを振り返ってそう言った。


「……ジャンセンは俺より凄かった。頭も良かったし、部下に指示出したりするのは俺じゃ出来なかった」

「マリアノも、馬に乗ったまま戦うのとか、そもそも人に教えるのとか。ふたりとも、俺より強かった」

「俺が一番強い筈なのに、俺よりずっと強かった。それは……俺がふたりの強さを認めてなかったからだ」


 ユーゴの目に、不安や恐怖――あの敗北への絶望感は無かった。

 まっすぐで、未来をじっと見据えた眼差しだった。

 強い強い――アギトとミラが見せるのと同じ、狂っているとしか思えないくらい真っ直ぐな意志がそこにはこもっていた。


「認めなかったから――自分とは関係無いものだと目を背けたから、出来なかった。じゃあ、もう背けない」

「俺はチビの魔術より強くなるし、アギトの……なんか変な力よりヤバくなる。そうすれば勝てるだろ、多分」


「……ユーゴ…………た、多分なのですか……?」


 な、なんて不安になる言葉を付け加えるのですか……

 しかし、ユーゴはうなだれる私を見て、大きな大きなため息をつく。


「チビだってアギトだって勝てなかっただろ。それ越えたからって、まだそれだけで勝てるかは分かんないだろ。その時は魔女もゴートマンも超えれば良いだけだけど」


 まあ、それが出来なかったんだけどさ。と、ユーゴはそう言ってから、やっと悔しそうな顔を……ネガティブな感情を顔に出した。

 けれど、それは後悔を引きずっている感じではなくて、難しい障害を前にして懸命にもがいているような表情だった。


「フィリアの予定だと、ランデルには戻るんだろ? だったら、アイツらを調査に出すのはちょっと待って欲しい」

「今なら……いろいろ見て、ちゃんと覚悟した今なら、俺はもっと強くなれる気がする」


「……っ! はい、もちろんです。今回の遠征で、ダーンフールまでは無事を確認していますから。調査よりもまず、貴方の鍛錬を優先しましょう」


 もとより、ここから先を調べるには、魔女を対処せねば始まらないのだしな。

 ユーゴは私の言葉に小さく頷いて、そしてまた前を向き直して歩き始めた。


 どうやら、彼はあの敗北を――絶望を克服しつつあるらしい。

 それはきっと、強靭な精神力で……という意味ではない。


 彼は今、新しい希望の光に――アギトとミラという新しい仲間と、彼らによって見出されつつある自分の力に支えられているのだ。

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