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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】

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第三百五十九話【ひりつきの正体】



 日を改めて、私はまたヴェロウの屋敷を訪れていた。


 思えば、昨日はいろいろと……主に感情の面で、いろいろと落ち着きの無い状態だったから。

 偶然とは言え、冷静になる時間を得られたのは嬉しい誤算だっただろう。


 国の当主として向き合わねばならないヴェロウの前で、昨日のようにのんびりし過ぎているわけにもいかない。


 ゆっくり、けれどだらけることなく。

 こんこんと昨日と同じようにドアを叩けば、今朝は男の声が返って来た。


 久しぶりだが忘れる筈も無い、この国を治める者――ヴェロウの声だ。


「――おはようございます。そして、お久しぶりです。貴方が息災そうで何よりです、ヴェロウ」


「おはようございます、フィリア女王。こちらこそ、またこうして貴女と話が出来て光栄です」


 ドアが開かれれば、そこにはやはり見覚えのある若い男の顔が……少しひげが伸びたヴェロウの姿があった。


昨日さくじつはお越しいただいたにもかかわらず、留守で申し訳ありませんでした」

「話は妻から聞かされております。ランデルから、フィリアと名乗る若い女性が訪ねてきた、と」


「いえ、そんな。むしろ、いきなり押しかけたこちらにこそ非が……? あの、ヴェロウ……?」


 ふう。とか、はあ。とか、ヴェロウは頭を抱えて何度かため息を繰り返した。

 も、もしや、いきなり訪問したことをそれほど嫌がっている……のだろうか。


 しかし、もしもそうであったとしても、彼はそれを表に出さない……国と国とで関係を結ぶ可能性がある相手を前に、不用意な無礼などを働く筈も無い。


 であれば……考えられるのは、他に悩まなければならない問題が……それも、かなり大きな障害が発生している……という可能性だが……っ! も、もしや……


「……っ。ヴェロウ……その、もしや、この国にも魔獣が攻め入ったのですか……? その苦悶の表情は、未だその問題が晴れぬからで……」


「え……ああ、いえ。これはとんだご無礼を。その……カストル・アポリアにはなんの問題も生じておりません」

「問題があったのは……私個人の話でして……」


 ヴェロウ個人の……?

 それは……ううん、なんだろう。


 しかしながら、こうして王と代表として向き合わなければならない場においてまで心を囚われるほどとなれば、とても大きなものに間違いはあるまい。


「私で良ければ、相談していただけませんか」

「以前にも伝えた通り、私の望みはこの国の……このアンスーリァと言う島国すべての人々の安寧です」

「貴方はこうしてひとつの国を造り、この場所の人々に平和と幸福をもたらしてくださっている」

「そんな貴方の前に障害が発生したのならば、それは私の障害と同じ。取り除く手伝いをさせてください」


 このカストル・アポリアには、長く続いて多くの平和を獲得して貰わねばならない。


 解放しつつもアンスーリァだけでは受け入れきれない人々の受け皿として……という打算も込みだが、それ以上にヴェロウの心意気に対して、私は本気で協力したいと思うから。


 そんな私の提案に、ヴェロウはまたなんとも言えない表情を浮かべ、ひとまず家へ入ってくれと私を手招いた。

 そうだな、玄関先では出来ない話もあるだろう。

 ヴェロウはこの国の核なのだから、それが不安げな顔をしているところなど民に見せられるものではない。


「……ふう。実は……問題と言うのは、貴女なのですよ、フィリア女王」

「いえ、その……貴女が何か悪さをしたという意味ではないのですが……」


「……? 私……ですか……? 私が……ヴェロウの前に立ちはだかる障害…………っ!」


 それは……やはり、ヴェロウは気付いていた……のか。

 私が……私達が、ここより北で戦いを起こし、そして……敗走したことを。

 それによって、この国にも危険が及びかねない状況にあったことを。


 彼は危惧しているのだ。

 私の勝手な行動で、幼稚で浅はかな考えで、カストル・アポリアにまで被害が出てしまいかねないのではないか、と。

 なるほど、こんな話を外で出来るわけもない。


 彼は英雄なのだ。

 誰にも慕われる英雄が、公然の場で、お前の所為で国が亡んだらどうするつもりだ。などと問い詰めることは出来ない。


「……申し訳ありません。私の不注意……軽率な行動が、貴方にも、カストル・アポリアにも被害を及ぼしかねませんでした。心より謝罪を」


「い、いえ、そこまで大きな話にするつもりは……ただ、やはり……私も人であり、国の代表などと持ち上げられこそすれど、それには民からの信頼が無ければならないものですから」


 っ。彼が招き入れた客人の所為でこの国にまで危険が及びかねないともなれば、信頼も支持も失ってしまうだろう。

 それについても……たしかに、謝って済む問題ではない、か。


 彼はきっと、ゴートマンのことを言っているのだ。

 以前、私達がこの国へ運び込んでしまった大きな問題。

 ハミルトンに深い傷を負わせた、あの魔術師のことを。だが……


 ゴートマンについてはもう無力化も捕縛も済んでいる。このことはしっかりと告げ、安心して貰わないと。


 そして同時に……新たなゴートマンの出現と、魔女との二度目の戦闘についても、仔細は伏せるにせよ、説明しておかなくてはなるまい。


「…………はあ。ですので……フィリア女王。私から貴女へ要求したいことはただひとつ……」


「……はい、理解しています。これまでに起こした問題についての謝罪と、そして……今起こっている事情についての説明……ですね」


 ゴートマンの件。そして、魔人の集いの件。魔女の件。

 あの敗北より後に起こったすべてを、彼に説明する義務が私にはある。


 ぐっと奥歯を噛み締めて、私はヴェロウと向き合った。

 きっと真剣な顔で私を睨んでいる……あるいは、怒りさえ抱いているかもしれない彼を前に、逃げ出すことも誤魔化すこともせず、すべてを打ち明けよう。

 胸の中でそれを再決意し、顔を上げて……


「……いったいなんの話をなさっているのでしょうか……?」


「……あれ? ええと、ヴェロウ……?」


 なんだか目を丸くして驚いているヴェロウと顔を突き合わせた。

 あ、あれ……? そういう話では……責任を取れと、そういう話ではなかったのか……?


「……こほん。私が貴女にお願いしたいことはただひとつだけです」

「それは……せめて、私の屋敷へ訪れた時にくらい、身分をしっかりと明かして欲しい……という一点のみ」

「いえ……もちろん理解しています。貴女は世に溢れる他の王とは違う。その身分を振りかざすことなど許さず、誰に対しても対等な関係で向き合いたいと、そう考え、実行するお方であると。ですが……」


 それで問題が起こっては……と、ヴェロウは大きな大きなため息をついてそう言った。

 問題が……ええっと……何か、起こってしまった……のだろうか……?


「……あの、ヴェロウ……? その……私はいったい何をしてしまったのでしょう? 思い当たるものが無くて……」


「……申し訳ありません。フィリア女王に落ち度らしい落ち度は無いのです」

「偶然……それと、些細な行き違いが、少々大きな波紋を作ってしまって……」


 行き違い……?

 それは……ええっと……昨日のことだろうか。


 私が訪れた際にヴェロウがいなかったこと、ヴェロウが出掛けている際に私が訪れてしまったこと。

 それが……問題を誘発してしまった……


 もしや、ヴェロウはまだカストル・アポリアとアンスーリァの関係について……友好的な関係を結ぼうという私の提案について、誰にも話していないのではないだろうか。


 十分に考えられる。

 そうだ、昨日のポーラの言葉を思い出せば、彼が私との会話を、考えを、誰かに共有していない可能性が高いことは簡単に推察出来るだろう。


 では、それがどうしてそうなっているのか。それもやはり簡単な話だ。

 まだ……まだ、まだなのだ。それを広めるには、まだ時間が、時期が、怨恨の消え去るまでの時の流れが、まだ足りていないからだ。


 まだこの国には……カストル・アポリアには、アンスーリァを憎む人々が多く残っているから…………っ。


「……直接目の当たりにしていただく方が早いでしょう。ポーラ、来てくれ。そしてきちんと話を聞いて欲しいんだ」


「……っ。やはり……」


 昨日感じた威圧感……ぴりぴりとした緊張感の正体は、彼女が私の素性に気付いたから……だったのだ。


 きっと、ポーラはアンスーリァに良くない感情を持っているのだ。

 そして……そんな彼女の目の前に、その国の長である私が現れなどしたから……


 私は深く後悔した。

 私は……私はどうしてこうも浅慮なのだ。


 考えれば簡単に想像出来たことだろう。

 ハミルトンのように、アンスーリァで起こった政策に不満を持つものが――最終防衛線の外に弾き出されて絶望したものが、この国には大勢存在することなど。


 後悔は憤りへと変わり、私は爪が食い込むほどにこぶしを握り締めた。


 謝らなければならない。

 ポーラに、ヴェロウに。そして、このカストル・アポリアに住む大勢に――大勢の怨嗟に、私は向き合って謝罪をしなければならない。


 きい。と、ドアの開く音が聞こえれば、昨日も見た女性の姿が現れた。

 顔を赤くして……怒りに肩を震わせて、丸く見開いた目で私を睨むポーラの姿が――


「――貴女は……フィリアさん、貴女は……貴女が、本当にアンスーリァの女王様……なんですか……?」


「……っ。はい、その通りです。私の名はフィリア=ネイ。フィリア=ネイ=アンスーリァ。現アンスーリァ王政の当主を務めているものです」


 唇を噛み、そして私は深く頭を下げた。


 きっとこれから何度もこういう機会があるだろう。

 私達は……王家は、それだけのことをしたのだ。

 この政策を提案したランディッチも、こういう結末は当然思い描いていた。


 私はただ、無言で頭を下げていた。

 罵倒ならば受け止めよう。叱責があらば飲み込もう。

 罰を望むのならば、この国の法に則って裁かれもしよう。

 私の背中の上には、そういったものが無尽蔵に乗っているのだから。


 ヴェロウは言葉を発しなかった。きっと、選択をポーラに任せているのだ。

 彼女の中に存在するものを、彼が代替することなど出来やしないから。


 だから、黙ってポーラの決定を待って…………


「…………も――――申し訳ございません! そんなお方とはつゆ知らず、昨日はとんだ無礼を働いてしまいました!」


「……? え、ええと……いえ。理不尽を働いたのは私達王家です。貴女が謝罪せねばならない理由など……」


 はあ。と、また大きなため息が聞こえて……今のはヴェロウのものだっただろうか。

 おや? と、事情が少しだけ飲み込めなくなって、私はついつい顔を上げてしまった。すると……


 そこには顔を赤くしたり青くしたりしながら、膝を突いたまま必死に頭を下げるポーラの姿があった。

 そして……それに寄り添うように、ヴェロウも同じくしゃがみ込んでいて……


「……申し訳ございません、フィリア女王。その……昨日の訪問の折、妻は……その…………私の不貞を疑ったようで…………」


「…………不貞…………ですか……? ええと……えっ?」


 ここから遠い街、遠い場所で、自分よりも若い女性と不貞行為に走ったのではないか、と。

 その相手が、こうして押しかけて来たのではないか、と。そう勘違いしたらしいのです。と、ヴェロウはそう言って頭を下げ……あ、あれ……?


 なんだか思っていたのと違った。

 私の頭の中にはそんな下らない結論だけがぐるぐる渦を巻いて……い、いけない。考えが纏まらない。

 状況に頭が追い付かなくて……え、ええと……? アンスーリァに恨みがあるのでは…………?

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