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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第三百五十八話【温かな食卓】



 アルバさんの家へと戻る前に一度関へと向かって、ヘインス達に一日をここで過ごす……いや、あるいは二日掛かってしまうかもしれないと伝えた。


 魔女の攻撃や巨大な魔獣の出現も考えられる中で、彼らだけを帰還させるのはあまりにも危険だ。

 ゆえに私は、彼らの滞在をバーテルに頼み込んでみた。

 本来ならば責任者に頼まなければならないところだが、そのヴェロウが不在なのだから仕方がない。


 バーテルはまた、私達がここへ来た時のように街中へと走って行った。

 しかし、ヴェロウは不在で……と、流石にもう理屈も理解出来た。

 ヴェロウとは別に、この関の管理をしている責任者がいるのだろう。今朝もその人物に確認したのだ。


 そうして許可を貰い、部隊が泊まる場所も融通して貰って、私はそれからやっとアルバさんの家へと戻った。

 ヴェロウと話が出来たとしても今日のうちに出発は難しかったのだから、もっと早くから手を打っておくべきだった……と、少しばかり自分の不手際を後悔しながら。


 そして、夕暮れの少し前に家へと戻ると……


「……ゆ、ユーゴ。そんな顔をしないでください。何も手伝いから逃げていたわけではなくて……」


「……アホ。間抜け、バカ、デブ」


 で……その、ですから、体型を揶揄するのはそろそろ勘弁してください……


 ひとりだけが畑仕事を手伝わなかったことを怒っているのか、それとも他にまだ理由があるのかは分からないが、ユーゴはむすっとした顔で私を出迎えてくれた。


「あっ! フィリア! おかえり! もうすぐごはんだよ!」


「エリー、ただいま戻りました。そうですか、もうそんな時間で…………そ、そのくらいは手伝わなければなりませんっ」


 いけない。恩を返さなければならないアルバさんに、これ以上無礼を働くわけには。

 私は慌ててキッチンへと向かい、すみません、遅くなりました。と、まず謝罪の言葉から述べて……


「……んむ、おかえり、フィリア。もうすぐ出来るかラ、もうちょっと待ってテ」


「なんだい、もう帰ったのかい。なら、アンタはエリーの相手をしてやりな」

「ユーゴもあのアギトって小僧も、とっくに疲れ果てて振り回されちまってるからね」


 すぐに手伝おうとしたのだが、そこには料理をしているアルバさんと、それを手伝うミラの姿があった。

 いや……むしろ、アルバさんにある程度の指示を受けながらも、ミラが主体となってご飯を作っているようだ。


「この娘は器用だね。覚えも良いし、そもそもこういうことに慣れてる」

「あれかい、宮でアンタの身のお世話をしてる娘かい。だとしたら、それはまたずいぶんと羨ましいご身分だね、アンタも」


「え、ええと……いえ、彼女はユーザントリアから来た……」


 そうかい、ちょっと訛りがあると思ったらそういうことかい。と、アルバさんはにこにこ笑ってミラの頭を撫でた。

 ミラはそれに気持ち良さそうに目を細めて、けれど手を止めることなくにこにこ笑っている。

 少しの留守の間に、これまたずいぶん打ち解けたのだな……


「今日は泊って行くんだろう? こんな時間になってからじゃどこへも行けないだろうしね」

「なら、エリーと遊ぶついでに寝床の準備もしてきな。ずいぶん待ってたよ、あの子。アンタが帰ってくるのを」


「は、はい。すぐに」


 今晩ここに泊まらせてください。と、そうお願いするよりも前に、むしろアルバさんから言わせてしまった。


 ううん……いけない、本当に今日の私は何もかもがゆっくりし過ぎている。

 安心感から気が緩んだ……のは良いが、少し緩め過ぎているのかも……


 しかし、過ぎたことはどうにもならない。

 なら、せめて今から明日にかけては頑張ろう。と、私はキッチンを後にして、エリーのもとへと急いだ。


「エリー、エリー。あ、ここにいましたか。エリー、少し良いですか?」


 ダイニングルームへと向かえば、そこにはお皿を準備しているエリーの姿があった。


 それを一緒に手伝うユーゴとアギトの姿もあって……アギトについては、アルバさんの言う通り疲れ果てた様子だ。

 まだ体力も回復し切っていないだろうし、それにあの戦いでもダメージを負っているのだろうから、無理せず休んでくれていても良いのに……


「エリー、私達はここへ一晩泊まらせていただくことになりました。なので、一緒に準備を手伝って欲しいのです。私だけでは勝手が分かりませんから」


「とまってくの⁉ フィリアも! ミラも⁈ みんないっしょ⁉」


 はい、私もユーゴも、アギトもミラもみんな。と、私がそう答えれば、エリーは目をキラキラさせてぴょんぴょん飛び跳ねた。


 アルバさんとふたりきりなのが寂しい……なんてことは無いだろうが、それはそれとしても人懐こい子だから。大勢でいられることが嬉しいのだろう。


「こっち! こっちにね! お客さんが来たら使う部屋があるって!」


「そちらですね。案内をお願いします」


 うん! と、エリーは私の手をぎゅっと握って、ぱたぱたと廊下を走り出した。

 小さくて温かい手で、小さな歩幅で…………


「……エリー。少しの間に大きくなりましたね」


「うん、おっきくなったよ! もうフィリアよりおっきいかもしれない!」


 いえ、その、並ぶまでもなくまだ私の方が……と言うよりも、そもそも私と同じだけの背丈にまで育つことは、女の子ではなかなか…………っ。ではなくて。


 久しぶりに握った手が、前にいるエリーの歩みの速さが。

 関からここまではミラと手を繋いでいたから確かめられなかったこの子の成長が、今こうしてやっと実感出来た。そのことが……


「……フィリア? 泣いてるの? ごめんね、まだフィリアの方がおっきいよ?」


「い、いえ、背を抜かされたかもしれないと、そんなことに不安になっているのではなくてですね……」


 また、この子の無事が実感出来て……い、いけない。

 本当に今日はいろんなものが緩み過ぎている。気持ちも、涙腺も。

 また……またこうして、大きくなっていくこの子の姿を目に出来て……


 勝手に感極まって勝手に泣いている私を気遣いながらも、エリーはずんずんと廊下を進んで客間へと案内してくれた。

 今回ばかりは、彼女のこの容赦の無さと言うか、遠慮の無さに救われたかもしれない。


「ここ! ここにね! 毛布とシーツがあるって!」


 案内されたのは、以前ここへ滞在した際に使わせて貰ったのとは違う部屋だった。

 もともとは子供夫婦と暮らしていた家だった筈だから、あの時の部屋はその夫婦の寝所だったのかな。

 そして、今回は人数が多いから、このゲストルームも使って……と。


 ここだよ! ここにね! と、エリーは何度も何度もそう言いながら引き出しを開けて、ずるずると大きなシーツを引っ張り出した。

 ああ、そんな風に持っては擦ってしまいますよ。


「一緒にやりましょう。ふたりでやればすぐですから」


「うん! じゃあこっち持ってね! それでね、ここにね!」


 はしゃいだ様子で私に色々説明しながらベッドメイクを進めるエリーの様子に、今になってアルバさんの言葉が腑に落ちた。

 この子は私だけを待っていたのではなくて、私が帰って来て、皆がここにもう一日泊まると言うのを待っていた……待ち望んでいたのだな。


 それからふたりで手際良く作業を進め、終わるころには食事の時間を報せるミラの声が聞こえてきた。

 それを聞けば、エリーはまた私の手を握ってぱたぱたと廊下を走り出す。

 そんなに慌てなくても、ご飯は逃げませんよ。ふふ。


「わあ……ごちそうだね! いっぱいあるね! 見たことないのばっかり!」


「ユーザントリアの料理をいくつかミラに作って貰ったからね。いっぱいお食べ。今日食べとかないと、次はいつ食べられるか分からないよ」


 食べる! と、エリーが目を輝かせているのは、ミラが作ったと言うこの国のものではない料理だった。

 流石に大国、それも大陸の国だけに、その味には私も期待してしまう。


「……お前、料理とか出来たんだな。なんか……そういうイメージ無かったけど」


「料理と錬金術は似たようなものだもノ。アンタもたくさん食べときなさイ。帰りに何があるか分かんないんだかラ」


 どうにも失礼なユーゴの言葉にも、ミラはふふんと胸を張って余裕の表情だ。

 今更この分野については反論するまでもない、腕に自信があるという証拠だろう。

 それにしても……この子は本当に多芸と言うか、なんでも出来るのだな。


 アルバさんの作ってくれた料理、ミラの作ってくれた料理。そのどちらをも並べた豪勢な食卓を囲んで、私達は揃って笑顔を浮かべた。

 馴染みのある味も、まったく未知の味も、どちらも幸福感を高めてくれる。


 おいしいね。と、にこにこ笑うエリーに、私はやっと……ずっと実感してはいたものの、ようやくこの安堵という感情を嬉しいものだと……涙なんていらないものとして感じ取ることが出来た。




 そして翌朝、私はまた畑仕事も手伝わずにひとり家を出た。

 ち、違うのです。必ず……話をしたら、戻ってすぐに手伝いをしますから……

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