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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】

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第三百四十六話【勇者になる筈だった男の物語】



 天の勇者が魔王を倒し、ユーザントリアを救った物語。

 ミラはそれを、この世界に存在する真実だと言った。

 自らの冒険を、戦いを、成長を。紛れもない本物であると、そう言った。


 けれど彼女はこう続けた。

 この世界には、もうどこにも無い、誰も知らない真実も存在するのだ……と。


 自分の成した偉業も、乗り越えた苦境も本物でありながら、それらとはまた違う、本物の物語が存在するのだと。彼女はそう言う。


「……誰も知らない、それに誰も信じられない話だと思うワ。でも、本当の真実は別にあるノ」

「この物語の発端は、今からもう十何年も前……ハークスの家で行われた、とある魔術儀式にまで遡るワ」

「もっとも、ここを掘り下げる意味も無いんだけどネ」


 誰も彼女の言葉を遮ろうとはしなかった。

 けれど同時に、疑うことなく信じているものもいなかっただろう。


 真実がある。

 自分達も知っている、その活躍を目で見て覚えている事実こそが、ミラ=ハークスの冒険譚だ。


 それとは違う物語がある……などと、よもや本人の口から語られようとは、誰も想像しなかっただろうから。


 しかし、ミラはそんな空気にも、全員の懐疑的な目にも気を止めず、すうはあと何度か深呼吸を繰り返してからまた語り始める。

 彼女曰く、本当の物語とは別に存在する、真実というものを。


「……天の勇者の物語と私の知ってる本当の旅には、第一歩目のところから大きな違いがあるノ。それは、私がひとりでアーヴィンを出発したってところ」

「当時の騎士団長に招待されて、マーリン様と会う為に王都を目指して旅を始めタ……ってところからもう、話は違ってきちゃうのヨ」


 私はひとりじゃなくて、もうひとりの仲間を連れて旅に出タ。と、ミラはそう言った。

 その時点で、彼女が言いたいことはなんとなく分かった。


 そのもうひとりの仲間というのがアギトなのだろう。

 そして……私とユーゴだけがなんとなく察せられるもうひとつの事情――発端となった魔術儀式というものが、きっと召喚術式なのだ。


 物語の中のミラは、たったひとりで冒険を始めた。

 けれど、真実は違う。

 誰にも秘匿されるべき儀式であろう召喚によって現れた仲間……アギトと共に、彼女はふたりで旅を始めたのだ。


 そう考えれば、アギトの言動や行動、それにふたりの信頼関係にも納得がいく。

 魔王を倒す旅を、勇者としての冒険をともにした仲間であれば、当然その間には計り知れないきずなも生まれようものだ。


 ただ……


「……女王陛下はお察しいただけたようですネ。ですが、そのことは他言なさらぬようお願いしまス。それから……」


 ただ……ならば、どうして他の誰もがアギトの活躍を知らないのだろうか……?


 物語には、儀式の秘匿の為に記載されなかった……としても、彼女と冒険をともにした……戦い、旅をし、多くの場所で活躍したのであれば、ミラの活躍を知る彼ら騎士団が、アギトの存在を――その活躍を知らないなどあり得ない。


 私の中にはそんな疑問があった。それをミラは見抜いていたのだろう。

 他言せぬように。と、そう釘を刺した上で、彼女はこう続けた。


 そのことを掘り下げなかったのは、今ある異常に大きく関与しないからでス――と。


「陛下も、それにみんなもなんとなく察してる通り、その仲間ってのがアギトだったノ」

「私はアギトとふたりで、ただの旅人として出発して、途中で仲間が増えたり減ったりして、そして……マーリン様と出会って、そこからは勇者としての冒険が始まったワ」


 その旅自体には、物語の中と真実との間に大きな差も無いワ。と、ミラはそう言うと、またちらりと扉を見た。

 アギトを……旅をともにした仲間を気に掛けて。


「……そうして私達は勇者として、まずマーリン様に認めていただき、真の勇者として大勢に――国に認めて貰う為にと王都ユーゼシティアへ向かったワ」

「それからのことは、みんなもなんとなく知ってるでしょウ」


「知ってるも何も……俺達は嬢ちゃんの活躍をずっと見てたんだ」

「巫女様がバカやった懲罰に軟禁されて、嬢ちゃんは指導を受けられなくなって、その間はずっと俺達に混じって仕事をこなしてたんだ。だけど……」


 ヘインスはミラの問いかけに、ややまくし立てるように、焦ったような口調で返事をした。

 当たり前に知っていることだ、目の前で見て来たことだ……と。

 けれど……


 だけど。と、ヘインスは言葉を詰まらせる。

 彼の中には大き過ぎる疑問があるのだ。


 自分は間違いなくその旅の終わりを……勇者として成長する為の旅の終着点を知っている。

 けれど、その場所にはアギトという少年はいなかった。


「そう……ね。私はふたりで旅を始めタ。そして……マーリン様を含めた三人で王都に到着したワ」

「でも……私を知ってる人はみんな、私がひとりで王都までやって来たと思ってル。そして……それも間違いじゃなイ」


「それも……って……どういうことだよ」


 もしや……と、ふと頭に浮かんだ可能性は、アギトが旅の途中でいなくなった……別の場所へ向かったか、あるいはどこかへとどまったか、とにかく、王都へは来なかった……という可能性だ。


 論理的に考えれば、これ以外にはあり得ない。

 王都には来ていない。誰もその存在を見てないし、活躍も知らない。

 そしてミラは、それも正しいと言った。


 ならば、アギトは王都には来なかったが、旅の途中までは一緒だった……と、そう考えれば辻褄は合う。

 けれど……当然、そんな単純な話でもない……のだろう。


「私達は三人だっタ。でも、ふたりでもあっタ。どっちも正しい真実なのヨ」

「ただ……一個だけ、みんなが知ってる真実の中に、嘘が混じってるノ。最後の最後……魔王を倒す戦いの中にネ」


 嘘……?

 その言葉に、眉をしかめたものも少なくなかった。


 その活躍を――自らの偉業を、嘘の混じったものであると、よりにもよって自国の英雄がそう語るのだ。

 それを良い顔で聞いていられないのにも無理はあるまい。


 だが……そうでなくとも疑問は尽きない。

 嘘などと言われても、それ自体には不自然さは無いだろう。


 だって、魔王を倒す戦いにおいて、最後の場に立っていたのは、彼女と、彼女を導いた大魔導士と、黄金騎士の三人だけだった筈だ。


 ならば、ユーザントリアにて周知されている戦いは、あくまでも彼らの語ったものに過ぎない。

 それが……例えば、魔王はあっさりと倒されたが、それでは味気ないから……と、やや過剰な誇張を含んだとしても、誰にも看破出来ない嘘になるだろう。


「……魔王を倒すその瞬間に、私達は四人だったノ」

「星見の巫女マーリン様。黄金騎士フリード様。それと私……ミラ=ハークス」

「その三人と……もうひとり。私がアーヴィンを出発した時から一緒だっタ、誰よりも信頼を寄せた仲間を含めての、四人」


「……ちょ……ちょっと待て嬢ちゃん、話がよく分かんなくなってる」

「アギトが昔から嬢ちゃんと付き合いがあって、巫女様と一緒に旅をした時期もあった……ってのはまあ分かった。そういうこと……だよな、さっきの話は」

「それで……だけど、途中で別れて……別れたから、王都には巫女様と嬢ちゃんだけで……」


 ヘインスの言葉に――私の中にも浮かんだ可能性に、ミラははっきりと首を横に振った。


 そして、答えた。

 そうではない。けれど、それもまた真実を含む。そんな意味の言葉を。

 だが……


 真偽の両方の側面を併せ持つ……などと言われては、私達に納得など出来るわけも無かった。

 三人だったがふたりだった。

 三人だったが、四人でもあった。

 魔術師であるミラらしからぬ、まるで理屈の通らない、酩酊した浮浪者の言葉のようではないか。


 けれど、ミラは私達の質問を、疑問を、ひとつも許さなかった。

 最後まで話を聞いて欲しい。それから判断して欲しい。と、そればかりだった。


「……魔王との戦いは激しいものだったワ。マーリン様の魔術すらをも相殺し、フリード様の膂力を以ってしても打ち倒せない巨体が、私達を襲い続けタ」

「私は……はっきり言って、大した役には立ってなかったでしょうネ」

「でも、それでもめげずに、諦めずに、前を向いて戦い続けたワ。戦い続けられタ。戦う理由がそこにあったかラ」


 ミラはそこでまた大きく息を吸った。

 そこからはみんなも知ってる通りにことが進むワ。と、そう言ってからは、先ほどヘインスが語ってくれた魔王との戦いをなぞるだけのものだった――ように思えた。


「マーリン様が魔王の火炎魔術を相殺し、フリード様が龍の首を破壊し続けタ」

「そして……おふたりがその両方を抑えきってくださったその瞬間に、私は無防備になった魔王の本体へと迫ったノ」

「そして……そして…………」


 そして……と、ミラは扉の方を振り返った。

 その先にいるアギトの方を……寂しげな顔でじっと見つめて……


「――そして――九本目の龍の頭が出現して、私はそれにすり潰されて死ぬ……筈だっタ。でも、そうはならなかっタ」

「その時、アギトが私の背中を押してくれたかラ」

「アギトが――私の代わりに攻撃を受けたかラ」

「アギトは――――私の代わりにそこで死んだノ――――」


――これからが、どこにも存在しない本当の物語――

 ミラはそう言って、ゆっくりとこちらへと顔を戻した。

 そこにはもう、寂しげな表情も、せつなげな表情も無く、ただただ険しい、後悔だけがあった。

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