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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第三百三十七話【覚悟の詰まった場所】



 長く、遠い時間が経ってしまった気分だった。

 私達はまた、ダーンフールの砦へ…………特別隊の皆で作り上げたひとつの成果へとまた戻って来たのだ。


 けれど、ここには誰もいない。

 ジャンセンさんも、マリアノさんも。彼らに見出された精鋭達も、誰も。

 あの時共に戦ってくれた誰もが…………


「……っ」


「――陛下!」


 そんな思いが腹の奥底から湧き上がれば、私はもうまともに立っていることも出来なかった。

 視界が歪んで、膝に手を突いて。ミラに支えて貰って、ようやく倒れずにいることが出来るほどに。


 情けないことに、私の身体は……心は、この場にある美しい思い出を、ただ胸を切り刻むばかりの後悔としてしか認識出来ていないらしい。


「ユーゴ、部屋へ案内しテ。陛下、しばらくお休みくださイ。長旅でしたし、ゴートマンとの一件以来ほとんど働きづめでしたかラ」


「……すみません、ミラ。私は……まだ……私は……っ」


 乗り越えなければならない。と、ずっとそう思ってきた。

 そして、アギトとミラに出会って、これまでに何度も助けられて――また新たに縋る場所を見付けられて、もう大丈夫になった……と、思い込んでいた。


 しかし、結果がこれだ。

 大切な仲間を失ったことが、その思い出に触れることでより鮮明な後悔として思い出されてしまう。


 あの時、去り際に交わしたジャンセンさんとの何気ないやり取りが。私達を送り出してくれた伯爵の言葉が。どうしても……


「……フィリア、しっかりしろ。ここにはアイツらがいる……アイツらとの思い出があるんだろ。なら、だらしないとこ見せるな。もうマリアノは殴ってくれないぞ」


「……っ! ユーゴ……」


 どれだけ歯を食い縛っても震えが止まらない私に、ユーゴはそんな声を掛けた。

 彼だってまだその恐怖は拭えていない……むしろ、私よりももっと大きな苦痛を味わった筈なのに。


 もう立ち直ったのか。向き合って、それでも圧し潰されないだけの気力を手に入れたのか。と、私は驚いて彼の方を見た。けれどそこには……


「……ユーゴ、アンタも無理はしなくていいワ。ここ、砦なんでショ。準備はこっちでやっとくかラ、アンタも休みなさイ」


「っ。俺は平気だ! 何も無い!」


 顔を真っ青にして、私と同じように震えているユーゴの姿が……震えているのに、私と違って気丈に振る舞うユーゴの姿があった。


 彼が無事なわけが無い。そんなことは考えるまでも見るまでもなかった。

 それでも、一瞬ですらそうであるかもと思った……思えてしまった。それだけの振る舞いを彼がしたからだ。

 私よりも苦しい筈のユーゴが、だ。だったら……っ。


「…………ミラ、お願いがあります。この砦には多くの機能が……部屋、施設が備わっています。私が説明しますから、一緒に皆を案内してください」


「……はっ。かしこまりましタ、女王陛下」


 この場所は、ただ悲しい思い出だけが詰まった棺ではない。

 ジャンセンさんが作り上げた、未来を掴み取る為の活動拠点だ。


 ジャンセンさんは確かに言った。この砦は、魔人の集いを解体する作戦の為に建てられたものだ、と。

 そして同時に、その後にこのダーンフールを街として復興するきっかけとするものだ、と。


 この砦には未来が詰まっている。

 ジャンセンさんが思い描いた、この国をより良くする為の、それに必要なあらゆる道具が。

 今まで安全なランデルであれこれと悩んでいたことが馬鹿らしくなるくらい、この場所には答えに近付く為のものがいくらでもあるのだ。


「皆、私に力を貸してください。この場所には数多くの施設が、兵器が備えられていますが、これらを準備した指揮官はもういません。その意図を、使い方を、皆で共に考えて欲しいのです」


 私の頼みにいの一番に返事をしたのは、部隊長であるヘインスだった。

 それから部隊の皆も続々と声を上げてくれて、最後にはユーゴも渋々ながら頷いてくれた。

 彼の場合、協力が嫌だったわけではなくて、こういった決意表明が恥ずかしかっただけだろうが。


「……っと。ミラ、先に部屋へ案内しますから、アギトはそちらで……」


「っ⁈ じょ、女王陛下、俺も……わ、私も協力させてください! 身体でしたら大丈夫ですから!」


 いえ、とても大丈夫には見えませんので……


 たった今までふらふらして、ミラに支えて貰ってようやく立っていた私が言うのもなんだが、アギトの体調はやはり悪い。

 ミラが私の方へ来てしまったから、馬車に寄っかかってぎりぎりで立っている感じだし、顔色も悪い。それに……


「いいえ、貴方は休んでください」

「貴方はユーゴと互角以上に渡り合った、特別な戦力として計算しています。それがいつまでもそんなにふらふらしていたのでは、これからの作戦を立てられませんから」


「そうヨ、このバカアギト。陛下はアンタの心配をしてるんじゃなくて、戦力の低下を心配してるノ。付け上がってのぼせてんじゃないわヨ」


 そ、そんなことも無いのだけれど……だが、それでアギトが引き下がってくれるのならば、そういうことにしておこう。

 しかし……ううん。少しだけ胸が痛むな……


「……分かり……承知しました、女王陛下」


「納得していただけて何よりです。では、案内します」


 それから私は、ミラに肩を借りながら砦の中へと……いえ、あの、もう私は大丈夫ですから。

 協力して欲しいと言ったのは、私では伝えきれないこと……ミラならば気付けること、私では想像出来ないことにまでフォローを入れて欲しいということであって、身体はなんともないのですから……



 そして砦の中を案内し終えると、私達はずいぶん遅くなった食事を摂って、それぞれ割り当てられた部屋に入って休むことにした。

 いつかジャンセンさんが私にとあてがってくれた部屋に……は……


「……フィリア、本当に良いノ? この部屋、どう見ても一番大きいケド……」


「はい。ふたりが使ってください。今の私は、この部隊を指揮する立場にあります。そしてそれは……それならば……」


 大きな部屋は、アギトとミラに泊まって貰うことにした。

 そして私は、ジャンセンさんが使っていた部屋に泊まるのだ。


 これは……別に、寂しいからではない。ひとつの決意の形として、だ。


「……今、私達には決定的に足りていないものが……人材がある」

「戦闘の専門化。魔術の専門家。捜索、調査の専門家。これらをミラにすべて任せてなお、まだ足りない」

「私達には、皆を勝利に導く作戦を立て、それを指揮する人間が――カリスマが足りていません」


 ジャンセンさんの穴を、私が埋める。


 あの方にすぐ追い付けるだなんて考えていない、そんな思い上りはどこにも無い。

 だが、やらなければならないという責任と自負はある。


 私は女王だ。だが、女王ではない。

 ランデルの宮にいる間はまごうことなく女王フィリアだが、この砦にいる間は特別隊の最高指揮として在るべきだ。

 ならば、現場指揮を私が引き継がずしてどうする。


「それでは、また明日。ゆっくり休んでください。魔獣との戦闘が無かったとは言え、貴女はずっと気を張って周囲を警戒してくださっていましたから」

「アギトもですよ。貴方はもっともっと休んでください」


 私はふたりにそんな挨拶をして、部屋を後にした。

 アギトもミラも、なんとなく安心した顔で私を見てくれていた気がした。

 もっともそれは、不要に心配させてしまっていたという前提あってのことではあるのだが。


「……部屋借りたって別にすぐには変わんないと思うぞ。フィリアはフィリアだし、ジャンセンはジャンセンだ」


「わっ。ゆ、ユーゴ。まだ部屋に戻っていなかったのですか」


 部屋から出てすぐ、私は背後から声を掛けられた。

 声の主は、やはりユーゴだった。


 どことなく不服そうな顔で、それでも納得したと……気分は悪いが飲み下したと言わんばかりの態度だ。


「お前はジャンセンにはなれない。でも……ジャンセンだってフィリアにはなれなかった。だから……」


「……はい、分かっていますよ。ジャンセンさんのようになれるとは思っていません」

「けれど……あの方のような指揮官を目指すことは、決して間違いではないと思うのです」


 私の答えに、ユーゴはまたむっとした顔を見せた。


 もしかしたら、彼は自分がその役割を負いたかったのだろうか。

 最前線で戦うマリアノさんの役割と、それを指揮するジャンセンさんの役割。その両方を、ひとりだけで……


「……私はジャンセンさんほど器用でもなければ、頭も良くありません。それに、たとえこれでジャンセンさんの穴を埋められたとしても、やはり伯爵の不在は大きな痛手になるでしょう。ですから……」


「分かってる。俺がマリアノ以上に強くなって、全部ぶっ飛ばす」

「まあ……マリアノみたいになんでも出来るようになるのは、もうちょっと先だけど」


 うん。そうだな。私達は今まで、ジャンセンさんとマリアノさんに守られてばかりいた。

 そして……最期までそれは変わらなかった。変えられなかった。


 だが、もうふたりはいない。ならばこれからは、あの背中を追って進むしかないのだ。


 私もユーゴも何も言わずに小さく頷いて、お互いにそれぞれの部屋へと戻った。

 ユーゴはユーゴで何か願掛けがあるのか、それとも繊細なだけか、以前泊っていた部屋をまた使うようだ。

 マリアノさんが使っていた部屋は……今は、誰も使っていない。


「……ふう。明日……何が起こってしまうのでしょうね」


 ユーゴとも別れて、部屋の中でひとりになってしまうと、どうしても不安が頭の中を満たしそうになる。


 けれど、幸か不幸か…………いいや。きっと人為的に、この部屋にはジャンセンさんの面影が……私物や彼の生活の痕跡が無かったから、それ以上あの瞬間を思い出すことは無かった。


 もしかしたら、ジャンセンさんは覚悟していたのかもしれない。

 自らの死――この場所へ帰れない未来を。


 そして……そうなった時に、この場所に何かを遺せば、私やユーゴが立ち直れなくなりかねない……と。


 ベッドに横たわって、もう一度じっくりと部屋の中を見回してみる。

 それでも、やはり何も遺っていない。


 寂しい気もしたけれど、それもまたジャンセンさんらしいと思えたら少しだけ気が楽になった。


 気を楽にすると、すぐに睡魔はやって来た。

 ああ、ありがたいことだ。これ以上長くこの暗闇にいては、余計な考えごとばかりをしてしまいそうだったから。

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