第三百三十三話【熱気と根拠】
ゴートマンを捕縛した今こそ、魔女を討つべきだろう。
ようやく起き上がったばかりのアギトが、そんな提案をした。
普段の彼からは考えられない発言……のように思えた。
怯えた様子も、気負った様子も見せずに、自然体でそんな暴挙を提案したのだ。
ミラに引っ張られて無茶をすることがあるとは聞いていたし、目で見て理解もしていたつもりだ。
だが……彼自身の意志で、これほどまでに危険な提案をするなどとは……そんな人物だとは思っていなかったから……
「あ、アギト……その……言わんとすることは理解出来るのですが、勝算は……策はあるのでしょうか」
「いえ、もちろん、なんの考えも無しにそんな提案をするような人物とは思っていませんが……」
ならば。と、まず頭に浮かぶのは、彼が何かに気付いた――魔女に対する決定的な対策を思い付いたという可能性だろう。
もしもそうであるならば、これほどまでに大きな前進は無い。
もちろん、それが正しいかどうかは分からない。彼とて、魔女のすべてを知るわけではないだろうから。
しかし、だ。
それが有効かどうかに関わらず、今までにはひとつとして弱点らしいものも、倒す算段を立てる為の手掛かりさえも分かっていなかったのだ。
つま先をほんのわずかに引っかけられるだけでも、これからの行動にある程度の指針を持たせられる。
その違いは間違いなく大きい。
「え……えっと……その……策……と言うか、そのですね。あの……えー……そ、そういうのは無いんですけど……」
「っ⁈」
な――無いのですか⁈
で、では、もしや彼は、一切の策も、根拠も、自信も無しに、そろそろ魔女を倒しておかないとまずいだろうと言い始めたのだろうか。
な、なんと……それではまるで、無責任な決議を繰り返す議員と同じではありませんか……
「……なるほど、ネ。アンタの言うことも一理あるワ」
「っ⁉ な、何も言っていないと思うのですが⁈」
そんなアギトのうろんな発言に、よもやミラまで同意してしまうなんて。
しかし、ミラにはアギトには無い自信……根拠か確信か、どこか納得して落ち着いた様子があった。
「フィリア、一回冷静になってみたら良いワ」
「ここで魔女を倒しておかないと、後になったらもう手遅れになる可能性が高いのヨ。そういうことを言いたいのよネ、アンタは」
「そ、そうそう! そういう感じの……」
いえ、その、当事者であるアギトがなんだか混乱した様子なのですが……
しかし……はて。後になれば問題が大きくなる……それこそ、手遅れになってしまうとは、いったいどういう…………っ!
「……そうヨ。魔女は魔人に……人間にその力を与えていタ。教えたのか、分け与えたのかは知らないケド、そういう行為をした――それに意味があると考えたノ。なら……」
「……ゴートマンが行動不能になった今、また別の誰かに別の力を与えてしまうかもしれない……と」
それは……っ。
やっとのことで私もアギトの真意に辿り着けた。
彼は今、第二第三のゴートマンを――あるいは人心を支配する能力よりも危険な力を振るう敵の出現を懸念しているのだ。
「その……無責任だし、人任せだし、それに……押し付けに等しい考え方だとは分かってるんですけど。ユーゴの強さは、強い相手を見れば見るほど高まっていくもの……だと思うんです。なら……」
魔女と同等に戦えるような強さを手にするには、やはりその強さを目前にして、かつての恐怖心を乗り越えるしかないのではないか。と、アギトは悔しそうな顔でそう言った。
「分かってます。ユーゴが進化し切る前に全滅したら終わり……それを避ける為に、今度こそ確実に勝つ為にって色々準備を進めて来ましたから」
「でも……結局のところ、切り札はユーゴの成長以外にあり得ない。だったら……」
「敵意や害意を感知出来ない以上、新たなゴートマンの出現はユーゴの命に届き得るワ。手をこまねけば、切り札そのものを失いかねなイ」
魔女そのものよりも、魔女によって新たに出現する魔人が――意図的に気配を消し、ユーゴの命を狙いかねないものを危険視すべきだ。と、ふたりはそう考えているようだ。
「……たしかに、道理ですね。どこからともなく現れることを考えれば、もちろん魔女の急襲も危険極まりない可能性です」
「ですが……それ以上に、一般人に溶け込まれて、その中からユーゴを狙われでもすれば……」
俺はそんなのにやられない。と、ユーゴは私の背中を叩いてそう言ったが……しかし、どうだろう。
彼とて不意打ちにはどうしても弱い。
それに……ジャンセンさんがいつかやったように、敵意や害意を隠したまま接近し、攻撃した場合は、一切反応出来なかったのだ。
今のユーゴは、隠さずともその攻撃意思を感知出来ない状態にある。
であれば、もしもジャンセンさんのような頭の切れる人物に能力を付与された場合……
「あのゴートマンがどこまで情報を共有してたかは分からないケド、フィリアとユーゴはもちろん、私とアギトもとっくに存在を把握されて警戒されていると考えるべきでしょうネ」
とすれば、やはりミラかユーゴのどちらかを真っ先に狙われてしまうだろう。
もしも初めに攻撃されたのがミラならば――反応速度も人並み外れており、警戒心も高く、そもそも他者の気配や意識に敏感な彼女ならば、あるいは撃退することも可能だろう。
だが……
「……なんだよ、その顔。俺が負けるとか思ってんのか」
「……面と向かい合って戦えば、貴方はどんな存在にも負けないでしょう。ですが……」
向き合えなければ、ユーゴには幼い精神性と、普通の人間の体力しか備わっていない。
事実、あのゴートマンにも、不意を突かれて意識を昏倒させられているわけだから……
「……っ。しかし……本当に、今の私達で魔女を……あの無貌の魔女を倒せるのでしょうか……」
それでも、簡単には決断出来ない。
だって、あの魔女は……あの化け物は、ユーゴがあれだけ強くなって、ジャンセンさんやマリアノさんの手助けがあってなお、私達を全滅にまで追いやったのだ。
それを、バスカーク伯爵の手助けのおかげで、こうしてやっとの思いで生き延びているだけ……なのに……
「何言ってんのヨ、フィリア。その為に私達がいるんじゃなイ」
「……ミラ……」
ふふん。と、ミラはなんだか得意げな顔になって、胸を張って腰に手を当てた。
自信満々、魔女なんて簡単に倒して見せる……と、今にもそう言い出しそうなその姿は……
「私は天の勇者――魔王を討ち果たした勇者ヨ」
「理不尽さでは魔女の方がたしかに上だケド、単純な強さなら魔王の方が何倍も厄介だっタ。その魔王を倒したのは、他でもない私なんだかラ」
「え、えっと……ごほん。ミラのよく分かんない自信は置いといても、こっちにはまったく勝算が無いわけじゃないと思うんです」
「その……絶対勝てるってほどでもないですけど……」
ごつん。と、鈍い音がしたのは、なんとも歯切れの悪いアギトの頭頂部を、ミラが拳で思い切り殴ったからだった。
い、今のは……っ。見ているだけでも痛い……
「勝つわヨ。ここで負けたらマーリン様に合わせる顔が無いもノ」
「それに……理不尽なんて、今まで何回だって乗り越えてきタ。私とアギトに不可能は無い、断言するワ」
「……い……いたい……っ。たった今、乗り越えられそうにない理不尽に襲われて、俺の脳天がカチ割れそうになってるんだけど……っ」
ごつん! と、さっきよりも大きな音がしたと思えば、アギトはたまらず頭を抱えてベッドの上を転げまわった。
ミラはどうしてそう暴力的なのですか……アギトに対してだけ……
「それに……もし届かなくても、ユーゴがいるじゃなイ」
「私とアギトが魔女の全部を引き出せば、ユーゴがそれを超える強さを手に入れられル」
「一回負けて、心も折られて、全部しっちゃかめっちゃかにされた以上、次には覚悟決めて向き合えるデショ」
「――っ。負けてない、折られてない。それに、お前らなんかいなくても絶対倒す」
ミラの挑発じみた言葉に、ユーゴもやや乗り気になってきてしまった。
だが……本当に大丈夫だろうか。
ミラの強さは本物だし、頼りにもしている。アギトの提案も、その根拠も理解した。だが……
「お願いします……女王……さま……っ! 時間を掛けてじっくり攻略するのも確かに大切です。でも……理不尽を相手には、機を逃さないことが何より重要なんです」
「俺達はそれを理解出来てなくて、何回も何回も失敗しました。だけど……」
「アギト……」
何回も……か。そんなにも多くの修羅場を……理不尽を相手に戦い抜いて来たのか。
では……彼らのこの判断――直感じみた決断は、信用しても……いや、賭けてみても良いものなのだろうか。
「フィリア、私からもお願いするワ」
「時間が経てば、魔女は多くの戦力を手に入れル。魔獣を生み出し、魔人を作り上げ、いつかは到底手の届かないところまで行ってしまウ」
「それだけは絶対に避けなくちゃいけないノ」
「……ミラ……っ。分かりました。では、アギトの体力が回復し次第、北へと遠征に出ましょう」
私の決定に、アギトもミラも、それにユーゴまでもが明るい顔を見せた。
彼らには不安など無いのだろうか。
魔女というものの強さを、恐怖を知っていながら、それと向き合うことに戸惑いは無いのだろうか。
もしかしたら、ゴートマンの捕縛に成功したことで、一時的に神経が麻痺しているのだろうか。
だが……あるいは、この勢いに乗ることこそが唯一の勝機かもしれない。
私自身も少し麻痺しているような自覚はあったが、それでも彼らの意志に賭けてみたいと思った。




