第三百二十八話【ちょっとやることがある】
ユーゴが最大まで進化してなお倒せなかった相手に、少しの話し合いで解決策などが思い浮かぶわけも無く。
結局大したアイデアも出せないまま、私達はその日を終えた。
と言っても、まだ日も暮れていない。
三人で話をしていられる時間が終わった……と言う意味で、だ。
「なんだよ、遅かったな。いつまで遊んでたんだよ」
「ユーゴ、こんなところにいたのですか」
一連の騒動を引き起こした元凶……そのすべてというわけではなくとも、ゴートマンはこのヨロクや他の街が孤立するきっかけを作った張本人だ。
捕らえたとあれば、その事実を活用しない手は無い。
手柄を誇示するようで良い気分ばかりでもないが、そうも言っていられまい。
「アイツ捕まえたからな、何かしら手続きとかするだろうと思って。先回りしてたのに、お前全然来ないんだもん。サボるなよ、王様なんだから」
「さ、サボっていたわけではないのですが……」
問題は解決された。
ひとまずであっても、それがすべてでなかったとしても、この事実を広めることは重大な意味を持つ。
街に危険が訪れて、それによって苦しい思いをして。
けれど、最終的には問題の大本が取り除かれた……となれば、誰しもが安堵と歓喜に頬をほころばせるだろう。
街を解放する――魔獣の脅威から遠ざけるというこれまでの目的と同じく、このヨロクの人々を苦しみから遠ざけることが出来る。これを疎かにするわけにはいかない。ただ……
ゴートマンに人々の恨みを向けさせる……という、あまり望んでいない結果も引き起こしてしまいかねないことだけが気掛かりだ。
確かに悪人ではあったが……しかし……
「……? おい、フィリア。突っ立ってないで働け。なんかするんだろ、知らないけど」
「何もすること無いなら俺の手伝いしろ。なんかいろいろ押し付けられて大変なんだ」
「あっ、す、すみません……押し付けられたのですか……? 貴方に……ヨロクの仕事を……?」
いや、きっとその部分は彼なりの言葉選びと言うか……何かさせて欲しいと意欲的に仕事を買って出たが、そういう勤勉な態度をあまり見せびらかしたがらない子だから。そこは良い……のだが。
「み、見せてください……ふむ……これは……だ、誰ですかっ! ユーゴにこんな仕事を任せたのは!」
「……? なんかまずかったのか? まあ……宮で手伝いしてるとは言え、役人でもないしな。見ちゃいけないやつがあったなら、出来るだけ忘れるけど」
見てはならない守秘義務のある書類は幸い見当たらなかったが、問題はそこではない。
ユーゴに預けられていたのは、ヨロクの街の防衛費用……砦の強化や人員の募集と言った、様々な金銭の出入りの、その中の特に軍事的用途に限られるものの決済書類だった。
もちろん、これを一般人に見せてしまうことも問題だ。
だが、ユーゴは私と共にここへ何度も来ている人物で、彼らからすれば宮の人間であるように思えても不思議は無い。
だから、そこは良いのだ。良いのだが。
「も、申し訳ございません、女王陛下。仕事を手伝っていただけると言うものですから、何が得意かと尋ねまして、計算はそれなりに慣れてきたとのことでしたので……」
「そういう問題ではありませんよ、もう」
「決済となれば、後に問題が起こった時に、責任を負う必要が出てきます。それを街の外の人間に任せていては、何かがあった際に対処が遅れてしまうではありませんか」
面倒なのは分かるし、それを押し付けても平気だと言われたら頼りたくなる気持ちも分かる。
だが、それとこれとは話が別だ。
私とて面倒ごとなどはすべてパールやリリィ、それにユーゴに丸投げしてしまいたくもなる。
だが、責任が発生する……特に大きな問題が起こりかねないものについては、やはりこの街の誰かがやらねばなるまい。
発覚したのがランデルへ届けられてからならば問題無い……いえ、あるのですが、それも多少で済むところでしょう。
しかし、もしもこのヨロクで何かがあれば……
「申し訳ございません。なにぶん、役人の数も減って手が足りていないものですから……」
「うっ……それは……すみません、私の……宮の不手際があったでしょう」
「ですが、あくまでもユーゴは部外者。何かを任せるのであれば、責任を外でも負えるものに限ってください」
じ、地味に嫌味なことを言わないで欲しい。
あんな事件があったものだから、当然役人の中にも被害を受けたものがあるだろうし、そうでなくとも街から逃げ出したものも、役場以外で働き始めたものもあるだろう。
それの補填がまだされていないことは……他の街も含め、早急に手を打たねばならないか……
と、そんな不甲斐無いやり取りを見ながら、ユーゴはなんだか不満げな顔を浮かべていた。
違うのですよ、貴方を信頼していないというわけではないのです。
ただ、やはりこの街がやるべきことは、この街の中でやらねばならないという話で……
「なんか……ちょっと上司っぽいな。フィリアもそんな風にちゃんと出来たんだな」
「っ⁉ わ、私をなんだと思っているのですか、貴方は……」
想定外の暴言を投げられてしまった。
不満があったのは、私がまともそうに振る舞っていることへ……だったのか。
な、なんて理不尽な……
「まあいいや。フィリアが来たなら、どっちにせよその手伝いしなくちゃいけないからな。それで、俺は何すれば良い?」
「……こほん。そうですね……」
ユーゴに何を任せるか……か。
ふむ。と、私が考え込み始めると、ユーゴはやはり不満そうな顔になってしまう。
私が真面目にしているところがそんなにも気に食わないのですか……
「……ゴートマンを捕縛したことを、この街全体に広める必要がある……と、まずはそう考えています。とすれば……」
「……宣伝するのか。あんな奴捕まえたことを。わざわざ」
わざわざとか言わないでください。
たしかに、バカらしいことに思えてしまうかもしれない。
だが、成果を、安全の確保を声高に宣言することも、また責任者としては必要なことなのだ。
通達が無ければ、皆はずっと怯え続けることになってしまいかねないのだから。
「それで、どうするんだよ。チラシでも作るのか? それか演説でもするのか」
「そうですね……本来ならば放っておいても勝手に広まってくれるところでしょうが、今回はそれを意図的に、素早く広めたいところですから」
「であれば、やはり直接訴えるのが最良でしょうか」
手段についてはなんだって構うまい。
演説であれなんであれ、企画さえすれば話はより早く広まる。
大きな街ではあるが、情報の流布に問題が発生するような規模でもないのだし。
「ただ……その前にですね、まだやらねばならないことがあるのですよ」
話を広めるのは簡単だ。
だが、その前にやらねばならないこと……気を付けねばならないことがいくつかある。
まず、それをして本当に大丈夫かの確認だ。
もちろん、ゴートマンはいなくなったのだから、その事実を伝えることそのものに問題がある筈も無い。ただ……
「街が平和になった、もう脅威は襲って来ない……と、そう宣言して、その直後に魔獣の群れが襲いでもすれば、これまで以上に被害を出してしまいかねません」
「今回確保された安全は、あくまでもゴートマンによる被害の可能性を断ち切っただけに過ぎませんから」
しかし、人の話にはどうしても不確かさが付いて回ってしまう。
危険な魔人はいなくなった。と、初めはそう話をしていたとしても、どこかで少し間違ったり、歪んで伝わったりしてしまうことは少なくない。
そもそも、住民はゴートマンなど知らなかったのだから、なおさらだろう。
それに、時間が経てば変質はもっと顕著だ。
話が広まり切って十日もすれば、街の外でさえ安全であると誤認するものが出かねない。
魔獣の数そのものが減っている事実が本当にあるからこそ、そういった間違いが広まりかねないのだ。
「ならば、私達はその間違いを間違いでなくしておく必要があります」
「今はミラも友軍の皆もいてくださいますから、徹底的に街の周囲を調査しようかと。もちろん、あの林についても、です」
「……ふーん。じゃあ……やることは今までと変わんないんだな」
そ、そんな露骨にがっかりしないでください……
ユーゴの言う通り、やること自体には変化が無い。
街の外に出て、魔獣がいないか確かめて、発見したならば可能な限り根絶する。
ユーゴに任せたい仕事と言えば、結局のところはこれに尽きるだろう。
「ま、分かりやすいから別にいいけど」
「それじゃあさっさと行こう。チビも連れてくなら急いだ方が良いだろ。ガキだから、夜寝るのも早いだろうし」
いえ、寝るのが遅くとも、今日はもう夕暮れ間近ですから。ユーゴひとりだとしても出発させませんけれど。
最悪の状況を先んじて潰しておく。その為に、まずは魔獣の調査をしっかりと済ませておこう。
これは、ヨロクでもランデルでもない、特別隊という組織を結成した私が責任を負うべき仕事だから。
どうしてもまだ今から出発することを諦めたがらないユーゴを連れて、私はまた宿へと戻った。
いえ、この役場の部屋に泊まっているので、どこへ行くというわけでもないのですが。




