第三百二十七話【足を止めさせる問題】
目的は達成した。
アギトとミラを探し出して合流するという初めの目的は達成されたのだ。
ならば、私達はいつまでもランデルを離れているわけにもいかない。
本来ならば、そう考えてすぐにでもヨロクを出発するところなのだが……
「あ、アギト……? 大丈夫……ですか? ミラ、アギトは大丈夫なのですか?」
「ん-……ま、大丈夫なのは大丈夫でしょうケド。だらしないことに、丈夫じゃないのヨ」
尋問を終えて役場へと戻った私を待っていたのは、部屋にひとりだけ取り残されて、真っ青な顔でベッドに臥せったアギトの姿だった。
「そもそも、戦うなんてことは今までやって来なかったことだもノ。魔力を消費しなくってモ、使いこなそうと思ったらそれなりに集中力が必要になる」
「それに、強化魔術で強化されるのは、運動能力だけだかラ。その不可に耐えられるような肉体は備わってないのヨ」
このへっぽこ。と、ミラは起き上がりもせずに目だけでこちらを見ているアギトのお腹の上に座り、べちべちとその頬を叩き始めた。
消耗していると知っているのなら、もう少し優しくしてあげてください……
「ま、ここまでなるとは私も思ってなかったけどネ」
「ユーゴの成長に引っ張られたんでしょウ。自分の限界を把握出来てない無茶の仕方をするのヨ、こういうバカは」
「それは……ええと……アギトはあの時、自身の限界を超えた戦いをしていた……と、そういうことでしょうか」
超えたんじゃなくて、通り越しちゃっただけヨ。と、ミラはやはり呆れた様子でそう言った。
それはいったいどう違うのだろうか……と、尋ねても平気だろうか。
その……主に、苦しそうにしているアギトをこれ以上叩いたりしないだろうか……という意味で……
「ある意味ではユーゴも似たようなものかもしれないわネ。ううん、そっくりそのままなのかもしれないワ」
「ふたりに共通していることは、そもそも戦いなんてものとは無縁に生きてきた……幼少の精神を造り上げる段階で、平和と安全に囲まれて暮らせていたことだかラ。無茶の仕方を知らないのも無理無いでしょウ」
「無茶の仕方……ですか。確かに、限界を無意識に超えてしまっていた……ということでしたら、ユーゴにもそんな兆候はありましたから」
少しだけ方向性は違うが、その話ならば私にも当てはまりそうだ。
王として必要なことを学ばず、その覚悟もせず、まったく不足の状態でその座に就いてからと言うものの、私はいつだって自分の限界を把握せずに無茶苦茶を繰り返していた。
となれば、無茶の仕方を知っているのは、この中ではミラだけ……ということになってしまうのかな?
「……ユーゴにミラにアギトに、ここにいる三名は現状のアンスーリァの最大戦力である……と、そう考えていましたが……途端に心許ないものに思えてきました……」
「王である私を始め、その三人のうちふたりもが自分の能力を把握し切っていないなんて……」
「長い鍛錬と自己研鑽を積み重ねてこその自己評価だもの、仕方ないでしょうけどネ」
「私だって、魔術も格闘も十分に鍛えたつもりだったケド、かつての旅の間には無力を痛感するばかりだったワ」
「結局、客観的な自己判断なんて、一番上まで上り詰めないと不可能なのヨ」
ミラはそんな老練なことを言ったと思えば、にこにこ笑ってアギトのお腹の上から降りて、私に抱き着いて来た。
普段通りにぐりぐりと頭を擦り付けて、これは……ふふ、甘えているのかな?
それとも、自信を失いかけていた私を励ましてくれている?
「……ところで、ユーゴはどこへ行ったのでしょうか。てっきり部屋にいるものかと思っていたのですが……」
「あ……ユーゴは……その……やっぱり、まだ俺のこと許してくれてないのかもしれないです……」
はて? と、そう言えば見当たらないもうひとりの最大戦力について疑問を口にすると、なんだか寂しそうな顔をしていたアギトが、もっと寂しそうな顔になって答えてくれた。
「許していない……なんてことはないでしょう。オクソフォンを訪問している間もずっと、貴方のことを気に掛けていたのです」
「それに……貴方と戦っている最中はずっと、楽しそうにしていたではありませんか」
「きっとユーゴも、貴方と本心からぶつかれたことが、気兼ねない関係に成れたことが嬉しかったに違いありませんよ」
そうだと良いんですけど……と、アギトはまた更にしょぼくれてしまって、仰向けになっているから俯くことも出来ないのに、目を伏せてもっと寂しそうな顔になってしまった。
本当に感情が分かりやすい人だな……
「……ユーゴがいないんじゃ、これからのことを勝手に決めるわけにはいかないわネ」
「そりゃあ決定権は王様であるフィリアにあるでしょうケド、実際に魔女と戦ったアイツの意見を取り入れないなんてのはあり得ない」
「としたら……今からの方針を決めるくらいはしても平気かしラ」
「今からの……と言うと、昼食をどうするか……と言う話でしょうか?」
あむ。と、私の返事に対し、ミラは甘噛みで応えてくれた。
違う……のでしょうね。いえ、流石にそんなのんきな話をするとは思っていません。
その……可能性がゼロだとも思っていませんでしたが……
「これからのことは、ヨロクから北へどう向かうか……どの順路で何から解放して行くかヨ。そして、今からのことは……」
「……解放の前段階、再調査の段取りを……いえ、日取りを決めるのですね」
私がそう答えると、ミラはにこにこ笑って、これもやはり甘噛みで応えてくれた。
そ、それは……よく出来ました……でしょうか。それとも……これだけの情報が出揃って、どうしてまだ間違えられるのだ…………でしょうか……?
「日取りについてはもう決まってる、アギトが動けるようになった時ヨ。決めるべきは、有事を報せる手段……何を以って私達の調査失敗とするかヨ」
調査失敗……? それは……やはり、歩き回ったが何も分からなかった……と、ふたりが私にそう報告した時……ではないだろうか。
私がそう答えると、ミラは目をジーっと細くして、ちょっとだけ歯を立てて私の腕を甘噛みした。
そ、相当怒っている……のだろうか……
「私達は一度失敗してるワ。そして、その時点でゴートマンに……魔人の集いに存在を知られてしまってル」
「魔女の考えてることも、ゴートマンとの縁の深さも、何もかも知ったことじゃないワ。でも、もしも魔女がゴートマンの仇を討とうと考えたなラ……」
私達は顔を知られ、素性を知られ、そしてフィリアと繋がっていることも知られてしまっている。
そう考えて、どこかで切り捨てるべきだと線引きをしなくちゃならないでしょうネ。と、ミラはもう愛くるしい笑みなど引っ込めて、真剣な顔でそう言った。
「もちろん、もう二度と失敗するつもりは無いワ。でも……結果としては操られなかった、最後にはゴートマンを捕縛出来た……ってだけで、私達はゴートマンに背後を取られてるノ」
「信頼してくれるのは嬉しいし、それに応える自信もあるケド、それとこれとは別」
「気取られて、待ち受けられて、連絡する間も無く殺される……なんてことは、前提として考えておかないト」
「お、恐ろしい話を……しかし……そうですね。ミラの言う通り、あの魔女の能力を……攻撃意思、嗜虐性を軽んじるべきではないでしょう」
元より軽んじていたわけではないが、より一層気を引き締めなければならないことは確かだ。
だが、今回の一件は、ミラの察知能力を以ってしても魔女の転移の魔法を感知することは不可能だ……ということを、一切の被害を出すことなく確認出来たと、そう言い替えることが出来る。
それが分かったところで、手の施しようが無いのだと思い知らされただけではあるが、知らずにもう一度……なんて迂闊な選択をしないで済むのなら、肝を冷やした甲斐もあったと……半ばこじつけながら、そう思えなくもないだろう。
「では……やはり、調査期間を厳格に定めるべきでしょうか」
「しかし、土地勘の無いふたりに、安全確認など一切出来ていない場所を調べて貰おうと言うのですから……」
時間で区切ったところで、それに合わせて撤退することにばかり意識を向けさせてしまいかねない。
期日内に戻ることを優先するあまりに調査がおろそかになったり、あるいは周囲への警戒が薄くなったりしては元も子もない。
ふたりの能力は信頼に足るものだが、彼らとて人間だ。
無理と無茶を続ければ、その反動はミスという形で現れるだろう。
「んー……こういう時、すまほがあったら全部解決するのニ。なんとかして作れないものかしらネ」
「すまほ……ですか? それは……ええと……はて、聞いたことがあるような……」
そう言えば、ユーゴも似たような単語を口にしていたか。
であれば、ミラもアギトから聞かされていたのだろう。
彼の話からだけではとても想像すら出来なかったが、なんだかとても便利で……私の知らない範囲を多分に含んで、あらゆる機能をひとつに備えた道具……とのことだったが……
連絡手段を考える。期日を考える。あるいは、もっと他の方法を考える。
失敗に終わった調査を、なんの策も講じずに繰り返すことは愚かしいことだ。と、私達は揃ってその策というものを考え続けた。
だが……簡単に思い浮かぶ程度の問題ならば、これほど困ってはいないのであって……




