第三百二十六話【滲み出す危険】
尋問は失敗に終わり、手掛かりになりそうな情報はひとつとして手に入らなかった。
いえ、その……私が邪魔をしてしまったわけなのですが……
けれど……私はどこか、そのことに安堵もしていた。
情けない……だらしのない話とは思うが、魔女の能力について詳らかに出来たとして、それを目前に嘆かない自信が無かったのだ。
あの時――すべてを失ったあの戦いの中で、ユーゴは間違いなく能力を最大に進化させていた。
剣を振るえば地面が割れ、石つぶてを投げるだけで一面に穴が開き、魔法と呼ばれた魔女の能力にも追い縋るだけの速さを見せた。
けれど……
ユーゴは勝てなかった。事実として残ったのはそれだけ。
今はまだ……ユーゴがもう一度強くなって、ミラと共に戦えば……なんて希望を勝手に抱いて心を保っているに過ぎない。
これでもし、ミラですら諦めてしまうほどの強さを持っていると知らされた日には、どうなってしまうかなどと考えることも出来そうにない。
「……すみません、ミラ。私がもう少し……いえ、もっと考えて行動していれば……」
「……? 尋問のこと? 別に、もう気にしてないわヨ」
「そもそも、素人の尋問で吐かせられるとも思ってないもノ。ちゃんと顔が見たかっただけヨ、この国のゴートマンのネ」
この国の……か。
そう言えば直接聞いたわけではないが、なんとなく予想はしていた。
ゴートマンなんて名前が本名である筈が無いし、そもそも名前を名乗る必要も無かった。
アレが偽名であるとするのなら、組織で通用している肩書きのようなものなのだろう、と。
「今までに私が戦ったゴートマンはふたり……いえ、もっと厳密には何十人もいるんだケド」
「でも、組織の中でそれなりに力を持っていタ、あるいは規模の大きな被害をもたらしたやつはふたりだけヨ」
「何十人も……ですか。では……ゴートマンという名は……」
魔人の集いに属するものの総称……あるいは、意志や理念を統一する為の、それこそ言霊めいた意味を持つ名前なのだろうか。
私の問いに、ミラは小さく首を振った。そこまでは分からないけど……と、そう言いたいらしい。
「ひとりは魔術師に恨みを持ってタ。その中でも……どんな因縁かは知らないケド、ハークスの家の名前に執着してたわネ」
「もうひとりは、組織の中に守りたいものがある……って感じだった」
「それも、アイツみたいに魔女を崇拝しているだけって感じじゃなくテ、もっと弱いものを……家族や子供を守ろうとしているような、そんな雰囲気があったワ」
魔術師への恨み、家族への執着、か。
その話の通りに紐解いて行くのならば、あのゴートマンにはこの国への……王政への憎しみというものが原動力として当てはまるのだろうな。
「……でも、あの女ともうふたりのゴートマンとの間には決定的な差があった……ように感じたワ」
「上手く言葉には出来ないケド……美学と言うか、信念と言うか、とにかく絶対に曲げちゃならないものを自分の中に持ってた気がしたのヨ」
「信念……であれば、あのゴートマンにも、絶対に私を……かつての国がやったことを許してはならない……という思いがあったのではないでしょうか」
「これから私達がどのような結果をもたらし、それで国のすべてが救われたとしても、過去のその瞬間の絶望を許してはならない……と」
それをフィリアが言うのネ……と、ミラは肩を落として目を細めた。
い、いえ……その……そう、だな。いいや、私がこれを口にしなければなるまい。
怨嗟も憎悪も受け止めねば、王政を引き継いだものとして。
「……まあ、そういう比べ方をしたらそこは一緒……なのかもしれないわネ。でも……やっぱり何かが違ったのヨ」
「ひとり目のゴートマンは、人の在り方に執着して見えタ。そういうものが、あのゴートマンにもあるのかな……って、それを確かめたかったんだケド……」
「うっ……す、すみません、私が足を引っ張ってしまったばかりに……」
うう……尋問が上手く行っていれば……情報を引き出すことは出来ずとも、その人となりについて知ることが出来ていれば……と、反省する私に、ミラはまた細い目を……呆れた顔を向けた。
「フィリアは関係無いわヨ。どうにも……うーん。昔は……って言っても、まだ何年も昔のことじゃないんだケド」
「旅をしてた頃、勇者として認められる前は、誰かの感情や大切なものを、もっともっと敏感に察知出来てた気がするのよネ」
「見ようとする景色が……守りたいものが、広く大きくなり過ぎちゃったかしラ」
勇者になるのも考え物ネ。と、ミラはなんだかよく分からないことを言い出して、困った顔で唸り始めた。しかし……
「……見たい景色が広がることは、決して悪いことではないと思います」
「それだけの力を備え、自信を備え、そして結果を出したからこそ、貴女は勇者と呼ばれているのですから」
「…………それでも、目の前で泣いてる人を助けられないなら意味なんて無いわヨ」
え……?
ミラの言葉に、私は少しだけ耳を疑った。
目の前で……と言うのは……それは、比喩……だよな……?
その……どうしてか、私には彼女が、あのゴートマンを救いたいと考えているように見えて……
「……フィリア。早めに尋問しちゃった方が良いわヨ、あの女。聞き出せるかどうかは別にしても、時間は掛けられないでしょうかラ」
「……そ、そうですね。時間が経てばまたあの魔術を使えるようになりますし、そうなれば非人道的な拘束をするしかなくなります」
「そうなってからでは、とても情報など聞き出せる筈も……」
そうじゃなくて。と、ミラは少しだけ暗い顔をして、ゆっくりと首を横に振った。
なんだか嫌なものを思い出したかのように見える。
いったい何が……彼女の知るふたりのゴートマンや、ユーザントリアに存在した魔人の集いには、いったい何があったのだろう。
「……っ! そ、そうでした。時間が経てば、あの魔女に見付けられてしまう可能性も……」
「……だから、それは無いって言ったデショ。違うのヨ、いろいろと」
ええと……?
魔女が助けに来るとは思えない……とは、ゴートマンを動揺させる為の方便……だったのではなかったのだろうか。
ミラには何か確信が……魔女がゴートマンを見捨てるだろう理由があるのだろうか。
「アイツ、諦めた顔してたワ。全部を諦めた顔。そして……私はそれを知ってるのヨ。ふたり目のゴートマンがそうだったかラ」
アイツは遠くない先に、ひとりで勝手に死ぬワ。と、ミラは寂しそうにそう言った。
ひとりで……? それは……尋問によって情報を吐露しない為に自決してしまう……という話だろうか。
しかし……それほどの覚悟があるのなら、尋問そのものを耐え切ってしまう可能性の方が……
「あの力……人の精神を支配する魔術。アレはあのゴートマン自身の力じゃない、貸し与えられているものヨ」
「そして、あれだけ大きな力には相応の対価が必要になるノ」
「厳しい制約か、時間制限か。どちらにしても、長く牢屋に留まったままじゃ到底支払えない対価がネ」
「っ! な――まさか、あの魔術を手に入れた代償が、自らの命だとでも言うのですか……? そんな魔術は聞いたことなど……」
どの文献にも乗っていなかったし、噂話程度すら耳にしたことも無い……と、それを口にしかけたところで、自分の思い上がりに気付いた。
私が知らないことくらい、世界にはいくらでもあるだろう。
少なくとも、あの魔女だって出会うまでは想像もしていなかった存在なのだから。
では……あり得る……のか?
いいや、それをあり得るものとして肯定して良いのか?
人の命を対価に成立する魔術がある……などと…………っ!
「召喚術式だってそうでショ。あの魔術は、マーリン様や魔術翁ですらその詳細を把握出来てない、何故か存在する理不尽な術なんだもノ」
「魔人の集いは……魔女は、そういう理解し難い魔術と繋がってる可能性が高いワ」
「あの女も、他のゴートマンも、その一端を貸し与えられてただけでしょうネ」
「……無貌の魔女は魔獣を番号で識別していた……魔獣を造る能力を持っていた。では……もし、それが魔術だとしたら……」
推測でしかないけどネ。と、ミラはため息をついて、それから私の手を引っ張った。
もう部屋を出よう。ユーゴやアギトのもとへ戻ろう、と。
延いては、この話をこれ以上深く掘るのは止そう、と。
不安を大きくするだけの不毛な話を、必要以上に考え込まない方が良いと、そう言いたげに見えた。
「でも、頭の片隅には入れておいテ。魔人の集いには、そんな領域の魔術師が存在すル」
「魔女じゃない、魔術師ヨ。魔法に近しいだけの力を魔術に昇華する何者かが、この世界には古くから存在するノ」
「……肝に銘じておきます」
な、なんという話を聞かされたものか。
現存する魔術そのものを造り上げた祖が、あわや魔人の集いに続いているかもしれない……とは。
ミラはどこかまだぴりぴりした空気を纏ってはいたが、出来る限りの笑顔を作って私の手を引っ張ってくれた。
もしもそんなものが存在したとしても、きっと自分が倒して見せる。と、そう言いたげにすら見える。
そんな頼もしい背中を追い掛けて、私も出来るだけ精一杯の強がりを……平静を装って、街の役場へ続く帰路へ就いた。




