第三百二十五話【あまりにもヘタ】
魔人の集いの活動拠点はどこか。目的は何か。動機、行動理念はなんであるか。
そういったミラの問いに対し、ゴートマンは一度として返答をしなかった。
私とミラをただ睨み付けるだけ。睨み付けて、半ば挑発じみたことさえ口にしながら、徹底的に黙秘を続けていた。
「……はあ。ちょっと休憩しましょウ。頭のおかしいやつと向き合うと疲れるワ」
そんなことだから、ミラは段々嫌気が差して来て、大きなため息とともにそんな泣き言をこぼしてしまった。
彼女も自分で提案したこととは言え、尋問なんてそう経験も無いだろうから。
上手く行かなければ、それにこれだけ露骨な敵意を向けられれば、どれだけの精神力があったとしても疲れてしまうだろう。
「フィリア、向こうに行ってご飯でも食べまショ。あ、言っとくけどアンタの分はまだ無いわヨ。日に二回、定刻にしか飲み食いは許されなイ」
「捕虜の人権は守るけど、必要以上に尊重したりはしないかラ」
「……くっ。くっくっく……またずいぶん甘ちゃんなことを。お前らの出す飯なんかに手を付けてたまるか。おおかた薬を盛って吐かせるつもりだろう」
それもありネ。なんて、捨て台詞に捨て台詞を返して、ミラは私の手を引いて留置所を……檻のある部屋を後にした。
ご飯を食べるなんて言っていたが、私にはとても……そんな余裕なんて……
ゴートマンは間違いなく私に対して敵意を……恨みを持っていた。
それはきっと……いや、間違いなく、最終防衛線を引いたこと、かつての王政が行った無慈悲が理由だろう。
私がやったわけではない。
だが、それを決めた人物の意志を……優しさを知ってしまったから。
以前以上に当事者意識が強くなってしまったと言うか、ただ黙って自分が悪かったのだと受け入れることが難しくなってしまっている。
「……しかし、ゴートマンを説き伏せるだけの材料も持ち合わせない……はあ。私はどうすべきなのでしょうね」
ゴートマンの恨みは正しい。
正義があるという意味ではなく、不自然なものではないという意味で。
あの恨みは自然なもの……然るべきもので、私がどう変わったとしても受け止めなければならないもの……なのだ。
部屋を離れてまた別の部屋へ……ここもやはり、私とミラ以外に誰もいない部屋へやって来て、私達はひとまず腰を落ち着けた。
存外疲れていたのだな……なんてことを、座った腰の重さに実感する。
私でこれなら、ミラはもっと……
「……フィリア」
「……? ミラ、どうかなさいましたか……わっ」
もっともっと疲れて、つらい思いをしているだろう。と、私のそんな考えは正しかったのか、ミラは部屋の外に誰もいないのを確認すると、むぎゅうと私に抱き着いた。
そして、あむあむと私の手を甘噛みし始めて……ふふ、くすぐったいですよ。
こんなにも甘えたくなるほど疲弊していたのですね。よしよし……
「あむ……むあっ! フィリア! なんでゴートマンの肩を持つようなことばっかり言うのヨ!」
「尋問なんだかラ、もうちょっと揺さぶらなきゃ意味無いじゃなイ!」
「あっ⁈ お、怒っていたのですか⁉」
ふしゃーっ! と、アギトに噛み付くときのようなけたたましい鳴き声を上げて、ミラは何度も何度も私の手を甘噛みした。
お、怒られていた……甘えられているのではなく、不甲斐なさを真剣に咎められていた…………っ。
「あむあむ……アイツの行動には奇妙な自信が……何かしらの裏付けがあったワ。それはきっと、魔女っていう大きな後ろ盾があったからだと思ウ」
「せこい話よネ。自分には何も無いくせに、大きな力が近くにあると、自分が大きくなったと勘違いするのヨ」
「うっ……な、なんだか耳の痛い話をしますね……」
フィリアにはちゃんとあるじゃない、自分自身の力が。と、ミラは手を噛んだり舐めたり、時に頬をすり寄せたりしながら そう言ってくれた。
先ほどまでは怒られていたように思っていたが……これは……こ、今度こそ甘えてくれているのだろうか……?
それとも……は、励まされている……?
「……なら、まずはそこを揺るがス。はったりでもなんでも、まずはアイツの中の魔女に対する認識を破壊する必要があるワ」
「せこいとは言ったけど、縋るものがある人間は簡単には折れなイ。それじゃ情報を吐かせられないもノ」
「……そこを……魔女に対する認識……信頼、信用を揺るがす……と言うことでしょうか。しかし……」
そんなことが出来るのだろうか。と、首を傾げていると、ミラは目を細めて私を睨み付けた。
お、怒らないでください……
「簡単じゃないでしょうネ。アイツと魔女との間にどんな繋がりがあるのかは知らないケド、少なくとも私とアギトは何されたって信頼を崩されない自信があル。アイツにもそういう確固たるものがあるとしたら……それは厄介だワ」
「貴女とアギトとの間にある絆以上のもの……ですか。ううん……」
それは……果たして存在し得るのだろうか。
はたから見ていても、ふたりの間にあるものの大きさは計り知れない。
召喚者と被召喚者。そして、今ではすでに家族と呼び合うだけの間柄になっている。
その……アギトはミラを妹だと呼び、ミラはそれを否定し、拒絶しているけれど。
それでも、ふたりが仲良しを超越した仲良しなのは見ていれば誰でも分かる。だが……
「……あの魔女にはどれだけの人間性が備わっているのか分かりません。ですが……あの強さ、能力に対して崇敬があるとするのなら……」
「簡単じゃないわヨ、間違いなく。信心深い教徒に神に背けと言ったって、そもそも彼らからすれば神は絶対のものなんだかラ」
「って……こういうこと、あんまり他国で言わない方が良いわネ。ユーザントリアでも、場所によっては咎められそうなことなんだシ」
ミラは信心深くないのですか? と、私が問うと、術師が自然に祈ってどうするのヨ。と、そう返されてしまった。
なるほど、道理だ。
魔術師は自然現象の再現を……神の行為とされる事象の再現を最終目的としている。
ならば、その地点を崇め称えては、目標として明確に定められなくなってしまう……ビジョンがぼやけてしまうところだろう。
「私の前では構いませんよ。私も……その……いえ、この国には確固たる信仰体系が存在しますが、私も術師の端くれですから」
「幼い頃は毎日協会で祈りを捧げましたし、今でも都合の悪い日には神に祈ったり、勝手に恨んだりもしますが……」
「……フィリアも大概いい性格してるわよネ。ま、嫌いじゃないワ」
「もちろん、神様に祈って毎日を幸福にしたいって人達も大好きヨ。幸せが欲しいのはみんな同じ、手段が魔術か祈祷かって差があるだけだもノ」
大きな見かたをするのだな、この子は。
幸福を手に入れる手段のうちのひとつ……か。
なら……この世界の神も知らず、魔術も使えないユーゴとアギトは、いったい何に幸福を望むのだろう。
今度尋ねてみようか。いや……流石に無礼だろうか……?
そんなやり取りを終え、軽食を済ませると、私達はまたゴートマンのいる檻の前へと戻った。
目的は……今度こそ間違えない。
情報を聞き出す、その為にまず魔女に対する信頼……信仰にも似た感情を根本から揺るがす。
先ほどは私が邪魔をしてしまったが、今度こそ……
「……意外と早く戻って来たわね。そんなに私とお話がしたかったかしら? ご飯ものどを通らないくらい恋焦がれてしまった?」
「そうネ。今はアンタが恋しくて、疎ましいワ。魔女ってのと本当に繋がってるとしたら、さっさと居場所を吐かせて叩き潰しに行きたいもノ」
「アンタの持ってる情報が恋しくて恋しくて、頭が悪いだけの気狂いが邪魔で邪魔で仕方が無イ」
い、いきなり喧嘩腰ではじまってしまった……
しかし……うん。言われてみれば、ミラの行動には一貫したものがある。
先ほども、魔女がここへは助けに来ないとか、来れないとか、来たとしても見付けさせないとか。
とにかく、ゴートマンの中にある希望を折ろうとしていたことが分かる。それを私は……
「何度でも言ってあげるわ。あのお方は私を助け出してくださる。お前程度の魔術師があの方を阻めると思わないことね」
「私程度……ネ。そのセリフ、そっくりそのまま返してやるワ」
「妄信するしか能の無い、成長を諦めた虫けら風情が、魔術を語るんじゃなイ」
「魔女に――魔法なんかに与した時点でお前は死んでるのヨ」
ふたりの間には見えない火花がバチバチと上がっていて、もしもこの檻が無かったならば……と、そんな不安さえ感じてしまう。
だが……だが、これこそがミラの望んでいたもの。
怒らせ、平静を保たせず、その上で魔女への信頼を根元から揺るがす。
ならば、私のすべきことは……
「……ま、魔女が人間なんかに手を貸すとは思えませんっ」
「少なくとも、私が見たあの魔女は、非情で、無情で、それに貴女なんて知らないと言っていましたからっ」
「…………フィリア…………」
あ、あれ……?
なんとか役に立とう……と、その一心で精一杯の嘘をついた私を、ミラもゴートマンも揃って冷たい目で……完全に冷静さを取り戻した顔で見つめていた。あ、あの……
「……くはっ! くっはっはっ! これが一国の主の姿とは……心の底から軽蔑し、この国の民を哀れに思うわ」
「……フィリア。さっきまでと言ってることが違い過ぎて、そんなんじゃむしろ逆効果ヨ……」
どうやら……私はいろいろと間違えてしまったらしいな。
ミラはこの時点で尋問は中止だと宣言し、私をまたさっきの部屋へと連れ込み…………怒りの形相で私の腕を思い切り甘噛みした。
ああ、ごめんなさいごめんなさい。反省していますから……その……ふふ。
いい子いい子……そんなに愛らしい怒り方をしないでください……ふふふ。




