第三百二十四話【その道のプロ……というわけではない】
アギトとミラは無事に帰って来た。
しかし、ヨロク以北の調査は不完全なままになってしまっている。
であれば、もう一度出発してやり直さなければならない……と、まずはそう考えた。のだが……
「――その後の具合はいかがですか。魔人ゴートマン」
何よりもまず、ゴートマンを尋問すべきだ……と、ミラがそう提案したのだった。
ランデルへの帰還を後回しにしてでも、この女からは話を聞くべきだと。
「……フィリア=ネイ……っ」
「……どうにも、貴女にはひどい恨みを買っているようですね」
「もっとも、国は街を、そしてそこに住まう民を一度は切り捨てたのです。その覚悟は出来ていたつもりですが」
ゴートマンは今、ヨロクの砦の一角に存在する留置所に捕縛されている。
もちろん、その能力を考えれば、こんなものでいつまでも捕えておけるとも思えない。
ミラが尋問を急いだのは、やはり転移の魔法を警戒してのこと……なのだろうか。
「洗いざらい吐いて貰うわヨ。まずもって、どこで私とアギトのことを嗅ぎ付けたのかってことかラ、魔人の集いそのものの目的までネ」
「……このクソチビ……支配を受け入れたフリをしていただなんて……なんて屈辱……っ」
さて。急かしたからには何か意図が、そして手段があるのだろう。
ミラは私に同行を申し出て、今こうしてふたりで檻の中のゴートマンと向かい合っている。
私も大概だが、彼女もやはりゴートマンとは因縁深い。このゴートマンとも、他の魔人の集いとも。
「転移で逃げようだなんて考えないことネ。アレはあくまでも魔女の力……まだ、人間の魔術師の手に負えるものじゃなイ」
「どうせアンタは、魔女に手を貸して貰わないと何も出来ないんでしょウ」
「……ふっ……くっくっく……何を言い出すかと思えば、ずいぶんと間抜けなガキだこと」
「こんな檻に閉じ込めたところで、あの方の力を遮ることは出来ない。こんなところ、すぐに見付けて救い出してくださるわ」
微妙に話が噛み合わないわネ。と、ミラは呆れたように首を傾げる。
ゴートマンの言い分は私にも理解出来た……のだが、ミラはまた違う視点を持っているのだろうか。
救出を待つだけしか出来ない……と言う意味では、ミラの言う通りではある。
しかし、あの魔女の能力を以ってすれば――今までも神出鬼没にどこからでも出現、撤退を繰り返していたことを思えば、こんな檻に閉じ込めたことなどはすぐにバレて……
「見付けて貰えると本気で思ってるんだとしたら、能天気にもほどがあるワ。魔女ってものをアンタはまるで理解出来ていなイ」
「探さないわヨ、わざわざ、人間のひとり程度」
「もっとも、探されても見付けさせない自信はあるケド」
「……? ミラ、それはいったい……」
簡単な話ヨ。魔女は人間に与しなイ。と、ミラは冷たくそう言い切った。
だが……本当にそうだろうか。
ミラの知る魔女がそうであったとしても、あの無貌の魔女までもがそうとも限らない。
少なくとも、あの魔女はゴートマンの頼みを聞いて私を殺そうと……
「……殺されていない……まだ、私がこうして生きている……と言うことは……」
「そう、結局はその程度ってことヨ」
「頼まれたから……なんて動機で動いてたわけじゃなイ。こんなのは話を聞いた時点でなんとなく察してたワ」
「暇だったから、たまたま耳にした出来事に首を突っ込んダだけ。別になんでも良かったノ。暇さえ潰せたならなんでも、ネ」
な、なるほど……ミラの言い分には確かに理がある。
だが……それだけの理由で断定するには、あまりにも危険過ぎる相手ではないだろうか。
例えば……たまたま、ゴートマンを助けてくれという頼みを聞かされたなら、今度はそんな気まぐれでこの砦を襲う可能性だって……
「魔女も全能じゃないワ。特定の何かを探そうと思ったら、まずはそれを知ってなくちゃ話にならなイ」
「となったら、こんなとこに閉じ込められた人間なんて、とてもじゃないけど探し出せっこないのヨ」
「し、しかし……魔女とゴートマンには面識があって、それならば……」
知っていれば……何を手掛かりとして探すのかは知らないが、ゴートマンという個人を知っている以上は、探せなくもない……と、考えるべきではないだろうか。
その……ゴートマンの肩を持つわけではないが、ミラの論はどうにも……
「……知ってるわけないわヨ、こんな女」
「魔女はネ、人間を区別出来ないノ。私達が蟻の列を見て見分けられないのと同じように、魔女も人間を見分けられなイ」
「アンタだって、言われれば身に覚えがあるんじゃないノ。魔女に力を借りる時は、いつだってアンタから探し出して、声を掛けてたんデショ」
「――っ。黙れ……あの方は必ず助け出してくださるわ! お前のような何も知らぬガキが、我々の絆を語るんじゃない!」
絆……か。私には……どうにも、ゴートマンの言葉の方がしっくり来た。
やはり、その……ミラの考えは暴論と言うか、魔女に対する偏見……固執した考えがあるように思えてしまう。
少なくとも、あの魔女は呼び出した魔獣を……その種類を、番号で把握し、管理していた。なら……
「……ミラ。かつての接触の折、魔女は魔人の集いとゴートマンを識別している旨の発言をしています。そして、それらを親愛するものとまで呼んでいました。ならば……」
「……っ! くははっ! 聞いたか! 聞いたな! クソガキ!」
「悪王の口からその言葉を聞かされたことは癪に障るが、どうあれ事実ははっきりした!」
「あの方は私を助け出してくださる! そうなれば、今度こそお前を――お前達を、残らず皆殺しにして――」
うるさいわネ。と、ミラは興奮するゴートマンとは対照的に、冷淡にそう言い放った。
そんなミラの態度にゴートマンは更に激昂して、もはや何を言っているのかも聞き取れないくらいに喚き始めてしまった。
「ああもう、うるさいってノ。アンタの能天気さはもうとっくに理解したかラ、しばらく黙ってなさイ。私は今、フィリアに説明してんのヨ」
「――っ。このクソガキ……っ。くく……決めた、決定だ。私がここを脱出した暁には、あの方にお前を殺していただこう」
「徹底的にいたぶって、動けなくなるまで叩きのめして、泣き喚きながら許しを請うお前を、魔獣どもに食わせていただくのだ」
ミラはゴートマンの脅しめいた言葉にも、一瞥すら向けることなく無視してしまった。
な、なんと言うか……普段の愛らしさ、人懐こさを知っていると、なおさら冷酷に思えてしまうな……
「あ、あの、ミラ。貴女の言いたいことは理解出来るのですが、しかしゴートマンと魔女との関係性には裏付けも取れていて、頼みがあったから殺すのだと言う発言も事実なのですから……」
「吠えたいだけ吠えさせておきなさイ。魔女が本物だとしたら、結界程度で引き下がる理由なんて無いでしょうニ」
「それでもこうしてフィリアを殺してない時点で、コイツの頼みなんて、段をひとつ越える手間さえ惜しむ程度のモンなのヨ」
っ! な、なんと。
結界とは、ヨロクよりも北にあると言う、魔獣を追い払っている結界のことだろう。
その話を聞いた時、私はてっきりそれが理由で魔女の侵攻を阻んでいるものだと思っていたが……
「もっとも、こっちからテリトリーに進入したら話は別でしょうけどネ」
「でも、コイツの頼みの為にここまでやって来ることは考えられないワ。ま、もし来たとしても見付けさせないケド」
「……? そう……そうでした」
「貴女は先ほど、魔女が探さないから……という理由だけでなく、探し出せない何かがあると、そんな根拠を持っているような発言をしていました。それはいったいなんなのでしょうか」
発言そのものをまっすぐに捉えるのならば、何かしらの手段によってゴートマンの身柄を隠蔽してしまう……と言うことなのだろうが。
しかし、それが可能である理屈が思い付かない。
魔女はどこにあるものでも見付け出せる、そして転移の魔法を適用出来る……ように思える。
カストル・アポリアで戦った際には、迫るユーゴから逃がす為にゴートマンを転移させていた。
アレが可能なのだとすれば、どれだけ頑丈な檻に入れたとしても……
「簡単ヨ。ゴートマンの魔術特性をぐちゃぐちゃに書き換えるノ」
「目で見えない場所にあるものを判別してる以上、その手段は限られル。とすれば、考えられる方法はたったひとつヨ」
「単純だけど、魔女は魔力や魔術特性によってのみ個体を識別してるんだワ」
「魔術特性……ですか。いえ、しかし……それ以外である可能性も……」
魔女と呼ばれるものなのだから、魔術に関連した方法で識別していて当然……なんて考えなのだとすれば、それはいくらなんでも短慮過ぎるだろう。
しかし、ミラには確固たる自信がある様子だ。
それを断定するに至った出来事が、ユーザントリアの魔女との間にあったのだろうか。
「……それと。ぐちゃぐちゃにしちゃえば、コイツも魔術なんてまともに使えなくなるかラ」
「そうなったら、情報さえ吐かせればコレ自体はどこに行ったって問題にはなんないデショ」
「っ⁉ ま、待ってください。いくら罪人とは言え、人権と言うものがあってですね……」
術師は法に縛られないワ。と、ミラは爽やかな笑顔でそう言って、にこにこ笑ったままゴートマンへと視線を向けた。
ど、どうしてだろう、いつもあんなにも可愛らしいミラが残酷な悪人に見えてしまう。
いえ、残酷な発言については、間違いなく耳にしたのだけれど……
おっかない考えのミラと、おっかないことを言っていた筈が、それ以上の残忍さに怯え始めたゴートマンと、それを必死になだめる私。
なんだかおかしな関係性になってしまっているが、こんなでも尋問は始められた。始められてしまった。
で、出来る限り穏便な手段で済ませていただきたいのですが……




