第三百十六話【戻らず】
アギトとミラが調査から帰って来ない。
そのことは、私達に――宮と、そしてユーザントリア友軍の全員に大きな不安をもたらした。
その実力を理解しているものほど、異常事態であると認識出来たから。
不安になったならば、すぐに行動するしかない。
今の私達には人手不足の問題が付き纏う。
その中でも特別なふたりを欠いてしまえば、オクソフォンでの収穫もすべて無意味になってしまいかねない。
「――失礼致します。ヘインス=コール、参上しました」
「ご苦労様です、入ってください」
私は友軍宿舎に連絡を入れて、部隊長であるヘインスを呼び出した。
ふたりから何か連絡が無かったか、書き残しが置いてあったりはしなかったか……なんて、そんなことは尋ねるまでもない。
どういった経緯であれ、アギトとミラをなんとしても帰還させなければ。
「貴方の目から見て、あの二名は土地勘の無さや多少の障害によって帰還出来なくなるような人物に思えるでしょうか」
「私には……とても、ただごとならざる問題が起こっているように思えてならないのです」
私の問いに、ヘインスは渋い顔をした。
彼とて信じられないのだ。アギトとミラが――天の勇者と呼ばれる自国の英雄が、なんの連絡も無しに消息を絶つなどとは。
「……我々にとって、かの二名は国を救った英雄に他なりません。であれば、当然その行動には信頼を寄せ、期待を抱くものです。ですが……」
「……? ですが……とは、何か思い当たる問題があるのでしょうか」
もしや、彼も知っているのだろうか。
いや、知らされていない道理も無いのだが、もしかしたら……という線はあるから。
アギトとミラは、一度魔女という存在に敗北している……と、本人の口からは聞かされた。
ただ……それをどれだけの人間が知っているのかまでは、私では知り得なかった。
ふたりは勇者だ。
国を救った、希望を振り撒く奇跡の存在だ。
であれば、その敗北は隠蔽されても不思議ではない。
ならば……彼が思い浮かべているのは、私の知らないあのふたりの脆さ……弱点なのではないか。
「かの二名であれば、むしろ奥深くまで侵入し過ぎている可能性が考えられます」
「特に、行動の主導権を握るミラ=ハークスにつきましては、かつては国を歩いて旅し、その果てに勇者としての才覚を開花させた経緯もありますから」
「そして……もしもそうならば、なおのこと捜索に向かわなければならないかと」
「…………そ、それは……楽しくなってしまって、ついついどこまでも進んでしまっている可能性がある……と、そうおっしゃっているのでしょうか……?」
な、なんだその和やかな不安は……
しかし、ヘインスは深刻な顔で首を縦に振ってしまう。
そ、そんな……たしかに自由奔放な子だとは思っていたが、ここまで心配されるほど好き勝手にしてしまった前科があると言うのか……
「二名に限って、魔獣や魔人に遭遇して帰還が困難になっている……とは考え難い。やはり、自らの足で進み続けた結果、簡単には帰還出来ない距離まで行ってしまっているのかと」
「そ、そうですか……しかし、そう考える方が自然……でしょうか……」
ううん。ヨロクよりも北は最終防衛線の外……危険地帯であることは間違いない。
だが、その危険の度合いについて、ミラとアギトにとっては大きな障害になるほどではないだろう。
その前提だけを考慮するのならば、ふたりは間違いなく無事だ。
だが、問題はそれ以外にも存在してしまう。
「……魔人の集い、魔女。もしもこれらの存在が彼らの前に立ちはだかったなら……どうなるでしょう。敗北する……とは思いません。ですが……」
その正義感から、逃げ出したゴートマンを追って北の地を深くまで捜索していたりはしないだろうか。
アギトも慎重な性格ではありそうだったが、ミラに引っ張られて暴走しがちなのは目にしているし……
「許可をいただければ、早急に部隊を編成し、捜索を開始致します。どうか迅速なご決定を」
「……そうですね。では、ここに。ヘインス=コール、及び友軍部隊に、天の勇者ミラ=ハークスとアギトの捜索を命じます」
ゴートマンが現れようと、あのふたりならば大丈夫だ。
だがもし……もしも、あの魔女がふたりの不意を突いて襲ったならば……っ。
可能性は低い……と、そう考えていた。
あの魔女は、何かしらの理由があってこちらへ攻撃の意思を見せていない。
そしてその理由というものが、あちらにとって不都合があるからではないか……と。
ミラは言った。ヨロクよりも北には、魔獣除けの結界が展開されている、と。
であれば、それが魔女に効力を及ぼしている可能性も低くない。
魔女本体に直接影響が無かったとしても、魔女の使役する魔獣には何かしらの影響がある筈だから。
あの魔女は、何かの意図があって魔獣を造っている。
であれば、それが機能しない――実験的な行為に意味が見いだせない状況には、わざわざ踏み込みたがらない……だろう。と、どこまで行っても希望的観測に過ぎなかったのだが。
「……重ねて命じます。捜索部隊には、私とユーゴも同行させていただきます」
「もしも……もしも彼らが、その能力を以ってしても帰還困難な状況に陥っているとしたら、ユーゴの力が欠かせない筈です」
「はっ、かしこまりました。本日中に準備を完了させますので、出発の際にはまたご命令を」
ヘインスは私の無茶な頼みに、顔色ひとつ変えずに頷いてくれた。
もしかしたら、ユーゴを同行させることは彼も考えていたのだろうか。
そして……ユーザントリアでも、私と同じような無茶を頼む人間がいる……のかもしれない。
さて、部隊の準備は出来た。
であれば、こちらも急いで準備をしなければならない。
のんびりしている間にふたりが帰って来てくれるのなら問題無いが、そうでない可能性を危惧して行動しているのだから。
私はヘインスを見送ってすぐ、ユーゴの部屋へと向かった。
書類上での出発準備も多々あるが、それ以上に……
「……ユーゴ、入りますよ」
ドアを叩いても返事は無くて、勝手に入っても文句ひとつ飛んで来ない。
そして、部屋をじっと見回せば……
「……ユーゴ……」
ベッドの上に、小さなシーツの塊を見つけた。それがユーゴなのだとは言われずとも想像出来る。
そして、その行為が意味することも。
「ユーゴ、聞いてください。今、ヘインスに頼んで捜索部隊の編成をして貰っています。私達も同行して、ふたりを探しに行きましょう」
ユーゴの頭には、あの瞬間がフラッシュバックしている筈だ。
私とてそうなのだから、彼がそれに苛まれない筈が無い。
アギトとミラが――大切な友達が、またしてもあの組織と魔女によって失われてしまうのではないか。
そんな恐怖が、ユーゴの身を縛り付けている。
ユーゴは私の言葉を聞いて、シーツから顔を覗かせた。
顔色は悪く、どこか腫れぼったい目をしていた。
「……そうだな。アイツら、アホだから。特にチビは暴走しそうだしな」
「だから、バカみたいに走り回って、勝手に迷子にでもなってるんだろ」
「……そうですね。その強さは本物ですが、幼さと奔放さについても同様ですから」
しょうがないな。と、ユーゴは呆れた顔を作ってそう言ったが、その目はやはり何かに怯えている。
今の状況は、あの時と似た部分が少なくないから。
「きっと……いえ、必ず無事でいてくれます。だって、彼らは魔女の存在を知っていますから。その脅威を、理不尽さを」
「その上で、それが調査範囲内に現れるかもしれないと、想定した上で動いてくれている筈です」
「そこを加味した上で帰還する準備があったからこそ、調査を引き受けた筈ですから」
あの時も、ユーゴはジャンセンさんと喧嘩をしていた。
アレはジャンセンさんが意図して引き起こしたものだったが、ユーゴの視点からはそう変わるまい。
ユーゴにとって最悪なのは、またしても大切な友人がいなくなってしまうこと。
まだ彼はあの失意から立ち直り切っていない。
それは、ミラの模倣を続けていることからも明らかだ。
まだ、あの時の強さと――惨劇を防げなかったことと向き合えないでいる。
「二日後…………いえ、明日には出発出来るように準備しますから。ユーゴも支度をしておいてください」
「それ、フィリアにだけは言われたくないな。いつも俺が手伝わないと全然準備進まないくせに」
そ、そんなことは無いのですが……ユーゴが遅い遅いとせっかちに急かすから……ではなくて。
まだそんなことを言うだけの余裕があるだけでも良しとしよう。
この元気が消えてしまわないうちに、必ずふたりを見つけなければ。
私はユーゴの部屋を後にして、急いで執務室へと向かった。
ヘインスを呼んだ時点で私も遠征に出ることは考えていたから、準備自体はすぐに終わるだろう。




