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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第二百九十九話【意志、思惑、悩み】



 ナリッドの復興作業にあたっていた特別隊の隊員に、私はあの一件の説明と、現状の報告と、そして再度の協力を要請した。


 拒まれるかとも思った。

 もう特別隊など認めないと、そう言われる可能性も十分に考慮した。


 それでも、皆はまた私と共に戦ってくれると、そう言ってくれた。


 役場の前の広い通りには熱気が渦を巻いて、誰も彼もが気持ちを引き締め直したことが……いいや。

 ジャンセンさん不在によって混乱していた心が、ひとまずの目標を定めて立ち直り始めたことが分かる。


 そんな光景に、私は歓喜と共に、強い安堵を感じていた。


 まだ、私は見限られていない。

 まだ私には機会が与えられた。

 もう一度だけだとしても、私はまた彼らを率いてこの国を救う戦いに出られるのだ。


 と、そんな思いに胸を熱くしている私に、男から声が掛かった。


「――申し訳ありません。私に時間をいただけませんか」


 騒ぎの中でひっそりと、彼は私にそう言った。

 声の主は、やはりジムズだった。


 彼は私に手紙を寄こし、この場を設け、そしてここにいる全員を代表して発言をした男だ。

 そんな彼が、もう一度私に声を掛けてくれた。時間をくれ――話を聞いてくれ、と。


「……私は……いいえ。この場にいる何名かは、完全に納得したわけではありません」

かしらが……ジャンセン=グリーンパークがどうして死ななければならなかったのか、と。責任の所在を追求したい思いを抱く者は少なくないでしょう」


 彼は先ほど、私に協力してくれると――特別隊としてもう一度戦ってくれると発言した。

 けれど……内心では、まだジャンセンさんの死を受け入れられないでいるようだ。


 いいや、それは少し違うか。

 あの方の死を、その責任を、彼が死ななければならなかった原因を。どうしても許せないのだろう。

 そしてそれは、彼だけの気持ちではない、と。


 それは理解しているつもりだ。

 言葉だけで説明されて、それで大切な人の死を受け入れられる筈が無い。

 この場にいる何名か、少なくない、なんて言葉を彼は使ったが、それはむしろ逆だ。


 ここにいる中で、どれだけの人数が納得して前に進もうとしているだろう。

 そういう流れが出来たから――ジムズがそう仕向けたから、その勢いのまま賛同しているに過ぎないのではないか。


「……正直に言って、頭のいない組織に尽くす義理はありません」

「それでも……あの人がいたら、途中で投げ出すことを認めなかった。自分を理由にやりかけの仕事を投げ出すなんて、そんな不義理を許す人じゃなかった」

「だから……私は、頭が目指したものの為に、この部隊に残ります。他のやつらも、きっと同じ思いでしょう」


 しかし、その想いだけで立ち尽くしていては、ジャンセンさんの意志を引き継ぐことすら出来ないから。

 だから、私に文を送って、こうした場を設けて、無理矢理にでも皆を立ち直らせよう……と。きっとそんな思惑が彼の中にあったのだろう。


 ジムズはすごく悔しそうな顔をしていた。

 先ほど見せてくれた穏やかな顔はどこにも無くて、これが彼の本心なのだというのがひしひしと伝わってくる。

 この想いを前に、私は……


「……最後の時には後ろから刺されても構わないと、それだけの覚悟をしているつもりです」

「私の働きがジャンセンさんの理想とかけ離れたものになった暁には、特別隊のすべてを率いて私を討ってください」

「この隊は、あの方の想いの為のもの。どうか、その遺志を共に継いでください」


 私は彼に手を差し出した。

 それを前に、ジムズは深く頭を下げて、両手でがっちりと私の手を握ってくれた。


 力強いそれは、友好の握手などではないかもしれない。

 けれど、強い意志の下に契約が交わされたことは間違いなかった。


「どうか……っ。どうか、頭の無念を……っ。あの人が目指した世界を、国を、貴女が作ってください」


「はい、必ず。南も、北も、すべてを解放し、必ず平和なアンスーリァを手に入れてみせます」


 ジムズは涙を浮かべながらそう言って、最後にまたひと際強く私の手を握ると、今までで一番深く頭を下げて私に背を向けた。


 もしかしたら、もう向き合うことすらつらかったのかもしれない。

 私と向き合えば、話をすれば、それだけジャンセンさんの姿を思い出すことになってしまうから。


「……終わったっぽいか? なら、早めに帰ろう。やること、増えたんだろ」


「……はい」


 そしてひとりになった私のもとへ、ユーゴがそんなことを言いながらやって来た。

 見れば彼の後ろには、友軍の皆も揃っている。


 私達はこの場にふさわしくないと、早く立ち去るべきだと察してくれたようだ。


「馬車の準備をお願いします。一刻も早く帰って、また北の情報収集から始めなければ」


 そうだ、急がなければ。


 魔人の集いが、無貌の魔女が攻めてこないのは、北になんらかの魔術結界があるからだ……と、ミラはそう言っていた。

 けれど、それが誰によるなんの為のものなのかは分かっていない。


 時間を掛け過ぎれば、いつかはランデルすらも攻め落とされてしまいかねないのだ。


 馬車はそれからすぐに出発して、私達はナリッドを訪れたその日の内にまた港を出航した。

 このまま行けば、海の上で夜明けを迎え、カンスタンで一泊し、それから翌日か翌々日には宮へ戻れるだろう。

 その頃には、アギトとミラもヨロクから戻っている筈だ。


 その日の晩、私は揺れる部屋の中でひとり考えを巡らせた。


 特別隊の皆は、ジャンセンさんの為に戦ってくれるのだ。

 それだけのカリスマが――魅力が、能力が、彼にはあった。

 そしてそれは、人の上に立つには……人を纏めるには欠かせないものだろう。


 果たして私には、彼と同じだけのものが……いいや。彼以上の素養が備わっているのだろうか。

 隊を纏めるものとして、そして国を治める者として、ふさわしいだけの成長を遂げられるのだろうか、と。




 そして、私達はランデルへと帰還した。

 道中に事故も無く、悪天候に足止めを食らうことも無く、予定通りに。


 そんな私達を迎えたのは……


「――フィリア! やっと帰って来たわネ!」


「こらこら、失礼。おかえりなさいが先でしょうが。いつもいつも申し訳ありません、女王……さま……」


 工事の指揮を終え、ヨロクから帰還していたアギトとミラだった。


 ふたりは私に報告をすべく、宮の応接室を訪れていた。

 そんなところへ私が顔を出すや否や、ミラは嬉しそうに目を輝かせて私のそばへと駆け寄って来た。


「ふふ、相変わらずですね、貴女は。お待たせして申し訳ありません」


「ああっ、待ってないです待ってないです! あ、いや、その……か、帰って来なくていいみたいな意味じゃなくてですね!?」


 相変わらず人懐こくて愛らしいミラと、相変わらず勝手に慌てふためくアギトの姿に、なんとなく……その……まだそう長い月日を共にしたわけでもないのに、居心地の良い安心感を覚えてしまう。

 ああ、帰って来たのだな。と、そんな言葉が出てしまいそうだ。


「工事はばっちりヨ。このまま進めば、二十日かそこらで道路自体は完成するでショウ」

「あとは魔獣が侵入するかどうかだケド、こればかりは入られてみないと分かんないものネ」


「は、入られずにずっと分からずじまいのままの方が嬉しいですね、それは……こほん」

「ふたりとも、お疲れ様でした。貴方達のおかげで今回の工事が成立したようなものです。心から感謝申し上げます」


 もっともっと頼って良いわヨ。と、ミラは嬉しそうに胸を張って、そして……私に抱き着いて、ぐりぐりと頭を擦り付け始めた。


 ふふ、これも久しぶりだな。

 けれど……どうしてだろうか、少しだけ胸が痛い。

 これが私を励ますものではなく、私の駄肉の柔らかさを楽しむ為のものだと知ってしまったから……だろうか……


「それで……その……じょ、女王……さま……はあ。今までどちらへ?」


「はい、ナリッドという街を訪れていました。特別隊の皆と話をして、もう一度協力して貰えるようにと頼んできたのです」


 人が増えるのネ。と、ミラはにんまり笑ってそう言った。


 確かに、人手が増える……という見方もあるが、しかしそれはあまり期待出来ない。

 彼らには今復興しているナリッドの他に、ウェリズやカンビレッジの街の保護、維持を頼まなければならない。


 北の解放作戦に加われる人材は、ほとんど増えないと思っていいだろう。


 それでも、今あるものを任せられるというだけで大助かりだ。

 それは変わらないので、私はミラの言葉に小さく頷いた。


 すると彼女は、また嬉しそうに私の胸の中に顔をうずめるのだった。


「じゃあ、また俺とミラで調査に出られそうですね。それで構いませんか、女王……さま……ひぃん」


「え、ええ、お願いします……? あの、アギト……? いったいどうなさったのですか?」


 いえ、その。と、アギトは申し訳無さそうな顔で目を背け、なんだかとても困り切ってしまった様子だった。


 どうしたのだろう、彼に不調があるととても困る。

 たった今自ら口にした調査の件もそうだが、それ以外にも彼に担って貰っている役割は多いのだし……


「……っ。も、もしや……その……私はまた……また、もっと……醜くなってしまっているでしょうか……っ」


「え……っ⁈ やっ、ちがっ、そんなんじゃないです! っていうか、俺は一回も女王様のこと醜いとか思ったこと無くて!」


 では……どうしてこちらを見てくれないのでしょう。と、私がそう言えば、アギトは観念した様子でこちらへと目を向けた。

 そして……すぐにうなだれてしまって、切実な様子で、実は……と、事情を打ち明け始めてくれた


「……その……以前にもお伝えしたかと思うのですが、俺はこっちの世界ともうひとつの世界とを交互に暮らしてて……ですね……それで……その……」


「ん……んむ。なんかネ、ミナって女の子のこと、女王様って間違えて呼んじゃったんだっテ。バカアギトらしい間抜けさよネ」


 ああ、なるほど。

 確かに、まったく違う世界での生活をふたつも並行していれば、言葉や常識で混乱してしまうこともあり得るだ……ろう……?


 いや、むしろそうなることが普通なのではないだろうか……?

 それに彼の場合は、この世界においても他国へやって来ているわけで。


 ここでの生活に順応しようと頑張った結果、もうひとつの世界での生活に支障をきたす……となれば、それは確かに一大事だ。


「もうひとつの生活に不安があれば、必然的にこちらでも苦しむことになる……か、考え始めると、貴方は本当に大変な生活を送っているのですね」


 仕事の場と家庭の場という、ひとつの世界でも発生し得る生活の乖離だってあると言うのに。


 平然とした顔でずっと振る舞ってくれていたから、思わず見過ごしてしまっていた。

 彼の身の上を知るものとしては、そういう点には配慮してあげるべきだろう。

 でなければ、不要なトラブルを引き起こしかねないのだし……


「えっと……いえ、そういうのは慣れてるし、平気なんです」

「ただ……その……ぐすん。向こうの世界だと、女王様なんて言葉はいかがわしいお店くらいでしか使わなくて……」


「い、いかがわしい……ですか……? 女王という言葉が……いかがわしい…………」


 い、いったいどんな世界で、どんな生活を送っているのだ、彼は……

 この話はユーゴにも聞いてみた方が良い……のだろうか。

 それとも、聞かない方が良い……のだろうか……?


「それで……その……その子にめっちゃ睨まれてしまったので、なんとかしてうっかり口に出るのを防ごう……と、そう思ったんです」

「そしたら……女王様って呼び方に慣れちゃってるのがマズイのかなと考えまして」

「なら、出来るだけ意識して、きちんと特別な物だと認識して呼ぶようにすれば問題無いだろう……と、思ったのですが……」


 意識し出したら、なんだか余計に緊張しちゃって……と、アギトはまたがっくりと肩を落としてそう言った。ええと……ううん。


 なんだろう、この話は。いったい私は何を聞かされているのだ。

 いえ、その悩みの特殊さと、アギトという特殊な存在に悩みがあることの重大さはしっかりと認識しているつもりだが……


「……こほん。では、いっそ女王という呼び方をやめてしまってはいかがでしょうか」

「名前を間違えてしまっても問題ですが、その……女王……という肩書きが、貴方の世界では……いかがわしいものだというのなら…………」


 せめてそこからは離れた方が良いのかもしれないし。

 しかし……ううん。王という肩書きがいかがわしさと繋がる……というのは、果たしてどういうことなのだろう。

 その点についてはまったく想像出来ないと言うか……


「んむ。そうヨ、マーリン様のこと馴れ馴れしく呼んでおいて、フィリアに対して頑なにそんな態度なのも今更デショ」


「待て待て、落ち着けこのバカミラ。マーリンさんより……女王……さま……の方が普通に偉いだろうが。お前が勝手に友達感出してるだけで、それめっちゃ不敬だからな」

「たまたま……女王……さま……が、すごく寛大だったから許されてるだけで、めちゃめちゃ不敬罪だからな、それ」


 いえ、その……対等な友人のように接してくれと頼んだのは私なのだから、それを不敬だなんだと咎めたりはしないのですが……

 しかし……ううん。


 このままでは、アギトとの会話に不都合が生じてしまいそうだ。

 それに……その都度目を逸らされると……やはり、彼は私などを視界に入れたくないのでは……と、勝手に深読みしてしまいそうだし……


 そんななんだか間抜けなやり取りは、アギトが女王様という呼び方を改める方向で決着がついた。

 工事の報告よりもこんな揉めごとに時間を割いてしまったのは、果たしていかがなものだろうか……

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