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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第二百九十一話【ひとまず順調】



 馬車は少しだけ焦げ臭い道を進み、ただの一度も魔獣と遭遇せずにハルの町を視界に捉えた。


 本当の本当に、ミラは頼りになり過ぎる。

 以前に通った時ですら、魔獣とまったく出くわさないなんてあり得なかったのに。


「――ご無事で何よりでス、アンスーリァ国王陛下」


「貴女こそ無事で良かった。無茶を叶えていただきありがとうございます、ミラ」


 そんなわけだから、少し呆気にとられたまま馬車を降りた私を、ミラは膝を突いて出迎えてくれた。


 なんというか……その……最近、他に人がいない状況でばかり顔を合わせていたから、こういう対応は少しだけ寂しいな……ではなくて。


「被害状況については前回の調査の折に報告した通りでス。それ以来、魔獣の増加や侵入も確認されておらず、現状は維持出来ているものかと思われまス」


 のんきな私の考えを知ってか知らずか、ミラは淡々と報告を続ける。


 甘えている時の子供らしさに印象を引っ張られてしまっているが、しかし流石はユーザントリアが誇る天の勇者か。

 こうして凛と背筋を伸ばしていれば、とても子供の振る舞いとは思えないだけの威厳さえあるように思える。


「報告ありがとうございます。疲れたでしょう、少し休んでいてください。私達で宿を確保しますから……」


「それには及びませン、陛下。すでに町役場の一室を借していただいておりまス。もちろん、陛下がお泊りになる部屋も別に用意していただきましタ。案内しまス、お荷物をこちらへ」


 て、手が早いな、この子は。

 強さについても、それ以外の優秀さについても、私はミラのすごさをまるで計り切れていなかったようだ。


 それからすぐにミラは私から荷物を受け取って、そして借りているという部屋まで案内を始めてくれる。

 そんな彼女を、役人達は感心そうな目で見ていた。


 以前にもここを訪れているだろうし、私が来るまではここまでかしこまってはいなかっただろう。

 その時の多少砕けた態度との切り替え具合に、立派な子供だと……勇者などと呼ばれているとは知らず、ずいぶん立派で大人びた子供だと思っているのかな。


 そんな視線に見送られて、私達は役場の中でもっとも大きな宿直室のドアを開けた。


 本来ならば憲兵や役人が大勢寝泊まりする大きな部屋を、私ひとりの為に解放して貰ったのだろうな。

 急遽片付けられたと思しき部屋の真ん中に、小さなベッドがふたつ繋げて置かれていた。


「……ふう。当たり前だけど、ちゃんと掃除出来てたみたいネ。みんな無事で良かったワ」


 部屋に入り、ドアを閉め、そこから少し離れたところへ荷物を置くと、ミラはそう言ってくるりとこちらを振り返った。

 その顔には、もう感心されるような立派な子供の澄ました顔は無く、歳相応の無邪気な笑顔があった。そして……


「――フィリアっ! えへへ、ぎゅーっ」


「わっ。ふふ、いい子いい子。ミラは立派ですね。あんなにしっかりした振る舞いも出来て」


 ミラは嬉しそうに私を抱き締めて、ぐりぐりと頭を擦り付けるいつものあどけないしぐさを見せた。

 本当にこの子は……ふふ。


「貴女のおかげで、私達はわずかな脅威にすら遭遇しませんでしたよ。魔獣はおろか、蛇や虫にすら襲われませんでした」


「んふふ、これからも任せて良いわヨ。それが勇者の役割なんだかラ」


 なんとも頼もしいことを言ってくれる。

 しかし、彼女にしかこなせない役割は多い。それは間違いないのだ。


 こんなにも小柄で愛らしいとは言え、頼りになるものは頼りになる。

 これからもその力に甘えさせて貰えると言うのなら、こちらとしては大助かりだ。


「おーい、バカミラ。お前はすぐそうやって……はあ。それよりお前、何やったんだ?」


「……? 何……とは、どういうことでしょうか。何か異変がありましたか?」


 そんなミラの様子に、アギトはため息をついてそう言った。

 いえ、異変も何も、この子の魔術はそれそのものが異変と言うか、異常と言うか……とにかく桁外れなものだから。


 しかし、アギトが気に掛けるということは、やはり普段の彼女とは違う何かがあったのではないか……と、そんな気にもなる。

 だから、私はそれを尋ねたかったのだが……


「えっと……いえ、俺は何も分かんなかったですけど。でも、何も無かったら何も無いってわけじゃないのがコイツです」

「目を離したら絶対に何かをやらかす、それがミラですから。というわけで……お前なんかやっただろ、よく分かんないこと」


「よ、よく分かんないことって何ヨ。バカなこと言ってんじゃないわ、このバカアギト」


 怪しい。と、アギトはじーっとミラの顔を覗き込んで、ミラは彼から目を背けるように俯いた。

 その……こんなにも分かりやすい嘘があるだろうか。


 ミラは間違いなく何かを隠している。

 そして、やはりそれはアギトに心配を掛けてしまいかねないものなのだろう。


「……はあ。まあ、説明されても俺じゃ分かんないけどさ」

「無茶はいいけど無茶苦茶はやめとけよ。お前は暴走し過ぎるんだから。ある程度の暴走に留めなさい」


「む……ふん。アンタこそ、もうちょっと役に立ちなさイ。フィリアもアンタをどう使ったら良いか判断に困ってるわヨ」


 ミラはアギトから逃げるように私の背に隠れ、苦し紛れな反論を口にする。

 しかし、アギトにはそれが思いのほか効果的だったようで、がっくりと肩を落としてまた大きなため息をついてしまった。


「あ、アギトにももちろん助けられていますよっ。ユーゴに護身術を教えていただいていることもそうです、貴方は彼の精神的な手助けをしてくださっていますから……」


「勝手なこと言うな。別に、いなかったらいなかったで困ってない。大したこと出来ないんだし、コイツ」


 あっ、もう。


 少し落ち込んでしまったアギトを励まそうと、決してお世辞のつもりもなく私はそう言ったのだが、しかしユーゴがそれに食って掛かった。

 そして、やはりそんな彼の反応に、アギトはまたまたうなだれてしまって……


「もう、ふたりとも。謂れも無いことでアギトを責めるのはやめなさい」

「私はもちろん、この国の大勢がアギトの働きに助けられ、そして大きな期待を寄せています」

「ミラはもう少しだけアギトに優しくしてあげてください。ユーゴ、貴方はもう少し言葉を選んでください」


「あ、あはは……いえ、その、大丈夫ですよ。ミラのははっぱのつもりだろうし、ユーゴのは……ユーゴは……ううん……事実を言われてる気がするし……」


 ああっ。貴方も貴方でどうしてそう自分を卑下してしまうのですか。


 ミラから貰った魔具を使っているとは言え、アギトだってひとりで魔獣と戦ってくれている。

 その強さが魔具に依存したものであったとしても、結果としては数名掛かりで対処するような局面をひとりで解決してくれるのだ。


 それに、彼の頼もしさは強さの面に留まらない。

 いいや、むしろそれ以外の部分にこそ私は期待をしている。


 温厚さ、そしてミラやユーゴには無い、一歩退いた視点。

 ミラが可能性を模索する能力に長けているとすれば、アギトは不安要素を見つけ出すことを得意としていると言えよう。


「フィリア、あんまりアギトを甘やかさなくて良いわヨ。褒めると舞い上がってミスするのがお決まりなノ」

「卑屈なくらいじゃないとバランス取れないのよ、バカアギトだかラ」


「おい、こら。甘えてんのはお前だろうが。いい加減離れなさい。国王様だぞ、相手は」


 私があれこれと言葉を選んでアギトを褒めてなだめていると、ミラはどうにも冷たい言葉で追い打ちをかける。

 だが……アギトがそれにまた落ち込むことは無かった。


 今までも何度か見たが、どうやらこういうやりとりは日常的にあるようだ。

 いえ、常日頃から喧嘩をしないようにして貰いたいものですが……


「さ、アギトはほっといて次のことを考えまショウ」

「前回の調査の時点では、ここからヨロクまではあんまり魔獣もいなかっタ。なら、移動については改まって注意することも無いかしラ」

「今日と同じように私が先行して道を開けるから、みんなはその後をのんびり来ればいいワ」


「むっ。おい、次は俺がやる。なんなら今日だって俺で良かったのに。あんまり出しゃばるな、チビ」


 誰がチビよ。と、ミラはため息交じりにそう言って、そして……アギトに近寄って、その首に思い切り噛み付いた。

 だ、だからどうして彼に当たるのですか……


「ここから先こそアンタじゃダメヨ」

「ヨロクには結界の影響が出てる……と、思われル。でも、その結界が何者によるものなのかが分かってなイ。もしかしたら、魔人の集いかもしれないワ。だとしたら……」


「だったらなおさら俺が行く。お前なんかに任せられるか、このチビ」


 誰がチビよ! と、ミラはまたしてもアギトの首に思い切り噛み付いた。

 だから何故本人ではなく彼に八つ当たりをするのですかっ。


 そしてユーゴも、なんとなくそれが分かった上で煽っていませんか?

 アギトが噛まれて痛がっている様子を、そんなふたりのやりとりを面白がっていませんか……?


「アンタは顔が割れてるでしょうガ。最悪なのは、こっちの動きを悟られることヨ」

「一度罠を仕掛けてきた相手だってんなら、何回だって警戒しなさイ。魔術的な要素での攻撃については、私じゃなきゃ感知出来ないんだかラ。当然、一番前は私が歩くべきなノ」


「ぐっ……うざ。チビのくせに、うざい、お前」


 誰がチビよ! ふしゃーっ! と、ミラは三度みたびアギトの首に噛み付いて……アギトもアギトでどうして逃げないのですか……?

 噛まれて、話をして、ユーゴが暴言を吐くとなんとなく察したところで、先に逃げておけばもう少し違うのでは……?


 ともかく、ヨロクまでもミラに先行して貰って、私達はその後を追い掛けよう。

 その為には、まず今日と明日の内にこことマチュシーを繋ぐ道路工事を開始しなければならないのだが。


 私は以前に貰っていたミラの見積もりと、ランデル、マチュシーで職人によって手直しされた工事手順とを見比べながら、話をして回る店や工場を地図の上で確認した。

 再考の手間を出来る限り減らして、可能な限り迅速に着工出来るように。

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