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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第二百八十六話【恐ろしい話をしないで欲しい】



 ランデルを出発してからマチュシーへ到着するまでの間、雷鳴が止むことは無かった。

 同時に、私達が魔獣の脅威を目の当たりにすることも、一度として無かった。


 すべて――あらゆるすべての危険が、もっともっと恐ろしい力によって薙ぎ払われたから。


「――フィリア! 着いたわヨ! 急ぎましょウ!」


「ミラ……すみません。も、もう少しだけ待っていただいてもよろしいでしょうか……」


 馬車が止まるとすぐに、覗き窓の狭い穴からミラがするりと車内へ戻って来て、笑顔で私に声を掛けてくれた。

 が……私の方は、恐怖のあまりに腰を抜かしてしまっていた。


 なんと情けないことかと自分でも思うのだが、同時に、これも仕方が無かったと思ってしまう。


「……貴女はいったい何者なのですか……?」

「勇者だと、魔術師だと、そう聞いてはいました。そして、その実力も目の当たりにしたつもりでした。だと言うのに……」


 目の前であどけない笑顔を見せているミラが、私には得体の知れない怪物に思えた。

 心配そうに私の顔を覗き込んで、すりすりとすり寄ってくる姿は、それはもういつも通りの愛らしい彼女と変わらない。


 だが、いつもと変わらない可愛らしいこの子が、たった今まで雷を支配していたのだ。

 それを思うと、身体から力も抜けるし、嫌な汗もかいてしまう。


「私はミラ=ハークス。天の勇者で、マーリン様の弟子で、ハークスの当主。そして、今はフィリアに味方するものヨ」


 そんな私に、ミラはそう言って抱き着いた。


 私の味方をするもの……か。その言葉だけが唯一の救いだな、今は。

 とてもではないが、もしもこの子が敵になってしまったならば……などとは考えたくもない。


 あんな力を前にしては、たとえユーゴがいたとしても……


「んふふ……えへへ。びっくりしタ? でも、まだまだ本気じゃないわヨ?」

「まだまだ、もっと、いくらでも力を貸すワ。この世界が平和になるまではネ」


「ま、まだ……まだ上があるのですか……? そ、それは……出来れば聞きたくなかったですね……」


 なんで? と、ミラは目を丸くして首を傾げるが……むしろ、なんではこちらのセリフなのだ。


 なんで……どうして、ミラはここまで強くなった。強くなる必要があった。

 少なくとも、以前の時点でももう過剰な強さだったではないか。それがどうして…………


「……はあ。その……魔王とは、これほどの力が無ければ打ち倒せなかった相手なのですか……?」

「そして……その魔王を倒した貴女ですら、魔女には一度敗北を喫している。そんな理不尽が、この国にも存在してしまうのですか……」


「……ん、そうネ。私ひとりじゃ、魔王は絶対倒せなかっタ。アレは魔術の極致に至った存在だったかラ」


 こ、こんなにも強くなったとしても、まだ上が……っ。

 あ、ああ……もう、頭が痛くなってくる。


 いったいこの世界はどうなっているのだ。

 ユーゴとアギトから聞いた断片的な話では、魔獣の一頭すら存在しない世界もあるというのに。

 どうしてこの世界ばかりが、こんなにも過酷な……


「……ふう。弱気になっていてはいけませんね。それも、味方の頼もしさに」

「すぐに工事を始めさせなければ。こうしている暇は……暇は…………無いのですが……も、もう少しだけ、待っていただけますか……?」


 怯え切った身体が、どうにもネガティブな想像ばかりを優先してしまっている。

 これではいけない。と、私は深呼吸をひとつして、なんとか冷静さを取り戻す。

 冷静になればなるだけ、ミラに対する恐怖意識も強まってしまうのだけれど……


 それでも、身体はすぐには動かない。

 いつまでも怯えているんじゃないと、理性はそう訴えかける。

 だが、本能がそれを跳ね返してしまっている。


 落雷――自然に発生する巨大な力が、根源的な恐怖心を目覚めさせてしまったのだろう。


「だったら、フィリアはここで待ってろ。指示出してくるだけなら俺達でもやれる」

「アギト、行くぞ。チビはフィリアと一緒にいろ。一応な」


「ユーゴ……すみません、任せます。うう……貴方がこんなにも頼もしくなってくれているのに、私は……」


 いいから。と、ユーゴはどこか怒った顔でそう言って、荷物を纏めて馬車から飛び出した。

 呆れられてしまっている……情けないと、頼りないと思われてしまっている……


「……ミラ、お前ももうちょっと反省しろよな。出力上げ過ぎればこういうことが起こるって、前に身を以って実感しただろうが」

「人間、逆らっちゃダメなものは本能的に感知出来るようになってんの。お前と俺が麻痺して壊れちゃってるだけだからな?」


「む……うっさいわネ。バカアギトのくせニ」


 素直に話を聞きなさい。と、アギトもまた大きなため息をついて、ユーゴの後に続いて馬車を降りた。

 そうして車の中に残されたのは、まだ腰を抜かしたままの私と、そんな私を抱き締めてくれているミラだけになった。


「フィリア、大丈夫? ごめんネ。でも、こういう手段の方が、魔獣にはより効果があるかラ……」


「……獣性から遠い人間ですらこれだけの恐怖を感じるということは、魔獣はもっと怯んでしまっているでしょうね。なるほど、納得の道理です」


 ごめんネ。と、ミラは何度も謝りながら、私の喉を舐める。


 その……それはどういった感情表現なのでしょう。

 くすぐったいですし、なんだかおかしな風習に巻き込まれてしまった気分にもなるのですが……


「お姉ちゃんだったら、あんなに何回もやらなくても、一発で黙らせちゃえたんだケド。私じゃまだ、本物の雷には遠く及ばないかラ」

「本能が強い生き物には、その真贋をあっさり看破されちゃうのヨ」


「真贋……ですか。私にはとても……むしろ、本物の落雷よりもずっと恐ろしく思えましたよ」

「何度も何度も……それも、あんなにも広範囲に落ちるなんてことはあり得ませんから……」


 何を以って本物の落雷より劣ると定義しているのかは分からないが、どうやら当人であるミラと私とでは見えているものが違うらしい。

 そしてその違いは、動物的な本能の強い魔獣にとっても大きな違いになるようだ。


「もっと……本物はもっともっと恐ろしくて、理不尽だワ」

「魔術はしょせん模倣、その現象に限りなく近いものを目指した結果に過ぎなイ」

「まだ、私の魔術には、そぎ落とすべきあらが残ってるもノ」


「粗……ですか。貴女ほどの魔術師が言うのですから、きっとそれが真実なのでしょう。ですが、私には本物と見分けなどつきませんよ」


 んふふ。と、ミラは嬉しそうに笑って、誇らしげに胸を張った。

 いえ、その……褒めていないわけでもないのですが、そこまで良い意味で言ったつもりもありません……

 もう少し穏やかなやり方は無かったのですか。と、そう咎めたいくらいなのですから……


「いつかフィリアにも見せてあげる日が来るかもしれないわネ。本物と変わらない、雷の魔術ヲ。えへへ」


「え、えへへ……ふふ……そ、そうですか……それは楽しみです……」


 どうしてこの子は、こんなにも無邪気に恐ろしいことを言えるのだろう。

 自分の発言がどれだけ常軌を逸しているのか、理解が無いのだろうか。


 その……死者を蘇らせようとしたり、異世界からユーゴの魂を召喚したりした私が言うことではないのかもしれませんが……


 それからしばらくして、私の身体が動くようになったころ。

 タイミング良く……いいや、悪く、か。街の職人や工事現場に声を掛け終えたユーゴとアギトが戻って来た。

 申し訳ありません……すべて任せてしまう形に……


「それじゃ、工事開始を見届けたらすぐ出発しましょウ。そうすれば、明日の昼には到着出来る筈だワ」


「おバカ。おバカミラ。今日は休みます、寝ます。旅してた頃とは違うの、女王様もいるの。そこんとこちゃんと理解しなさい」


 誰がバカヨ! ふしゃーっ! と、ミラはいつも通りに……やはり、特別なことなど何も無かったと言わんばかりに、アギトに飛び付いて彼の首に噛み付いた。


 アギトの方にも、あの魔術に対して特別な意識は向けていない……か。

 本当に……本当の本当に、アレが普通なのだな、この子達にとっては……


「……ユーゴ。貴方から見て、ミラの魔術はどうでしたか……? 私には……もう、ただただ恐ろしい力だということしか……」


「……別に、大したことじゃないし。ちょっとずるいとは思ったけど、俺の方が強い」


 いえ、そういう話ではなくて……はあ。


 ユーゴは私と同じで、あの力に対して特別な意識を向けている、か。

 そうだ、私だけが恐れたなんて筈は無いだろう。


 それでも、目の前のふたりがあまりに自然にしているから……こちらがおかしいのかと錯覚してしまいそうだ……


「では、どこかに宿を取れないか探してみましょう。役場が残っているのなら、そこにお邪魔しても良いのですが……」


「がるるるる……ぺっ。フィリア、荷物持つわヨ。王様が重たいもの持ってたら、私達も怪しまれちゃうかラ。なんだ、あの不届きものは、っテ」


 ミラはそう言うと私のそばに駆け寄って来て、ひったくるように荷物を持ってくれた。

 そして笑顔をこちらに向けてくれるものだから、恐怖心は消えないものの、やはり愛らしさを感じてしまう。


 そんなミラと共に、私達はマチュシーの街を歩き回った。

 事前に聞いていた通り、街の中にはそれほど被害も出ていなさそうだ。その点については、心の底から安心した。


 しかし……別の問題で不安が押し寄せ、私はその晩、ロクに眠ることも出来なかった。

 あの子の戦いに巻き込まれて、この国自体がどうにかなってしまわないだろうか……と。

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