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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第二百八十五話【全開】



 資金も準備した。職人も集めた。戦う準備はとうに出来ている。

 ようやく、この瞬間がやって来た。


「では、出発します。ヘインス、後陣は任せました。皆も、予定通りに工事を進めて下さい」


「はっ! 承知致しました、アンスーリァ国王陛下!」


 私はアギトとミラと、そしてユーゴと共に馬車へ乗り込んだ。


 それから合図があって、大きな木箱はゆっくりと揺られ始める。

 蹄の音の間隔が短くなって、車輪が砂利を蹴り上げ始めたと思うと、すぐにやかましい音で車の中が満たされた。


「もう一度だけ、魔獣の生息地点について確認しておきましょう。ミラ、地図を出してください」


 けれど、その中でもやることはやっておかないと。


 もちろん、いまさら魔獣を相手に怯む理由も無い。

 ミラの強さは知っているし、ユーゴもそれに引っ張られてどんどん戦えるようになった。


 それでも、油断や慢心は絶対に入り込んではならない。前回だってそうだった。


 絶対の自信があって、その上で策を講じた。

 だというのに、あっさりとひっくり返されてしまったのだから。


「基本的に戦うのは私だけで良いワ。ユーゴは馬車の警護してなさイ」


「……分かった」


 ミラの決定に、ユーゴはとても不満そうな顔をする。

 けれど、それに反発したり、反論したりはしない。


 彼も理解しているのだ。

 今回の作戦において――少数での突破作戦においては、ミラの方が適任である、と。


「前も後ろも全部私が確認するケド、念の為にアギトも注意しておきなさイ」

「私達が討ち漏らせば、工事は進まないと思っておくコト」


「うん、分かってる。もっとも、お前が見落とした魔獣を俺達で見付けられる自信は無いけどな」


 役立たず。と、ミラはまったくの躊躇も無くアギトを斬り捨てた。

 けれど、そんな態度にも彼はめげない。やれるだけはやる。と、気合の入った顔を見せてくれている。


「さて……それじゃ、そろそろ表に出るワ。何も無ければ到着までは戻らないかラ」


「頼みましたよ、ミラ。それでも、無茶はしないでください。今はユーゴも戦えるのですから、何かあればすぐに合図を」


 ミラは私に微笑みかけて、何も無いわヨとだけ言い残して馬車を飛び出し……いや、どうやら天井へと上ったらしい。

 頭上からゴトゴトと物音が聞こえた。


「……ここへ陣取ったということは、やはり魔術による遠隔攻撃でしょうか。数が数ですから、肉弾戦よりはずっと安全……だとは思うのですが……」


 しかし、気になるのはミラの体力だ。

 あれだけの出力、精度の魔術を行使し続ければ、気力も体力も、そして魔力も大きく消耗するだろう。


 あの子の底はまだ知らない。

 ここはひとつ、ずっと隣にいるというアギトに尋ねてみようか。


「……魔力切れが心配……ですか。うーん……それは……うぅーん……」


「アギトも気に掛かりますか。攻撃力も精度も申し分無いことは分かっていますが、しかしそれが無尽蔵ではないとも理解しています」

「となると……ひと息に駆け抜けてしまうべきか、それともどこかで休むべきか……」


 悩む私に、アギトは困った顔でそうではないと言った。

 そうではない……とは? 魔力切れの心配は無い……と?

 それとも、魔力が切れても問題は無いと言いたいのだろうか。


「マチュシーに行くまでの間なら、たとえずっと全力だったとしても大丈夫だと思います。ただ……それはアイツが全快状態なら……の話で……」


「今のあの子がどのような状態か分からないから、場合によっては……と、そうおっしゃるのでしょうか」


 アギトは苦い顔で俯いて、黙ってしまった。

 不安がある、心配している、そして……どうやら何か、身に覚えがある……といった表情だが……


「アイツ、大事な時に魔力切れになること多いんですよね……はあ。それだけ気合入れてて、手を抜けなかったって証拠でもあるとは思うんです」

「でも……ジンクスと言うか……二度あることはと言うか……天丼と言うか……」


 ええと……それはつまり、魔力切れの可能性を十分に考慮すべきだ……と、そう言いたいのだろうか。

 しかし、私がそう問えば、アギトはそれも違うと言いたげな顔で天を仰いでしまった。


「……アイツはいつも何かを絶対にやらかします。そして、それはまあまあ致命的なミスであることが多い」

「だから…………ユーゴ、いざって時は俺達が戦わないといけないからな。準備しといてくれよ」


 アギトの言葉の直後に、ゴン! と、天井から大きな音が聞こえた。

 どうやら今の話がミラにも聞こえていたらしい。

 ふざけるな、信用しろ。なんて怒っているのかな。


「……別に、準備は最初からしてる。いつもは俺がひとりで戦ってたんだ、気なんて抜かない」


「うん、頼もしい限りだよ。はあ……ミラも頼もしいは頼もしいんだけど、やり過ぎる癖とうっかり癖がなぁ……」


 ゴン! ゴン! と、何度も天井を殴る音が聞こえたが、アギトはそれを気にも留めずに顔をしかめて唸っていた。


 その……意外と言ってはなんだが、彼はミラを心底信頼していると思っていたが、どうやらそれだけではないのかな。

 強さと成功を多く見ている分、脆さと失敗も多く知っている……とか。


「……っ。まあでも……魔獣を相手に、アイツより頼もしいやつはどこにもいませんから。少なくとも、現時点では」


「……? ええ、そうですね。あの子の魔術は、間違いなく一級品で――――」


――バ――ッ! と、何か大きな膜が勢いよく破れたような、頭に響く破裂音が聞こえた。


 私とユーゴがそれに驚いていると、アギトはそれまでに見せていた不安げな顔をすべて引っ込め、どこか諦めたような笑みを浮かべる。


「……ま、今日のところは出番無いよな。気合入って、準備万端で挑んでるんだし。それに、今更かっこ悪いとこ見せたくないだろ」


「……アギト……? い、今の音は……ミラの魔術……でしょうか。それとも……」


 すぐ分かりますよ。と、アギトが笑った――その瞬間だった。


 ゴロゴロ――と、鈍く重たい雷鳴がすぐ近くで聞こえた。

 それがミラの魔術によるものだとは、誰に尋ねるまでもなく――――


「――――九頭の龍雷(ヒドル・ヴォルテガ)――――ッ!」


 また――ミラの声が聞こえたと思った瞬間に、またしても破裂音が耳に届いた。

 まさか、落雷そのものを再現して――っ。


「こ――これはもう魔術の領域を逸脱したものでは――」


「まだ魔術の範囲らしいですよ、これでも。俺にはもう魔術と魔法の差も分かんないです」

「アイツ見てると、魔術なんてなんでもありのインチキチート技にしか思えませんから」


 なんとも落ち着き払ったアギトの様子にも面食らったが、それ以上に音が……っ。

 状況の確認をしようと、私もユーゴも慌てて覗き窓から外を眺める……のだが……


 それを待っていたかのように、空は二度、真っ白に輝いた。

 それに驚いて首を引っ込めるよりも前に、またしても雷鳴が馬車の中に反響する。


 こ、こんなものが人間に再現出来る技術……だなんて……


「――な――なんだよ、あのチビ――っ。おい、アギト! アイツなんなんだ! こんな――魔術ってこんなことまで――」


 ユーゴの言葉を遮るように、またしても空が白く光った。

 私も今度は見逃すまいと顔を外に出す頃には、もう音も聞こえて雷は落ちた後だった。


 いいや、当然だ。雷電の速度に、人間の反応が追い付く筈が無い。


 けれど、ずっと見張っていれば分かる筈だ。

 ユーゴが見たもの――彼がここまで取り乱したほどのものが、いったいなんなのか。


 いや、もうすでに人智を逸している気もするのだが……それでも、まだ私は音でしかそれを確かめられていないから――――


――バ――ッ。と、破裂音が聞こえた。

 また、雷が落ちたのだ。


 それが分かったのは――理解出来たのは、音が聞こえてからだった。


 今度こそ。と、私は目を見開いて外を睨んでいた。

 そうすれば、待っているだけでその現象は再現される筈だから、と。


 そして……その目論見はあっさりと達成された。だが……


 それを見てしまって、私は脚に力が入らなくなって、しりもちをついてしまった。


 あり得ない。と、そんな言葉が聞こえた。

 私の頭の中と、背後から。

 私の声と、ユーゴの声とのふたつで、それを拒む言葉が聞こえたのだ。


 あり得ない。あり得てはいけない、と。

 だってそれは――――


「――――百頭の龍雷エル・ヒドル・ヴォルテガ――――ッッ!」


 どこに雷が落ちるだろう。と、周りを見回す必要など無かった。

 この場所――馬車から遠く離れた野山のすべてに、真っ白な光の線が伸びたのだ。


 ミラは――人間の魔術は、周囲のすべてに雷を落とし、それを再現された技だと言い張っているのだ。


 電弧を伴う竜巻を見て、人間の技から逸脱したものだと思った。

 けれど、まだ足りなかった。


 あの程度を許容出来ずしては、あの子の底など計ることは出来なかったのだ。


 ミラは、自然にも起こらないような無数の落雷を、あろうことか魔獣の巣目掛けて意図的に落としている。


「――はあ。あのバカ、派手にやり過ぎだろ。ミラ! もうちょっと抑えろ! 馬が怯えて事故ったらどうすんだ!」


「――うっさいわネ! そのくらい計算に入れてないわけないデショ! 黙って見てなさイ! 見えるもんならネ!」


 私は初め、このふたりをとんでもない力量の、扱いを間違えてはならない特殊戦力だと判断した。

 けれど、それすらも間違っていた。


 ミラはあれで力を大幅に制限していたのだ。

 そして――無制限に解放された力すらも、完全に制御下に置いて繰り出している。


 天の勇者は、本当にあの魔女すらも倒してしまうかもしれない。

 それだけの異常な力を迎え入れていたのだ。と、到着まで繰り返される落雷に、私はそれを思い知らされた。

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