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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第二百八十三話【覚醒の暴君】



 そして、数日が経った。


 ユーゴはもう戦う力を十分に取り戻しただろう。

 アギトとミラのおかげで情報も揃っている。

 国軍の出動が難しくとも、ユーザントリアから来た皆の助力があれば、戦力も物資も足りる筈だ。


 ならばもう、躊躇している時間は無い。


 決断したのならば、あとは実行するだけ。

 腹を括ってみれば、何も恐怖心や不安は残っていなかった。


 きっと……いいや、間違いなく。私を押し留めていたものは、議会の皆の内にあったものと同じ。

 変化を――改悪を、現状の決壊を恐れる心だけ。


 それを打破すると口にした私が、それに囚われていたに過ぎなかった。


 どれだけ非難されようと、後に悪影響を残そうと、この瞬間を打破出来なければ何を語るまでもあるまい。

 だから私は、とっておきの裏技を行使した。


 無理矢理も無理矢理な力技。

 道理を踏み潰してでも押し通る為の手段。結果……


「――皆、長く待たせました。ヨロク解放作戦の予算を引き出せました。今日にでも、明日にでも、いつでも出発出来ます」


 私達には戦うという選択肢が与えられた。

 そう報告すると、友軍の皆は歓喜の笑みを浮かべてくれた。


 これから危険な戦場へと向かうのだぞ。と、そう言われたというのに、だ。

 なんともおかしな話だな、これも。


「先日の調査結果と、それ以降に繰り返した魔獣討伐作戦の結果をもとに、もう一度経路を決定します。ミラ、お願い出来ますか」

「魔獣の詳しい所在や地形に対する適応は、他の誰よりも貴女が抜きん出ています」


「任せて下さイ、女王陛下。天の勇者の名に恥じぬ仕事をこなしてみせマス」


 ミラは私の頼みに、頼もしいばかりの笑みを浮かべて頷いてくれた。

 ジャンセンさんのいない今、私達には主導して策を練る軍師はいない。

 ならば、それぞれの得意分野を担当すれば良い。


 高い探知能力と地形適応能力を持つミラには、地図上に新しい道路を引いて貰う。

 そしてそれに沿って魔獣を倒し、マチュシーへと進む。

 その際の部隊編成は、私とユーゴと、アギトとミラと、それから数名の工事担当者だ。


 私達が街へ到着し次第、マチュシーとランデルの両側から工事を開始する。少しでも工期を短くする為に。

 その際には、連れて行った担当者に指揮を執って貰い、マチュシーの職人に総出で手伝って貰おう。

 捻出した予算のほとんどは、この突貫工事の為のものになる。


 そうして工事を進めている間にも、私達はハルを目指す。

 そして、ハルの職人にも声を掛けて、マチュシーとハルの間にも同じように道路を作り直すのだ。


 大勢を連れて街と街の間を移動することは、どうしても難しいかもしれない。

 けれど、数名であれば――ひとつの馬車に収まるのであれば、ミラとユーゴがいる今、どんな外敵をも寄せ付けず安全に移動することが出来る。

 現時点での戦力を思えば、これが最善最良の策の筈だ。


「ヘインス。貴方は騎士団を率いて私達よりも遅れて出発し、工事現場の警備をお願いします。国軍の出動は許可されませんでしたので……その……」


「承知しました、お任せください」

「少数での防衛任務は我々の得意とするところ。式典の際に切った大見得に違わぬだけの活躍を御覧に入れましょう」


 なあ! と、ヘインスは騎士団の皆に声を掛け、一同はそれに雄叫びのような返事をする。

 アンスーリァの軍が頼もしくないなどとは思ったことも無いが、この騎士団の頼もしさはそれをゆうに上回るだろう。

 やはり、積み重ねてきた勝利の数が違う。


「後のことは任せても良いですか、アギト。ミラと共に地図を作ったら、出発の準備を進めておいてください」

「私はこれから街の職人に声を掛け、工事に必要な人材を集めて参ります」


「は、はい! 任せてください!」


 こういう場ではまだ少し緊張するのか、アギトはやや肩に力が入った様子だった。

 それでも、やはり彼は頼りになるだろう。


 彼自身が何かをする……という部分にもだが、それ以上に、彼は周囲を活かす能力を持っている気がする。

 人を使う……と言うよりも、人に奮起させる何かを。


 そんなアギトに後を任せ、私はユーゴと共に宮へと戻る。

 これからまた支度をして、街へと繰り出さなければ。

 漫然と募集を出していては人などすぐには集まらない、直接訪ねて交渉しなければ。


「……おい、フィリア。お前……」


「……? どうかしましたか?」


 よし。と、また気合を入れ直している私に、ユーゴはなんだか怪訝な顔を向けていた。

 ど、どうしてそんな顔をするのですか。せっかく良い方向に話がまとまりつつあるのに。


「お前、何やったんだよ。今まであんなに動かなかったのに、いきなり許可出るとか」


「え……ああ、その話ですか。言ったでしょう、裏技がある、と」

「条件は満たされていましたから、出し惜しんで他の策を講じるよりも、ここで切って状況を一気に打開する方が良いと思ったのです」


 結果さえ出せば彼らも付いて来る。

 だって、誰もヨロクの街を見捨てたいわけではないのだ。

 せっかく取り戻したダーンフールを、これまでの成果を。黙って手放したいものなど、どこにも存在しない。


「……その裏技ってなんだったんだよ。めちゃくちゃなことしてないだろうな……?」


「な、何故そうも私ばかりを疑うのですか……そう大きな問題は起こしていませんよ、もう」


 問題は起こしたんだな。と、ユーゴは呆れた顔でため息をつく。

 まあ……そうだな。裏技と呼んだ時点で、それが問題を引き起こしかねないものであることは間違いない。


「大したことはしていません。ただ、脅しをかけたのです」

「承認しない、予算を認めないのであれば、現王政を解体し、議会を解散する、と」


「……王政を……っ⁈ ど、どこが大したことしてないだ! めちゃくちゃだろそれ!」


 アホ! バカ! デブ! まぬけ! デブ! と、ユーゴは声を荒げ…………で……太っていると二回も言わないでください……っ。ではなくて。


「……大したことではないのですよ、王政の解体程度は」

「だって私達は、それ以外の答えも目の当たりにしたではありませんか」


「……っ。民主主義……カストル・アポリアか。いやでも、それがあるからって、王様のお前が王政を無くすとか……」


 私だからこそ、ですよ。

 そんな私の返答に、ユーゴは黙ってしまった。


 そうだ、私だからこそ、その言葉に意味がある。

 重たさが、価値が、意義が、そして――無視出来ないだけの威力がある。


「議員の誰かがそれを口にしたとて、その後にあるのは、その者が自主的に議会を脱したという結果だけでしょう」

「皆に口裏を合わせたとて、議会そのものが総辞退など起こり得ません」

「単純な理屈ですが、議員が減れば、自分の意見は通りやすくなりますから」

「それが叶うと分かっていて降りるほど無欲な人間は、あそこにはいませんよ」


 それに、議会そのものが無くなったとしても、王政は続く。

 いいや、むしろもっと状況はこちらに優位になるだろう。

 議会が無くなれば、私の意のままに政治を行えるのだから。


 そんな独裁を封じる為の議会だ、王の退位よりも先には撤廃出来ない。


「けれど、私だけは違う。私が――現在唯一の王族である私が王政を破棄すると言えば、当然代わりの王などはもうどこにもいませんから」

「そうなれば、今の政治体制そのものが破棄される」

「その後にも議員の力は多少残るでしょうが、しかし現在よりもずっとずっと弱いものになるでしょう」


 そうしてランデルには、また新たな議会が結集される。

 民意を取り込み、あらゆる分野から人を集めた、今の議員にとって不利でしかない議会が。


 そうなることを望む者は、やはりあの場所にはひとりもいやしないのだ。


「……最悪だな、お前。マジで暴君じゃんか、それ」

「いろいろ言われるかも……って、そういうことだったのか」


「はい、私は今現在、最低最悪の暴君でしょう。ですが、結果さえ伴えば問題無いのです」

「私の判断が間違っていなかったという成果さえ上がれば、私は暴君から勇敢な指導者へと昇格します」

「ユーザントリアの王がそうであるように、勝利とは、あらゆる暴走、暴虐、暴挙を認めさせられる、唯一絶対の力なのです」


 ユーゴは私の言葉に、ただただ嫌な顔をしていた。


 幻滅しただろうか。

 それとも、意外と大胆なことをするなぁ。と、感心してくれているだろうか。


 のんきで、のろまで、常識にも疎くて、その上危機感の無い私としては、これ以上無いほど大胆な策に踏み切ったつもりだったが。


「……ユーゴ。少しだけ、わがままを聞いてください」

「私は……私はこのまま終わりたくはありません。街を取り戻せず、暴君と呼ばれたまま追放されたくはないのです。なので……」


「……結果出せ……か。はあ……やっぱりお前、たまにぶっ壊れるよな」

「ジャンセンを味方にするとか言った時もそうだし、そもそも……俺のこと呼んだ時も、周りからはそう見えてたんだろうな」


 それは当然だろう。だって、私にはまともな倫理観など無いのだから。


 倫理観が無いから――人としての心が壊れているから、私は父との思い出を破棄した。

 そう思っていた。


 けれど、違った。


 壊れてしまいそうだから――つらかったから、苦しかったから、もうどうすることも出来なかったから、捨てて逃げるしか出来なかった。


 それが、本当の私だった。


 だが、それと結果は関係無い。

 私は父を――先王の魂を無間の地獄へと追放し、その間にあった絆と思い出のすべてを破棄した。


 ならば、今更倫理がどうと考えて踏みとどまる理由も無い。


 そんなことで立ち止まってしまえば、むしろ父に顔向け出来ないだろうから。


「――ジャンセンさんは、私を未熟ながらも王として扱ってくださいました」

「マリアノさんも、特別隊の皆も。伯爵もきっと、私を王と知った上で、それに足る人物になるようにと導いてくださっていました」


 ならば、せめてこの戦いの間は、私もその王という位にこだわってみようと思う。


 私では不足だ、民を裏切らぬように努めるので精一杯、成果など上げられるかどうか。

 なんて、そんな自信の無い考えは一度土の中に埋めてしまおう。


 もっとも私らしい王としての在り方――倫理の破綻した最悪の暴君として、力尽くでも街を、民を取り戻す。

 私がそう宣言すると、ユーゴは……少しだけ、笑ってくれた。


 出来る――いいや、やる。

 アギトとミラの助力もある。ジャンセンさんと伯爵の教えも私の中にある。

 そして、ここにユーゴがいる。


 ならばやってみせよう。

 絶対にこの国を――アンスーリァを、平和で豊かな国にする為に。

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