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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第二百七十三話【勇者が確認したいこと】



 鍛錬の成果を見る。

 そんな名目で、私達はランデルを出発していた。


 目的地はやはり、マチュシーへ向かう道路。魔獣の住みついてしまった地点だ。


「本当にお前はわがままというか、もうちょっと事前に提案するとかしなさい。いっつもいっつも行き当たりばったりで、それで何回も苦労してんだから」


「むっ。バカアギト、何を寝ぼけたこと言ってんのヨ。状況を見て迅速に対応するのが基本デショ」

「ユーゴの伸びがそれなりだったカラ、これなら試しても良いと思ったのヨ。昨日の段階ならまだこんなことさせないワ」


 乗り込んだ馬車の中で、ミラとアギトは少しだけ口論にも似た会話を繰り広げる。


 普段からミラに振り回されているとは言っていたが、なんだかんだとそれにも慣れてしまっている様子だ。

 それに、ミラもアギトを振り回すことに躊躇が無い。

 お互いがお互いを信頼しているからこそ、か。


「……ところで、また今日もこれだけの人数で向かうのですね」

「いえ、出発の段階でヘインスが見送ってくれていましたから、貴方達はずっとそうだったのだな……とは、なんとなく納得していますが……」


「うっ。す、すみません……みんなはまだやることがあるから、って」

「なんでも、国軍と合同演習をやって、それから市内の防衛配備に加わる……とかなんとか」


 合同演習。どうしたものか、まったくの初耳だ。

 国軍はともかく、彼らは一応私の指揮下に入った……という話だった気もするが、ううん。


 まあ、パールが指示を出してくれたのだろう。

 せっかく派遣された部隊があるのだから、ただ待機させるだけというのもおかしな話だ。

 方針も伝えてあるし、彼ならばそう突飛なこともさせまい。


「……まあ、もともと俺達だけで行く気満々だったでしょうけどね、このバカは」

「それに、みんなもそれをわざわざ止めないでしょう。ずっとそうやって戦ってきましたから」


「彼らからの信頼も厚いのですね、ふたりは。やはり、実績が成せるところでしょうか」


 実績……かあ。と、アギトは私の言葉になんだか虚ろな目をしてしまった。

 な、何かあったのだろうか。


 その……やはり、ミラが暴走して何か大きな問題を引き起こしてしまった過去がある……とか。


「バカアギトにはそういうの一切無いのヨ。公的に認められた功績が存在しない……とでも言うのかしらネ」

「私やマーリン様、それにフリード様や限られたごく少数のひとは、その活躍も知ってるんだケド」


「公的に……それはなんだか寂しいような気もしますね」

「少なからず活躍があったのならば、それを認められる機会もあって然るべきでしょうから」


 アギトはちょっとだけ寂しそうにうなだれて、それでも構わないんですけど……と、小さくぼやいた。

 構わない……が、どうしても納得出来ない部分もある……だろうか。


「私の功績の半分はアギトのものでもあるかラ、フィリアがそう覚えておいてくれると嬉しいワ。アギトが報われないのは私も不服だもノ」


「天の勇者の功績の半分……ですか。それはまた、とんでもない英雄をもうひとり派遣していただいたのですね」


 魔王を倒して大国を救った勇者。

 その功績だけで、たとえ半分に分け合ったとしても、十分に英雄と呼ばれる存在になるだろう。


 そもそも、魔王を倒したのは三人だというのだから。

 それが四人になろうと五人になろうと、全員合わせて英雄と呼ばれて不足は無いだろう。


「……っと。そんな話してたら、もうちょっと匂うわネ。馬車停めて、ここからは私達だけで行くワ」


「っ。先日よりもまだ少し手前ですね。もうこんなところにまで勢力を……」


 それはどうかしラ。と、ミラは鼻をヒクつかせながら馬車を飛び出て、私達にも降りてくるようにと指示を出した。

 アギトはすぐに後に続いて、ユーゴは……


「……? どうかしたのですか?」


「……いや……俺はまだ魔獣の気配とか感じないから……」


 ちょっとだけ苦い顔で俯いてユーゴはそう言った。


 それは……まだ、感知能力は回復していない……ということだろうか。

 ミラは嗅覚によってそれを発見しているから、模倣しようにも出来ない……とか。


 それに、あれはそもそも、危険な存在や悪意を感知するものだった。

 大き過ぎる敵と遭遇してしまったことで、繊細な感覚が麻痺してしまった……という可能性もある。


「どちらにせよ、焦ってはいけませんよ」

「貴方は責任感が強い……いえ、過ぎるほどですから。今出来ないことを悔いて焦らないで、これから出来るようになることにだけ目を向けてください」


「……別に、焦ってはない。慣れれば元に戻るだろうし」


 その結論こそが焦っているのだ……とは、私からは言わない方が良いだろうか。


 元に戻る――魔女に肉薄したあの瞬間を完全に思い出す。

 もっとも結論に近いものでありながら、もっとも実現が難しそうな答え。


 それ以外の手段に目を向けて欲しい……と、果たして私から伝えて良いものかどうか。


「……おい、チビ。ホントに魔獣の気配があったのか? 全然そんな風には見えないけど」


「誰がチビよ、このクソガキ。文句言ってないでさっさと付いて来なさイ」


 おっと。そんな考えごとをしているうちに、ミラはもう馬車からずいぶん離れた場所まで進んでしまっていた。

 やはりせっかちであることには間違いないだろう。


 せっかちで、大胆な選択を躊躇無くしてしまえる。

 成功には、勝利には、そういった推進力を持つ人材も必要になるのだろうか。


「……おい、ミラ。俺もユーゴと同意見だぞ。全然魔獣なんていなさそうっていうか……いないっていうか」

「まあ、お前の鼻が間違えたことなんて今までに無いんだけどさ……」


「アギトも魔獣の気配は感じられない……ですか。ミラ、どうなのでしょう」


 ユーゴの探知能力が戻っていないという前提であれば、この場においてはミラの嗅覚だけが頼りだ。

 そのミラがいると言ったのなら、私達は信じて警戒するしかない……のだが……


「魔獣はいるワ、本当に。でも、まだここじゃないってだけヨ。この先ずーっと行って、あの川を超えたあたりかしら」


「川……だから、それが見えるのもお前だけなんだっての。っていうか、まだまだ遠いじゃないか。なんだってこんなとこで降りたんだよ」


 文句ばっかりネ。と、ミラはむすっと頬を膨らませてアギトのお腹を突っついた。ふふ、愛らしい。


 しかし、アギトの言ももっともだ。

 確かにこの先には川がある、それは地図の上でも間違いないことだ。

 けれど、そこまでは比較的平坦な道が続いていて、魔獣が出ないのならば馬車で進んだ方が早い筈だが……


「あんまり大っぴらに出来ないデショ、ユーゴの話は」

「確かにみんなは私達の仲間で、手伝ってもくれてて、信頼も出来る騎士団ヨ。でも、それとこれとは別」

「ユーゴはこの国の――アンスーリァの特別な戦力で、事情で、秘密なんだかラ」

「ユーザントリアの人間がいないとこでしか出来ない話も多いってことヨ」


「……なるほど……? まあ確かに、女王様に対してため口使ってんの、出来ればヘインスさんには知られたくないしな。俺がちょっとだけ言われるから」

「うん、ちょっとだけ。分かってるか、お前。それってつまり、もうお前はそういうもんだって呆れられてんだからな?」


 うるさい。と、ミラはアギトの足を踏ん付けて、私とユーゴに目を向けた。

 ユーザントリアの人間の前では出来ない話……か。なるほど、道理だ。


「まだいくつか確認したいことがあるのヨ。その為には、どこで誰が聞いてるか分かんない宮や宿舎の近くじゃダメだっタ。少なくとも、街からは離れておかないとネ」


「……ユーザントリアの皆にも、それにこの国の民にも聞かれてはならないこと、ですか。たくさんありますからね、私とユーゴの間には」


 思い当たる節は……どうだろうな。多過ぎて、どれを指しているのかも見当が付かない。

 けれど、突かれて痛む懐があることだけは確かだ。


 まったく、可愛らしいばかりではないのがこの子の恐ろしいところだな。


「フィリア。ユーゴを召喚するに際して組んだ式、私に教えテ」

「分かってるワ、それが術師としての尊厳を踏みにじるってことくらイ。でも、確かめるべきことは確かめておかないといけないかラ」

「ユーゴの能力を取り戻す為にも、それ以外の為にもネ」


「それ以外の為にも……ですか。はい、承知しました」

「私はそもそも生粋の魔術師ではありませんし、それ以前に人を守るべき王ですから」

「尊厳や誇り程度のものを踏みにじられるだけで買える安全があるのならば、いくらでも差し出しましょう」


 ミラは私の答えに真剣な顔で頭を下げて、そして少し速足で私のそばまで寄って来た。

 ほんの僅かでも他者に話が漏れることを警戒しているようだ。


「……では、順を追って……組み立てた式と、陣と、それから準備した材料について説明しますね」


 きっと……いいや、絶対に。ふたりにはいい顔をされないだろうな。


 ふたりが口にしているもの、そして執り行ったものは、召喚術式。

 別の世界から人の精神を借り受けるもの。


 けれど……


 召喚屍術式。私が実行したその儀式は、別世界の死者の魂を引きずり出すというもの。

 尊厳を踏みにじり、終わりの静寂を無かったことにする、人の道を踏み外した術だ。


 私が式と陣とそれから肉体を形成する為に準備した材料を説明し、工程の説明に入るころのこと。

 アギトもユーゴも首を傾げるばかりの中で、ミラだけが険しい顔をしていた。

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