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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第二百七十話【珍しい朝】



 食後にも少しだけ鍛錬を続けて、私達は日が傾き始めるよりも前に宮へと戻った。


 ユーゴには強くなる力こそあれど、無尽蔵の体力は備わっていない。

 だから、過不足無く休み、その間に自己分析を繰り返すように。と、ミラがそう提案したのだった。


「では、私はこのまま執務室へ向かいます。貴方は言われた通り、今日の鍛錬を思い返しつつ、身体をしっかりと休めてください」

「まだ本調子とは程遠いのですから、焦ってはいけませんよ」


「うるさい、言われなくても分かってる」


 うるさい、か。

 どうしてだろうな、こんなそっけない態度が嬉しいもののように思えてしまう。


 またユーゴが私をフィリアと呼んでくれた。

 また元気な姿を見せてくれた。それだけで、もう……


「……おい、ちょっと待て」


「……? どうかなさいましたか?」


 では。と、彼と別れて仕事に向かおうとすると、背後から声を掛けられた。どうしたのだろうか。

 もしや、急な運動でお腹が空いただろうか。


 彼もまだ成長期の少年だから、食べられるというのならばたくさん食べて貰いたいところだが。


「……ありがと。ずっと……声掛けてくれて……」


「……いえ、礼を言われるようなことではありませんよ。ただ、私がそうしたかっただけなのですから」


 ユーゴは私の返事を聞き届けると、何も言わずに部屋のドアを閉めてしまった。

 ありがとう……か。


「……こちらこそ、ありがとうございます。また、元気になってくれて」


 礼を言うべきはこちらだろうに。


 彼には不要な負担を強いてしまっていた。

 そして、これからもそれを頼み続けることになる。

 謝罪も謝礼もいくらしたって足りない。


 それなのに、そんな些細なことでお礼を返されていては、いつまで経っても感謝し切れないではないか。

 まったく、律義過ぎる子だな。


 それから私は執務室へ向かい、パールとリリィに手伝って貰いながら、議会へ提出する書類を完成させた。


 私が望むものはひとつ。

 ミラとアギトと、そして力を取り戻しつつあるユーゴへの支援。

 つまるところ、国軍の出動要請だ。


 簡単ではないだろうが、打てる手はすべて打っていかないと。




 翌朝、私はひとりでに目を覚ました。

 静かな部屋の中で意識を覚醒させ、ゆっくりと身体を起こして、大きく伸びをして。

 それから窓の外を眺めれば、既に朝日は昇ってしまった後だった。


「……今朝は起こされませんでしたか。ふわぁ……」


 今日はどこへ行くと決めていないから……なのか、ユーゴは私を起こしには来なかったらしい。


 起こされても私が起きなかったという可能性もあるにはあるが、彼がその程度で屈するとも思えない。

 起きるまで起こすだろうし、段々と手段も過激になる筈だ。


 それでもこうして平和な朝を迎えたということは、彼がこの部屋を訪れていないということだ。

 まあ、もうやるべきことは決まっているのだからな。

 ひとりでもミラのもとを訪れて、鍛錬に精を出すだろう。


「あまり遅くなると怒られてしまいかねませんね。それに、きっとミラはまだ眠っているでしょう」


 無理に起こして喧嘩になってもいけない。私も早く向かわないと。

 そう思ったのならばもうまどろむ暇も無くて、私は大急ぎで身支度を整えて部屋を飛び出した。


 それからしばらく歩いて友軍宿舎へと向かえば、やはりと言うか、また部隊長であるヘインスが出迎えてくれた。


「おはようございます、アンスーリァ国王陛下。本日もあの二名に御用でしょうか」


「おはようございます。はい、流石に察しが良いですね。ユーゴももう訪れている筈です。アギトとミラに迷惑を掛けていないといいのですが……」


 私の言葉に、ヘインスは少しだけ困った顔で首を傾げた。


 おや、これはどういった反応だろう。

 あの二名の突飛さを知っているからこそ、迷惑を掛けられる側だという認識が無いのだろうか。


「ユーゴ……とおっしゃいますと、あの少年ですよね。私は早くから起きていますが、今日はまだ誰も訪問していませんよ。それに、あの二名もまだ起床してきていません」


「……え? ほ、本当ですか? 今朝は叩き起こされなかったものだから、てっきりひとりでここを訪れたのかと……」


 ヘインスの返事は予想していなかったものだった。


 ユーゴはまだここへは来ていない、アギトもミラもまだ起きて来ていない、か。

 はて、となると彼は今どこに……?


「部屋で待機している……のでしょうか。すみません、また戻ります」


「承知いたしました。お気を付けて」


 いけない、ここ最近は私が彼を連れ出していたから、彼もそれに馴染んでしまっていたのかも。

 となると……ううん、この無用な時間の分、待たせてしまったかもしれない。不機嫌になっていないと良いけれど。


 慌てて宮へと戻れば、使用人には不思議な顔を向けられてしまった。

 しかし、それはそれ。私はまっすぐにユーゴの部屋へと向かって、ノックもせずにそのドアを開けた。


「すみません、ユーゴ。遅くなりました」


 けれど、そうして飛び込んだ私に、返事はおろか咎める言葉も飛んで来なかった。

 い、いけない、今度は入れ違いになってしまっただろうか……と、慌てて部屋を見回すと……


「……まだ、眠っていたのですね。いえ、当然でしょうか。昨日はたくさん動きましたから」


 荷物もまだ残されていて、ベッドの上には膨らんだシーツも見えた。

 それがゆっくりと動いているから、中に誰かが入っていることも間違いない。

 そして、この部屋に出入りできる人間は本当に限られているから。


「……こほん。ユーゴ、起きてください。朝ですよ。今日もミラと鍛錬をするのではなかったのですか」


 普段のお返し……というつもりが半分。

 もう半分は、このまま起こさずに放っておくと、それはそれで怒られてしまいそうだから。


 なんで起こさなかったんだと理不尽を言われてしまわないように、私は優しくユーゴの身体を揺すって声を掛けた。


「……ん。あれ、フィリア。なんで俺の部屋に……」


「今朝は珍しく貴方が起こしにいらっしゃらなかったから、気になって様子を見に来たのですよ。昨日は相当疲れたみたいですね」


 ユーゴは私が声を掛けるとすぐに目を覚まして、じとっと私を睨んでからゆっくりと起き上がった。

 それから窓の方を向くと、眩しそうに一度目を細めてから、もうすっかり覚醒し切った顔でこちらへ振り返った。


「遅い! もっと早くに起こしに来い! 寝てる暇なんて無いのに!」


「えっ、ええっ⁉ た、たしかに普段の起床時間と比べれば、のんびりした朝にはなったかもしれませんが……」


 そ、それで私を責めないでください。

 やはり予想は半分当たってしまったな。


 だが、この理不尽なわがままにも安心感を覚えてしまう。

 もうすっかり元気になってくれた、もう塞ぎ込んでいる彼の姿は見なくて済むのだな、と。


「どちらにせよ、ミラが起きなければ鍛錬は出来ません。ゆっくり朝食を済ませてから向かいましょう」


「……ちっ。そうだった、あのチビが全然起きないんだった」

「アイツ、本当に勇者かよ。アホっぽいし、うるさいし、ただの子供だろ、どう見ても」


 いえ、貴方もただの子供に見えるのですよ、彼らからは。

 なんて言ったらきっと怒鳴られるから、口にはしないが。


 しかし、ユーゴも昨日のミラの様子はしっかり覚えていたようで、それなら仕方ないと言わんばかりにゆっくりと支度を始めた。

 準備させた朝食をふたりでのんびり食べて、それから宮を出ても、昨日ミラが起きた時間にはまだならない。


 それでも、歩む足は確実に道を進んでしまうから。

 私はきっとまだ眠っているのだろうミラの姿を思い描きながら、さっきぶりに会うヘインスに挨拶をした。

 今度こそユーゴを連れて来ました、と。


「先ほどアギトの起床は確認しました。呼んで参りましょうか」


「アギトの……ということは、まだミラは眠ったままなのでしょう。昨日今日とおぶったまま歩き回らせるのは酷です、もう少し待ちましょう」


 かしこまりました。ご配慮ありがとうございます。と、ヘインスは頭を下げて、けれどそのまま宿舎の中へと飛び込んで行ってしまった。


 きっと、アギトに私が来たことを伝えに行ったのだろう。

 待ってくれてるから早くミラを起こせ、とか。そんなことを言いに。


「アギトとは仲良くなれそうでしたね。いろいろと共通する話もありそうでしたし」


「……どうだろうな。アイツはアイツでミラよりアホっぽかったからな。ちょっと……見ててイライラするくらいには」


 な、なんてことを言うのですか。


 しかし、ユーゴの故郷の料理を――彼らの元いた世界の味を再現してくれると言うのだから、こればかりは他の誰にも叶えられないことだろう。


 それを抜きにしても、彼の優しさ、温かさは、ユーゴに良い影響を与える筈だ。

 どんな因果かは知らないが、彼が派遣されたことに感謝しなければな。


 少しすると予想通り慌てた様子のアギトがやって来て、その背中の上にはやはり眠りこけたままのミラの姿もあった。


 そして、このままでは鍛錬など出来やしないから……と、私達はこの宿舎に併設された鍛錬場へと向かうことにした。

 もっとも、特別な施設などを準備する余裕は無かったから、ただ機材を置いただけの広場なのだけれど。

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