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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第二百六十八話【多過ぎる疑問とひとつの弱点】



 ユーゴにはまだ弱点がある。ミラはそう言った。


 他人を壊す覚悟が無い。自分を顧みずに迫る敵に怯まないだけの胆力が無い。そう言った。

 言ったが……そ、その前に、だ。


 その腕は確かに折れていた。

 あらぬ方向にねじ曲がり、紫色に変色して。間違いなく完全骨折をしていた筈なのだ。


 けれど彼女は、多少痛そうにしながらも、何も異常など無いと言わんばかりにぐるぐると腕を回している。

 肩を、肘を、手首を順に回して、まるで動作確認でもしているようだった。


「――な――何をやったのですか――っ⁈ う、腕はどうなって……ミラ、貴女はいったい……」


「あ、あはは……説明すること多くてすみません。コイツはいろんなとこが特殊で……」


 バカアギト。と、不服そうにぼやいてアギトの脚を踏ん付けたミラの姿は、間違いなく私の知る愛らしい彼女のものだ。けれど……


 たった今見せられた狂気的な一面はなんだ。

 正義感から暴走する勇者のそれとはまた違う。利己を切り捨てた行動では収まらない、自己を蔑ろにした暴挙だった。

 あれはいったいどうしたことだ。


「私には勇者様の力が備わってるのヨ。私の前の、ひとり目の勇者様のネ」


「こらこら、説明になってない。ひとつも伝わんない雑な手抜きやめなさい」


 まったく。と、アギトはミラの頭をポンポンと撫でて、代わりにと言わんばかりに私達の前へと一歩だけ歩み出た。

 そんな彼の様子を――わずかすらも動揺していない姿を見てか、ユーゴはなんだか怒っているような顔で立ち上がった。


「えっと……まず、ミラが今言った言葉の意味から」

「先代の勇者様は、ユーゴや俺と同じように別の世界から召喚された人物だったそうです」

「そして……その召喚に際して、あらゆる傷が瞬時に癒える、非常に高い自己治癒能力が与えられていました」


「ほ、他にも召喚術式によって呼び出された人物がいたのですかっ⁉」

「あれ……しかし、その……勇者は大魔導士マーリンによって見出された……と……」


 アギトは私の問いに頷いて、そしてまたミラの頭を撫で回す。

 ミラはそんな彼の手に自分の手を重ね、ぎゅうと握り締めて…………思い切り噛み付いた。

 ど、どうして喧嘩が始まろうとしているのだろう……


「物語の中では語られていないこと……いえ、俺達以外はほとんど知らないことなんですけどね」

「ひとり目の勇者は、マーリンさんが召喚術式で呼び出したらしいんです。世界を救う英雄として……じゃなくて、ただの友達として」

「だから、知らない世界で少しでもつらい思いをしないように、ケガや病気がすぐ治る能力を付与したみたいです」


 ミラにガジガジと噛まれていることなどお構いなしに、アギトは先代の勇者について説明をしてくれた。


 い、いけない……話が頭に入ってこない。

 どうしてこの子はこうも凶暴な顔で噛み付くのだ、アギトにだけ。普段はあんなに愛らしいのに。


「っと。ええと……ひとり目の勇者には特別な回復能力が備わっていた、と。それは召喚魔術によって付与されたもので……」


「はい。そして……十七年前……あ、いや。もう十八年になるのかな、そろそろ」

「魔王を倒しに向かった先で、勇者が亡くなって。でも……その力だけはこの世界に遺されたんです」

「それが偶然なのか、そういう風に出来てたのかは分かんないですけど」


 そう望まれたのヨ、あの方が。このバカアギト。と、ミラはまた更にガジリとアギトの腕を噛みながらそう言った。


 勇者がそう望んだから、力だけがこの世界に遺された。

 そして、それをミラが受け継いだ……と?


「その力を宿した人物を勇者にする……ってのは、マーリンさんも決めてたみたいなんです。だから、たまたまその力を宿したミラが、こうして勇者として選ばれた」

「勇者の力っていうのは、前の勇者が残したことと、勇者に選ばれるきっかけになったことのふたつの意味があるんです」


 受け継がれた勇者の力……骨折もすぐに完治してしまうほどの治癒能力、か。

 そしてそれは、自然に身に付いたものではなく、ユーゴの力と同様に、魔術によって付与された特性だ、と。


 なるほど、納得もしよう。

 治癒能力の向上ということならば、ユーゴに付与された能力よりもまだ現実味がある。

 であれば、目の前で実際に見せ付けられてもいるのだから、納得せざるを得ない。


「それで……ですけど。もう一個……一個で合ってます? 俺もよく常識無いって言われるから、そこの認識の差が不安なんですけど……」


「え、ええと……ユーゴの弱点について……という部分を除けば、ひとつ……です」

「いえ……その……厳密にひとつだけかと問われると……」


 どうして彼は真っ赤な歯形が付くほど噛まれても平気な顔をしているのだろう……という疑問もあるにはある。

 が、それは本筋ではないのだろう。気にはなるが、今深堀りすべきことではない。

 ふたりの関係性は心底気にはなるが。


「その……ミラには別の人格がある……のでしょうか」

「医学的にも根拠のあるものとして例が上がっていますから、それだけならば多少納得も出来るのですが……」


「えっと……はい。大体そんな感じ……いたいっ! や、やめなさい!」

「太い血管を狙って噛むな! 手首を噛むな! 肘を! 急所をあんまり狙うんじゃな……いだだだだっ⁉」


 そ、そのじゃれ合いにはそこまで高い殺意が秘められているのですか……?

 詮索すべきではないと自重したのに、向こうから疑問を押し付けに来る。

 本当にこのふたりはどういう関係なのだ……


「むがむが……ぺっ。別人格があるわけじゃないワ、今は。アレも私……ううん、もともとの私ヨ」

「性格に難があり過ぎてまともに街に馴染めなかったから、お姉ちゃんを模して新しく人格を作ったのヨ」

「今はどっちも混ぜこぜにして、どっちの要素を強く出すか決めてるだけだもノ」


「……その……それを多重人格……と呼ぶのではないでしょうか……?」


 いえ、その定義についてはどちらでも良いのだけれど。

 しかし、ふたつの疑問にはひとまずの答えを貰ったわけか。


 ミラには高い自己治癒能力が――召喚術式に由来する特殊な力が備わっている。

 そして、普段とは違う人格も宿って…………その人格についてはまだ全然説明して貰えていないが、そういう一面もあるのだという最終的な解答だけは知れた。となれば……


「……ええと……そう……ですね……はい。あとでまた詳しく説明して欲しいとは思っていますが、ひとまず私は納得した……ということにしてください」


 いつまで経っても本題に入れないから、多過ぎる疑問は一度脇に置いておこう。


 問題なのは、そういった特性を活用してまでユーゴに知らせようとした弱点だ。


「アンタは基本的にはアギトと同じなんでショウ。当然、生まれ育った世界が同じなんだかラ、そうもなるワ」


「え? いや、俺とユーゴじゃ全然違うような気が…………生まれ育った世界が同じ……? えっ⁈ そうなの⁉」


 ばごっ! と、鈍い音を発しながら、ミラの拳はアギトの脇腹を抉った。


 この子はアギトに対しては本当に躊躇が無いのだな。

 仲が良い証拠なのかもしれないが……はたから見ていて不安になってしまう。ではなくて。


「ええと……その……ふたりが同じ世界で生まれ育った……というのは、いくらなんでもあり得ないと思うのです」

「だってそうでしょう。世界というものは、ここと、そしてそのもうひとつ以外にも無数にある筈です」

「その……いえ……証明などは出来ませんから、実はそのふたつしか存在しない……ということであれば……」


 あり得ない。と、ミラの言葉にそう反論してみたが、冷静に考えればあり得ないと否定するだけの材料も持ち合わせていなかった。


 しかし、一方のミラはそれを断言してみせている。

 ということは……もしや、確信が――証拠があるのだろうか。

 だが、そんなものを証明する手段など……


「……いや、多分そのチビの言う通りだ。俺のいた世界とそいつのいた世界は同じだと思う」

「令和とか昭和とか、言ってただろ。俺の世界にもそれはあった。だから多分、同じとこだ」


「っ! ほ、本当ですか⁉ し、しかし……もしかしたら、同じ言葉が存在する別の世界……という可能性もあるのではないでしょうか」

「その……世界が無数にあるという前提であるならば、それも不思議ではない筈です」


 なら、まったく同じ人間が、街が、国が存在する、まったく別の世界というものもあり得る筈だ。

 たとえば……フィリアという名の女王が存在する、魔獣などとは無縁の温かい世界……とか。


 そんな私の問いに、ミラは小さく首を横に振った。

 その前提は間違っていないけれど。と、そう断りを入れてから。


「召喚術式の仕組みはフィリアも理解してるわよネ。情報を消費しテ、近しい世界との縁を結ぶ。それがこの術の第一歩ヨ」


「は、はい。ですが……その……こちらからその世界をある程度意図的に選べたとして、私は貴方達の存在を知らなかったのです。それではとても……」


 選ばなくても良いのヨ。と、ミラはそう言った。

 そしてまだ苦しそうに脇を抑えているアギトの腕を引き、もう片方の手でユーゴの肩を掴んだ。


「その近しい世界……ってのは、ここと似た世界……って意味じゃなイ。この世界と多くの縁を持った世界って意味ヨ」

「なら、召喚術式によって一度結ばれた世界は、他のどこよりも繋がりやすいに決まってるワ」


「……っ! なるほど……そう言われてみれば……」


 ミラの理論には確かな説得力がある。


 なるほど、それは道理だ。

 完全に無作為、そしてまったくの無縁な状態であったならば、どの世界が引き寄せられるかは完全に運任せになるだろう。


 しかし、すでに縁が出来た世界があったとしたら。

 その世界だけは他よりもずっと高い確率でこちらへと引っ張られるだろう。


 いいや、他の世界がそこを差し置いて誘引される道理こそが皆無だ。


「私も理屈だけじゃこうも断言しなかったケド。でも、今は確信がある。だって、先代の勇者様もアギトと同じ世界に生きていたんだもノ」


「……先代の……勇者も……えっ⁉ そ、そうなの⁈」


 っ⁉ な、何故アギトが驚くのですか⁉


 ミラは目を丸くして慌てるアギトに、心底冷たい目を向けていた。

 それは、話を遮るな……というものではなさそうだ。

 むしろ、どうしてそれに気付いていないのだ……と、そう言いたげに見える。


「とにかく、ヨ。バカアギトもそうだった……いえ、アギトのいた世界そのものがそうだったワ」

「あの世界にはここほどの脅威は存在しなイ。魔獣も、魔人も、魔王も魔女もいなイ」

「まあ、悪い人間や戦争はあるんでしょうケド。でも、命の危機に瀕するほどの悪意は、この世界に比べて圧倒的に少ないのヨ」


 っ。それは……そうだな。

 ユーゴの様子を見ていれば、その位は私にも想像出来た。

 彼に聞かされた話を思えば、どれだけ平和で素晴らしい世界に暮らしていたのだろうとも考えた。

 だから……そうか。


「……だからこそ、他者を強く害する動機も機会も無かった。故に、ユーゴは……」


「誰も殺せなイし、殺されても構わないっていう熱を知らなイ。本当は素晴らしいことなんだケド」


 戦っていく上では邪魔になるワ。と、ミラはそう言って……地面に真っ直ぐ線を引いた。

 そしてアギトをその線から外へと追いやって、私を内側へと引き込んで……


「――だから、アンタはどっかで選ぶ必要があるのヨ。その素晴らしい幸せを忘れるか否か、選んでから進む必要がネ」

「それは今すぐじゃないケド、頭の中に入れときなさイ。それを無視すると、命がけで道連れにされたらひとたまりも無いワ」


 そういう在り方が――悪意が存在するのだ。


 自己の在り方はまだ少し先に決めるとしても、その認知は間違えるな、と。

 ミラはそう言って、そしてすぐに線を足で消してしまった。


 まだその決断を迫るつもりは無い……と、そう言いたいようだ。


 ユーゴはそんなミラの様子に、軽んじられたと苛立つ様子も、ましてやむきになって答えを急ぐ様子も見せなかった。

 すごく冷静に、真剣な顔で目を伏せて、その言葉を何度も反芻しているようだった。

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