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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第三章【たとえすべてを失っても】
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第二百六十五話【大英雄とそれを語る男の話】



「――あの人は一度、死を乗り越えました」

「いえ……普通の人なら死んでるって意味じゃなくて。それ含めちゃうと、多分俺も知らないところでいくらでも乗り越えてそうだし……」


 穏やかな語り口で、アギトはまず初めにそう言った。


 ユーザントリアが誇る大英雄、魔王を討ちし者。

 そんな男の逸話の冒頭に、いきなりとんでもない話をされてしまった。


「……え、ええと……それはいったいどういった……」


「そのまんま、信じられないたわごとの意味そのままです」

「あの人は一度死んで、そこからまた立ち上がりました」

「ミラが言ってたふたつの力の、奇跡の代行ってのはそこに起因するもの……だと、俺は解釈してます。だから、まずはこの話からさせてください」


 アギトが口にしたのは、ミラからも聞かされていた奇跡の代行という言葉だった。

 奇跡……なるほど、蘇生などは奇跡そのもので間違いないだろう。


 死者を蘇らせるという超常は、いわゆる屍術の頂点に位置するものだ。

 私が組み上げて実行した召喚屍術式も、死者の魂を呼び出すというものではあるものの、完全なる蘇生には至っていない。

 ここにいるユーゴも、元の世界では確かに死したままなのだから。


「えっと……一応先に断っておきますけど、俺の解釈が絶対ってわけじゃないんです」

「むしろ、俺はちゃんと理解出来て無い部類の人間で……でも、そもそもその事実を知ってるのが俺とミラくらいなものだから……」


「構いません、貴方の理解、解釈、言葉で。目的は真実を知ることではありませんから」


 いえ、真実についてもとても詳しく知りたいのだけれど。


 けれど、今重要なのはそこではない。

 問題は、それをユーゴがどう理解するか、どう想像するか。


 そして、どう自らに取り込み、力とするか、だ。


「じゃあ……ごほん。元々フリードさんには、負けられないから負けない……っていう、なんかよく分かんない力があったんです」

「魔王を倒したのはその力……間違いなく自分より強い相手に、瀕死の重傷を負わされてもなお肉薄する……いえ、それを上回ってしまう、なんか……こう……すごく……すごい力でした」


「……すごく……すごい……ええと……」


 な、なんと要領を得ない説明だろう。

 いや、説明出来ないでいるのだ、彼も。それだけ異常な強さだったのだろう。

 しかし……ふむ。


 勝手な解釈をするのならば、むしろこの能力こそユーゴのそれに近いように思える。


 今の話を要約すれば、魔王はかの黄金騎士よりも強かった……個としての強さでは敵わない相手だったと、そう言ったように聞こえた。

 そんな相手に、瀕死の手傷を負いながらも、むしろ実力を伸ばし、肉薄し、ついには超越せしめるという能力。

 それはまさに、無貌の魔女と戦っている時のユーゴそのものだろう。


 最終的には追い切れずに心を折られてしまっているが、あのまま戦い続けられたならば、きっと超えられた筈だ。


「ええと……とにかく、めちゃめちゃな強さ……っていうか、絶対に勝つ人だったんです、最後には」

「でも……そんなあの人が、負けちゃいけないって戦いの中で、ついに負けてしまった。その時の相手が……魔女でした……」


「っ。そんなにも常識はずれな強さを持っていても、魔女には通用しなかった……のですか」


 アギトは苦い顔でこくんと頷いて、そしてその時の状況を話してくれた。


 黄金騎士フリードリッヒは、間違いなく健在だった。

 ただ……わずかに不調があったかもしれない。

 精神的な強さがやや揺らいでいたと、後にそう聞かされた、と。


「その時はミラもマーリンさんもいて、それに騎士も大勢連れてた。でも……あっさり全滅しました」

「幸いだったのは、後方に控えてた錬金術師……マーリンさんの部下だった術師が、撤退に向いてる術を持ってたことです」

「おかげで死者は出なかった……んですけど……」


「……大きな損失でしょうね。不敗を謳う英雄が敗北したとあれば、国には不安が蔓延ってしまう。となれば……その件は伏せられたのでしょう」

「魔王よりも危険な存在があると知れれば、民衆はパニックに陥ってしまいますから」


 私の言葉に、アギトはまた小さく頷いた。

 それからすぐ、どこか寂しげな顔で背中に乗っているミラの頭を撫でる。


 きっとその戦いの中でミラも傷を負ったのだろう。

 その瞬間を思い出せば、すぐそばに体温を感じられることが愛おしくもなるというものだ。


「それから……えっと……いろいろあってですね。ミラが今の強さを取り戻して、フリードさんがそれを見て」

「自分ももう一度……って、そう意気込んで、ちょっとだけ遠くに行くことになったんです」

「自信と誇りと……それから、ちょっとした落とし物を取り戻す為の、勝たなくちゃいけない戦いに」


「……取り戻す……ですか。ええと……その方も、そしてミラも、魔女と戦った際には、全盛期の強さを失っていた……と。そういうことでしょうか」


 アギトは慌ててこくんこくんと何度も頷いて、説明が下手ですみませんと謝った。


 理解出来ない程ではないが、たしかに情報が飛び飛びに感じてしまう。

 それはきっと、魔女との戦いと、ミラが強さを取り戻すに至ったきっかけと、そしてその大切な戦いとの間に、多くの出来事があったからだろう。

 どれをどの程度説明すべきか掴み損ねるくらいに。


「ですが……少しだけ納得しました」

「力を失った……本来ならば守れる筈のものを守れなかった、勝てた筈の戦いに勝てなかった。そういった経験があったから、ミラはこうまでユーゴを気に掛けてくださるのですね」


「それもあると思いますけど……コイツは基本的にお節介ですから」

「俺もコイツに付き合ってるうちに、知らず知らず厄介ごとに首突っ込む癖が付いちゃってて……」


 俺は平和に暮らしたいのに……と、アギトは肩を落としてそう言った。


 そう……だったのか。いや、それは当然の欲求だと、そのくらいは理解している。しかし……


 街はずれの農園で私達を守ってくれたとき。

 そして、見返りなど無くとも戦うと宣言したとき。

 私は彼に、そういった安寧を振り切るだけの勇気と暴走した正義感があるのだとばかり思っていたから。


「……あっ。違う違う、フリードさんの話だった」

「すみません……よく話を脱線させるやつだって怒られるんですけど……どこに行っても治んなくて……」


「ふふ。いえ、構いませんよ。大英雄の話ももちろん気になりますが、貴方とミラの話も十分に魅力的です」

「魔王を討った天の勇者と、その勇者に呼び出された異世界の人間。むしろ、ユーゴの為になるのはそちらの話かもしれませんし」


 しかし今こうして話をしてくれる彼は、戦いとは無縁な、平穏の似合う少年でしかない。

 いや、ミラだって本来はそうなのだけれど。

 そのミラ以上に、戦いというものが似合わない……という意味で。


「えっと……召か……じゃなくて、フリードさんと一緒に遠くへ行った……ってとこまで説明してましたよね。ごほん」

「そこで、俺達はまったく知らない脅威と……魔獣でも人間でもない、ちょっと説明の難しい脅威と対面しました」


 ちょっと説明の難しい脅威。な、なんだその曖昧過ぎる言葉は。

 いや、フリードリッヒ氏の紹介の時点で、負けてはならないから負けないだの、奇跡の代行だのと曖昧な言葉にあふれてはいたが……


「その時に……傷付いた市民と俺達を後ろに置いて――絶対に負けちゃいけない状況で、フリードさんはまた……その脅威に敗北しました」


「……その敗北の際に、かの英雄は亡くなった……と。しかし、その後に……」


 大英雄は死より蘇生し、奇跡を司る存在となった……か。


 ううん……本当にこれが何かの参考になるのだろうか……?

 とてもではないが、ユーゴが真似ようと思って真似られるものだとは思えない。

 少なくとも、私の頭の中にはなんのイメージも浮かんでいないのだから。


「えっと……この話には続きが……重要な点があるんです」

「フリードさんはただ蘇ったんじゃなくて、もともと持ってた力のすべてを失った状態で復活しました。文字通り、ただの人間として」

「勝ち負けなんて関係無く、もう戦うことすら出来ない状態だったんです」


 でも、だからこそ。と、アギトはちょっとだけ力強くそう言った。

 だからこそ、あの人は奇跡になったんだと思います、と。


「……奇跡に……なった? ええと……奇跡を起こした……のではないのですか?」


「いえ、奇跡になったんです。あの人こそが奇跡だ、って」

「俺もミラも、それにその時近くにいた人も、帰ってからユーザントリアでその強さを見た人も、そう思いました」


 アギトは自信満々にそう言ってくれるが……申し訳ない、とてもではないが想像出来ないし理解も難しい。


 奇跡というのは形あるものではないと思う。

 信仰に対する神の奇跡は、ある種自然現象のすべてを指すことも出来よう。

 古くは雨ごいに対する雨季や、反対に疫病も悪い意味での奇跡だろう。天罰とも呼ばれるだろうか。


 けれど、彼はそういった話をしているのではないと思う。

 人の起こす奇跡――つまり、前人未到の偉業を指す筈だ。


 ならば、魔王を倒したというミラやフリードリッヒ氏は、その時点ですでに奇跡を起こしている……と、そう言い表せる筈だ。

 しかし、それとも違うからこそこうして話してくれているのだと思うし……


「フリードさんは奇跡になりました」

「その結果……なんか、知らないうちに王宮からちょっと離れたとこまでワープしてるし、誰も触れもしなかった魔女を思いっ切り抱き締めるし、魔女の魅了を平気で突破するしで……もうめちゃくちゃでしたよ」


「っ⁈ い、一番重要そうなところを雑に纏めないでください!」

「いったいどうやってそんなことをしたのか、それを知れればユーゴの糧に出来る筈なのですから!」


 それが……と、申し訳無さそうにするアギトの姿に、なんとなく事情を察してしまった。


 理解出来る方がおかしい……と、そういえば話を始める前にも言っていたな。

 なるほど、彼もまったく理解出来ていなくて、それを他人が理解出来るとも思えなくて……か。


「ただ……その……まったく意味の無い、無駄話だとは思わないんです」

「フリードさんは人間で、魔女でも魔獣でもない。だから、人間の限界は俺達が想像出来るよりもずっとずっと高いところにあるんです」

「ユーゴが壁にぶつかったときに、それを思い出して開き直れれば……」


「ぶつからない。フィリア、やっぱりコイツ駄目だ。ジャンセンに比べて話も下手だし、説得力も無いし、アホだし、間抜けな顔してるし。役に立たない」


 なるほど。と、私が少しだけ納得しかけたところへ、ユーゴは一切の躊躇無くばっさりと彼を切り捨ててしまった。

 な、なんてひどいことを言うのですか。


 たしかに……その……ジャンセンさんと比べてしまえば、経験にも差があるだろうから、どうしようもなく頼りないように見えてしまうかもしれないけれど……


 その後もアギトはユーゴの言葉にめげることなく、大英雄フリードリッヒについていくつか逸話を聞かせてくれた。

 異常なほどの色好きで、美人を見かけると誰彼構わず求婚するのだ、と。

 その相手の中には、一度は自身を打ち負かした魔女も含まれたのだ、と。

 い、いったいそれがなんの役に立つ情報なのですか……

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