第二百四十七話【天の勇者】
国軍の演習場にてふたたび催された式典は、なんだか不穏な空気に包まれた。
わたわたと慌てる少女、おたおたと動揺する少年。
そして、そんなふたりに何をやったのかと部隊長が呆れた顔を向けている。
そんな光景を、私は……
「……こほん。ふたりとも、落ち着いてください」
「先日はありがとうございました。私は貴方達に助けられ、こうして無事に式典へと出席出来ているのです。どうして謝罪をする必要がありましょうか」
あ。と、私の方で間抜けな声が出てしまったのは、ふたりを何とか落ち着かせようと気を遣ってしばらくした後のこと。
先日。助けられた。無事。という言葉に、今度は私の背後から不穏な空気が漂い始めてしまったのだ。
余計なことを口走ってしまった……後で何か言われるだろうか……
「ったく、どうしてお前らはいつもいつも何かしらの問題を起こさなきゃ気が済まないんだ。特にアギト、お前だぞ」
「うひぃい、ご、ごめんなさいっ! で、でもっ! 違うんです! 今回問題を起こしたのはミラで…………別に普段から俺は何もやらかしてないですけど⁉」
なんでもかんでも私の所為にするんじゃないわヨ――っ! ふしゃーっ! と、部隊長ヘインスとアギトとのやり取りに、ミラは怒りの形相で少年に飛び掛かって噛み付いた。
な、何故彼女はすぐに噛み付きたがるのだろう。
あんなに愛らしい少女が、どうしてあんなにも凶暴な顔を……
「……ご、ごほん。ひとまず、部隊の合流については確認しました」
「部隊長、及びそちらのふたりについては、このまま宮へ参るように。少し確認したいことがあります」
「げっ⁈ か、かしこまりました! アンスーリァ国王陛下!」
私の言葉に、ヘインスは急いで体裁を取り繕って膝を突いた。
もしかしたら、彼は案外気さくな……もとい、大雑把でそこまで礼儀を重んじない人物なのかもしれない……
私が席を立った後も、アギトとミラは少し揉めている様子だった。
これから怒られるのだろうか……と、そう不安になっているのかもしれない。
私としては、本当にいろいろと確認したいという理由が半分。
そして……なんとか言い訳を作ってこの場を速やかに立ち去りたい、背後の議員や貴族に詰められる前に逃げ出したいというのが半分だったのだが。
三人を宮の応接室へと案内するように。と、使用人にそう伝えて、私は一度執務室へと戻った。
もっとも、何をするというのではない。
一度間を置いて、頭の中を整理する時間が欲しかっただけだ。
「……はあ。なんとも息苦しい式典になってしまいましたね……」
初めの方は緊張感があるだけだったのに。
あのふたりが慌て始めてからというものの、危機感や不安や恐怖にも似た感情があの場には渦巻き始めた気がする。
それと……私が余計なことを言ってからは、懐疑の念もじわじわ湧き始めていたし……
はあ。ふう。と、何度もため息をついてしまう。
それは……どうしてだろうか。
少しだけ奇妙な空気があったから、それに疲れてしまったのか。
それとも、このまま議員の追求から上手く逃げられるか分からないからか。
「……無礼なことを考えてはいけません。はあ……」
答えは……やはり。落胆だったのだろうな。
私の中に、僅かな希望に縋るような期待は無かった……と、思っていたのに。
大魔導士、黄金騎士。
リリィから聞かされていたその単語に、私は無意識下で期待を寄せてしまっていたのだろう。
あのふたりは……アギトとミラは、確かに私達を救ってくれたし、魔獣を簡単に討伐する実力を持ち合わせてもいたが、しかし伝説にある二名ではなかった。
この絶望的な状況をひっくり返すに足る人物では……
ぱちん。と、両手で自分の頬を打って、嫌な考えごとを強制的に打ち切った。
こんな無礼極まりない落胆ばかりを頭に入れたまま、あのふたりに向かい合うわけにはいかない。
恩人で、そしてこれからも頼って行かなければならない相手なのだから。
そして私は執務室を後にして、三人の待つ応接室へと向かった。
きっと緊張しているだろうから、早く行って誤解を解いてあげないと。
無用なストレスを与えてはならない。
客人としてもてなす為に……というのもあるが、あのふたりはまだ幼いのだから。
いらない恐怖心など持たせないに越したことはない。
「お待たせしました。三名とも揃っていますか?」
こんこんとドアを叩いてそう声を掛ける。
するとすぐにヘインスの声が返って来て、その後に続いて少年と少女の声も聞こえた。
うん、全員揃っているようだ。
「先ほどは騒ぎを起こしてしまい、申し訳ございませんでした。部隊長である私の責任です。どうかお許しください」
「いえ、構いません。確かに少しだけ慌ただしくはなりましたが、式自体は先日終えていますから」
「それに、出迎えの式典は貴方達をもてなす為のもの。それに何かあったのならば、責任はこちらが負うべきでしょう」
ヘインスは膝を突いたまま深く頭を下げる。
先ほど彼に抱いた認識は少し間違っているようだな。
彼はまず、礼儀を重んじる。その上で気さくな人物なのだろう。
今の姿を見れば明らかだ。
そして次に……いいや、もっと重要なのはその後ろのふたりだ。
アギトもミラも、揃って顔を青くしたまま。
怒ってはいない、罰などあり得ない。と、そう言ったとて、すぐに受け入れて貰えるかどうか。
私の自己意識は別としても、やはり王という肩書きが邪魔をしてしまう。
「……ヘインス部隊長。先日おっしゃっていた特別な戦力とは、こちらのふたりで間違いないのですね」
「その……貴方が勇者の伝説などという言葉を引っ張り出すものですから、私はてっきり……」
てっきり……もっと屈強な戦士が来るものとばかり思っていた。と、私はそんな言葉になんとか着地することが出来た。
てっきり、黄金騎士と呼ばれる戦士が来るのかと思った。
そんなことを面と向かって言えば、ふたりは歓迎されていないものと受け取りかねない。
いいや、今の言葉ですら危ういだろう。
歓迎の意志はある、ふたりへの感謝も当然ある。と、なんとかそう伝えたいのだけれど……
「……アンスーリァ国王陛下。私は虚偽の報告を――言葉に不必要な見栄を含ませてはおりません。先日ご説明しました通りの二名でございます」
「……ええと……? しかし、ユーザントリア最大の戦力、魔王を討ち果たした英雄……と、そう伺いましたが……それにしては、いささか幼過ぎると言うか……」
はい、その通りでございます。と、ヘインスは自信を持ってそう言い切った。
そして彼は、まだおろおろしているふたりの背中を押して、私の前へと突き出した。
「――こちらのミラ=ハークスこそ、魔王を討ちし大英雄。天の勇者と呼ばれた、我が国最大の個人戦力でございます」
「その実力は、二度開いていただきました式典に参列するすべての軍隊を混ぜ合わせても遠く及ばない」
「アンスーリァ国軍も、私共も、すべてを含めたとて、です」
そ、それは……いくらなんでも言葉が大き過ぎやしないだろうか。
その……当の本人はまだ大慌てで、必死に私に頭を下げているのだけれど……
「言葉だけで信じて貰おうというつもりはありません。二名の……そして、我々全軍の活躍をお見せする機会をいただければ、すぐにでも理解していただけるかと」
「ここにあるのは、紛れもなく救国の英雄そのものなのだ、と」
「は、はあ……ええと……こほん。そこまでおっしゃるのでしたら、これ以上の追求はしません」
「彼女の強さ、頼もしさについては、私も直接目の当たりにしていますから」
そう、強さについては一切疑っていない。
あの魔獣、ただの中型ではなかった。
高い知性を有し、警戒心も強く、単純な運動能力も他の魔獣と変わらない。
それを一瞬で焼き払ってみせたのだから、魔術の腕前については疑うところなどどこにも無かっただろう。
ただ……彼女が勇者……というのについてだけ、私はまだ理解出来ていない。
もしかしたら、話に聞いた魔導士と騎士に育てられた弟子……ということだろうか。
そういうことならば、民衆への人気が高く、支持を得やすかった……とも捉えられるか。
「……と、私が貴方達の在り方を疑うのはおかしな話ですね」
不意に頭に浮かんだのは、ユーゴの姿だった。
それから少し考えれば、なんと言うことは無い。
私が疑っていた部分のすべては、私自身が一番近くで目にしていたものによく似ているではないか。
「……二名の合流、そしてその出自については把握しました」
「ヘインス部隊長、貴方は部屋へ戻って構いません。ただ……そちらのふたりにはもう少しだけ話を聞かせていただきたいのですが、よろしいですか?」
「っ⁉ は、ははははい! お、おおお俺達……じゃない、私達で良ければいくらでも!?」
い、いえ、そう長く話をするつもりもないのですけれど。
まだまだ緊張の色が消えないアギトの返事に、ヘインスはすごく不安そうな顔をして、けれど私の指示に従って席を外してくれた。
そう。このふたりとだけ、もう少し話をしたいという願い通りに。




